第11話「騒動」
蛇足回です。
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昼休みも残りわずかとなった頃、秋弥は西側二階の廊下を歩いていた。
思った以上に長い時間二人の会長に捕まってしまったため、本日の昼食抜きは確定していた。確認せずに来てしまったが、今更学生食堂へ行ったところで、玲衣たちが待っているということもないだろう。
その道すがら、秋弥は自治会長から告げられた、自治会役員の任命について考えていた。
(自治会に入れば、去年の封術事故を調べることができるか?)
学園の運営は、学生自治会によって行われている——その中には封術事故の起こった四校統一大会も含まれていると、悠紀自身が話してくれた。
昨年の四校統一大会で起こった事故が、偶発的なものであったとは考えづらい。
秋弥はそのときの試合を観戦席から観ていたのだが、姉の対戦相手であった鷺宮封術学園の制服に身を包んだ封術師見習いが、学園代表の一人に恥じない技術と力を持った選手であることは疑いようもなかった。そんな対戦相手が、封術の暴走を引き起こすような、無茶苦茶な術式を組むとは思えなかった。
にも関わらず、何の前触れもなく突然、発動しかけていた封術式が破綻した瞬間を秋弥は見ていた。
そこには、何らかの特殊な要因があったはずだ。
それに、『秋弥が興味を持つ何か』というのも気になっていた。自信満々に断言したスフィアが嘘を吐いているようには思えなかったし、悠紀のわざとらしい三文芝居も、その『何か』について秋弥に言及されないように、誤魔化そうとしていたようにも思えた。
などと考えているうちに三組の教室の前までやってきた秋弥は、中の様子が騒がしいことに気が付いた。
閉ざされたドアの向こうから漏れ聞こえてくる怒声には、聞き覚えがあった。またぞろ厄介事が起こったのではないかと内心で閉口しながら、秋弥はドアを開けて教室に入る。
教室の中央付近に、人集りができていた。
ドアという名の遮蔽物が無くなってクリアに聞こえてきた怒声はやはり——。
「何かあったのか?」
人垣を作っていた三組のクラスメイトたちのうち、一番身近なところにいた男子学生に後ろから声を掛ける。
「それがよ。俺も良くわからねぇんだけど、牧瀬が鶴木に突っかかったみたいなんだよ」
「ふぅん」
「何か、聞いてる限りだと九槻がどうとか……って、おわっ!? 九槻!?」
素っ頓狂な声を上げた男子学生——丹羽に片腕を上げてあいさつをすると、こちらを振り向いた数人のクラスメイトたちが揃って眼を丸くした。
「九槻君、大変なのよ!」
「牧瀬が鶴木に襲われてるぞ」
「違うわよ、鶴木君が玲衣を襲ってるのよ!」
「そうか……って一緒じゃねぇかよ。おい、九槻。お前早く仲裁に入れよ!」
「お前の嫁だろ、早く何とかしろよ」
「皆! 皆、道を空けて!」
渦中の人物である(らしい)秋弥が現れたことで、混沌としていた教室内にいっそう拍車がかかったようだ。人垣の群れが、思い思いのことを言い始めている。若干訂正が必要なものも中には混じっていたような気もするが、今は気にしない方が良いだろう。
人垣が割れて、中央で対立する二つが露になる。
眼鏡を指で押し上げて嘲笑にも似た皮肉気な笑みを浮かべる鶴木と、眉を吊り上げて、毛を逆立てて威嚇する猫のような玲衣が、お互いに睨み合っていた。玲衣のそばには堅持が立ち、瞳を怒りの炎で燃やしている。そこから少し離れたところでは綾と奈緒が二人を止めに入ろうとして入れず、オロオロとしていた。
「鶴木にシュウ君の何がわかるっていうのよ! 勝手なこと言わないでくれる!?」
「ふん、それはこっちの台詞だよ。『アレ』は封術師にとって害悪にしかならない」
「はっ! 害悪? んなわけねぇだろうが。お前、秋弥が隣神を倒すところ見てなかったのかよ」
