第21話「対人戦闘訓練」
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本日から一年生も特別訓練棟の施設が利用できるようになり、三組の学生たちは封術教師である袋環の指示の下、各々が動きやすい服に着替えて第一訓練場に集合していた。
「本日から、我々のクラスも訓練棟の施設が利用可能となった。今日はその最初の授業ということで、配ったカリキュラムを見て既に知っているとは思うが、我々のクラスは早速、封術の対人戦闘訓練から始める」
「先生、他のクラスでは対人戦闘訓練の科目が後期カリキュラムから組み込まれているのに、どうして私たちのクラスは前期からやるんですか?」
袋環の概要説明に、教室では秋弥の右隣の席に座っている男子学生が挙手をしてから尋ねた。
「良い質問だな、都築。しかし着眼点が少し甘いようだな。我々のクラスは対人戦闘訓練を前期から組み込んだのではない。最初の一回だけを前期カリキュラムに、残りを後期カリキュラムに組み込んだのだ」
袋我から指摘され、一週間分の授業カリキュラムにしか目を通していないことを一瞬にして見抜かれてしまった都築が顔を赤くして俯いた。
「この最初の対人戦闘訓練では、封術という事象を操作する力が人間に対して与える影響を、君たちに早期に知ってもらうことを目的としている」
袋環は全体を見回す。
学生たちが身に付けている動きやすい服とは、各人に用意させた私服だ。
本来、授業で運動場および訓練場を使用する場合、学園指定の運動着に着替えるのが常なのだが、封術が何時如何なる場面で必要になるかを考えたとき、もっとも身近な服飾で授業を行うことが望ましいと、彼女が判断したためである。
「オリエンテーションでは、この第一訓練場で行われた模擬戦を見ていなかった学生も多いだろう。今日はまず、君たちの誰かに模擬戦をしてもらおうと思うのだが……どうやら一組の対戦カードは既に決まっているようだな」
袋環が口の端を軽く釣り上げた。
玲衣たちと鶴木が教室で騒いだ一件は袋環の耳にも入ってる。その際に仲裁に入った——というより渦中の人物その人である——秋弥に対する鶴木の宣戦布告とも取れる発言もまた、袋環は知っていた。
視線が一斉に、秋弥と鶴木の二人に向く。
だが袋環はそれを軽く見ただけで、表情をスッと元に戻した。
「しかしその前に、模擬戦は二試合を予定している。あともう一組の対戦カードを作らないといけないわけなのだが……。こちらのカードは封術をほとんど行使したことのない者のなかから選びたい」
高い干渉力を必要とする封術を行使するためには、特別訓練棟のように強力な封術結界が張られた環境を利用しなければならない。
四月中に行われた専門科目の授業では、基本となる封術の実演を袋環自らが行ったが、学生たちには一切の封術を使わせていない。
袋環が用いた封術はあくまでも理論や構造を示すための封術であり、実戦的な封魔や調律を想定したものではないからだ。
つまり、簡単な封術理論や術式構造までは知識として理解しているものの、実際にそれを行使したことのない学生のペアで模擬戦を行えと、袋環は言っているのだった。
「となると……、秋弥と鶴木はもう確定してるとして、朱鷺戸さんと星条さんは対象外だよな」
並んで座っていた堅持が呟く。
綾は入学前から自分の装具を持っており、奈緒の場合は装具こそ持っていなかったが、星条家の人間として神器を用いた鍛錬を積んでいる可能性がある。
もっとも、二人とも『星鳥』の一員である以上、たとえどんな理由があったとしても対象外となるだろうけれど——。
「天河さんは何て言うか、雰囲気が封魔師って感じじゃないし。玲衣のヤツも調律師を目指してるとか言ってたよな」
チラリと視線を向けると、聖奈は真剣な面持ちで袋環の話を訊いているようだが、玲衣は「自分には関係ないぞ」という風に聖奈の横で綾や奈緒と小声で雑談をしていた。
「どうした。立候補者がいないのなら、不本意だが私が適当に決めるぞ?」
