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九.イチゴの憂鬱

(注:シモネタ内容を含みます)

 翌朝も俺は、登校時に同じ作戦を実行した。

 昭彦やクラスメートに生パン情報を売るのなら、それは俺自身が仕入れるしかない。

 俺はまたメールを受けたフリをして立ち止まり、菜月を先に行かせる。すばやくアプリを立ち上げ、今日はまず最初にスパッツリストに注目した。

 すると、どのスパッツにも印が付いていなかった。

 ――え、え、えっ、も、もしかして今日は生パン?

 驚きながらも急いで今度はパンツリストを見ると――丸印はイチゴ柄のパンツに付いている。

 ――げっ、まだアレはいてんのかよ。

 そう、小学校の頃のウンチパンツ事件の時に、俺が菜月にはかせてもらったのと同じ柄。

 最初、パンツ図鑑アプリを見た時にリストの中にあることは確認していたが、まさか今だにアレをはいているとは思わなかった。

 生パンの事実に一気に膨らんだ俺の心と体は、イチゴパンツの衝撃にしゅるると萎んでしまった。


 ウンチパンツ事件。

 ああ、思い出したくもない。子供の頃の悲惨な事件。

 前を歩く菜月がイチゴパンツをはいていると思うと、どうしてもその頃の記憶が蘇ってしまう。

 あの時、ウンチパンツをはいて公園のトイレに駆け込んだ俺は、菜月のじいちゃんの言う通りパンツをはいたまま便器にしゃがみ用をたした。

 しかし、パンツのお尻は開閉せず、ウンチがべっとりとパンツに付く羽目に。

 俺は大声で泣いた。こんなはずではなかったという怒りと、これからどうすればいいのか分からないという絶望を込めて。

 その時だ、男子トイレに菜月が入ってきたのは。

「どうしたの、真ちゃん?」

 嬉しかった。

 助かったと思った。

 しかし、絶望が取り去られた瞬間、俺の感情を支配したのは怒りだった。

「お前のじいちゃんがいけないんだぞ!」

 気がつくと、俺は菜月を睨みつけていた。

「パンツを下ろさなくてもウンチができるって言うから、信じてたのに……」

 そして恥ずかしかった。一番見られたくない人に見られてしまった。

 あっちに行ってくれ。でも助けてほしい。

 だから俺は、睨みつけるしか術がなかった。

 すると菜月はポロリポロリと涙をこぼし始める。

「ごめんね、ごめんね」

 そして菜月はトイレットペーパーを手に巻きつけ、嫌がりもせずに俺のお尻を拭いてくれた。

 最後に俺のお尻がきれいになったところで、菜月は自分がはいていたイチゴパンツを脱いだ。

 ――えっ?

