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一.サッカーパンツ

「まだ出てこないのかな……」

 男の着替えがこんなにも遅いと感じたのは初めてのことだ。私はうろうろしながらサッカー部室の前で部員が出てくるのを待っている。

 季節は夏を通り越して秋になろうとしていた。こんなにも校庭が広く感じるのは、空が澄んできたからだろう。


 私の名前は黒坂菜月くろさかなつき。県立広葉高校サッカー部のマネージャーをやっている。

 部員達が部室から出てくるのを心待ちにしているのは理由があった。私のおじいちゃんが開発した秘密兵器を、皆のサッカーパンツに仕込んだのだ。

「ふふふ、みんな驚くだろうな……」

 待つこと十数分。

 やっとのことで一人目の部員が部室から顔を出した――と思いきや、そいつは私に向かって文句を言い放つ。

「おい、菜月。俺のパンツに何をしたっ!」

 やっぱり最初に出てきたのはコイツか。

「パンツがぴちっとフィットして気持ちいいでしょ、真也」

 私が得意げな顔をすると、そいつはますます怒り出す。

「よくないっ! これって、ありえねえだろっ!?」

 そんなにパンツに仕組んだ秘密兵器が気になるの?

 真っ先に部室から出てきて、私にわめいているコイツは白崎真也しろざきしんや

 幼馴染の腐れ縁。家も隣同士。

 マネージャーの私のことを名前で呼び捨てするのは、部員の中ではコイツだけだ。

 続いて少しトーンの高い声が聞こえてくる。これは亮くん。可愛い一年生だ。

「菜月先輩、ありがとうございます。パンツのゴム、なかなかイイです!」


 そう、私は部員全員のサッカーパンツにゴム紐を取り付けたのだ。


「おい、亮。お前、本気で言ってんのかよ」

 不満たらたらの真也は亮くんに食ってかかる。なによ、亮くんは私の味方をしてくれてるってのに。

「本気ですよ。これ悪くないです。真也先輩は菜月先輩にちょっと冷たく当たり過ぎなんじゃないですか?」

 おお、亮くん、いいこと言ってくれるじゃないの。

「おいおい勝手にゴム付けられて、ホントにいいのかよ」

「なによ、あんた達が私にユニフォームを洗濯させてんのが悪いんでしょ」

 私もつい真也に言い返してしまった。

 うちの部では、ユニフォームは私が洗濯することになっている。それを利用して私はパンツにゴム紐を付けたのだ。

 すると部室から背の高い部員がぬうっと顔を出す。

 ――部長の高志先輩。

 それを見た真也は、助けを請うような顔をした。

「高志先輩。先輩もパンツにゴム付けられて平気なんですか? 先輩からも菜月に何か言ってやって下さいよ」

 高志先輩は三年生で我がサッカー部のキャプテン。長身のイケメンで、憧れの人だったりする。

 部室から出て来るなり、先輩はまゆをしかめた。

「マネージャー、これはどういうことだ。無断で皆のユニフォームにゴム紐を付けるなんて」

 げっ、やっぱり不評? 

 高志先輩にはちゃんと説明しないと、私の株が下がってしまう。

「先輩、申し訳ありません。無断でゴム紐を付けてしまって。でもこれ、顧問の平田先生からの指示なんです」

 思いっきり先生のせいにしちゃったけど。

「それにこのゴム紐、私のおじいちゃんが開発した新兵器でもあるんです。早速、今日の練習で威力を発揮すると思いますよ。ぜひ楽しみにしていて下さい、ねっ」

 私は上目遣いで先輩を見た。

 ――これで、先輩も納得してくれたかな?

 しかし、すかさず真也が余計な口を挟んできた。

「なんだ、またお前んとこのクレイジーじいちゃんの発明かよ」

 私のおじいちゃんの発明好きは、近所ではちょっと有名だったりする。

「今度はどんな発明だ?」

「それは秘密よ。練習が終わるまで楽しみにしておいて、すっごい発明だから。たぶん」

「なんだよ、その『たぶん』ってのはよ。だから信じられねえんだよ。俺がお前のじいちゃんの発明で何度ひどい目にあったか分かってんのか?」

 ――ひどい目?

 そりゃ、真也はいつも実験台だしね、ひどい目にあうのは当たり前じゃない。

 ていうか、今ここでそれを持ち出すとはいい度胸ね。過去の惨事をみんなにバラされてもいいってこと?

 私はニヤリと真也を見る。

「そのひどい目って何のことかしら? ははーん、もしかしてあの事件? ウン……」

「それ以上言ったら殺す」

 真也の顔が一瞬青くなったかと思うと真っ赤になった。よほどみんなの前で、その事件名を言われたくなかったのだろう。

 なによ、『殺す』なんて言うことないじゃない。昔あった本当の出来事なんだし。みんなにばらされたくなかったら私を怒らせないことね。

 私も負けじと真也を睨み返す。子供の頃の私だったら、真也に睨まれただけで怯んでしまったかもしれないけど。

「おいおい真也。それにマネージャーも!」

 見かねた高志先輩が私達を引き離す。

 ほら、真也のせいで先輩に怒られちゃったじゃない。

「まあ、平田先生の指示なんだったらしょうがないな。今度から何かする時は、頼むから俺達にも知らせてくれよ」

「はい、わかりました先輩。ちょっと皆さんを驚かせたかったんです、ごめんなさい」

 私はしおらしく高志先輩の前でペコリとお辞儀をした。

 それにしても、なんとか先輩に納得してもらえてよかった……。

「でもよ、サッカーパンツにゴム紐なんて、小学生みたいじゃねえかよ」

 それでもまだ真也は不満が収まらないようだ。

「あら、見た目にはわかんないわよ」

「そうですよ、真也先輩。パンツがぴったりフィットして、僕は気に入りましたけど」

 よしよし、いい子だ。亮くんはいつも私の味方で助かるよ。

 周りを見渡すと、ほとんどの部員が部室から出てきたようだ。私はゴホンと一つ咳払いをして皆の方を向く。

「ごめんなさい、無断で皆さんのサッカーパンツにゴム紐を付けて。でもこれは平田先生の指示で、すごく役に立つ仕掛けなんです。練習が終わったら詳しく説明しますので、よろしくお願いします」

 すると高志先輩もフォローしてくれた。

「そういうことだそうだ。みんなもちょっとだけ我慢してくれ。さあ、練習、練習!」

 まだ納得していない部員もいたようだが、キャプテンの一言で部員達はグラウンドに駆け出していった。

 私は一人、部室の前で部員を見送る。

 そして三十分後、部員達はこのゴム紐の威力を目の当たりにするのだった。

 ――運動量を測定することができるゴム紐。

 おじいちゃんの発明したこの画期的なゴム紐は、その後、シモネタ満載の実にくだらない珍事件に発展するんだけど、今はまだ内緒。




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