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三.ゴム紐の威力

(注:シモネタ単語が事件名として出てきます)

「サッカー部員の運動量がわかるアイテムだって? へえ、面白そうだな」

 学校に着いて顧問の平田先生にゴム紐のことを話すと、すぐに飛びついてきた。

 もともと新し物好きな先生だけに、私の話に目を輝かせている。

「前々から部員の運動量が知りたいって思っていたんだ」

 えっ、マジ? 先生乗り気だよ……。

 ゴム紐なんてすぐに却下されると高をくくっていた私は、焦りで心が一杯になる。

 このままじゃ、私がゴム紐を取り付ける羽目になっちゃうじゃん。

「でも運動量なんて、脇で見ていたらわかるじゃないですか、先生」

 しかし先生は、いたって真面目な顔。

「いや、数値化されることが重要なんだ。数字はウソをつかないからな」

 私達って数字づくめのコンピューター世代だから、逆に先生の熱き指導が必要なんですよ。あ、体罰はダメですよ、体罰は。

「先生が自分の目で指導された方がいいと思いますよ。その方が部員のみんなも頑張りますって」

 我ながら必死よね。

 私がどれだけゴム紐いやいや電波を発信しても、先生はわかってくれないみたい。それどころか数値化の必要性にさらに自信を持ち始めてしまったようだ。

「あはははは。同一試合ならそれは可能なんだがな。あの部員よりこの部員の方が走っていた、という風に比較することはできる。だけど、先月より走っていたかどうかって聞かれると自信ないんだなあ。そんな時、数値化が大変役に立つ」

 ダメだ、こりゃ。

 悲しいことに、私も数値化が必要な気分になってきたよ……。

 それなら奥の手を使うしかない。

「でも先生。私のおじいちゃんの発明なので、ちゃんと測定できるかは保証しませんよ。部員のみんなに危険が及ぶかもしれませんし……」

 これならどうだ!

 おじいちゃんの発明には昔からひどい目にあってきた。そう、幼馴染の真也も同じ。一番ひどかったのはウンチパンツ事件かな。あれは一生忘れられない。

 もし部員のみんながそんな目にあったらどうするんですか? 現代社会は顧問の責任が問われる厳しい世の中ですよ。

「あはははは。危険っていったって、ただ単にこのゴム紐を付けるだけなんだろ? だったら付けたらいいじゃん、俺が許可する。というか、ぜひ付けてみてくれ。ダメだったら切って外せば済むことだ」

 うわぁ、簡単に言ってくれちゃって。

 その作業は一体誰がやると思ってんのよ。

「運動量の数値化か。こいつはすごい。これでブンデスリーガーの養成に一歩近づきそうだな。ふふふふ……」

 先生は不気味な笑いと共に、意味不明の言葉を残して職員室を出て行った。

 ブンデスリーガ? 運動量が豊富な選手が行ったのはイタリアじゃなかったっけ? 確かセリアエー、いやセリエアーだっけ?