「見ていなかったのは君らの方だろう。隣神を倒したのも調律を行ったのも九槻じゃない。あの隣神の方じゃないか」
「隣神がどうしたってんだ! 秋弥が俺たちを助けてくれたのは事実なんだから、何の問題もねぇだろうが!」
「君は馬鹿か? 隣神を従えているような人間のすることを真に受けたのか?」
小馬鹿にするように、鶴木は鼻で笑った。
「思考停止も大概にするんだな。愚かしい」
「な……っ!?」
「あの紅い装具だってそうだろう。なぜ九槻は、神器の範疇を逸脱した装具を自在に扱えるんだ? そのことに何の疑いもしないなんて、本当におめでたいな」
あくまでも冷静な態度を崩さない鶴木とは対照的に、挑発されて怒りの感情が沸々としている玲衣と堅持。
一触即発——二人の表情は、今にも鶴木に掴み掛りそうなほど鬼気迫るものだった。
「……綾、奈緒」
秋弥は二人のそばに近寄ると、そっと声を掛ける。
「…………!」
二人は驚いて声を上げそうになったが、口元に人差し指を当てる仕草で制した秋弥は、手招きをして二人を後ろに下がらせた。
その際にちらりと玲衣たちの方に視線を向ける。互いに互いの姿しか見えていない三人が、秋弥の存在に気付いた様子はなかった。
「九槻君! 大変、大変なの!」
「玲衣ちゃんと沢村さんが!」
「少し落ち着け、二人とも」
静かな声で諭すと、二人は大きく深呼吸をした。
「綾、いったい何があったんだ」
「えっと、お昼ご飯を食べ終わって教室に戻ってからのことなんですけど」
学生食堂で昼食を済ませた綾たちは、昼休みが半分を過ぎても秋弥が戻って来なかったので、一足先に教室へと戻った。すると、秋弥を呼び出す学内放送を聴いていたクラスメイトたちが綾たちの周りに集まったそうだ。
装具選定での事情を知っている彼らは、学内放送とそれを結びつけて、学生自治会からの呼び出しがその件に関係しているのではないかと勘ぐったのだという。
詳しいことはわからないと綾たちは答えたのだが、そのとき偶々近くを通りかかった鶴木が、何かを言ったらしい。
綾と奈緒は彼が何と言ったのか聞き取ることができなかったそうなのだが、その言葉を聞いたらしい堅持が突然、鶴木に掴みかかろうとした。
玲衣が咄嗟に止めに入ったのだが、二人の口論を聞いているうちに彼女も火がついてしまい、気が付けば今のような構図になっていたということだ。
時折奈緒からのフォローを受けながらの綾の話を聞き終えた秋弥は、困った表情を浮かべた。
口論の内容はどうやら、学生自治会からの呼び出しに起因したものだったようだ。
隣神リコリスや、秋弥が用いた紅の装具について、危険だ、監視対象にすべきだと論じた鶴木に対して、それを誹謗中傷だと受け取った堅持と玲衣がヒートアップしたというわけだ。
学生自治会が学園に与えている影響力を、星条会長と同じく『星鳥』の一人である鶴木は知っていたのだろう。だからこそ、学生自治会からの呼び出しをそのように受け取ったのではないだろうか。
「私、どうしていいかわからなくて……」
押し黙ってしまった秋弥を見て不安を覚えたのか、綾が瞳に涙を浮かべて見上げてくる。
秋弥はそんな彼女を安心させようとして笑みを向けた。
「とりあえず、俺が何とかするしかないだろうな。二人はここにいてくれ」
そういえば二人とも『星鳥』だったなと思いながら、秋弥は火中の栗を拾うが如く、三人の間に割って入った。
「ずいぶん盛り上がってるな、玲衣」
「……っ!? シュウ君……」
「九槻……」
驚きに眼を見開いた玲衣。背後に鶴木からの刺すような鋭い視線を感じた。
「秋弥! コイツがお前の——」
「——堅持」
堅持が何かを言おうとしたが、それを遮るように秋弥は彼の名前を呼んだ。
「鶴木に何を言われたかは知らないが、お前がそこまで怒るようなことじゃない。それと玲衣。ミイラ取りがミイラになってるぞ」
