①-4 気付きだした気持ち
side:aina
「い……」
キャプテンは開いた口が塞がらない状態でした。
おそらく、それほどまでに、天宮先輩が練習に来たことに驚いているんだと思います。
「一体どうやって連れて来たんだっ!?」
あ、やっぱりそうでした。
「なんだ、来ちゃ悪いのか?」
「いやそういうわけじゃない! ただ昨日あんなことを言っておいてよく来てくれたなと…」
「ああ、こいつに頼まれたんだよ」
と言って先輩は私を指差します。
「はい! 私がお願いしました!」
「せ、芹沢か」
キャプテンを私の方をちらっと見ると再び天宮先輩に視線を戻します。
しかしその表情はまだ納得している様子ではありません。
「しかし…なんで芹沢?」
「別に…ただ気に入ったから、願いを叶えてやっただけだよ」
ドキン。
そんな先輩の言葉に私は胸の鼓動が早まるのを感じます。
「まあいい、とにかく練習開始だ」
キャプテンの一言でざわついていた部員は返事と共に静まり各自練習を行うために移動し始めます。
私もぼーっとしてはいられないので急ごうとすると後ろから二人が話す声が聞こえたので思わず立ち止まりました。
「天宮もやっぱ男の子だな。これを機にオタクなんかから足を洗ったらどうだ?」
「何言ってんだ?」
「とぼけるなよ」
「とぼけてねーよ。俺は芹沢が気に入ったからって言ったろ。別に原たちでも気にいりゃ練習に来てやったさ」
「お前…本気で言ってるのか?」
「当たり前だろ。それとオタクなめんな」
「はぁ…気の毒になぁ」
それってつまり、先輩は私じゃなくてもよかったってことでしょうか。
私が特別とかじゃなくて本当にただ気に入られただけ、それだけなのでしょうか。
そうですよね。
私なんか。
私なんか。
先ほどまで早く打っていた鼓動はいつしか落ち着き、私の気持ちもなんだか落ち込んでました。
「はぁ…」
「おい芹沢! ボール出せ早く!」
「は、はいっ!」
先輩の怒声で私は慌ててボールを投げました。
今日何度目でしょうか。
あの話を聞いてからどうにも身が入りません。
試合も近いというのに…これじゃあお荷物です。
なんとか気持ちを切り替えないと。
と、思っていた矢先。
天宮先輩と坂江君が口論をしていました。
どうやら天宮先輩のパスに不満があるようです。
「ちょっとアンタなんだ今のパス! あんな早いパスをあんな前に投げられたら取れるわけねーだろ!」
「じゃあお前が走ればいいだろうが。人に文句言う前に自分がどうにかしようとしろ」
「なんだとぉ!!」
「やめないかお前たち!!」
その二人の間にキャプテンが割って入ります。
「そんな些細なことで喧嘩などしようとするな。ただでさえ来週に大会を控えてるんだ、くだらんことで時間を無駄にするな!」
「でもコイツが…!」
「口で言うだけではわからんか?」
「は、はい…」
最後はキャプテンの威圧に耐えられずに坂江君は頷きました。
結局それからも天宮先輩は態度を変えようとはしませんでした。
「じゃあキャプテンお先」
天宮先輩は練習が終わると一番に更衣室に入り一番に出て行きました。
「ったくなんだよあのオタク野郎、ちょっとうまいからって調子に乗りやがって!」
「そーそー。上手くても個人技に頼っちゃ試合にゃ勝てないっての」
「てかアイツにチームプレーなんかできんのか?」
「無理じゃね? オタクだし」
『ぎゃはははははは!!』
一年の3人は天宮先輩が帰るとすぐにこんな悪口を言い合い声を揃えて下品な笑い声を上げていました。
「ていうか何様だっての」
「オタク様だろ?」
違う。
先輩はそんな人じゃない。
オタクだって言われてるけど、そんな先輩じゃない。
「だよなー。ていうか周りの人間なんてみんなくずだと思ってるみたいじゃん?」
そんなことない。
男子更衣室の前で私は拳を握り締めます。
みんなが思っているのとは違う先輩を私は知っている。
「まぁゲームばっかしてんだゲームが友達なんだろ」
周りに関心がないようでも、興味がなさそうでも、先輩は優しい先輩を私は…!
「ていうか、俺らなんかどうでもいいくらいにしか思ってないだろ」
私は……。
ほとあのときの言葉が蘇ります。
『別に原たちでも気にいりゃ練習に来てやったさ』
『お前…本気で言ってるのか?』
『当たり前だろ』
そう。
先輩にとって私はただたまたま気に入られた人間。
それ以上でも、それ以下でもない。
とたんに私は悲しくなってきました。
なんだか馬鹿みたいに思えてきました。
恥ずかしい思いしてまで頑張ったたのに。
少しでも気にかけてもらえるように頑張ったのに。
全部無駄だったんでしょうか。
どうしようもない気持ちが私の中で渦巻いています。
今の私はこの人たちと同じだ…。
どうして?
私が私に呼びかけました。
どうしてそんなに必死だったの?
どうしてそんなに本気だったの?