 まあ、どっちでもいいや。これで私の居残りは決定なんだから。


 そんな経緯で、私は部室にこもって部員のユニフォームのパンツにゴム紐をつけている。

 広葉高校サッカー部の男子部員は全員で二十人。ゴム紐もちょうど二十本あった。そして、その一本一本に番号を記したタグがつけてある。

「なになに、『背番号と同じ番号のゴム紐をパンツに付けるべし』とな」

 おじいちゃんから渡された説明書を見ながら、ヘアピンを使ってゴム紐を最初のパンツの腰に通す。

「ああ、面倒くさ……」

 ゴム紐を通し終えて説明書を見ると、今度は『銀色の部分が密着するように糸を使ってしっかりと結ぶべし』と書いてある。

「なんか電流が流れるとかおじいちゃん言ってたわね。ってことは、銀色の部分をしっかりとくっつけないとダメってことなのかな。なによ、さらに面倒くさいじゃん」

 私はぶつぶつ呟きながら、ゴム紐の端同士を糸を使って結びつける。予想通り、これはなかなか手間のかかる作業だった。


 一番、二番と背番号順にゴム紐を取り付けていき、やっと十番のゴム紐にたどり着いた。

 十番は高志先輩のサッカーパンツだ。先輩は背が一八○センチを超えているから、パンツのサイズも大きい。

「うふふふ、高志先輩のパンツ……」

 私は丁寧にゴム紐を腰の部分に通し、時間をかけてしっかりと紐の端同士を結びつけた。

 ――先輩の運動量が増えますように。

 先輩のパンツを机の上に置き、目を閉じて祈りを込める。

「これでやっと半分……」

 目を開けた私は、ため息をつきながら次のパンツを取り出した。

 十一番。これは真也のサッカーパンツだ。

 真也の背は一七○センチちょっとかな。まあ部員の中では普通の方だ。パンツのサイズも標準って感じ。

 でもアイツ、ちょっとヤセ型だから……、むふふふ、きつめにしておいてやるか。

 そんでもってゴム紐を付けたことは黙っておいてやろう。

 ――真也がびっくらこきますように。

 私が真也のパンツに祈り、いや呪いを込めていると――皆の声が近づいてきた。どうやら練習が終わって、部室前でのミーティングが始まるようだ。

 まずい、みんなに内緒にするなら早くサッカーパンツとゴム紐を隠さなくっちゃ。

 結局、土曜日だけでは全員分のパンツにゴム紐を付けることができず、残りは家に持ち帰ることにした。


 そして月曜日。

 普段は練習着で部活をやるところを、特別に頼んでユニフォームを着てもらったのだ。

 ――案の定、真也はびっくりしてたわね。

 だってアイツ、一番最初に部室から出てきたんだから。

 亮くんは喜んでくれた。これは意外だったな。

 高志先輩は――残念ながらちょっと不満そうだった。理由を話したら納得してもらえたようだけど。

「あー、高志先輩に嫌われちゃったら、おじいちゃんのせいだからね」

 ゴム紐パンツをはいた部員がグラウンドに駆け出して行くのを見届けると、私は着替えが終わったばかりの部室に入った。


「うわっ、男臭ぇ~」

 汗のような泥のような異様な匂い。

 いつものことだが、この匂いはちょっとなじめない。

 私は鼻をつまみながら部室の机のところに進み、家から持ってきた大きめのバッグからノートパソコンを取り出してセットする。

 電源コードを繋ぎ、説明書を見ながらUSB端子に簡易アンテナを繋いで……、そしてパソコンの電源ボタンを押した。

 ウインドウズが立ち上がると、デスクトップになにやら妖しげなアイコンが表示される。

「うわっ、何これ!? 悪趣味……」

 そのアイコンは、おじいちゃんの顔写真だった。

「怪しい。怪しすぎる……」

 でも、アプリケーションを探す手間が省けたのは幸いだった。

 私は顔をしかめながら、えいっとそのアイコンをクリックする。

 するとソフトが起動して――地震計のようなグラフが表示された。

「おおっ!」

 パソコンの画面には、部員の数と同じ二十個のグラフが縦に並んで表示され、絶え間なくギザギザの振幅を刻んでいたのだ。

 窓からグラウンドに目を向けると、皆はウォーミングアップのジョギングをしている。

 タンタンタンと脈拍の二倍くらいの速さのリズム。そのタイミングは、グラフもジョギングもほぼ同じだった。

「えっ、これって、ちゃんと動きに対応してるってこと!?」

 私は自分の目を疑った。

 だって、おじいちゃんの発明が、ちゃんと意図した通りに動いているところを見たのは初めてだから。

 すると、グラウンドから高志先輩のかけ声が聞こえてくる。

『皆止まれ~。これからダッシュをやるぞ』

 それに合わせて部員達も足を止めた。

 パソコンに目を戻すと、今までギザギザを刻んでいたグラフが振幅をやめて皆一直線になっている。

「すごい、すごい。みんなが止まったらグラフのギザギザも止まったよ。ちゃんと動きに対応してるじゃん」

 おじいちゃんの発明に対する印象がガラリと変わった瞬間だった。

 グラフをよく見ると、各グラフの左には一から二十までの番号が表示されていた。

「この番号って、ゴム紐のタグに書かれていた番号かな?」

