『幕間 : 僕と新月 』
緊張した感じのトゥーリの声に、罪悪感がわく。
僕は、全ての時間を飛ばして彼女を手に入れた。
あの時は、ただ彼女が欲しかったし僕のものにしたかった。
冷静になって自分のとった行動を思い返してみると……正直自分でも引いてしまう。
僕に少しの好意を、抱いてくれているのは分かった。
それが、恋愛感情かはわからなかったけど。
その気持ちが育ったら、恋愛感情になったのかもしれない。
だけど僕は待てなかった。彼女の気持ちが育つまで待つことができなかった。
すぐに欲しい……。僕は、心の衝動の赴くままに行動していた。
『僕の妻……』そう思っているのは、僕だけかもしれない。
僕は、彼女の孤独や寂しさにつけこんだから。
彼女が自分の抱えている問題に向き合う時間も
僕に対する気持ちを考える時間も与えなかった。
僕の考えを彼女に押し付け、納得させた。
僕の気持ちを彼女に押し付けて、婚姻関係を結んだ。
流されたトゥーリにも、少しの責任はあるのかもしれない……。
その選択をさせたのは僕。
だけど、僕の一番の罪は僕がとった行動に
僕が少しも罪悪感を感じないことなんだろう。
彼女が僕と話す時の緊張した声に、彼女に対して悪いとは思っていても
自分自身の行動に、後に嫌悪感を抱くことになっても、また同じ事をするんだろう。
僕はもう一度同じ場面に遭遇しても、同じ選択をする。
間違いだとわかっていて、その選択を選ぶと言い切る僕は……本当に……。
狂っていると思う……。
だけど、僕は僕が、狂っていることに気がつくたびに
最後の選択だけは、君が笑ってくれる答えを選び取ると誓うから。
それが、君と僕とが繋がるものではなかったとしても……。
狂っている僕を、君が僕を愛せないというのなら……。
僕は、君を手放すと誓う……。
何度でも。始まりと同じ数だけ……。
だから、今だけは……。
「セツ……?」
思考に沈んでいた僕の意識を、トゥーリの声が引き戻す。
トゥーリの心配そうな声が僕に届いた。
僕が彼女の名前を呼んだだけで、黙ってしまったから。
僕は右手で自分の髪をかきあげると、様々な気持ちを心に沈め彼女と話す。
「ごめん、クッカはもうねた?」
「うん、気持ちよさそうに寝ているわ」
「トゥーリも眠いかな?」
「……私は大丈夫……一日、何もしていないもの……」
トゥーリは少し沈んだ感じの声を僕に返す。
どうして、眠いかと聞いただけで
彼女が落ち込んだような声を出すのか僕にはわからない。
君の明るい声が聞きたいのに。
そんな自分勝手な気持ちが僕の心を占める。
新月の夜にしか聞けないトゥーリの声。
彼女が僕と話しをすることにさえ、罪悪感を抱いているのは知っている。
僕との距離を量りかねていることも……。
それでも僕はトゥーリの声が聞きたい。声だけではなく本当は姿も見たいのだ。
トゥーリの元へ移動してしまえばいいと、仄暗い光が僕を誘おうとする。
その気持ちを必死で追いやって、僕はトゥーリの落ち込んでいる理由を探る。
「トゥーリ?」
「クッカは、頑張って薬草園をつくっているわ。
私は……座っているだけだから、疲れることはないもの」
なるほど……トゥーリは何もすることがないから
クッカが働いている姿を見て心苦しいのか……。
トゥーリの性格からすると、1人だけのんびりしているのは嫌なんだろう。
だけど、自分から何かをしたいと言うことも言えない。
何かをしたくてもできない。
トゥーリがいる場所は、本来彼女にとっては罪を償う場所だから。
ため息をこぼすトゥーリ。
僕は、彼女でも出来そうなことを考える。確かに、一日ずっと眺めているだけ
座っているだけの生活は苦痛だろう。竜が得意なことって何だろう……。
「ねえ、トゥーリ」
「なぁに?」
「トゥーリは、竜の国では何をしていたの?」
僕の質問に息を呑むトゥーリ。少し無神経な質問だったろうか……。
「私は……」
黙ってしまった彼女、余計落ち込ませてしまったみたいだ。
僕はどうやって、トゥーリの気持ちを浮上させようか一生懸命に考える
これがトゥーリ以外の人間なら、気にもしないのに……。
僕は本当……最低な人間かもしれない……。
「私は……まだ、勉強の途中だったから……」
僕が何かを言う前に、トゥーリの言葉が先に返ってきた。
「勉強?」
「そう、精霊文字とか……。竜の歴史とか……。
魔法とか……」
精霊文字は教えることが出来るとしても……。
竜の歴史は僕は教えることが出来ない。魔法は、あの中に入っている限りは無理だ。
うーん……。
トゥーリが生きていくうえで
役に立つことを、教えてあげることが出来たらいいのだけど。
竜の国に帰れないということは、こちらの大陸で生活するしかないのだ。
僕の腕の中に閉じ込めてしまいたい衝動はあるけれど……。
きっとそれをすると、トゥーリは壊れてしまうだろうから。
彼女の生きがいになるもの、もしくは生きていく自信に繋がるものを教えたかった。
生きている年月は、彼女の方が上だけど。
魂の年齢で言えば僕のほうが遥かに上だと思うから。
少し考えて、クッカと一緒にできる事を思いついた。
「トゥーリ。僕の仕事を手伝う?」
「……セツのお仕事?」
「そう。僕の仕事」
「……セツ、私は、ここから出たくない……」
トゥーリの戸惑った感じの声が僕の耳に届く。