まさか秋弥から窘められるとは思っていなかったのだろう。堅持が面食らった表情を秋弥に向けた。玲衣の方はというと、事実を突きつけられてバツが悪そうに俯いた。
そんな二人の様子を見た秋弥は、鶴木に悟られないように目配せと頷きを以って「後のことは引き受ける」と二人に伝えた。
「鶴木、悪いな。些細なことで二人が迷惑を掛けたようだ」
「ふん。まるでこいつらの保護者だな、九槻」
鶴木の視点からでは、秋弥が二人を背中に庇っているように見えたのだろう。
同級生を完全に見下した態度の鶴木を、秋弥は冷ややかな眼で見詰めた。
「そういうお前こそ、本人のいないところで陰口を言うタイプには見えなかったけどな」
「……なんだと?」
「今なら俺に直接言ってくれて構わないぞ。何でも言ってみろよ」
前言の謝罪は何処へやら。わざと相手の神経を逆撫でするような言葉を並べる秋弥に、鶴木本人よりも外野の方がざわめいた。
何を考えてるんだ、何故そんなことを言うんだ、という心の声が聞こえてきたような気がした。
「なんだ、やはり陰口しか言えないヤツだったのか」
さらに鶴木を挑発すると、彼の眼鏡の奥に潜む瞳に光が灯った。
「……僕は、九槻じゃなくても隣神を倒せたと、そう言っただけだ」
やがて、鶴木はぽつりと言った。
「ふぅん。それなら、お前になら倒せたと言いたいのか?」
「そうだ」
「だったら、どうしてお前は何もせずに見ていたんだ」
「それは……」
鶴木は一瞬、口ごもった。
「それは、先生に止められたから……」
「なるほどな」
秋弥が人の悪そうな笑みを浮かべる。
いつしか会話の主導権が秋弥へと移り変わっていた。
「つまりお前は、『自分になら対処できたが、他人に止められたから何もしなかった』と、そう言いたいんだな」
「……っ!」
鶴木だけでなく、秋弥を除く全員に緊張が走った。
「おかしな話だな。そこにいる朱鷺戸綾は自分の判断で沢村堅持と牧瀬玲衣、星条奈緒を護るために結界術式を使った。綾は封術師として最善を尽くしたと思うが、その間お前は、いったい何をしていたんだ?」
「…………」
「それに袋環教諭の救援も間に合わなかったあの場面で、俺が助けに入らなかったら、綾たちは今頃どうなっていただろうな」
「……れ」
「まぁそれもm全部仮定の話だ。お前の話と同じく、な」
「……黙れ」
「お前がどんなことを教わってこれまで生きてきたか、そんなことはどうでもいい。だけど、封術師を目指すのなら血縁、生まれ、才能——お前が持って生まれたあらゆるものを生かして、自分で判断をしたらどうなんだ?」
「——黙れよ!」
秋弥の煽りを受けた鶴木が、感情をむき出しにして怒鳴った。
秋弥は鶴木が表面上だけで冷静さを装っているということを、一目見て看破していた。
相手が直情型の玲衣と堅持だったからこそ、鶴木は冷静さという名の仮面を被り続けることができていた。しかし、突然乱入してきた秋弥によって状況が変わってしまった上、会話の主導権までも奪われてしまったことで、彼のその仮面は崩れかけていた。そこに追い打ちをかけるように、秋弥から立て続けに挑発を受けたことで、ついには被っていた仮面が決壊したのだった。
「だったら、今ここで見せてやるよ! 僕の力を!」
言葉とともに鶴木は装具を召還する。肘から手の甲までを覆う篭手が制服の上から瞬時に装着されると、それを秋弥へと向けた。
瞬間、篭手の先端にある発射口から黒曜石にも似た色を持つひし形の物体が飛び出す。
眼を凝らさなければ視認できないほどの極細の糸で篭手と結び付けられたひし形の物体は振子——ペンデュラムと呼ばれるものだ。
鶴木家の血統が得意とする、糸を用いた束縛系封魔術——その血を受け継ぐ鶴木真の装具は、強化型中距離系振子である。
刃にも似た振子が、秋弥目がけて飛翔する。
