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七.おじいちゃんからの依頼

(注:シモネタ内容を含みます)

『お前のじいちゃんがいけないんだぞ』

 レギュラー落ちの危機に面している俺は、菜月に向かってそう叫びたかった。

 そう、あのウンチパンツ事件の時のように。

 しかしそれを菜月に叫んでも、ただの八つ当たりに過ぎない。そのことがわかるくらいに俺は大人になっていた。

 だから、まずは自分でできる限りのことはやろうと思った。朝のランニングもその一つだ。しかし――ブリブアシステムのカウント数は、まだまだ部員の平均には至らない。


 持久力がそう簡単に身につくとは思っていない。

 しかし、菜月のじいちゃんの発明のせいで苦労して掴んだレギュラーの座を追われるのは納得がいかなかった。

 それを叫んでもしょうがない。でも叫ばずにはいられない。そんなもどかしい気持ちに俺は囚われる。

 ――納得いかねえなぁ。

 今日の紅白戦でも、他のメンバーと同じくらい動いてたと思っていたのに……。

 俺は半月前のことを思い出していた。


 ブリブアシステムが導入された当初、俺はシステム自体に疑問を持っていた。

 なんてったって菜月のじいちゃんの発明だもんな。

 ちゃんと測定できているとはとても思えなかった。

 しかしカウント数が記録される様子を見せてもらうと、動きにちゃんと連動して正確に測定されていることがよく分かった。俺はそれで一応、理解はした。

 しかし理解と納得は別物だ。

 俺がブリブアの結果が正しいんじゃないかと思い始めたのは、それからしばらく経ってからだった。

 ブリブアが出したカウント数は、自分でもサボったと思う時は少なかったりする。

 逆に、頑張った日にはカウント数もちゃんと上がっていた。

 悔しいことに、自分の頑張り具合とカウント数の増減は見事に対応しているのだった。


 今ではもう部員のほとんどがシステムに納得している。

 きっと俺と同じように、カウント数が自分の頑張り具合を反映していることを実感したからだろう。菜月のじいちゃんの発明にしては、驚くべき成果だ。

 そう、ブリブアシステムが部内にすっかり浸透してしまった今では、いくらシステムの批判をしてもただの負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだ。

 ――でもこのままじゃ、俺の気持ちが収まらないぜ。

 だったらせめてもの腹いせに、発明者に文句を言ってやろう。

 俺は、菜月が外出している時を見計らって、黒坂家を訪問した。


「おい、ジジイ。何てものを発明してくれたんだよ」

 菜月の家の庭先にじいちゃんの姿を見つけると、俺はいきなり啖呵を切った。

 じいちゃんは剪定鋏を持って、庭の手入れをしているところだった。

「よお、早速来たな背番号十一番。今日はちょっと荒れとるの」

 じいちゃんは、俺がそのうちやって来ることを予測していたようだ。それならこっちも都合がいい。

「そりゃそうだよ、じいちゃんの発明のせいで俺はまたひどい目にあってんだからさ」

「それは自分の実力が足りないからじゃろ? そんならわしに文句を言われても困るのう。昔から言っとるじゃろ、お前はひといち倍努力しろって」

 ぐっ、いきなりそれを言われるとつらい。

 確かに昔から俺は、菜月のじいちゃんに人一倍努力しろと言われて続けてきた。小学、中学、そして高校になってレギュラーを取れたのも、そのお陰だと思っている。

「でも、秋の公式戦の前というこのタイミングであんな発明を持ち出すなんて、酷くねえか」

「お前はまだ二年生じゃろ? だったら今回のレギュラー落ちをバネにして、さらに頑張ればええことじゃ」

「だから、まだ落ちてねえって! おい、ジジイ。どうやったらあのカウント数が上がるか教えろ」

 俺はじいちゃんに詰め寄った。

「それは人に物を聞く態度じゃないのう」

 じいちゃんは臆することなく俺に向かって鼻を鳴らす。

 ジジイめ、人の足元見やがって……。

 でも背に腹は変えられぬ。今だけほんのちょっとの我慢だ。

「ゴメン、謝る。あのシステムの仕組みを教えてくれ。このままじゃ、本当にレギュラーを外されちまうんだよ。じいちゃんの言うことは何でも聞く。新しい発明の実験台になってもいい。だからこの通りだ、よろしく頼む」