どうして。
そういえば、最初キャプテンにつれて来いとお願いされて、私はそれが大事な仕事だと思って、必死にやっていました。
でも天宮先輩に会って。
ああ、こんな人なんだなって、まだ会って本当に間もないですけどこの人の人柄になんだかんだで惹かれだして。
いつしかマネージャーとしての仕事だからとかそんなの忘れて。
ただ純粋に先輩のことが気になって、頑張って。
やっと練習に出てくれるっていったとき嬉しくて。
ふと、先輩の笑顔が脳裏をよぎりました。
『アンタ、変な奴だなっ』
結局笑ってくれたのはこの一度きりだけでした。
けど私はこの一度の笑顔で完全に惹かれました。
何を馬鹿なことを考えていたんでしょう。
天宮先輩がどうしようもないオタクの無関心ヤローだってことはもう知ってるじゃないですか。
そんな先輩でも私は惹かれたんです。
好きになってしまったんです。
今なら自信を持ってそう言えます。
わたしは男子更衣室のドアを勢いよく開けると思いのたけをぶちまけました。
「天宮先輩を…馬鹿にしないでくださいっ!!」
「うおぁ!? 芹沢!? ここ男子更衣室だぞ!?」
「何考えてるんだ!?」
「天宮…先輩を…馬鹿にするのは、やめてください…」
「何言ってんだお前?」
「アイツが酷い奴だってのはお前も知ってるだろ?」
「それでも…先輩を馬鹿にするのはやめてください!!」
「意味わかんね…」
「なんの騒ぎだ」
「キャプテン!?」
私の叫び声を聞きつけたのかキャプテンは更衣室にのっそりと入ってきました。
「話はだいたい聞こえた。お前ら…」
「だ、だってキャプテン…」
「坂江。お前、パスをもらう瞬間にスピードを落とす癖があるだろ?」
「え…?」
「それに赤岸はリバウンドでの体の入れ方が甘い」
「あ…」
「原はパスまでの周囲を見る時間が長すぎる」
「どうして…」
「全部、今日天宮が気付いて直そうとしていたところだ」
そういえば。
坂江君に対してのあの早いパス、ゴール下での赤岸君に対する過度のぶつかり合い、ゲーム中での原君のパスをこれでもかというほどにカット。
全部弱点を気付かせるためのものだったんですね。
「俺ですら気付くのに一週間かかったものをアイツはいとも容易く見つけ出し、最善の方法を考えた。しかしお前らはどうだ。それに全く気付かずに奴の文句ばかり。天宮の言うとおり文句ばかりで自分はやろうとはしなかったじゃないか」
「……………」
的確な指摘を前に3人は黙り込んでしまいました。
「奴は確かにオタクだ。でもな、だからといってお前らが馬鹿にする権利はどこにもない」
「………俺ら最低のことしましたね」
「申し訳がたたねーよ」
「今からでも遅くない。練習したらどうだ?」
「は、はい!」
3人は再び着替えると体育館に走って入っていきました。
な、なんとか一段落です。
「それでお前は何をやってるんだ芹沢。マネージャーとはいえ女子が堂々と男子更衣室に入るな」
「あうっ、すみませんです」
「ああ、それと芹沢」
急いで更衣室を出ようとした私をキャプテンは呼び止めてきました。
「天宮に伝えたいことがあるならハッキリとな。アイツは言ってもわからんかもしれんがな」
かぁ~と私はみるみる顔が赤くなっていきました。
キャプテンは笑いながら更衣室に入っていきました。
うう、恥ずかしいです。
side:seito
部活終了と同時に俺は急いで下校する。
部活中はさすがにやりたいことはできないので、少しでも埋め合わせるため速やかな下校&カバンの中からポータブルゲームを取り出し起動した。
「ちょっと聖人」
下校中他に誰もいないのか、素の態度でレミィは話しかけてきた。
「見てわかるように今俺は忙しいんだ。なんとかして今日中にこのゲームを攻略してwikiを完成させないといけないんだよ」
「そんなことはどうでもいいわ。それより今日の練習見てたけどなによアイツらの態度」
「なんだ見てたのか」
「ええ見てたわ。アンタ一年にあんな態度でこられて何か言い返してやろうって気にはならないの?」
何に怒っているかと思えばそれか。
今日の練習中の一年の態度になぜかコイツがご立腹のようだ。
「折角聖人が弱点を直せるようにやってたのに、そんなこともわからないのかしら? ていうかアンタも何か言えばよかったじゃない!」
「それじゃ意味ねーよ」
「え?」
「自分で気付かなきゃ意味ねーだろ」
「そう…ね。そういうもんかしらね」
「そういうもんだ」
どうやら落ち着いたようだ。
やれやれ。
これでゆっくりとゲームに没頭できる。
「それはそうと聖人」
「なんだよ?」
「もっと愛奈ちゃんのことも見てあげなさい」
「なんで芹沢の名前が出るんだ?」
「さぁ? 自分の胸に手を当ててよーく聞いてみなさい」
わっけわかんねぇ。
翌日。
「おはようございます天宮先輩っ!」
「…………」
なんか玄関に芹沢がいた。