まだろくに封魔術を扱えない封魔師志望にしろ、対人戦闘とはほとんど無縁である調律師志望にしろ、この時点で満足に模擬戦を行えるはずがない。
好き好んで立候補するヤツなんていない、と既に対戦カードの一枚に決まっている秋弥は他人事のように思っていた。
「はい、センセ—。オレがやりますよ」
のだが、すぐ隣で高らかに立候補をする人間が一人いた。
「沢村、またお前か……」
「な、何でそんな残念そうに言うんですか!?」
装具選定のときも真っ先にマナスの門を潜って装具を手に入れた堅持だったが、その積極性が逆に袋環の眼に付くところと相成ったようだ。
つくづく不憫な男である。
「まあ、良いだろう。それでは沢村の対戦相手なんだが——」
「センセ。ちょっと良いですか?」
「なんだ? やはり辞退するか?」
「いえ、その対戦相手ってオレが指名してもいいですか?」
「何? ……別に構わないが」
堅持からの申し出に、袋環は怪訝そうなそぶりを見せたが否定はしなかった。
対戦相手を教師が適当に指名することと堅持本人が指名することでは、その意味合いは大きく異なる。袋環の判断は、学生間のことは基本的に当人同士で決着をつけることを由としている封術学園らしい判断とも言えた。
「おい、堅持。お前、何を考えてるんだよ」
「まあ見てろって。ようやく雪辱を果たすときが来たようだ」
堅持が意味深な台詞を返す。悪い予感しか思い浮かばなかった秋弥であったが、やる気満々の堅持には何を言っても無駄だった。
堅持は徐に立ち上がると、学生たちの一角を指差した。
「オレの対戦相手は、お前だ!」
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「……どうしてこうなるのよ」
堅持に指差しで模擬戦相手に指名された玲衣が、甚だ不満げな声を漏らした。
「あたしは別に封魔師志望じゃないんだけど」
「そう不満そうにするな、牧瀬。調律師であっても最低限の戦闘訓練を積んでおかなければ、いざというときに自分の身を護れないぞ」
袋環が不服そうな顔をしている玲衣をなだめる。
「調律中の調律師を護ることが封魔師の役割だが、最終的に自分の身を護れるのは自分自身だということを忘れるな」
「確かに、そのとおりですけど……」
「封術師になれば、戦いたくなくても戦わなければならないときが必ず来る。そのとき、自分には戦う力がないからという言い訳は通用しないぞ」
「うっ……」
「この二年間で私がお前たちに封魔と調律の両方を教えるのは、そういうもしものときを考えてのことだ。わかったら、そろそろごねるのは止めて、その恨みは沢村にでもぶつけてやれ」
「ちょっ、センセ! オレが悪者ですか!?」
堅持が思わず講義の声を上げるが、誰もそれを取り合おうとはしなかった。
そもそも玲衣が調律師志望であることをわかっていて、堅持は彼女を対戦相手に指名したのだ。
何を言われても、堅持には文句を言う筋合いはなかった。
「……わかりました」
不承不承ではあったが、ようやく了承した玲衣が立ち上がる。
玲衣と親しい綾や奈緒はもとより、最近仲良くなり始めたばかりの聖奈も不安げな顔で玲衣を見上げたが、彼女は逆に堂々とした表情で、音が鳴りそうなほどの勢いで(擬音で表すと「ビシッ」と)堅持を指差し返した。
「先に言っておくけど。あんた、私に負けたら一生パシりだからね」
「抜かしてろ。日頃の恨みを晴らしてやる」
そうして、おそろしいほど私情に塗れた一枚の対戦カードができ上がった。
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三重の封術結界が施された訓練場内で向かい合った二人に、袋環が模擬戦のルール説明を始めた。
「模擬戦闘中は装具、封術、体術、何を使用しても構わない。結界内部には封術式のリミッターがかけられているため、外部への影響を気にする必要はないし、定常状態にある装具ならば直接相手を傷つけることもないから心配するな」