 俺は何度もペコペコとお辞儀をした。

 新しい発明の実験台になってもいいと言ったが、今まさに実験台になっているような気もするが……。

 すると、やっとのことでじいちゃんは表情を崩した。

「はははは、それだけお前も真剣ってことじゃな。では教えてやるか」

 このクソジジイ、今に見てろよ。

 仕組みを知ったら用無しだからな。

 こうして俺は、菜月のじいちゃんからブリブアシステムの仕組みを教えてもらうことになった。


「というわけで、ゴム紐に近くで振り子が揺れるとゴム紐に電流が流れて電波が発生する。それを記録しとるんじゃ。つまり、振り子の揺れた数を測定してるってことなんじゃよ」

 なんか説明が難しかったけど、要は血液が流れてるものがゴム紐の近くで揺れるその数を測定していることだけは分かった。


 それはつまり、走っている時の腕の振りを測定してるってことじゃねえか。


「ありがとよ、じいちゃん」

 ふふふふ。これで対策はバッチリだ。今後の練習試合や紅白戦で、人一倍腕を振ればいいだけだ。

「おっと、待つんじゃよ真ちゃん。仕組みを教えてやった見返りと言ってはなんじゃが、ちょっと協力してもらいたいことがあるんじゃが」

 菜月のじいちゃんの目がキラリと光った。

 ヤバイ。

 この感覚は以前経験したことがある。

 そうだ、ウンチパンツの時だ。

 すぐにこの場を去った方がいい。俺の本能がそう告げていた。

「それじゃあ、俺、用事があるんで」

 するとじいちゃんの眼差しが鋭く変化する。

「ゴム紐の仕組みを聞いてズルをしようとしていることを、バラされてもええんかな?」

 おいおい、今度は脅しかよ。

 でも他人にバラされるのはまずい。特に菜月には。

 動きを止めた俺を、じいちゃんはニヤニヤと笑いながら見ている。

「それにさっき、何でも言うことを聞くって言っとったじゃろ?」

 くそっ、ジジイの奴め、最初からこれを狙ってたんだな。

「わかったよ、じいちゃん。なんだよ、その協力してほしいってことは?」

 仕方ない、約束は約束だ。

 俺が観念すると、じいちゃんが切り出したのは意外な提案。

「商売じゃよ、商売。わしも開発費が必要でな。その相談をしたいんじゃ」

 なに? 今度は商売だって?

 菜月のじいちゃんのことだ、なにか危ない内容であることは間違い無い。

 きっと発明した変なものを売れってことだろう。それって、一歩間違えば詐欺の片棒を担ぐことになるかもしれない。

 ――頼むから警察に捕まるのだけはカンベンしてくれよ。

 俺は不安な気持ちに包まれたまま、じいちゃんの話に耳を傾けた。


「実はな、このゴム紐なんじゃが、菜月のパンツにも仕込んであるんじゃよ」


 えっ!?

 何だって? 

 あのゴム紐って、菜月のパンツにも仕込んであるのかよ。

「じいちゃんよ。ちなみに聞いておくが、菜月はそのこと知ってんのか?」

「知らんよ。おそらく」

 全くいけしゃあしゃあと。

 おいおい、それじゃあ勝手に付けたってことなのか。

 菜月が自分の孫だからって、やっていい事と悪い事があるんじゃねえのか? 俺達もう高校生だぜ。

 呆れる俺をよそに、じいちゃんは話を続けた。

「たった今、仕組みを聞いたお前なら分かるじゃろ? どういうことが起こるかということが」

 どういうことが起こるかって?