為す術も無くただ呆然と立ち尽くしている秋弥を見て、鶴木は内心でほくそ笑んだ。
いくら感情に任せた行動だったとはいえ、鶴木は理性まで完全に失ってはいなかった。
ギリギリのところで静止させて一泡吹かせてやる。
そんな思いを抱いていた鶴木だったのだが、次の瞬間に起こった現象によって、彼は逆に一泡吹くことになった。
綾と奈緒が両手で瞳を覆い、玲衣が悲鳴にも似た高い声を上げる中、振子は秋弥の目の前で突然、停止した。
鶴木の意思によって、ではない。
突如として空中から舞い落ちた、血よりも紅い一片の花びらに触れたことによって、振子が加速度と慣性を失ったのだ。
「な、ななな……」
鶴木は声を戦慄かせた。振子に対する事象の干渉は今もなお続けている——現に、浮力を操作していることで振子は空中に留まり続けているのだから。
しかし、どんなに振子への干渉力を高めても、振子は一寸たりとも前に進もうとはしなかった。
振子に触れた花びらはひらひらと舞いながら、床に落ちる前に光の粒となって消滅した。
「無駄だ。術式をキャンセルしてもう一度組み直さない限り、もう何もできないぞ」
秋弥が冷めた視線を鶴木へと向ける。装具を召還した様子は見られないが、彼が何らかの術式を発動させたことは間違いない。
だが、どんな術式を使えばこのような状態を創り出すことができるのか、鶴木には見当も付かなかった。
「それに、本棟内での装具および封術の使用は禁止されている。わかったら今すぐに装具を仕舞った方が良い」
鶴木は憎々しげに唇を噛み締めながら、指摘されたとおりに装具を装飾品へと戻した。
「九槻……お前はいったい、何の術式を発動させた……」
忌々しげに秋弥を睨み付けたままで、鶴木が問うた。
「特定エネルギーの供給を無力化する情報改変の封魔を使っただけだ。……俺ではなく、リコリスがな」
リコリス——袋環がクラス1stと評した高位隣神の名を聞いた鶴木の瞳に、憎悪とも嫌悪とも取れる強い負の意志が宿った。
「……九槻、僕はお前を絶対に認めないからな」
「認めてくれと頼んだ覚えはないんだがな」
ニヤリと口元を歪める秋弥に、鶴木は舌打ちをすると、苛立ちを隠そうともせずに言った。
「約束しろ、九槻。休み明けの対人戦闘訓練で僕と戦え」
一方的なライバル意識と、闘志の炎を燃やしながら——前期の授業カリキュラムに目を通していた秋弥は、対人戦闘訓練というのが、特別訓練棟の施設を利用した最初の実技授業を指しているのだと察した。
衆人環視が見守る中で、鶴木はその授業内容にある模擬戦の対戦相手に、秋弥を指名したのである。
「あぁ、いいよ」
秋弥は軽い口調でそれに応じる。
瞬間、教室中が歓声で沸いた。
「だけど、今度からは他のやつらを巻き込むようなことは止めてくれ」
と、不意にドアの開く音がして一般教養の教師が午後の講義を行うために教室に入ってきた。
教室内を包み込む異様な雰囲気と、学生たちが一か月に集まっていたことに教師は違和感を覚えたのだが、まるで示し合わせたかのように全員が静かに自席へと戻っていくのを見て、気のせいだったのかと思い直したようだ。
結局、最後まで鶴木が謝罪の言葉を口にすることはなかった。
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通常、中学や高校の授業は一コマ四十五分から五十分で行われるが、高等教育機関に属する鷹津封術学園の講義(授業)は、一コマ九十分で行われる。
人間の脳のリズムが九十分周期であることと関連があるのかは定かではないが、午前二コマ、午後二コマから三コマというのが、封術学園の標準的なカリキュラムとなっている。
この日は午後の講義が二コマ入っていたが、昼食を抜いたことが原因かその直前のいざこざが原因か、午後の一コマ目を終えたところで精神的な疲労感が良い具合に溜まり始めていた。
