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十二.出藍の誉

(注:シモネタ内容を含みます)

 黒坂源蔵。享年七十七歳。

 結局、私のおじいちゃんは、心臓発作で倒れたまま意識が戻らずに帰らぬ人となった。

 お葬式は、我が家で行うことになった。

 だってここは、おじいちゃんが建てた家だから。

 

 そしてお通夜の日。

 金曜日だったが、私は学校を休んで両親の手伝いをする。

 お隣の白崎家をはじめとして近所の人達の顔も見える。真也も学校が終わるとすぐに駆けつけてくれた。

 お通夜はこじんまりとしたものだった。

 おじいちゃんは仕事をやめてからもう十五年以上経っているので、集まったのは親戚と近所の人だけ。五年前に亡くなったおばあちゃんの時もこんな感じだった。

 お経をあげてくれたお坊さんが帰り、食事の振る舞いでは私の知らないおじいちゃんの逸話がぽんぽんと飛び出してきた。

 やはり話題の中心は、珍発明や奇行の数々だ。

 お父さんやお母さんから今まで何回も聞かされているが、私が生まれた時のおじいちゃんの喜びは相当なものだったらしい。怪しげな自動ゆりかご機や自動ミルクあげ機を作っては、周囲の人々を困らせたという。

「えー、そんなことがあったの?」

 話の中では、私の知らない発明も登場する。

「今だから言えるけど、菜月はいつもおじいちゃんの実験台だったんだよ」

 おじいちゃんの珍発明のおかげで、笑いの絶えない賑やかなお通夜となった。


 食事が終わってひと段落つくと、私と真也はリビングのお父さんに呼ばれた。

 お手伝いに来てくれた近所の人達はほとんど帰ってしまい、家には家族と親戚と真也だけになっている。

 お父さんはソファーに座ると、向い合せに座る私達の顔を交互に見た。

「真ちゃん、そして菜月。じいちゃんの発明の事でちょっと聞きたいことがあるんだが、いいかな?」

「はい、いいですけど」

 真也は今日は夜通しで付き合ってくれるみたい。まあ、お隣だしね。

「なあに、お父さん。聞きたいことって?」

「ああ、実は半年くらい前のことなんだが、私の会社で開発した超低磁場誘電コイルのサンプルをじいちゃんが持って行ったんだよ。君達はそのことについて何か聞いていないか?」

 ――チョウテイジバユウデンコイル?

 なんのこっちゃ? さっぱり分からん。

「じいちゃんのことだから、いつものように何か変な発明に使ったんだと思うんだが……。ほら、君達は真っ先に実験台にされてただろ? 最近、じいちゃんから何か新しい発明のテストを頼まれなかったか?」

 おじいちゃんの新しい発明と言うと――アレか?

 チラリと真也の方を見ると、やつも「アレだよ」という風に口を動かしている。

「ブリブアシステム」

 私が答えると、お父さんは不思議そうな顔をした。

「なんだ、そのブリなんとかシステムってのは?」

 あはっ、ゴメン、お父さん。

 そうだよね、システムの名前をいきなり言われても、お父さんにわかるはずがない。

 私はいきさつを説明し始めた。

「一ヶ月くらい前にね、おじいちゃんから銀色のゴム紐を渡されたの。サッカー部のユニフォームのパンツにつけてくれって言われて。ところがそれがびっくり、そのゴム紐を付けただけで部員の運動量が測定できちゃうの。今ウチのサッカー部ではそれを使って部員の運動量を測定しているんだけど、顧問の平田先生がえらく気に入っちゃって『ブリブアシステム』って変な名前を付けたのよ」

