六.菜月の妄想
(注:シモネタ内容を含みます)
あまり寝られぬまま私は土曜日の朝を迎える。今日の部活は紅白戦の予定だ。
私はいつものように部室でブラブラセンサー、いやブリブアシステムをセットする。
パソコンを立ち上げて、じいちゃんの顔アイコンをクリックすると――今日も二十本のグラフがブラブラを、いや運動量を記録している。
今日は、十人対十人で三十分の紅白戦を三セット行なった。
運動量が一番多かった選手は――おっ、背番号十七番の亮くんだ。一万一千カウントを超えている。
亮くんってちっちゃくて可愛いから、アレもプラプラプラって感じで揺れてるのかな……って、キャー、私何を考えてるのかしら。
それよりも高志先輩の運動量はどうだろう。
背番号十番は――他の部員とほぼ同じで一万カウントくらいだ。
先輩は背も高いしがっちりしてるから、アレはブーラブーラって感じなんだろうな……って、あー、高志先輩のイメージが壊れてしまう。
ダメだ、ダメだ、ダメだ。邪念よ、出て行けっ!
そうだ、レギュラー落ちの危機が迫る真也はどうなってんのよ。
真也の背番号は十一番だから――おっ、九千五百カウント。部員の中ではまだ少ない方だけど、先週よりは上がってんじゃん。
でも他の部員並にアイツのアレが揺れてるってことは、子供の頃見たアレがちゃんと大きくなったってことよね。まあ、真也も大人になったってことか……。
そういえば、あいつのアレを最後に見たのはいつだったかしら。やっぱり、ウンチパンツ事件の時だったような気がする――
それは私達が小学校二、三年の頃だった。
私が公園で遊んでいたら、トイレの中から子供の泣き声が聞こえてきた。
どこかで聞いたことのある声だと近づいてみると、なにやらウンチ、ウンチと叫んでいる。
――あれは真ちゃんの声だ。
そう確信した私は、意を決して男子トイレに飛び込んだ。
「真ちゃん? 真ちゃんなの?」
見ると真ちゃんがズボンとパンツを脱ぎ下ろした格好で泣いていた。そのパンツには、ウンチがべっとりと付いている。
真ちゃんはトイレに入ってきた私を見ると、こちらを指差してギロリと睨んできた。
「お前のじいちゃんがいけないんだぞ!」
その声には強い怒りが込められていた。
えっ、私のおじいちゃんが何かしたの?
「パンツを下ろさなくてもウンチができるって言うから、信じてたのに……」
パンツを見ると、そこには針金やら何やらが仕掛けられている。
きっとおじいちゃんがまた変な発明をして、真ちゃんがその犠牲になったのだ。
そう思ったとたん、私の心は罪悪感で一杯になった。
「ごめんね、ごめんね」
私は、まだ睨み続けている真ちゃんの目を見ないようにしながら、トイレットペーパーで真ちゃんのお尻を拭いてあげた。何度も何度もトイレットペーパーを換えながら拭いてあげて、最後はちょっと濡らしたトイレットペーパーでお尻を綺麗にしてあげた。
その時、真ちゃんのアレを見てしまったのはしょうがない。だってウンチはお尻の前の方にも付いていたのだから。その時見たアレは、なにかウインナーのようなものがちょこんと突き出ているような印象だった。
お尻が綺麗になっても、真ちゃんは私のことを睨み続けていた。
――どうしよう、どうしよう。真ちゃんのパンツはウンチが付いちゃっててもうはけないし。
その時、私はふと閃いた。
――そうだ、私のパンツを真ちゃんにはかせてあげよう。
そう決意した私は、スカートの中に手を入れて自分のパンツを脱いだ。それは、お気に入りのイチゴ柄のパンツだった。
「……ッ!」
真ちゃんが何かを言おうとして呻いた。私はまた罵られるかと思い、すばやくイチゴパンツを真ちゃんにはかせると、真ちゃんの顔も見ずにウンチの付いたパンツをつまんで一目散に家に走って帰ったのだ。
お気に入りのイチゴのパンツをあげてしまうのは、ちょっと悲しかったんだけど……。
でもそれ以上に、おじいちゃんのせいで真ちゃんが悲しい目に遭うのが嫌だった。おじいちゃんが悪いのは、私が悪いのと同じことだ。
当時は、真ちゃんの目が、私を睨み付けるその目がとても恐かった。
真ちゃんがサッカーを始めたのもその頃だった。
下手くそだった真ちゃんがランニングを始め、体力をつけていって地元小学生チームのレギュラーに登りつめた。
今の真也だって、私の目から見てもかなり努力している方だと思う。それなのに今アイツは、おじいちゃんの発明のせいでレギュラーを外されそうになっている。
『お前のじいちゃんがいけないんだぞ!』
小学生の頃のアイツだったら、私に向かってきっとそう叫んでいただろう。
それなのに今のアイツは、私に一言も文句を言わずに黙々と頑張っている。
――なんとかしてあげたい。
私は、イチゴのパンツを脱いだあの時の気持ちを思い出していた。
それでは一体どうしたらいいのだろう?
ブリブアシステムの仕組みは分かった。
その仕組みを参考にすると、ブリブアのカウント数を上げるためにはアレが激しく揺れるようにすればいい――って、私がそんなこと分かるわけないじゃん!
もしかして、真也のアレって揺れにくい構造になっているとか?
でもそれって、どういうこと……?
私は、部員のカウント数を記録しているノートの端に『振り子』と書いた。
キーワードは『振り子』だ。
振り子の仕組みがわかれば、この問題が解けるかもしれない。
私は自分に物理の素養がないことを恨んだ。かと言って、この件に限っては物理が分かる人に聞くわけにもいかない。
とその時、私の頭に何かが閃いた。
――成長が原因なのか?
もしかしてアレが重くなったから揺れにくいのでは?
小学生の頃見たアレなら、プラプラと沢山揺れるような気がする。
でもそれが揺れにくくなってしまったのは、成長して重くなってしまったからなんじゃないだろうか?
もしそうなら納得がいくような気がする。
私はそのアイディアを忘れないように、ノートの『振り子』のメモの下に『重い振り子は揺れにくい?』と付け足した。他の人が見てもアレのこととは分からないように。
しかしこのメモがさらなる悲劇を生むとは、その時の私は知る由も無かった。