そんな秋弥の席のまわりに、十五分間の休憩時間を利用していつものメンバーが集まってきた。
その四人の表情が、暗く沈んでいる。
気まずそうに眼を逸らす玲衣。その様子を不安げに見つめる綾と奈緒。そして、授業中もしきりにこちらを気にする素振りを見せていた堅持。
皆が揃ったのに、いつものような雰囲気はない。
四人は互いの様子を窺うばかりで、口を開こうとはしなかった。
「……あー」
そんな状況に耐えかねたのか、堅持が頭を掻きながら言った。
「さっきはその……秋弥にも迷惑を掛けちまって、悪かったな」
「ん?」
堅持の台詞が鶴木との一件を指していることはわかる。しかし、彼の言葉の意味が理解できずに首を捻った。
「迷惑? どういう意味だ?」
「どういうって……そりゃぁな」
互いに顔を見合わせる堅持たちを、気持ち的に一歩離れて見ていた秋弥は、ふと表情を消した。
「俺は、どういう意味で『迷惑を掛けた』なんて言ったのかって聞いてるんだが?」
やや声を低くして言った秋弥に、堅持が気圧されたようにたじろいだ。
傍観者だった綾と奈緒の二人は、秋弥を纏う雰囲気が唐突に変化したことに驚いて眼を丸くしている。
「い、いや、ごめん」
「ごめんじゃないし、否でもないんだよ。俺はただ、理由を聞いてるだけだ。もしかしてそれも答えられないのか? 何となく口にしてみただけなのか?」
「……」
「えっと、あの……九槻さん?」
「綾、すまないが少し黙っていてくれ。今は堅持と話をしているんだ」
堪らず何かを言おうとした綾に対して、堅持からわずかも視線を逸らさないまま、秋弥は彼女の台詞を一蹴した。
「どうなんだ、堅持。何も言えないか?」
女子三人がハラハラと事の成り行きを静かに見守る中で、秋弥からの強い視線を正面から受け続けた堅持は、やがてゆっくりと言った。
「いや……そうじゃねぇよ」
それは弱々しく、か細い声だった。今にもかすれて消えてしまいそうなほどの声だ。
「オレが短気だから、鶴木のヤツの安っぽい挑発に乗っちまったんだ。それなのに、関係のない玲衣や、お前まで巻き込んじまってさ。それで、お前らに迷惑を掛けたなって……」
言い終えて、下向けていた堅持の視線がわずかに持ち上がった。秋弥はその双眸を捉えた。
「……馬鹿か、お前は」
「……っ!」
奇しくもそれは、堅持が鶴木から言われた言葉と同じだった。
ただしそれは、堅持を嘲るものでも、ましてや馬鹿にしたものでもなかった。
鶴木のものとは百八十度意味合いの違う、同じ言葉だった。
「堅持、お前は勘違いをしている。……本当に謝らなければいけないのは俺の方だ」
それは少しも謝ろうとしている態度ではなかったが、辛気臭くて気まずい空気を打開するためには、不遜な態度に徹した方がより効果が高いと秋弥は判断した。
「お前は確かに少し、怒りっぽい。否、感情の起伏が激しいと言い換えた方が良いのか。だけど、今回の原因を作ったのはお前の短気さじゃないだろ。それは一つの側面的な見方にすぎない」
秋弥が何を言おうとしているのかわからず、堅持は怪訝そうな眼差しで彼を見詰めた。
いいか、と言葉を繋ぐ。
「お前が腹を立てたのは何でだ? お前がその安っぽい挑発に乗ったのは何故だ? 自分の事でもないのに、どうしてだ?」
まるで電撃が走ったかのように、堅持は身を硬直させた。堅持と鶴木の口論に煽られて便乗する形となった玲衣も、彼の言葉が自分に向けられているかのように聞き入っていた。
「そもそもの原因というなら、それはすべて、俺のせいだ。お前がたまたま俺と同じ年に封術学園に入学して、たまたま俺と同じクラスになって、たまたま俺の前に座ってて、たまたま俺の友達になった。たったそれだけのことで、お前は俺みたいな他人のことで、怒れるような人間なんだよ」
——俺には真似できそうもない。