「冒険者になれといってるわけじゃないよ」
僕は少し笑いを含んだ声で、トゥーリに返す。
「僕の仕事は、薬の調合もするんだよ。
最近は、魔物を倒しているより薬を売っているほうが多いかな……」
「……」
「トゥーリが覚える気があるのなら
薬草の種類、薬草の効能、薬の調合まですべて僕が教えてあげる」
「……」
トゥーリの声がピタリと聞こえなくなる。
返事がこないことに、少し不安を覚えたころ。
「……教えて欲しいな……」
とても小さな声が僕に届いた。
その声に少し、涙が混じっている気配を感じる。
「トゥーリ?」
「……薬草学は……母が教えてくれるはずだったの……。
竜の女の子は……必ず代々伝わる……薬の調合を教えてもらうの……」
「……」
「私はもう……覚えることが……できないけれど……」
声を押し殺してなく声が聞こえる。おなかの辺りにぐっと力を入れ
僕は、トゥーリに気がつかれないように深く息を吸い込み吐き出す。
自分の心を落ち着けてから、静かにトゥーリに語りかけた。
「トゥーリが覚えたいと言うのなら
僕の知っていることをすべて教えてあげる。だけどねトゥーリ」
「……」
「薬は命を左右するものだ。
だから僕は、教える相手が君であっても甘やかさない」
僕は、甘さを一切含めない声でトゥーリに問いかける。
「君は、僕から学ぶ覚悟がある?」
「っ……」
僕の刺すような真剣な声に、トゥーリが言葉を詰まらせる。
トゥーリは真面目な性格だ、こんなことを態々言わなくても
真面目に取り組むだろうし、薬の意味も理解しているはずだ。
優しく、甘やかして教えてもいい……。
彼女ならどんな教え方であろうが、大切なものを見失わないだろうから。
彼女が楽しく笑って、覚えてくれるならそれが一番いい……。
だけど……。
彼女が雑念なく取り組めるように、薬草学を教えているときは
恋愛感情を差し挟まないと決めた。
伴侶としてではなく……教師として……。
トゥーリが僕と気軽に話せるように……。
気兼ねなく……教えを乞えるように。
そして、笑えるように……。
伴侶としての僕では、彼女を心から笑わせることができないから……。
性急すぎた代償。
トゥーリが僕に、好きだと言わないことに気がついていた。
それが哀しいと思いながらも、僕は彼女に好きだと言って欲しいとは言えなかった。
僕はこの先何度でも、彼女に僕の気持ちを伝える。
彼女に本当の意味で、僕の伴侶になってもらえるように。
僕は1つため息を落とす。
「トゥーリ、答えは今出さなくてもいいから。
心が決まったら教えて……」
「……はい」
少し震えた声で僕に返事をする。
僕は、鞄から白の薔薇を取り出す。
蕾のままの薔薇。その茎には白のリボンが結ばれている。
「トゥーリ、机の上を見て……」
僕は、トゥーリの机の上へ薔薇を転送した。
トゥーリが一瞬息を飲んだ音が聞こえる。
「……綺麗」
「その白い薔薇は……」
僕は、トゥーリにラグルートローズの由来を話す。
トゥーリは、少し笑ったり相槌をうったりしながら僕の話しを聞いていた。
「トゥーリ……リボンを解いてみて?」
トゥーリが、リボンを解いたときの表情が見れないのが残念だけど。
「セツ……すごく綺麗に咲いたの……」
トゥーリの声は、今日聞いた声の中で一番明るいものだった。
「気に入ってくれた?」
「……うん、ありがとう」
「良かった」
「セツ? このリボンに書かれてある文字はなんて読むの?」
リボンに思わず日本語で書いてしまった言葉……。
今の君にはきっと重荷になる言葉……。
だからまだ今は伝えない。
「うーん、秘密。そのうち教えてあげる」
「どうして、そのうちなの?」
「僕が恥ずかしいから」
少し、おどけた風にいうとトゥーリが軽く笑った。
「薔薇にリボンに贈る言葉……色々照れてしまう要素がいっぱいだよね?」
「うそ……セツは、そういうの平気そう」
「僕は……トゥーリにどう見られているんだろうね……」
クスクスと笑うトゥーリに、愛しさがこみ上げる。
自分の右腕で左腕を痛いほど握り、側に行きたい衝動を押さえ込む。
自制することが、こんなに辛いとは思わなかった。
「酷いな……」
「この言葉の意味は、何時教えてくれるの?」
君が僕を、好きだと言ってくれたら……。
本音を心にしまいこみ、いつもの声音で彼女に答える。
「僕が恥ずかしくなくなったらかな?」
「それは、答えになってないわ?」
「本当は、トゥーリ、大好きって書いてあるんだよ」
「もう、うそばっかり!」
「僕が、トゥーリを好きなのは嘘じゃないよ?」
「……」
僕の不用意な一言で空気が変わる。
どう答えていいのか、悩んでいるトゥーリに少し哀しくなる。
これ以上困らせたくなくて、僕から話題を変えた。
アルトとラギさんの悪戯の事、今日のことなどを面白おかしく伝える。
1度変わった空気は、元には戻らなかったけれど……。
それでも、最後は少し笑ってくれたから僕はほっと胸をなでおろした。
少し眠そうな気配が伝わってきて、もう少し声を聞いていたい気持ちを抑え
僕はお休みといって魔力を切った……。
リボンに書いた言葉を伝えるのが先か……。
僕が君を、手放すのが先か……。
部屋に帰る気にもなれなくて、僕は月のない空を独り眺めていたのだった……。
読んで頂きありがとうございます。