「決着の仕方はどうするんですか?」
「装具が身体の一部に触れた時点で決着とする。お前たちには他者の『意』の干渉を受けた時点で対象部分が発光するように、予め身体に術式をかけさせてもらうぞ」
袋環は十指装着型の装具を召還すると、鋭く尖った爪を二人に向けた。
術式による封術効果が二人の身体に付与される。防護膜の術式と同様に、対象者の全身を覆うタイプの術式だ。
「なお、もしものときは私がお前たちを止めに入るから、心置きなく戦ってくれ」
袋環が装具を召還させたまま数歩後ろに下がって、場外へと出る。
それを見送った堅持と玲衣の二人は、互いに視線と言葉を交わした。
「勝負を決めるには、最終的に装具で一撃を与えないといけないってことだな」
「そうなるわね。あたしの装具ってあんたのより間合いが短いんだけどなぁ」
「そういう状況だって有り得るだろ。どうせ互いにほとんど封術なんて使えないんだ。近接戦になるさ」
「あら、勝手に決めつけると足をすくわれるわよ」
「言ってろ。今のうちに負けたときの言い訳でも考えておくんだな」
模擬戦を行う前から舌戦を始めた二人に、場外から袋環が試合開始の合図を行った。
「それではこれより、沢村と牧瀬の模擬戦を開始する。互いの健闘を祈るぞ。……では、始め!」
二人は袋環の合図とともに己の装具を召還した。
堅持の装具は、鈍色の分厚い刀身を持つ重剣。
対する玲衣の装具は、赤と白のコントラストが眼を惹く小柄な短剣だ。
「いくぜ!」
堅持が掛け声とともに地面を蹴って玲衣に切迫する。
一瞬にして距離を縮めた堅持は上段から重剣を振り下ろした。
それを玲衣は身体を捻りながらひらりと躱す。地面に重剣を強かに打ち付けた堅持は反撃を警戒したが、玲衣は一歩距離を取ることで互いの位置関係を最初の状態に戻した。
「あんた……、普通に突っ込んで来たわね」
玲衣は柄頭の輪っか部分に指を通して、短剣型の装具をクルクルと回しながら言った。
「あたしが反撃してたら、たぶんあんたの負けだったわよ」
「ふん、そういうことは実際にやってから言いやがれってんだ」
「そっ。じゃあ今度はあたしの方から行くよっ」
玲衣は短剣を逆手に握り直すと身を低くして一気に距離を詰めた。堅持の目の前で左前方にステップを踏みながら短剣を一閃する。
「おわっと」
これを間一髪で躱した堅持だったが、体勢を崩したところに玲衣はさらに追い打ちをかける。
手元で短剣を順手に握り返して放った突き攻撃を、堅持は重剣の刀身で防いだ。攻撃を逸らされた玲衣は短剣が逸れた方向へと身体を移動させて振り返り、再び逆手に持ち替えた短剣を、今度は下段から上段に斬り上げた。
重剣と短剣が交錯してエリシオンの光情報流が散る。
重剣の名が示すとおりの重そうな外見に似合わず、短剣の攻撃速度に付いてきていることに玲衣は感心した。
それと同時に、彼女は勘付いた。
「堅持。あんた、封術を使ってるわね」
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「沢村さんは何か封術を使っているのですか?」
鍔迫り合いを演じている二人を見詰めながら、聖奈は小首を傾げた。
装具は具象化した『意』の力であるため、その形状に関わらず重量という概念は存在しない。堅持の重剣は見るからに重そうだったが、玲衣の短剣や綾の術符と重量に違いはなかった。
異なるのは、その形状が持つ性質の方だ。
短剣はリーチが短い代わりに小回りが利くが、重剣はその逆で、短剣と比べてリーチが長い代わりに短剣ほど小回りが利かない。
剣撃の速度は鍛錬を積めば増していくものだが、二人とも剣術は学んでいない。
そもそも装具で戦うこと自体が初めての二人に剣の型も速さも関係なく、今はただそれを振り回しているだけに過ぎないのだから。
そのため、重剣では玲衣の操る短剣が届かない距離からの攻撃が非常に有効だが、一度懐に入られてしまうと短剣の速度にはどうしても一歩及ばない。
「堅持が使ってるのは、身体強化系の封術だ」
