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十.放課後の特別授業

(注:シモネタ内容を含みます)

 あーあ、なんで私、スパッツはくの忘れちゃったんだろう?

 しかも今日のパンツは水色と白のストライプ。

 そんでもって、そんな時に限って男が寄ってくるのよね。

 今朝なんて、いきなり真也に声を掛けられてビビったわ。

 家を出てしばらく歩いたところでスパッツはき忘れたのに気付いて、家に帰ろうかどうしようか迷っていたところだったから余計に驚いた。

 アイツ、いつも遅刻ギリギリに学校に来るくせに、今日はこんなに早いなんてどういうこと?

 理由を聞いたら宿題を学校に忘れたって言ってたけど、そんなことしょっちゅうだし、たとえ忘れたっていつも平気な顔してるじゃない。

 でも久しぶりだった。

 アイツと並んで登校するの。

 もしかすると、中学校一年生の時以来かもね。

 中学校の入学式が終わってそれからしばらくは一緒に登校してたけど、お互い別々の部活に入ったら登校時間がバラバラになっちゃったし。

 なーんてちょっと感傷入ったところで、アイツはスマホを出しやがった。昭彦からメールだってよ。全くムードもへったくれも無いわ。


 そして部活の時。

 今度は高志先輩が部室にやってきて、ブリブアシステムの結果を見たいと言う。だから結果を記録しているノートを見せてあげたの。

 すると、最後のページで先輩の顔色がさっと変わった。

 何っ!?

 私、何か変なこと書いてたっけ!?

「ごめんなさい、先輩!」

 私は強引に先輩からノートを取り返す。

 そしてノートを見ると、そこには私のメモが……。


『重い振り子は揺れにくい?』


 げっ! これを見られた?

 私の顔がカーッと熱くなる。

 この振り子がアレのことだって気付かれた?

 いや、そんなことはない。だって『振り子』としか書いてないじゃん。

 でも、先輩の顔色が変わったのはこのページを見ていた時だ。

 ブリブアシステムのデータが変だったのか?

 でもそんな感じじゃなかった。

 も、もしかして……、このメモを書いていた時の私の気持ちが文字を通して先輩に伝わったとか……?

「マネージャー?」

「は、はいっ。高志先輩」

 私は恐る恐る顔を上げて先輩の顔を見る。先輩はいつものクールな表情のままだ。私は少しだけほっとする。

「ちょっと話したいことがあるんだが、明日の部活が終わったら部室で待っているから、来てくれるか?」

「えっ? 部活の後で? 今日じゃなく明日ですか?」

「そうだ。悪いが今日は用事があるんだ」

「は、はい。わかりました……」

 すると先輩は一瞬安心したような表情をすると、再びグラウンドに駆けて行った。


 どどどどど、どうしよう。

 高志先輩に誘われちゃった。

『ちょっと話したいことがあるんだが……』

 キャー! これってどういうこと?

 話したいこと、ハナシタイコト、はなしたいこと……。

『明日の部活が終わったら部室で待っているから、来てくれるか?』

 ということは、夕方の部室で二人っきり?

 二人っきりで話したいことって――もしかして告白されちゃう? されちゃうの、私?

 どどどど、どんな言葉で先輩に告白されちゃうんだろう?

『俺、お前のことが好きだ』

 うわっ、なんてストレートな。

 でもこれは高志先輩のキャラじゃないような気がする。

 じゃあ、こんなのはどう?

『俺にはマネージャーが必要なんだ』

 うん、これが一番高志先輩らしいかも。

 そしたら何て答えよう……。

『先輩、急な話でビックリしました。ちょっと考えさせて下さい』

 なんて思わせぶりな。

 でも部室に二人っきりだからね、ストレートにOKしちゃうと次展開もありうるから気をつけなくちゃ。

『私も先輩のことが好きです』

『嬉しいよ、マネージャー』

 そして見つめ合う二人。

『んっ…………』

 うわっ、つま先立ちしてる? しちゃってる、私?

 そんなバカなことを考えているうちに夜は更け、あっと言う間に朝を迎えてしまった。


「お早う、菜月」

 急に声をかけられて振り向くと真也だった。

「ふわぁ、おはよう……」

 昨日は興奮しすぎて眠れなかったよ。こんな寝ぼけ眼を男子には見せられないけど、真也だからまあいっか。

「なんだ、眠れなかったのか?」

 そうよ。でも真也のせいじゃないから安心なさい。

「あんたこそ、最近早いじゃん。今日も忘れ物?」

 そういえば真也は昨日も朝早かった。昨日は宿題を忘れたって言ってたけど……。

「い、いや、きょ、今日は……、まあ、なんだ。気持ちがいいもんだな。早起きって、は、はははは……」

 なんか怪しいなあ。

 でも真也、あんたと一緒に登校するのは今日が最後かもしれないんだからね。

 もしかして、もしかすると、明日の朝からは高志先輩が家の前で待っていたりして。

『お早う、マネージャー。さあ学校に行くぞ』

 なーんて、キャプテンの一声で朝が始まるかもしれないのよ。

 うわっ、なんかいいかも。

 だから、あんたと一緒に登校するのはこれが最後。

 永かったわね、あんたとの縁も。

 そんな風に妄想にふけっていると――真也のポケットから着信音が鳴った。

「ゴメン、メールだ。先に行っててくれ」

 真也は立ち止まり、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 なによ、またなの?

