『 夜想曲 』
ノリスさんが、サイラスを止めようとする間も無く
サイラスは、自分の器に盛られた料理を全部口の中に入れる。
「ブホッ……」
サイラスが料理を口に入れた瞬間、むせたような咳をだす。
吐き出さなかったのは、サイラスなりの努力なんだろう。
現在、色々なものと戦っているようだ。目には涙が浮かんでいる。
サイラスがむせたのと同時に、僕以外の全員のフォークが、ピタリと止まる。
顔色が青い……? おや……額に汗が……。それぞれの表情を観察しながら
僕はエリーさんの料理を食べていた。
サイラスは、やっと飲み込めたのか、ぜぇぜぇっと苦しそうに呼吸をしている。
フォークを持つ手が震えてるのが、アルト。
ノリスさんは、青くなっている。
ラギさんは、表情に出さないように努力はしているが成功していない様子。
そのほかの人間は、額に薄っすら汗をかいている……。
サイラス以外は、味見をするように口に運んでいたようなので
サイラスほどの衝撃は免れたらしい。
皆の目の前にあるのは、エリーさんが作ってきてくれた料理。
エリーさんは、自分の料理を沢山の人に振舞うと言うことで
最初は照れたように笑っていたが、今はその笑いが引きつっている。
それでも、エリーさん自身は自分が作った料理を、もごもごと咀嚼し飲み込んでいた。
微妙な沈黙が続く中、アルトが言葉を発する。
「み……」
アルトが涙をこぼしながら僕のほうを見て
「み……みず!!」
っと叫んで、台所へ走っていってしまった。
他の人達も考えていることは、アルトと同じかもしれない。
しかし……アルトと同じ事をするのは気が引けるようだ。
だから押し黙るしかないのだろう。額に汗を滲ませながら……。
サイラスは撃沈し、ピクリとも動かない……。
「あ……あの、大丈夫ですか……?」
ノリスさんが、サイラスに向かって声をかけるが返事がない。
オロオロと他の人達も大丈夫かと心配そうに周りを見る。
それを見かねた、ジョルジュさんがノリスさんに返事を返す。
「大丈夫だ……」
「少し、びっくりしてしまって……」
「刺激的な味付けじゃの」
「……」
「……」
その次にソフィアさん、ラギさん、ユージンさんとキースさんは沈黙で答えた。
フレッドさんは、固まっている。
エリーさんが振舞った料理は、とても辛いものだった。
僕は自分の手の中にある料理を見る。
この辛さには覚えがあった……。
記憶がよみがえる、聞こえてくるのは妹の声。
『お兄ちゃん、このお菓子あげる』
そう言って、僕に一袋のお菓子をくれる鏡花。
『……また、妙なお菓子を見つけてきたね……鏡花』
鏡花は、新しく出た食品が大好きだ。食べて美味しかったら僕にも買ってきてくれるし
逆でも買ってきてくれる……逆ならいらないんだけどなと、いつも思ってはいたが
わざわざ買ってきてくれるので文句は言わなかった。
『鏡花は食べたの?』
『食べた』
『美味しかったの?』
僕がそう聞くと、鏡花の目は泳いでいた……。きっと鏡花の口には合わなかったのだろう。
袋を開けると辛そうな香りが漂ってくる……。
鏡花はじぃーっと僕を見つめていた。僕はウェットティッシュで手を拭き
袋の中から取り出して食べる。
僕の反応を、楽しみに待っている鏡花。僕は1つ、また1つと口に入れていく。
何時までたっても、鏡花が望む反応を変えさなかったのが気に入らないのか
頬を、ぷぅーっと膨らませて文句を言ってきた……。
『お兄ちゃん! 辛くないの!?』
『うーん、美味しいよ?』
僕の言葉に、信じられないと表情を作る鏡花。僕が平気そうな顔で食べているので
鏡花も手を伸ばしてとり、1つ口に入れる。その瞬間口を手で押さえ声鳴き悲鳴を上げていた。
しばらくして、涙目で睨みながら僕に怒る鏡花。
『お兄ちゃんの馬鹿! 辛いじゃない!』
『……鏡花、先に食べたんじゃないの?』
『……食べた』
『鏡花は辛いって知ってたよね?』
『……。だって、お兄ちゃんが平気そうに食べてるから
間違いだったのかと思って……』
『…………』
ハバネロ……。世界一辛いと言われていた唐辛子。
今は、ハバネロより辛いものが出来ていたと思うけど……。
-……。
そんなことを思い出しながら、あることに気がつく。
僕は、最近日本の家族のことを思い出さなくなっていた。