友人二人が模擬戦を行うということで女子メンバーと合流した秋弥が、聖奈の疑問に答える。
重剣のリーチを短くすることができれば短剣による攻撃に追随することができるが、決まった形を持つ強化型の装具では、通常の情報改変のように装具の寸法を変化させるようなことはできない。
そのため、堅持はリーチを変えることなく短剣の攻撃に追随するために、己の肉体を強化して重剣を奮う速度を高めたのである。
「強化型の装具は自身の身体や装具を強化することに特化している。授業ではまだそこまでの封術は教わっていないけど、アイツは拳術部に入ってるから、そこで教わったんじゃないかな?」
「授業以外でも封術は学べるんですね」
「そうなると、沢村君の方がちょっとだけ有利かな?」
奈緒は鍔迫り合いから一端距離を取り、互いに睨み合う二人から視線を外して言った。
短剣の間合いで五角にやり合えるのならば、リーチが長い分だけ堅持の方が有利に思える。
「いや、それはどうかな。玲衣がこのまま大人しく負けるとは思えないが」
「あっ、玲衣ちゃんも封術を使おうとしてるよ」
綾の言葉に、秋弥たちは場内へと視線を戻した。
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掌の上に火の球を作り出す火系封魔の基本術式を展開した玲衣は、得意顔を堅持に向けた。
授業で理論と仕組みについて学んだだけだったが、やってみると意外に簡単だった。
目を見張った堅持の顔に向けて、玲衣はボールを投げる要領で『火球』を投げる。
風の抵抗を受けながら飛んだ火球は、しかし、途中で燃え尽きて消えてしまった。
「あれ、なんでっ?」
玲衣は首を捻る。
火球が自然消滅してしまったのは、改変した情報体が元の状態へと戻ろうとする『星の修正力』の結果だ。見様見真似で発動させた術式では干渉力の演算が低く設定されていたため、火球は堅持の下へ到達する前に、改変前の状態に戻ってしまったのである。
「なんだ、こけおどしかよ」
内心ではかなり冷や汗ものだったのだが、堅持はそれを声に表さないように注意しながら玲衣を挑発した。
「ちょっと勉強したくらいじゃ、簡単には封術を使えないってことだな」
「むっ……それじゃあこれならどうかなっ!」
玲衣は人差し指と親指を伸ばして指で銃を形作ると、指先に虚空系封魔の基本術式を展開した。
首を小さく傾げ、堅持の身体に照準を合わせると片目を瞑り——。
「バーン☆」
と言った瞬間、玲衣の人差し指の先から電光石火の如き光が迸って、堅持の身体に直撃した。
「おぁ、なんだ!?」
しかし、今度も堅持は閃光に驚いただけで、彼の身体には何の影響もなかった。
「ふぅん……、これもダメかぁ」
指先から電撃を放った玲衣だったが、その封術も堅持には効いていなかった。
やはり、練習を積まないとうまく扱えないようだ。
「……面白そうだな。オレもちょっとやってみるか」
堅持はこれが模擬戦の最中であることも忘れて、風系封魔の基本術式の構築を無意識領域下で行った。
構築対象となる大気中の原質と改変後に生み出す情報体の原質を照合する。
術式の構築に必要な原質を取り出し、演算して、変換手続きを済ませた原質のパターンをひとつひとつ積み上げていく。
原質への干渉を可能にしている重剣型の装具に無意識領域下で形作った情報体を投影すると、改変した事象が具現化した。
風系封魔の基本術式を重剣に纏った堅持は、その効力を確かめるために重剣を振った。
遠心力によって装具から乖離された風が玲衣を襲う。風圧を受けて髪と洋服のひらひらとした部分をはためかせた玲衣は、咄嗟に両方を抑えると、堅持をキッと睨み付けた。
「乙女に風を向けるなんて、やらしいんじゃないのあんた!」
途端、堅持は場外の女子学生たちから一斉に非難の声を浴び、思わず玲衣を見詰めてしまった男子学生たちはばつが悪そうな顔をした。
「おわっ、すまん」
反射的に謝ってしまう堅持。玲衣は手櫛で簡単に髪を整えると、
「ま、でも、あんたもあたしも、まだあんまりちゃんとした封魔術は使えないみたいね」
