『 僕と帰宅時間 』
僕がゆっくりと扉を開くと同時に、何かの塊が僕に襲い掛かってきた。
その何かからは、命の鼓動が感じられなかった。感じるのは強い強化魔法。
僕はその魔法よりも強い魔力を練り
襲ってきた物体の、首あたりだと思われる場所に風の魔法をぶつけ首を切断する。
僕の魔法を避けることが出来なかった
物体の首と胴体は別々の方向へ吹き飛んで行く……。
反撃してくる様子がないところを見るとうまくいったのだろうか?
首を飛ばしても、襲ってくるようなら燃やしてしまおうと心に決めた時
耳を劈く悲鳴が部屋に響き渡る。
「ぎゃーーーーーーー!!!」
「アルト! 」
その声はアルトのもので、僕はアルトを目で探す。
この暗い部屋では、アルトがどこに居るのか分からない。
気配を頼りに、アルトが居る方向へ歩きながら
僕はカバンから光の魔道具を出し、明かりを灯す。
部屋の隅で蹲り泣いているアルト。
「うぁーーー」
アルトの姿は見えるが
この家の主であるラギさんの姿が、見当たらない。
「アルト、大丈夫? ラギさんはどうしたの」
何かを胸に抱え泣きじゃくっているアルト。
アルトに聞くもアルトは何も答えない。
僕は部屋を見渡してみるけれど、やはり、ラギさんの姿は見当たらなかった。
その時の僕は少し冷静さに欠いていた……。
魔法で探査すればラギさんはすぐに見つかったはずなのに……。
僕がもっと早く帰っていれば……この事態は避けれたのかもしれない。
僕は冒険者ギルドを出た後、ノリスさんのお店に寄って
ラグルートローズを一輪予約してきた。あさってに取りに来ることを伝えると
あさってはお休みなので配達してくれると言う。
僕は明日取りに来るからと配達を断ろうとしたのだが
ノリスさんは頑として譲らなかった。花はその日、咲くものが一番いいのだからと。
僕はノリスさんの言葉に甘えて、届けてもらうことにする。
僕がお願いしますと頭を下げると、ノリスさんは照れたように笑っていた。
お金を払い、帰ろうとするとノリスさんが思い出したように、一通の手紙を僕に差し出す。
僕が首をかしげてノリスさんを見ると、数日前にサイラスが僕を尋ねて店に来たそうだ。
きっと、ジョルジュさんから色々聞いたのだろう……。花びらの悪戯を考えたのが
僕だと言うこともきっとばれている。僕は苦笑を浮かべながらその手紙を受け取った。
ノリスさんが、「とても落胆して帰っていかれました」と僕に告げる。
きっと何か良からぬことを考えていたに違いない……。
お店をもう閉める時間だったので、僕はすぐに帰ろうと思ったのだけど
今度はエリーさんが、お店の奥から出てきて、エリーさんもノリスさんについていくといい
僕は笑って待っているからと返事をする。
せっかくだから、店の後片付けを手伝い帰路についたのだが……。
ラギさんの家が目に入ったところで異変に気がつく。
いつもは、部屋に明かりが灯っているのに、どこの部屋も真暗だ。
-……ラギさんに何かあったのか? でも、その兆候はまだ現れていなかったはずだ。
僕は、警戒しながら足早に家に向かう。
気配を探るが、アルトの気配しか感じ取れない。
アルトが無事であることは分かっている。
問題はラギさんだ……。背中に嫌な汗が流れてくる。
僕はゆっくりと扉を開く。
扉を開くと同時に、何かが僕に襲い掛かってきた。
何かを倒した後、僕は泣きじゃくるアルトを横目に息をついた。
とりあえず、僕とアルトに危険はなさそうだと判断した僕は、蹲っているアルトのそばにひざをつく。
ふっとアルトの隣を見ると、僕を静かに見つめる2つの瞳と目があった……。
アルトと家具の間に隠れるようにしていたので、僕からは姿が見えなかったようだ。
「…………」
「…………」
白い狼が僕を見て尻尾で絨毯をパタパタと叩いていた。
「……ラギさん、何をしているんですか……」
僕の顔は引きつっているに違いない。
僕は嫌な予感がして、アルトが胸に抱えているものを見る。
「……し……ししょう……ひどい」
アルトが途切れ途切れに言葉をつむぐ。
狼から人になったラギさんがアルトの腕の中にある物体を見てポツリといった。
「名誉の戦死だの……」
ラギさんのその言葉に、アルトはビクッと肩を揺らしまた泣き出す。
「ジャッキーっ!!」
そう……僕が首を落としたのは、アルトの大切にしているぬいぐるみだった。
僕が風の魔法を使って切断した首が、アルトの目の前に落ちたようだ……。
ラギさんが言うには、帰りが遅い僕に待ちくたびれて悪戯を考えたらしい。
僕がびっくりするように、扉を開けた瞬間ジャッキーが落ちてくる仕掛けになっていたようだ。
考えているうちに色々エスカレートして、2人して狼に変化し気配を殺して待っていた。
狼に変化したラギさんの気配は人の時の気配とは違っていて気がつかなかった。
僕は、いつものラギさんとアルトの気配を探していたのだ……。
だから、狼になって完全に気配を消したラギさんを探ることが出来なかった。
僕に敵意を向けた気配がなかったことと、アルトがそこに居ることで
僕は安心してそれ以上の気配を探ろうとしなかったのだ……。
-……魔法で探査するべきだった。もっと注意深く探るべきだった。
自分の未熟さに、舌打ちしたくなるのを抑えながら
ラギさんの気配の変化について聞く。