心の中でそう付け加えて、秋弥は表情を戻した。
「だから、俺がお前に感謝することはあっても、お前が俺に謝る必要も、迷惑を掛けたと思う必要もないんだよ」
片頬を持ち上げ、ニヤリと微笑む。
「友達ってのは、きっとそういうもんだろ?」
言ってから、少々臭すぎたか、と秋弥は軽く頬を掻いた。
「九槻さん……」
「九槻君……」
感激した様子の大人しめ系女子二人を横目に、賑やかし系二人の顔色を窺う。
枯れた花みたいに萎れていた玲衣の表情にも光が射しこむ。
「そうだね。うん、落ち込んでたあたしが馬鹿みたいだったよ!」
やがて、活発で華やかな玲衣のイメージが帰ってくる。
逸らしていた視線が秋弥のそれと重なると、照れたようにはにかんだ。
「玲衣は綾たちを見習って、もう少し大人しくした方が良いかもしれないけどな」
「な、なにをーっ!」
「——秋弥」
もう一人の賑やかしに、名前を呼ばれる。
「その、ありがとな」
「感謝される謂れもないんだがな。まあ、もらえるものはもらっておくよ」
「……お前ホント、イイ性格してるよな」
「性格が良いなら何も問題ないだろ」
「イイ性格だって言ってんだよ!」
「それと、次からはそんなくだらないことで、つまらないイザコザを起こさないようにしてくれよな」
「……なんだよ。やっぱり迷惑に思ってるんじゃねぇか」
「違うよ。気にかけてるんだ」
「……チッ」
小さく舌打ちをする堅持。
それが彼なりの照れ隠しなのかもしれないなと秋弥は思った。
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「ふぅん、奈緒のお姉さんとスフィア会長の二人がね……」
ようやくいつもの雰囲気に戻った堅持たちだったが、十五分という短い休憩時間はあっという間に過ぎてしまい、四人は自席へと戻っていった。
そして午後の二コマ目を終えて放課後を迎えたところで、再び四人は秋弥の席の回りに集まっていた。
「ということは、何か悪いことして呼び出されたわけじゃなかったってことか」
「だから、シュウ君をあんたと一緒にしないでって言ってるでしょ」
「んだとコラ!」
「もう、二人とも止めなよー」
奈緒が玲衣と堅持をなだめる。すっかりその光景に慣れてしまった綾は傍観者に徹していて、コロコロと微笑んだ。
「九槻さんは、自治会に入ろうとは思わなかったんですか?」
「ああ、今のところそのつもりはないよ。だけど——」
——だったらクツキ、キミはそれほど遠くないうちに学生自治会に入るよ
スフィアの言葉がどうにも胸のうちに引っかかっている。
彼女の言葉に従うのなら、それはすぐに明らかになるということだったが——。
「……あの、九槻さん?」
呼びかけられ、秋弥はすぐに思考の海から抜け出した。気遣わしげな綾に、何でもないよと笑みを向ける。
「でも勿体無いなぁ。だって、学生自治会だよ。それも自治会長と維持会長の二人のお墨付きだなんてさっ!」
「つうかそれだよそれ。やっぱり、装具選定でのアレが理由なのか?」
幾分声のトーンを落とした堅持の言葉に、秋弥は頷いた。
「はっきりとそうだと言われたわけじゃないが、会長たちの口ぶりからすると、そうだろうな」
「どこかから、シュウ君を見てたってこと?」
「それならたぶんゲート観測室だと思うよ。訓練棟からエレベーターでゲートに下りる途中にあるの。一般学生は入れないんだけど、お姉ちゃんなら、たぶん——」
自治会長権限で入れるのではないか、ということらしい。同じように治安維持会長であるスフィアにも、入室権限があるのかもしれない。
「まあ今すぐどうこうってわけでもないし、気にしていても仕方のないことだよ」
ただし、そうだと思えるだけの確信が、秋弥の中にはなかった。
2013/01/02 可読性向上と誤記修正対応を実施