 ゴム紐を取り付ける時、説明書に従ってタグと背番号が同じになるように取り付けた。それならば、このグラフの番号は背番号と同じになっているはずだ。

 グラウンドからはパンッと手を叩く音が聞こえてきた。どうやらダッシュが始まったようだ。

「まあ、ダッシュを見てれば、番号が一致しているかどうかがわかるはずだわ」

 ダッシュは下級生からだから、まずは亮くんのグラフに着目しよう。

 亮くんの背番号は十七番。そんでもってダッシュの順番は――おっと、次だ。

 パンッという合図。それにあわせて亮くんが勢いよくスタートする。

 すると同時に、十七番のグラフが激しくギザギザを描き始めた。しかもさっきのジョギングの二倍くらい激しく振れている。

「これはすごい……」

 思わず私は言葉を失った。

 グラフの右側には揺れ数を示すカウンターも付いていて、十七番の数値は見る見る上昇していった。


「どうだ、装置はちゃんと動いているか?」

 その時、顧問の平田先生が部室に入って来た。

「先生、すごいですよ。ちゃんと運動量が測定できてます」

 私は先生の方にパソコンの画面を向けた。

「ほお、これが運動量を示すグラフか。なんか地震計みたいな感じだな。背番号ごとに記録が取れていて――おっ、カウンターも付いているのか。これは便利だな」

 ホント、私もビックリだ。

 しかもゴム紐一本で、こんな風に運動量が数値化できるなんて、おじいちゃんにしてはすごい発明だ。

「先生、これで紅白戦や練習試合、そして公式戦の時の詳細な運動量のデータが取れます」

 私は少し興奮気味に先生の方を向いた。

 もしかしたらコレ、商品化できたら結構売れるんじゃないの?

 だって、ゴム紐を付けるだけでいいんだよ。電池もいらないし、サッカー競技規則にも抵触しない。 

 うまくいったら世界中のサッカークラブ、いやスポーツクラブが買いに来たりして。そしたら、日本代表選手のユニフォームにこのゴム紐が付く日も夢じゃないかもね。

 もしそうなったら黒坂家は大金持ちじゃない。おじいちゃんの発明だから、ゲンゾー&ナツキカンパニーなんて会社を作っちゃったりして。

 先生を見ると、私と同じように興奮気味にグラフを眺めている。

「そうだな、誰がちゃんと走っているか、誰がさぼっているか一目瞭然だ。これは使えるぞ、ふふふ……」

 何? この不気味な先生の笑い。

 も、もしかして先生も同じことを考えてるんじゃないでしょうね?

 私は、部室を出て行く先生の背中を不安な眼差しで見つめた。


「おーい、みんな集まれ!」

 先生はグラウンドに出ると部員達を呼ぶ。皆はダッシュをやめて、いそいそと先生のところに集まって来た。

「週末にマネージャーに付けてもらったゴム紐だが、実はこれは皆の運動量を測定する装置なんだ。今試しに作動させてみたが、ちゃんと運動量が測定できることがわかった」

 するとみんなは、驚きながら揃ってサッカーパンツを見る。

 その姿はまるでペンギンの群れみたいで、なんか可笑しかった。突然、腰を振り始める部員もいる。

「いいか? これから紅白戦や練習試合ではこのユニフォームを使ってデータを取るぞ。よく走っている部員の中から、秋の公式戦のレギュラーを選ぶからな、今のうちに持久力を鍛えておけよ」

 えーっ、と方々で上がる不満の声。見ると運動量に自身の無い部員ばかりだ。

 真也なんて、私が悪いかのごとく部室の中の私を睨みつけている。

 その反面、運動量に自信のある部員はちょっと嬉しそう。亮くんなんてニコニコしている。全く可愛いんだから。

「今、何人もの日本人選手がドイツに行って活躍してるだろ。日本人だってブンデスリーガでは通用するんだ。うちの部員からもそんな風にブンデスリーガーが出ないかと、先生は期待しているんだ」

 ちなみに運動量が豊富な選手はイタリアだからね、先生。

「だから、今、俺はこのシステムに名前を付けた。『ブンデスリーガー・ブリングアップ・システム』。つまり、ブンデスリーガー養成装置だ。略して『ブリブアシステム』と呼んでくれ」

 ちょ、ちょ、ちょっと先生、おじいちゃんの発明に、なに勝手に名前つけてんのよ。

 ゲンゾー&ナツキカンパニーの夢を壊すつもり!?

 ていうか、ちょっとセンス無いんじゃない? ブリブアシステムなんて、なんだかブリブリみたいで、ウンチパンツ事件を思い出すじゃない……。

 そう思いながらちらりと真也を見ると、ますます強い目線でこちらを睨みつけていた。

 あの目は、ウンチパンツ事件のことを皆の前で言おうとした時に私に向けたのと同じ目だ。

 ――もしかして真也もウンチパンツ事件を連想しちゃってるのかしら。

 そう考えると何だか可笑しくなった。

 私がくっくっくっと笑いを噛みこらえていると、先生の声が再びグラウンドに響く。

「さあ、練習再開!」

 真也は一瞬恨めしそうな顔をすると、部員達と共にまたグラウンドに駆けて行った。


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