プロローグ
「おーい、菜月。ちょっと教えてくれんかの?」
高校二年生になったばかりのある日、夕食後のテレビを楽しんでいるとおじいちゃんがリビングに顔を出してきた。
「なに? おじいちゃん。今、いいところなんだけど」
テレビでは、サッカー日本代表の親善試合をやっている。
日本代表のサイドバックには運動量の豊富な選手がいて、ちょうど今、サイドを駆け上がったところだ。その選手めがけて、かなり無理めのスルーパスが出て――
ええっ、それを追いついちゃうの!?
ゴールラインぎりぎりでボールに触ると、迷わずセンタリングを上げた。綺麗な弧を描いたボールは、長身フォワードの頭を目がけて飛んでいく。
「行けっ! ヘディングシュート!! あ、ああ……」
残念ながらゴールは枠を外れてしまった。
でもサイドを起点とした攻撃はダイナミックで、とてもワクワクする。これほどの距離を駆け上がることができるなんて、サイドバックの選手の運動量に感謝したいところだ。
「お楽しみのところ悪いが、これの使い方を教えてほしいんじゃよ」
ゴメン。おじいちゃんのこと、すっかり忘れていたわ。
「はいはい、ハーフタイムになったらね」
そう言いながらチラリと振り返ると、おじいちゃんが手にしていたものが銀色に光り、不覚にも目を奪われた。
怪しげな光沢を放つ掌大の金属の筐体。それは――
ス、スマートフォン!?
「アプリって何の事じゃ?」
疑問を口にするおじいちゃんの金歯がキラリと光った。
「ほら、こうやると文字が大きくなるでしょ?」
「おお、すごいのう。これは便利じゃ」
サッカーのテレビ放映が終わると、おじいちゃんにスマートフォンの使い方を教えてあげる。
うちのおじいちゃんは、こう見えても発明家だ。だからバリバリにプログラムを組んだりして、コンピューターは私よりも使えたりする。でも、スマートフォンは初めて触るらしい。
ていうか、老人にスマートフォンって、なんだか怪しげなんですけど……。
仕方が無いので、私はおじいちゃんに基本的な使い方や写真の撮り方、声の録音の仕方などを教えてあげた。
それにしても、こんなものを買っちゃって、おじいちゃん何をやるつもり?
まさか、お得意の珍発明?
それからというものの、夜な夜なおじいちゃんの部屋から変な歌声が聞こえてくる。どうやら、スマートフォンに自分の声を録音しているようだ。
「♪ブラブラブーラが、ブーラブラ~」
ん、もう、一体なんて曲を歌ってんのよ。
それから半年ほど経って、その曲を再び聞くことになる。まさかあの時、あんなものを作っていたとは、その時の私には知る由もなかった。