 驚いて立ち尽くす俺に、菜月はイチゴパンツにはかせ、さらにズボンもはかせ、ウンチの付いたパンツを持って走り去っていった。

 その直後だったのだ。この事件最大の悲劇が俺に訪れたのは。

 昭彦をはじめとする悪友たちがトイレになだれ込んで来たのだ。

「おい、真也。お前菜月のじいちゃんの新発明をはいてるんだって?」

「ゴメン。今ははいてないんだ」

 俺は必死に弁明した。本当に今はウンチパンツをはいてない。

「嘘だろ。さっき自慢してたじゃねえか、新発明だって鼻高々によ。俺達にも見せろよ」

「そうだよ、隠してんじゃねえよ」

「隠してねえよ。本当にはいてないんだって!」

「みんな、真也を脱がせようぜ」

「よし脱がせよう。脱がせよう!」

「やめろ! やめろ! やめてくれ!」

 悪友たちは嫌がる俺を押さえつけ、ズボンを下ろそうとした。

 ――ダメだ、今脱がされたらイチゴパンツを見られてしまう。

 俺は必死に抵抗したが、相手が多すぎた。ついにズボンを下ろされてしまったのだ。

「何だコイツ」

「お、女のパンツをはいてるぞ」

「イチゴパンツ……」

「バカヤロー。これが菜月のじいちゃんの新発明なんだよ!」

 俺は泣きながら叫んだ。

「やーい、イチゴパンツ。真也のイチゴパンツ」

「見いちゃったイチゴパンツ、見いちゃった~」

 悪友たちは口々に叫びながらトイレから出て行った。


「おい、真也。スパッツの研究は進んだか?」

 突然声をかけられ、俺は飛び上がりそうになる。

 声の主を見ると昭彦だった。どうやら俺は、いつの間にか教室にたどり着いていたようだ。

「あ、昭彦……」

「な、なんだよ、そんなに驚くことはねえだろ?」

 豆鉄砲を喰らったような俺の顔を見て、昭彦は呆れていた。

 ウンチパンツ事件。そのことで頭が一杯になっているうちに、俺は学校に着いてしまっていたらしい。

 ――まったく今朝は嫌なことを思い出しちまったぜ。そういえば、昭彦もあの場所に居たんだな。

 幼少期の悲惨な事件。

 その犯人の一人の顔を、俺はぼんやりと見る。

「どうしたんだ真也。なんか上の空だぞ。も、もしかして、今日の菜月ちゃんは、スパッツをはいていないのか!?」

 ――忘れもしない、この顔だ。イチゴパンツで俺のことを散々からかったのは。

 あの後、俺は学校で『イチゴパンツの真也』と呼ばれるようになってしまった。言いだしっぺはもちろんこいつ、昭彦だ。

「なんだよ、黙ってないで何か言えよ」

 ――こいつの顔を見ていると、また思い出しちまうぜ。

 ウンチパンツ事件の後、しばらく学校に行くのが嫌になってしまった。その時の思いが、昨日のことのように蘇って来る。

「黙ってるってことは……、ま、まさか、お前、何か重要な情報を掴んだな」

 ――イチゴパンツ。

 菜月があれさえはいていなければ。

 すべての元凶はあのパンツだ。イチゴパンツさえなければ、イチゴパンツさえ……。

「イ、イチ……」

「イチぃ?」

 期待を込めて俺を見つめる昭彦。

 その眼差しがなんだか気持ち悪くて――俺ははっと我に返る。

「い、いちゅものようにスパッツをはいてる……ぞ」

 咄嗟の回避。ちょっと苦しかったけど。

 すると、昭彦はがっかりしたようにうなだれる。

「なんだよ、期待させんなよ……」

 あぶねぇ。

 俺はいったい何を言おうとしてたんだ?

 まさかイチゴパンツ? そんなことをコイツの前で言っちまったら、昔のことをクラスメートにばらされるじゃねえか。まさに間一髪とはこのことだ。

「あーあ、菜月ちゃんのガードは固いなあ……」

 昨日と同じように机に伏せる昭彦。

 でも、もし菜月がスパッツをはいていなかったら、コイツはどうする気なんだろう?

 ふとそんなことを思った俺は、昭彦にカマをかけてみる。

「もしも、もしもだよ。菜月がスパッツをはいてなかったら、お前はどうするんだ?」

 本当ははいてないんだけどさ。

 すると昭彦は顔を上げ、得意げな表情をした。

「すぐに情報網を駆使して迎撃体制を取る。校内のあらゆる階段に情報員を張り付かせるつもりだ」

 な、なんだ? 迎撃体制って……?

 こいつは一体、どんな団体を組織してんだよっ!?

 要注意人物。幼馴染の一人をそう認識した瞬間だった。


 授業が始まると、今日も俺は菜月の後姿をずっと眺めていた。

 ――なんで今日はイチゴパンツなんだよ。

 そのイチゴ模様を、頭の中でトレースする――ことはなかった。昨日は、スカートの中のストライプ模様を悶々と想像していたというのに。

 だってイチゴパンツは、俺のトラウマだから。

 小学校の頃、イチゴパンツをはいているところを悪友達に見られて散々からかわれたんだからな。『イチゴパンツの真也』という変な名前まで付けられて、子供心はズタズタだ。

 そういえば昭彦は、菜月の生パン情報にかなり興味を持っていたな。情報網がなんとかとも言ってたし。

 それってヤバい連中のことじゃねえのか?

 もし、連中が今日の菜月が生パンであることを知ったら?

 もし、昭彦にそのパンツがイチゴ柄であることがバレたら?

 それはかなりまずい。『イチゴパンツの真也』がクラス中に広まっちまうかもしれねえじゃねえか。

 それは何としてでも阻止しなければならない。

 ――なんで今日の菜月は重ねばきしてねえんだよ。

 イチゴパンツをはくなとは言わない。それは個人の自由だ。

 でもイチゴパンツをはいている時に限って、なんでスパッツをはいてねえんだよ。

 いつものように菜月が重ねばきしてくれてたら昭彦にばれることはないし、クラスの中での俺の面子も保たれる。

 ――それとも生パンである何か特別な理由でもあるのか?

 そう考えて、俺はあることを思い出した。

 昨日の部活の時のことだ。

 ――そういえば菜月のやつ、高志先輩に声をかけられていなかったっけ?

 俺はその時の菜月の様子を思い出していた。

 頬を赤らめて恥ずかしそうな表情をする菜月、そして上目遣いに高志先輩を見つめる乙女の顔。

 もしかして、今日の部活の時に何かあるのだろうか。

 だから生パンなのか?

 それはヤバいんじゃないの?

 それとも、二人でどこかで待ち合わせをしてるとか?

 なんかすっごく気になる。

 でも――気になるって、菜月のことが気になるのか?

 別にいいじゃん、菜月が高志先輩とくっついても。

 高志先輩、いい人だぜ。菜月にはもったいないくらい。

 それに菜月が高志先輩と何をしようが俺には関係ない。

 なんて、すましていられるのか?

 ――ああ、もうわかんねえ。わかんねえ、わかんねえ、わかんねえ……。

 今日の俺も、一日中授業に集中することはできなかった。


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