四.ブリブアシステム
(注:シモネタ内容を含みます)
ブリブアシステム!?
俺は一瞬、自分の耳を疑った。
なんてセンスの無いネーミングなんだ?
しかも、運動量の多い部員からレギュラーに選ぶなんて、面倒臭いこと決めやがって。それじゃあ、紅白戦だって手を抜けねえじゃねえかよ。
そもそもこんなことになったのは、菜月が変なものを部活に持ってくるからだ。
全く菜月のじいちゃんめ、いつも俺の邪魔をする。
そう思いながら菜月の方を睨むと、ヤツめ、笑いをこらえ始めやがった。
どうせ、昔のウンチパンツ事件を思い出していたに違いない。
『ブリブア』なんて、どう見たって、いやどう聞いたって『ブリブリ』だもんな。
あー、ムシャクシャする。すべての悲劇は、あのジジイの『ウンチパンツ』の発明から始まってるんじゃねえか。
ウンチパンツ事件――それは俺達が小学校二、三年くらいの時だった。
学校から帰った俺は、菜月のじいちゃんの呼び止められたのだ。
『真ちゃん、真ちゃん、ちょっと来んかね』
今思えば、素直にその誘いに乗った俺がバカだった。
『しゃがむだけでお尻の部分が開いてウンチがしやすくなるパンツを発明したんじゃよ。試してみんかね?』
俺は迷いも無くそのパンツをはいた。あの頃は、人を疑うということを知らなかったからな。
そして公園に行って遊んでいると、ちょうどウンチがしたくなったんだ。
でもそのパンツは不良品。お尻の部分は開かずに、ウンチは……。
ああ、そこから先は思い出したくもない。まったくもって忌々しい。
そして、ブリブアシステムが導入されてから半月が経った。
その間に行われた紅白戦や練習試合では、運動量が数値化されて個々の違いが明らかになっている――らしい。
らしいと表現したのは、顧問の平田から教えてもらえるのは自分のカウント数だけだからだ。
――他の奴らはどれくらいの値なんだ?
自分の立ち位置がわからない。
それがずっと気になっていた俺は、ニコニコと無邪気に隣で着替えている可愛い後輩に聞いてみることにした。
「おい、亮! お前のカウント数はどれくらいだよ?」
亮は、ブリブアが導入されてから実にイキイキとしている。さぞかし良いカウント数が出ているに違いない。
でも俺だって負けてはいないはずだ。たとえ亮の方が上回っていたとしても、その差はわずか――だと思う。
すると、横で聞いていた高志先輩が口を挟んできた。
「真也、聞かない方がいいぞ。ショックを受けるから。亮も教える必要はない」
キャプテンの高志先輩は、平田から部員全員のカウント数を教えてもらっている。部員の中で、全体の様子を把握しているのはこの人だけだ。
ショックなんか受けるわけねえだろ?
というか、先輩が教えてくれれば済む話のような気もするんだが。
「だったら高志先輩が教えて下さいよ。先輩がちっとも教えてくれないから、こうして亮に直接聞いてるんじゃないですか」
俺は不満を隠そうとせず、先輩を見た。
高志先輩は、決して他の部員のカウント数を教えようとしない。それは、『各々が自分の値のみを知り、自分の値を上げることだけに集中すべき』というのが先輩のポリシーだから。
「ダメだ、真也。人のカウントなんて気にする必要なんてないじゃないか」
気にするなって言ったって、カウント数でレギュラーが決まるんでしょ? だったら気になるに決まってるじゃないですか!
「先輩、もう半月も経ったんだからいいじゃないですか。それに、測定されてるカウント数ってそんなに大差ないんですよね? だったら教えてくださいよ」
俺達は同じ高校生だ。
それに毎日部活で鍛えている。
その甲斐あって、どの部員も校内マラソン大会では上位に入っている。だからカウント数にそんなに差があるとは思えないのだ。
しかし高志先輩は俺を諭すように静かに言った。
「そんなことはないぞ、真也。亮のカウント数はいつも部内トップだ。部員の平均値より一割ほどカウント数が多い」
一割?
だったら大したことねえじゃねえか。
それにしても先輩、すごいヒントを教えてくれたな。亮のカウント数は部員の平均の一割増しだって? それなら、なんとなく計算できるぞ。
例えば、俺のカウント数はいつも九千カウントくらい。だから、部員の平均値は八千五百カウントくらいだと思っている。ということは――
なんだ、亮が部内トップと言っても、せいぜい九千四百カウントくらいってことじゃねえか。それくらいならすぐに追いついてやるぜ。
ニヤニヤしながら頭の中で亮のカウント数を計算していると、高志先輩が俺の顔をのぞきこんできた。
「なんだ真也、やけに自分のカウント数に自信がありそうじゃないか」
そりゃそうですよ。もうすぐ俺は亮を抜かして部内トップになるんですから。
「残念ながら真也、お前のカウント数は部内の平均に達していない」
えっ、先輩、今何て言った?
俺が平均に達していないなんて、そんなことあるわけが……?
困惑する俺を見かねた高志先輩は、ようやく重い口を開く。
「じゃあ、特別に部員の平均値を教えてやろう。後は自分で考えるといい」
そして先輩の口から飛び出したカウント数は、全くの予想外の値だった。
「部員の平均はな、一万カウントだ」
その日の俺は、どうやって帰ったのか全く覚えていない。気がついたら自宅に着いていた。
それだけ俺はショックだった。
――部員の平均は一万カウント。
そんなことって、あるかよ……。
俺のカウント数は九千カウントだから、平均よりも一割少ないってことだ。
――亮のカウント数は平均の一割増しだっていうのに……。
計算すると、亮のカウント数は一万一千を超えているということになる。
これじゃ、亮を追い越すなんてとても無理な話だ。というか、その前に来月の試合のレギュラー落ちは確実。
ヤバい、絶体絶命だ。
なんとかしなくては……。