そのことに少なからず衝撃を受け、少し動揺した心を立て直し
これでいいのだと思い直す。
-……思い出にするべきなんだ。僕の居場所はもうあそこにはないから。
そう結論付け、僕はこっそりため息をつく。顔を上げるとソフィアさんと目があった。
僕と目が合うと、ソフィアさんが慌てたように僕に話しかける。
「セツナ様は……平気なんですか?」
ソフィアさんの問いに、エリーさんは少し涙目になりながら
僕のほうを見た。僕はエリーさんと視線を合わせる。
「エリーさんの料理は、レグリアの国のものですね」
僕がエリーさんに尋ねると、エリーさんが数回
瞬きして涙を散らし、嬉しそうに僕に頷いた。
「レグリアの料理は、辛味の強い料理が多いですから
リペイドの国の人には少し、衝撃が強いかもしれませんね」
僕は、まだ動かないサイラスを見て笑う。
リペイドの国の人は、辛味成分の強い香辛料は余り使わない。
「僕は、辛いのも甘いのも平気ですよ
エリーさんの料理はとても美味しいです」
そう言って笑うと、エリーさんは本当に嬉しそうな表情を僕に向ける。
エリーさんのその表情を見て、ノリスさんは安心したように息をついた。
「ただ……アルトとラギさんには、この辛さは無理かもしれませんね」
僕がラギさんの方を見ると、ラギさんが僕に苦笑を返す。
獣人族は、辛すぎるものや香りの強すぎるものが苦手なのだ。
「アルトとラギさんの分は、僕が頂くことにします」
僕はそう言ってアルトの分を自分のお皿に移し
ラギさんは、自分の分を僕のお皿においてくれた。
ソフィアさんの分は、ジョルジュさんが食べることにしたようだ。
ユージンさん、キースさん、フレッドさんは額に汗をかきながらも
エリーさんの料理をちゃんと食べきっていた。
アルトが戻り、自分の分の料理が消えていたことに、ほっとした表情を見せる。
その表情が笑いを誘い、その場の空気が変わった。
エリーさんは、アルトに謝り
アルトは、今度は辛くない料理が良いとエリーさんにねだっていた。
食事が和やかに再開され、それぞれの料理に手を伸ばす面々。
机の上に並んでいるのは、ラギさんとアルトの料理が2品、ソフィアさんが1品。
エリーさんの料理は、サイラス達が来ることを知らなかったので
5人分しか作ってこなかった。だから1人1人のお皿に料理を配ったので
その器は空になっている。
後は僕が作ったサラダが1品と、金串に肉と野菜をさしたものを焼くつもりだ。
いわゆる、バーベキューというもの。
サイラス達は、食後のお菓子を持ってきていた。
僕は昨日から、煉瓦を積んで薪を用意して今は火を入れている。
もう少し火が落ち着いてから焼き始めるので
その前に持ち寄った料理を食べようということになったのだ。
やっとサイラスが立ち直り、口直しとばかりにアルトのお皿から
料理を取って口に入れる。
目の前の大皿から料理を取ればいいのに
サイラスは、アルトにちょっかいを出すのが好きなようだ。
いつもなら、アルトがサイラスに怒りの感情を見せるのだが……。
「ぐほっっ、ごぼ……げほ」
サイラスがまたむせている。サイラスは口を押さえて、ものすごい形相をしていた。
その様子を見てアルトがとても楽しそうに笑った。
サイラスは、口に入れたものを何とか飲み込み
一言呟き、その後突っ伏した。
「はめられた……」
二度の衝撃に、サイラスは魂が抜けかかっているようだ……。
自業自得とはいえ、少し可哀想な気がするがアルトは容赦なく喜んでいる。
「やったー!!」
アルトとラギさんの悪戯が成功したのだ……悪戯というより仕返しに近いけれど。
アルトは自分の好きなものを最後に食べる癖がある。
だからお皿の隅に置かれているものは、アルトの好物だった……いつもなら……。
アルトとラギさんはそれを逆手に取ったのだろう。
サイラスはいつもの通り、アルトが最後に食べるために残していると思ったものを
食べたわけだ……。罠だとは知らずに……。
辛いもので撃沈したサイラスが、口直しに食べたものは
丸い形のしたパンの中に、肉を中心に色々な具材を混ぜたものを包んであげたものだった。
ピロシキの一口サイズみたいなものだろうか。
ただ、サイラスが口にしたものだけは……。
とても酸っぱい実が中に入っていた……。ぐったりした、サイラスをアルトは満足げに見てから