「そうみたいだな。だけど——」
堅持が駆け出し、重剣を横に薙ぐ。
それを屈んでやり過ごした玲衣に、堅持は手首を返して不格好ながらも袈裟懸けの二発目を撃ち込む。玲衣は短剣の柄に空いた左手を添えて、かろうじて二発目の剣閃を受け流した。
「そんな大振りじゃ当たらないよっ!」
そして、至近距離からの火球。
腹部に火球の直撃を受けた堅持の身体が後方へと吹き飛ぶ。衝撃により二メートルほど飛ばされた堅持は、その場に膝を突いて腹部を押さえた。
服には若干の焦げ跡が見られたが、見た目の派手さに反して火傷などの怪我はない。これも封術結界が与える術式リミッターの効果だろうか。
「チクショウ、やりやがったなこの……」
顔を上げた堅持の目の前に玲衣が立っていた。
彼女は勝敗を決定付ける短剣の一撃を堅持に向けて放つ。
装具が人間を傷つけることはないと事前に教えられているとはいえ、無抵抗の相手に対してほとんど迷いのない玲衣の一撃に、堅持は反射的に重剣の柄から手を離すと、短剣が握られた彼女の手首を掴んで思いきり投げ飛ばした。
「え、うっそ!?」
宙を舞った玲衣は受け身も取れずに地面に落ちる。叩きつけられた衝撃により肺に溜まっていた空気が外へと漏れて咳き込む。
しかしすぐさま起き上がると、慌てて堅持に向き直った。
「おっと、わりぃわりぃ。大丈夫か、玲衣?」
「……今のって、拳術だよね」
「これでも一応拳術部員だからな。徒手空拳の戦闘術も使える。……使うつもりはなかったんだけどな」
封術用語である拳術は、封術と格闘術を組み合わせた近距離戦闘技術のことを指している。
封術師同士の戦いでは装具か封術による戦闘が基本となるが、格闘術を使う者も少なくない。
堅持が行ったのは装具を使わない徒手格闘技のひとつだった。
「女の子に拳を向けるなんて、ずいぶんじゃない」
再び場外から非難を浴びる堅持だったが、勝負事で非難される謂われはなかった。
「まあ拳術でも剣術でも、何でも良いけどね。あたしもそろそろ本気を出すよ」
「良いぜ。そろそろ白黒つけようか」
「その台詞、大体負ける方が言うんだよねっ」
「うるせっ」
「それじゃ行くよ。あたしの最速でキメてあげるからっ!」
中段で重剣を構えた堅持に対して、玲衣はスッと身を低くすると、突如、スプリンターのような初速で駆け出した。
予備動作が短かったために反応が遅れた堅持だったが、短剣のリーチが短かったことが幸いしてどうにか反応が間に合った。
下段から放たれる勢い任せの一振りを重剣で受ける。そこを中心に身体を捻ると、腕の力と遠心力を利用した大胆なフルスイングで応戦した。
猫のような身のこなしと足捌きによってギリギリの位置でこれを躱した玲衣は、上体を後ろに逸らして宙返りをする。彼女の身長の約半分だけ二人の距離が離れたところで、玲衣は逆手に握った短剣を堅持に向けて投げた。
その思いがけない行動に思わず眼を見開いた堅持は、反射的に投擲を防御をするために重剣を構えた。
だが、装具は所有者の『意』そのものであるため、玲衣の手を離れた装具はすぐさま消滅してしまう。そして再び、装具は彼女の手の内に召還された。
単なる目眩ましの攻撃に、堅持は身体の正面で防御体勢を取ってしまっていた。重剣の広い刀身によって狭められた堅持の視界には、短剣を手にして迫る玲衣の姿を完全には映しきれていなかった。
それでも、所詮は素人同士の戦いだ。
単調な薙ぎ払いならば、腕の動きだけを追っていれば素手でも十分に対応できる。
重剣の柄から左手を放し、玲衣の右腕を押さえ込もうと画策した堅持だったが、玲衣は彼の目の前で一瞬動きを静止させたかと思うと、不意に目の前から姿を消した。
そして次の瞬間。
堅持の背後に現れた玲衣が短剣を一閃した。
「これであんた、一生あたしのパシり決定だねっ」
堅持の背中——その右脇腹から左肩にかけて、斬撃の跡を示す証明光が発光した。
次回の更新は少し遅れます。
2013/01/04 可読性向上と誤記修正対応を実施