 せっかくあんたとの腐れ縁を感傷してあげてたというのに……。

 メールの送り主はまた昭彦?

 二人でなんか悪巧みでも計画してんじゃないでしょうね。

 そういえば最近、昭彦の悪い噂を聞いたっけ。

 なんでも校内盗撮グループのリーダーやってるって話じゃない。

 女の敵ね――って、あれ? 今日スパッツはいて来たっけ?

 私はスカートの上から腰を触ってみる。

 やだ、はいてないじゃない。

 今日のパンツは――うわっ、なんだかイチゴ柄だったような気がする。よく覚えてないけど。

 もしイチゴ柄だったら、子供っぽくて高志先輩に見せられないわ。って、私、どんな展開を考えてるのかしら。

 万が一そんなことになりそうになったら走って逃げよう。

 もし、高志先輩が告白した直後にそんな急展開を望む人だったら、付き合うのをちょっと考え直した方がいいかもね。

 私は、期待と不安が入り混じって頭の中がごちゃごちゃになったまま学校に到着した。

 

 その日はぼっとしている間に授業が終わり、放課後の部活も終わった。

「お疲れ様でしたーっ! お先に失礼しまーす」

 私は部室のみんなに声を掛け、帰宅のフリをする。

 ――むふふ、これでアリバイ成立ね。

 そして校舎の影に隠れて、部員の着替えが終わるのを待っていた。

『じゃあな』

『ああ、バイバーイ』

 一人一人、部員が部室から出て行く。

 私はドキドキしながら、その数を数えていた。

 ――高志先輩を除いて、残りはあと三人か。

『お疲れ様。お先に~』

 聞き慣れた声がすると思ったら真也だった。

 おい、バカ真也、こっちに来るな! あっち行け!

「あれ? 菜月じゃねえか。先に帰ったんじゃなかったのかよ」

 見つかっちゃったよ。

「わ、忘れ物したのよ。じゃあね」

「なんだよ、お前も人のこと言えねえな」

「余計なお世話よ」

「待っててやろうか? 家も隣だし」

「い、いいわよ。帰りに寄りたい店があるから」

「付き合ってやるぜ。本屋か?」

「服とかそんなものよ」

「じゃあパスだ。女の服には興味はねえ。じゃあな」

「バイバイ」

 そう言って私は忘れ物を取りに校舎に戻る――フリをした。

 そして下駄箱の影から真也の後姿が校門を過ぎるのを見届けて――再び視線を部室に戻す。

 ――あーあ、バカ真也のせいで、部室に何人残っているのかわかんなくなったじゃない!

 校舎の影からしばらく部室を見ていたが、誰も出て来る気配はない。

 ――もしかして、残っているのはもう高志先輩だけ……?

 私はドキドキしながら、そろりそろりと部室の様子を見に行ってみる。

 どうやら中には……、高志先輩一人みたいだ。

 あー、緊張してきた。心臓もバクバク鳴ってる。

 髪型を直して……、服もちょっと直して……。

 さあ、行くよ、菜月!

 私は意を決して部室に入った。

「高志先輩、お待たせしました」

「おっ、マネージャー。遅くまで残ってもらって悪かったな」

 やはり残っているのは高志先輩一人だけだった。

「いえ、構いませんけど。あ、あのう……、話したいことって……?」

「ああ、それなんだが」

 さあ、いよいよこの時が来た!

 私は呼吸を整え身構える。

「マネージャーにとっては些細なことかもしれないけど、自分にとっては重要なことなんだ」

 いいえ、私にとっても重要ですよ。

「ちょっと押し付けがましいかもしれないが……」

 男は少し強引な方がいいんです。

「ノートのメモを見てしまってから、気になってしょうがないんだ。マネージャー、ガリレオの実験って知ってるか?」

 へっ? ガリレオ? あの探偵の……?

 私は唖然とした。

 

「大きさが同じ鉄の玉と木の玉を同時に落としたらどうなるか? ガリレオ・ガリレイがピサの斜塔で行ったと言われている実験だ」

 ああ、ガリレオって、そっちのガリレオね。

 てっきり告白されるかと思っていたのに、なんでそんな話になってんの?