ソフィアさんの作った料理を嬉しそうに食べている。
ラギさんから、サイラスの食べたものの内容を聞いて皆が笑い。
アルトが、サイラスにこれに懲りて俺のお皿からとらないように注意し、また笑いを誘う。
言い返すことなく伸びているサイラスに
ユージンさんとキースさんは、サイラスを見て呆れたように笑い。
ジョルジュさんとフレッドさんは、ラギさんとアルトが作った料理を興味深そうに食べ
エリーさんとソフィアさんは、ラギさんに作り方を聞いていた。
僕は、その様子を見ながら
肉を焼くために移動して、網に肉を刺した串をのせていく。
僕が移動することに、気がついたノリスさんが一緒についてきていた。
僕が作った、バーベキューの道具を面白そうに眺めながら
「セツナさん、ありがとうございました」
ノリスさんが、僕の隣にきてお礼を言う。
僕はノリスさんのお礼の意味が分からず首をかしげると
「エリーの料理を、美味しいといってくれて……あの料理は
エリーが得意な料理なんです。シンディさんから教えてもらった料理で
だけど、この国の人の口には合わないんですよ……」
だからノリスさんは、エリーさんの料理の話になると青い顔をしていたのか。
「美味しかったですよ」
僕の言葉に、ノリスさんは苦笑を返す。
「そう言うのはきっと、僕とセツナさんだけですね」
ノリスさんはエリーさんのほうに視線をやると
とても愛しそうにエリーさんを見る。
「あんなに楽しそうにしている、エリーを見るのは久しぶりです」
ノリスさんの言葉に軽く笑い、エリーさん達が
楽しそうに話している場所に視線を送った。
僕とノリスさんが話しているうちに
肉の焼ける香りが届いたのか、皆がこちらに移動してきた。
焼けているものから、各々の皿にのせていく。
食べ方を簡単に教えると、アルトが一番最初に、肉にかじりついていた。
それを見て、みんなも食べ始める。女性には男性よりも少し小さめの物を用意してあり
食べるのに苦労することはないだろう。
庭で肉を焼くという様子を、不思議そうに見ていた面々が
自分もやってみたいということで、焼きだすのには時間が、かからなかったし
焼いている煙が自分のほうへ来て涙ぐんだり、手渡されたものが生焼けだったりと
すべてが上手に行ったわけではないが、そういう失敗でさえも楽しく
サイラスとアルトが、最後のお肉を争って口論している間に
ユージンさんが、ちゃっかり食べてしまっていたりと笑いと絶叫があふれるなか
人間の中に自分が混じってもいいのかと心配し、少し緊張していたラギさんも
楽しそうに笑い、アルトの楽しそうな様子を目を細めて見ていた。
ノリスさんは、ユージンさんとキースさんには
ぎこちない口調で返事をしているが、ジョルジュさんとは普通に話しをしていた。
ソフィアさんとエリーさんは、女の子同士ずっと楽しそうに話しをしている。
今は2人して、ユージンさんにお肉を食べられてしまったアルトを慰めていた。
男性達で、分担して後片付けをした後
女性たちがお茶を入れ、サイラス達が持ってきたお菓子を綺麗に並べていく。
男性たちは、女性の様子を見ながら話しをし寛いでいた。
ラギさんが僕に、サイラス達の疲れが抜けていることを聞いてくる。
僕は、徐々に回復するように魔法をかけたんですよと伝えると、面白そうに頷いていた。
「本人たちは、案外気がつかないものなんだの」
ラギさんの呟きに、僕は苦笑しながら頷いた。
お茶が入り、ジョルジュさんとソフィアさんが並んで座ると
エリーさんが思い出したように、婚約のお祝いを言う。ソフィアさんもエリーさんに
自分がどれほど、もらった薔薇を気に入ったかということを話し、隣のジョルジュさんは
居た堪れないような表情でうなだれていた。
薔薇の話で何かを思い出したのか、ノリスさんが席を立ち外へ出て行く。
しばらくして、ノリスさんは手に細長いバケツを持って戻ってきた。
その中には、ラグルートローズが1本ささっていた。
その薔薇を見て、ソフィアさんが目を輝かせる。
「セツナさん、ご注文のラグルートローズです」
僕は、時の魔法を口の中で呟きラグルートローズだけを受け取る。
バケツから取り出したことで、花が開くだろうと思われていた薔薇は咲かず
僕の手の中の白い薔薇は、蕾のままだった。