 確かこのゴム紐は、近くで腕を振ると電波を発する仕組みになっているということだった。ということは――

「パンツから電波が出る」

「そうじゃ、しかもパンツごとに違う周波数でな」

 でもそれがどうやったら商売に結びつくんだ?

 全くわけがわからない……。

 おれがポカンとしていると、今度はじいちゃんが呆れた声を出した。

「おいおい、これだけ言ってもまだわからんのか? パンツごとに違う電波が出るってことは、電波を受信すればパンツの種類がわかるってことじゃろうが」

 そうか、電波を受信すれば菜月がはいているパンツが分かるのか。って、それを何に使うんだよ。

「わしはこれを利用して、菜月がはいているパンツを調べるアプリを作ったのじゃ」

 そう言って、じいちゃんはおもむろに懐から何かを取り出した。

 銀色に光るそれは――スマートフォン。

 えっ!?

 老人にスマートフォンは何だかミスマッチだし、アプリという単語も一瞬仏教用語のように聞こえてしまった。しかしそんなことはどうでもいい。俺の目を釘付けにしたのは、じいちゃんが見せるその画面の中身。


 そこには菜月所有のパンツのリストが、写真付きで表示されていたのだ。


 ――こ、これは、菜月のパンツ図鑑じゃねえか。

 俺があっけに取られていると、嬉しそうにじいちゃんが言う。

「このアプリはな、パンツからの電波を受信すると、その周波数に相当するパンツに印を付けてくれるんじゃよ。どうじゃ、興味あるじゃろ?」

「い、いや、ないけど」

 サラリと言ってやったさ、冷静を装いながら俺は。

 幼馴染が今さらどんなパンツをはいているのかなんて興味はない。

「お前はそうかもしれん。子供の頃から菜月のパンツを見て育ったからな」

 確かにそうだ。幼稚園の頃の菜月はパンツ丸出しだったし、小学校の頃はよくスカートめくりをやっていた。

 そんな百戦錬磨の俺でも、このパンツ図鑑にはちょっとドキドキする。

「しかしお前のクラスの男子生徒が全部お前と一緒とは限らんぞ。このアプリを欲しがる奴がいるに違いない。そこで相談なんじゃが、このアプリがどれくらいの金額で売れそうか、調べてほしいんじゃよ」

 クラスメートにこのパンツ図鑑を売る!?

 その言葉に、不覚にも図鑑に見とれていた俺は我に返る。

 おいおい、何だよその依頼って!?

 菜月のパンツに発情して、ストーカーになっちまう奴が現れたらどうすんだよ。そしたら、あんたの孫が危険にさらされることになるんだぜ。

 というか、それ以前に菜月のパンツに興味を持つ奴なんて――案外いるかもしれないな。菜月は意外と人気があるって、誰かに聞いたことがある。

 学校に行ったら、昭彦にでも聞いてみるか。

 ちなみに昭彦とは、菜月と同じく俺の幼馴染だ。偶然にも三人は今、高校で同じクラスになっている。

「でもじいちゃん、菜月にこれがバレたら殺されるぜ」

 値段を調べてくれって言ったって、それだけで済むとは思えない。

 もし高く売れることがわかったら、図鑑の売人も俺がやる羽目になるだろう。売っている時にはバレなくても、売った先で菜月にバレることだって十分考えられる。

「だから、その前に稼いでおきたいんじゃ。分け前はお前に半分やるから頼んだぞ」

 おいおい、バレること前提かよ。

 その時は頼むから俺を巻き込まないでくれよな。俺はじいちゃんに脅されただけなんだから。

「どうしたんじゃ真ちゃん。なんだか不服そうじゃの。いいんじゃよ、ズルしようとしていることをバラしても」

「わかったよ」

 チキショーめ。

 それにしても孫娘のパンツで稼ごうなんて、全くとんでもないジジイだ。

 俺は、そこはかとない敗北感に包まれながら黒坂家を後にした。


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