 私が説明すると、お父さんは目を白黒させた。

「あれをゴム紐に加工したのか……。そしてそれをサッカーパンツに付けて運動量を測定……?」

 お父さんは何かを考えているようだった。

 きっと、私が説明した方法で本当に運動量が測定できるのかどうか、頭の中で検証しているのだろう。今、お父さんの頭の中では、脳が超高速回転しているに違いない。

 そしてお父さんは急に笑い出した。

「あはははは。じいちゃん、そんなことよく思いついたもんだ。こいつは傑作だ。実にじいちゃんらしい」

 あまりにも予想外だったのだろう。お父さんはしばらく笑い転げていた。

 それにしても、私のあの説明だけですべてを理解するとは、さすがは開発者。

「あのゴム紐って、元々はおじさんの発明だったんですね。道理でちゃんと機能するはずだ」

 真也が驚きの声を上げる。

 あははは。そりゃそうよね。

 私も真也も、おじいちゃんの発明にはずっと痛い目にあってきたんだから。

 ブリブアシステムって、おじいちゃんの発明にしては随分役に立つもんだと私も感心してたのよ。

 発明好きの祖父の血を受け継ぎ、会社で商品開発をしている父。

 先日の高志先輩の件ではないけど、やはり血は争えないというかなんというか……。

「蛙の子は蛙ね」

 いつの間にか私は、高志先輩にも言った同じ言葉を呟いていた。

 でもお父さんはちょっと不満そう。

「おいおい菜月。蛙の子はないだろ? 出藍の誉って言葉を知らんのか?」

 出藍の誉――つまり『青は藍より出でて藍より青し』ってやつね。

 そりゃ、お父さんの発明の方がおじいちゃんの発明より上だとは思うけど。

「でもお父さん、今日はおじいちゃんのお通夜だから」

 ごめんねお父さん、生意気なこと言っちゃって。

 出藍の誉を認めちゃうと、この物理オンチの娘の立場がなくなっちゃうから。

 すると、お父さんはおじいちゃんの棺の方を向いてしみじみと呟いた。

「そうだな。蛙の子は蛙……。まあ、それでいいか」

 それにお父さんだって、年をとったら変な発明ばかりするジジイになるかもよ。

 私の子供に――って、結婚できればの話だけど、変なものを試さないでね。

 私は、おじいちゃんの発明がもう二度と見られなくなった悲しみを、改めて噛み締めた。


「あの超低磁場誘電コイルは結構高価なんだが、じいちゃんは全部使っちまったのかな……?」

 お父さんがポツリと呟く。

「二十名全員のサッカーパンツにゴム紐を取り付けたから、全部使っちゃったんじゃない?」

 私が答えると、お父さんは驚いたように聞いてきた。

「菜月。お前のとこのサッカー部は、部員が二十人なのか?」

「本当は私を入れて二十一人だけど」

「そうか、だから二十種類だったのか……」

 お父さんは少し考えた後、説明を始めた。

「あのコイルはな、使っているレアアースの配合を変えることによって、発生する電波の周波数を変えることができるんだ。その話をじいちゃんにしたら、ぜひ二十種類のコイルを作ってほしいって頼まれたんだよ」

 ふーん、なんだかよく分からないけど、あのゴム紐はそれぞれ成分が違ってたってこと? 

 まあ、部員全員の運動量を同時に測定できちゃうんだから、どこかが違ってなきゃいけないような気もするけど……。

 最近ガラにもなく、電流とか振り子とかそういう科学的な話に浸っているので、なんだか私にもそういう事がわかるようになってきたような気がする。もしかして、私にも珍発明家の血が流れているのかしら。

 そんな風に私がしみじみしていると――突然真也がお父さんに切り出した。

「おじさん、俺はあのゴム紐のせいでひどい目にあってるんです」

「ひどい目って?」

「あのゴム紐が導入されて運動量を測定するようになって、そのカウント数をもとにしてレギュラーを決めることになっちゃったんです。でも俺のカウント数だけ、妙に少ないんです」

「そりゃ災難だな」

「あら、真也が真面目に走ってないからじゃないの?」

 アレが人よりも長いからじゃないの? とは流石に言えなかった。

 私の言葉に真也は怒りだす。

「おいおい、俺が真面目に走ってないって? 俺がどれだけチームに貢献してるか見てねーだろ。それに俺はトップ下だから、走り続けているサイドバックの亮よりも運動量は少なくなっちまうんだよ」

「あら、この間のワールドカップでは、一番運動量の多かった選手は中盤だって聞いたことがあるけど」

「日本代表と高校サッカーは、プレイも質も全然違うんだよ」

「私だって真也のプレイをちゃんと見てるわよ。真也はたまに守備をサボることがあるじゃん」

「フェイントとかドリブルってすごく体力使うんだぞ。ずっと全力でなんかでやってられねーよ」

 私と真也が言い争いを始めると、見かねたようにお父さんが止めに入ってきた。

「まあまあ、真ちゃんも菜月も喧嘩はしない。今日はお通夜じゃないか。じいちゃんが天国に行けなくなっちゃうぞ」

 そうだ、今はおじいちゃんのお通夜だったんだ。

「でも、おじさん。僕はせっかく掴んだレギュラーを下ろされたくないんです。あのゴム紐って、腕の振りをカウントしてるんでしょ? もっとカウントが上がる方法ってないんですか?」

 そんな無理に腕を振ったらサッカーなんてできないじゃないのよ――って、えっ、腕!?

 そ、そ、そ、それってどういうこと?

 今、真也は『腕の振りをカウント』って言ったよね。

 お父さんも――否定しないじゃない。ということは、ホントのこと?

 えっ、えっ、えっ? カウントしているのは男の人のアレの揺れじゃないの?

 そういえばおじいちゃんも、『ゴム紐の近くで揺れる振り子』と言ってたけど、アレとは一言もいわなかったような気がするけど。

 なんだ、私が勝手に間違えて、勝手に想像を膨らませていたってこと?

 私は、つい二、三日前まで真剣に真也のアレの揺れ具合について考えていたことを思い出す。

 ――うわっ、恥ずかしい。

 顔が真っ赤になっていくのを感じた私は、今すぐこの場所から立ち去りたい気持ちに駆られる。

「お父さん、ちょっとお母さんの手伝いをしてくる」

 私はたまらず立ち上がった。

 あは、あは、あはははは。

 心の中を乾いた笑いで一杯にしながら、私はお母さん達の居る台所に向かった。


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