「どうして開かないの……?」
ソフィアさんが素直に口に出した。
「あれ? ジョルジュさん、ソフィアさんに何も話していないんですか?」
「ああ……風使いだとしか話していない」
「なるほど……」
ジョルジュさんは、僕が時の使い手だということを省いて
ソフィアさんに説明したのか……。
僕との約束を守って、婚約者にも本当のことを言わなかったんだろう。
僕とジョルジュさんの会話で、ピンときたのか僕を凝視して
「貴方が……?」
「ええ、僕が貴方方の薔薇に魔法をかけました」
僕の言葉に反応したのは、ソフィアさんだけではなく
ユージンさんとキースさんも、表情を引き締めて僕を見つめていた。
ラギさんは、僕と周りの様子を黙って見守っている。
僕は静かに、ソフィアさんにこういった。
「僕が時の使い手であることは、胸にしまって置いてくださいね?」
それは、ソフィアさんに言っただけではなく。
僕に確認を取りにきたであろう、サイラス達にも同様に適用される言葉だ。
ソフィアさんは、笑って僕に御礼をいい。黙っていることを約束してくれた。
ユージンさんとキースさんは、僕と視線があうと静かに頷いた。
僕が、ユージンさんやキースさんの前で魔法を使ったのは
彼らが、ジョルジュさんを問い詰めず自らが確認しに来たからだ。
国の第一王子であるユージンさんと宰相のキースさんが
この場に来たという事に、僕は何かしらの答えを出さなければならなかったから。
これが、サイラスまたはジョルジュさんのみならば
僕は今日この答えを、提示しなかっただろう。
-……リペイド国王は、僕の性格をよく理解されていらっしゃる。
国に引き込むことが出来ないのなら、最低限僕と繋がっていられる努力する。
手順を踏んで……僕の機嫌を損ねないように……。
きっと、サイラスは僕がサイラスに言った言葉も伝えているんだろう。
サイラスが力におぼれ暴走することがあったら……僕がサイラスを殺すと断言したこと。
あの時の、僕の言葉が本気だったことも。リペイド国王は
僕とサイラスの仲だけで、僕を縛ることが出来ないことも理解しているんだろう。
冒険者としての肩書きしか持たない僕なのに、王位継承権のNo1とNo2をよこした。
それが、僕に対する国王の答えなのだ。
僕が時の使い手であるという確認とそれを他言しないという
二重の意味での使いなんだろう。ユージンさんとキースさんは。
僕がソフィアさんに言った言葉に、頷いたのがその約束になるのだ。
国王の代理として……。
ふと、ラギさんの言った事を思い出す。
『セツナは、割り切った考え方をするんだの……』
『……そうでないと、僕の……』
ラギさんに言おうとして、途中で止めた言葉……。
そうでないと僕の力は、この世界のバランスを簡単に壊してしまうから。
きっと、僕の力は国1つ簡単に滅ぼしてしまえる。カイルの言うとおり魔王にすらなれるだろう。
-……力に溺れてはいけない。
僕は、世界を手に入れたいわけじゃない……。世界そのままの有様を見たいだけだ。
だけど多かれ少なかれ、僕の力は少しずつこの世界を蝕んでいくのだろう。
僕は僕の中にある狂気を知っているから……。
我が侭に生きる僕だから、僕は僕が進みたい道を行くと決めたから。
だから……せめて、狂気を沈めていられるうちは……。
花井さんのように、優しい力の使い方でありたいと強く思った。
「ねえ、セツナ君」
エリーさんが僕を呼ぶ。
僕は自分の思考から抜け出しエリーさんに返事を返す。
「なんでしょうか?」
「その薔薇、誰に贈るの?」
エリーさんの言葉に、ソフィアさんもキラキラとした目で僕を見る。
ジョルジュさんとラギさんも、僕を見つめて答えを待っているようだった。
「僕の妻に贈るんですよ」
僕がサラリと答えると、サイラスとユージンさんとキースさんは驚いた様子もなく
僕達の様子を眺めていた。
この3人以外は固まっていたけれど……。
「え……?」
「妻ですか?」
エリーさんとソフィアさんだけでなく
ジョルジュさんとノリスさんも思わずといった感じで僕に声をかける。
「セツナ……結婚していたのか?」
「セツナさん、結婚していたんですか!?」
僕は、頷いて右腕につけている銀の腕輪を袖から出してみせる。
4人は僕の腕輪を凝視して、ラギさんも目を丸くして僕の腕輪を見ていた。