 でも先輩は真剣な顔をしている。もしかしたら、これが先輩流の照れ隠し&序章なのかもしれない。それならちゃんと受け答えをしなくては。

「先輩、その話なら聞いたことがあります。たしか……同時に落ちるんでしたっけ?」

「そうだ、二つの玉は同時に落ちる。じゃあ、その鉄の玉と木の玉で振り子を作ったらどうなる?」

 どうなるって、木の玉の方がプラプラって揺れるんじゃないの?

「鉄の方が重いから揺れにくい、とか……」

 私が答えると、高志先輩は「やっぱり」という顔をした。

 そして私を諭すように、先輩はゆっくりと口を開く。

「実はな、マネージャー。鉄の玉で作った振り子も、木の玉で作った振り子も、揺れるスピードは一緒なんだ。二つの玉が落ちるスピードが同じだったように」

 へっ? そうなの?

 重い方がブーラブーラって感じで揺れにくいような気がするけど。

 そこでやっと私は、先輩が何を言おうとしているのかを理解した。

 そっか、私が『重い振り子は揺れにくい?』なんてノートに書いたものだから、先輩はこんな話をしてるんだ。

 なによ、バカじゃないの、私ったら。告白されるなんて一人で盛り上がっちゃって。

 そう考えたら、何だか自分に腹が立ってきた。

「そんなことを教えるために、私を呼び出したんですか?」

 だから先輩にも冷たい態度をとってしまう。

「最初に言っただろ。押し付けがましいかもしれないけどって。それにこれは、『そんなこと』で済まされる話じゃないんだ、僕にとっては。これは理科の基本中の基本なんだよ」

 だから私、文系ですって。

「僕の両親は教師でね、間違ったことを見過ごすのが嫌いなんだ。だから自分は、何度も何度も両親に正されながら育ってきた。そんな両親が大嫌いだったんだ。そんな人間には絶対ならないと誓った。しかし……、しかしだ、マネージャーのメモを見た瞬間に『正してあげたい』という気持ちが膨らんでしまって、どうしようもなくなってしまったんだよ」

 そんなことで私を巻き込まないで下さい、先輩。

 私はひとこと皮肉を言いたくなった。

「蛙の子は蛙なんですね」

「蛙の子は蛙……か……。そうなんだ、ゴメン、マネージャー。今回の件で、僕にも両親の血が流れていることがよく分かったよ。反省してる」

 先輩ごめんなさい。ちょっと言い過ぎたかも。

 なにかフォローする言葉はないかな?

 そうだ、振り子について聞いてみよう。そうすれば先輩の面子も立つじゃない。

「じゃあ、一つ教えて下さい先輩。重さが関係ないのなら、どうやったら振り子の揺れるスピードは変わるんですか?」

 すると先輩は笑顔を取り戻して私を向いた。

 うふふ、作戦は成功だったかな?

「長さだよ」

「長さ?」

 それは意外な答えだった。

 私は今まで、振り子の振れやすさは重さに関係していると思っていたから。

「そう、振り子の長さを長くすれば揺れにくくなる」

 てことは、てことは――ブリブアシステムの真也のカウントが増えないのは、アレが人一倍長いってこと。

 うわっ、想像しちゃったじゃない。しかも高志先輩の前で。

 恥ずかしくなった私は急に帰りたくなった。きっと顔も赤くなっているに違いない。

「ありがとうございます。じゃあ、先輩さようなら」

 そして私が部室を出て行こうとすると――

「待って、菜月ちゃん!」

 先輩に呼び止められた。

 えっ、『菜月ちゃん』? 今、先輩は『菜月ちゃん』って呼んだ?

「あの、その、菜月ちゃんは……、真也君と付き合ってるの?」

 高志先輩に『菜月ちゃん』なんて呼ばれると妙にくすぐったい。それに『真也君』だなんて。なんか急に先輩のキャラが変わってない?

 それよりも、私と真也が付き合っているってどういうこと!?

 これは全力で否定しなくては。

「ただの幼馴染ですけど。それがなにか?」

「本当に付き合っていないんだね?」

「そうです」

 すると先輩は安心したように一息ついた。

 そして意を決したように私のことを見る。

「ぼ、ぼぼぼ、僕は……、な、ななな、菜月ちゃんのこと……」

 ええっ、『僕』だって?

 それにこのセリフ、なんか予想と違うっ!

 驚いた私が一歩後ずさりしたその瞬間――私の携帯が鳴った。

 ナイスタイミング! 

「ごめんなさい、電話なので」

 この着メロはお母さんからだ。

 ありがとうお母さん、助かったわ。

 そう心で呟いて私は電話に出た。


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