エリーさんとソフィアさんが視線を交わす。
そして、僕のほうをむいたかと思うと……。
「セツナ様、どうしてこの場に奥さんを呼ばなかったんですか?」
「そうよ、セツナ君……。奥さんだけ、のけ者はちょっとひどいと思うよ」
少し怒ったように僕に告げる2人。
その横で男性陣も頷いている。頷いていないのは、サイラスだけだ。
「私も、セツナの奥さんに会ってみたいな」
ユージンさんがそういうと、ラギさんがアルトに聞く。
「アルトは、会った事あるのかの?」
アルトはラギさんに頷いて
「ある、トゥーリ、やさしい」
「ほぅ、トゥーリさんと言うのか」
「うん、いまは、クッカとおるすばんしてる」
「……」
今度は、サイラスまで僕を見る。
「セツナ……お前、子供までいるのかよ?」
サイラスがニヤリと笑って僕に問いかける。
「子供はいません」
「じゃぁ、クッカって誰だ? 愛人か?」
サイラスのセリフに、女性たちが僕を刺すような目で見る。
男性たちの瞳の中には……好奇心が渦巻いていた。
「サイラス……。君は僕の妻の兄とあっていると思うんですが?」
「……」
僕の言葉にサイラスの顔が青くなっていく。
「僕が愛人を作るとどうなると思います?」
「やめておけ! 殺される!!」
僕に、必死な表情で言い募るサイラスに周りは目を点にしていた。
僕はニッコリとサイラスに笑い、心に思ったことをそのまま言葉にする。
「僕は、トゥーリしかいらない。だから浮気なんてしませんよ」
僕のセリフに、エリーさんとソフィアさんが真っ赤になっている。
ソフィアさんが、私もそういう風に言われたいと本音を呟く。
それを聞いていたジョルジュさんが、ぎょっとした顔でソフィアさんを見ていた。
エリーさんは、あれはセツナ君だから許されるセリフだよね?
っとノリスさんに同意を求めている。
ノリスさんは少し複雑な顔をして、エリーさんに同意していた……。
ユージンさんが、クッカってセツナとどういう関係なの? と聞いてくるので
僕は簡単にクッカのことを話す。
「クッカは僕の精霊です。
僕がトゥーリの側にいることが出来ないから、精霊を置いてきたんです」
精霊と聞いて、キースさんが顔を上げ驚いたように言う。
「君は、精霊まで使役しているのか……」
「使役ではないんですけどね……。
成り行きで精霊にだまされて契約する羽目に……」
クッカに魔力を与えた理由だけ話すと、僕らしいと笑いがおこる。
優しく和やかな時間はあっという間に過ぎていき。
僕は最後まで、トゥーリのことは曖昧にしたまま。
皆が帰るのを見送るのだった。
エリーさんとソフィアさんは手紙をやり取りするらしく住所を交換し
ノリスさんはジョルジュさんにまた遊びに来てくださいと誘っていた。
さすがに、ユージンさんやキースさんに遊びに来てくださいとは言えないので
何か、お花が入用なときは声をかけてくださいとお店の宣伝をしていたけれど。
僕には、サイラスもノリスさん達もまた遊びに来ると言い。
ラギさんには、料理のお礼と今日が楽しかったことを伝えて帰っていった。
ラギさんは僕と一緒に彼等を見送ってくれた。
アルトは、自分の部屋でぐっすりと寝ている。
皆が帰って、賑やかだった場が一気に静かになる。
少し寂しい気分と、ほっとした気分を味わいながらラギさんに話しかける。
「ラギさん、今日は騒がしくてすいませんでした」
「いや、とても楽しい時間を過ごさせてもらったよ。
セツナさんに、奥さんがいることも分かったしの?」
僕が肩をすくめると、ラギさんが軽く笑う。
ラギさんが、家に向かって歩き出す。その背中に僕は声をかけた。
「ラギさん、僕は少し散歩してきます。
僕のことは気にせず、先に休んでいてください」
ラギさんは、じっと僕の顔を見ると頷いて家へと入っていった。
僕は空を見上げ、ゆっくりと静かな森のほうへ足を運ぶ。
適当な場所で、岩の上に座り。トゥーリを呼んだ……。
今日は、トゥーリとわかれてから、はじめての新月……。
「トゥーリ……」
魔力を込めて僕が呼ぶと……。
しばらくして、少し緊張気味の声が僕の耳に返ってくる。
「セツ……?」
僕を呼ぶトゥーリの声に、僕の心が震えた……。
読んで頂きありがとうございます。
これで、トルコギキョウの章は終わりです。