アルトは……ジャッキーの首を抱え、胴体を捜しに行っている。
ラギさんが言うには、訓練することで気配を変えることが出来るようになるらしい。
アルトにも出来るかと聞くと、すぐには無理だが教えてくれると言ってくれた。
「……」
アルトがジャッキーの胴体を引きずって僕のそばに来る。
その目は非難の色がありありと浮かんでいた。目には涙がまだ浮かんでいる。
「……」
ラギさんが気の毒そうにアルトを見ているが
僕を悪者にするのは、やめてほしい……。
「ししょう……ジャッキーが……」
「……」
「ジャッキーが……」
「……」
ぽたぽたと涙をこぼし、ジャッキーの首と胴体の上に涙を落とす。
元はと言えば、2人の悪戯が招いた結果なのだ
僕が責められる筋合いはないのだけど。
アルトの落ち込みようが余りにもひどいので
とりあえず、そのことは今は言わなかった。
アルトは僕が直せるかもしれないと、思っているのだろう。
僕から視線をはずそうとしない。
僕はアルトが抱えているジャッキーを見て少し思案する。
魔法で直すことは簡単だ……。
だけど簡単だからといって、サッと直してしまってはいけない気がする。
僕はアルトの目を見て真剣に言葉をつむぐ。
「アルト、壊れてしまったものは元には戻らない。
だから、大切にしないといけないんだ」
僕の言葉に、ますます涙がこぼれる。
歯を食いしばりジャッキーをぎゅっと抱きしめている。
「ジャッキー、ごめんな……」
泣いてジャッキーに謝るアルトを見て
僕はカバンの中から針と糸を取り出す。
「元通りにはならないけれど、直すことは出来るかもしれない。
ジャッキーをかしてみて……」
アルトは僕にジャッキーを渡し、僕の横へ座る。
僕は針に糸を通し、ジャッキーの首と胴体を縫い合わせていく。
「ししょう、おれがする」
しばらく僕のすることを見ていたアルトが、自分で縫うと言い出した。
「おれのせきにんだから、おれがジャッキーをなおす」
僕は、アルトに針の持ち方を教えジャッキーを渡した。
初めての裁縫に苦労しながらも、アルトは黙々と縫っていく。
何度も針で指を刺しながらも一生懸命
ジャッキーを直すアルトをラギさんは目を細めて見ていた。
初めてにしては上手に縫えたが
ジャッキーの首は変な方向へ曲がっている……。
首と胴体の縫い後がますます不気味さをかもし出しているが……。
アルトは集中して疲れてしまったのか、縫い終わるとジャッキーを見て
首がつながったことに、少し安堵した表情を見せそのまま寝てしまった。
僕はこのままではすぐにまた、ジャッキーの首がもげてしまうので
アルトが縫った上から、細かくもう一度縫っていく。強化の魔法をかけ直しながら。
僕の様子をラギさんは、面白そうに眺めていた。
「わざわざそのような面倒な方法をとらなくても
セツナさんなら簡単に直せるだろうに」
ラギさんは、僕がアルトに伝えたかったことを理解したうえで僕に問いかける。
「そうですね、でもなぜか……そうしてはいけない気がしたんです。
壊しても簡単に直せてしまうと、アルトに思って欲しくなかったんです」
僕の言葉にラギさんは、そうだのっといって頷いた。
「セツナさんは本当に真面目だの……」
僕に笑いかけるラギさんの目はとても優しく……僕の祖父を思い出させた。
僕はその感情を隠すように、ラギさんに視線を向けて少し愚痴をこぼす。
「僕が縫い物をする羽目になったのは
半分はラギさんの責任なんですからね……」
「まさか、こういう結果になるとは思わなかった。
アルトは少しかわいそうだったの……」
ラギさんは眠ってしまっているアルトを見つめ
その瞳を少し揺らした。
僕は軽くため息をつき、肩を軽くまわす。
縫い物は思ったよりも肩がこるのだ……。
「まぁ……アルトにとっても、いい経験になったんじゃないでしょうか。
今日の悪戯は、ジャッキーに免じて大目に見ることにします……」
ラギさんは、僕のセリフにクツクツと笑う。
「初めての悪戯は失敗だの」
僕はラギさんのその言葉に、眉をしかめる。
「今日で終わりにしてもらいたいんですけどね……」
初めてとつけたからには、次もする計画があるということだ。
「さすがに、ジャッキーはもう使おうとは思わないだろうよ」
「……ええ、そうでしょうね。
とりあえず、部屋の明かりを消すのは止めてください。
僕は貴方に何かあったのではないかと思いましたから……」
僕は少し俯き、ラギさんにそういった。
ラギさんは少し瞠目し、次に笑顔を見せて約束を口にする。
「ああ、すまなかったね。私は大丈夫だ」
「何もなくてよかったです」
ラギさんは苦笑を僕に返し
僕はジャッキーを縫いながら、今日あったことを簡単に話していく。
ラギさんは、お酒を飲み僕の話を楽しそうに聞いていたのだった。
最近は、アルトが寝た後こうして2人で話すことが多かった。
ラギさんは、アルトの1日の様子を。僕は1日の出来事を。
僕にとって……ラギさんとのこの時間は
この世界に来て得る初めての安らぎだった。
まるで自分の祖父と話しているような、そんな気持ちにさせられる。
-……ラギさんが無事でよかった。
心からそう思い、そしてふと形容しがたい想いが心にのしかかる。
僕は1度首を振り、その想いを振り払う。今はまだ考えないように心の奥へ沈めた。
そして、アルトを寝室に運ぶときにアルトの肩の上に乗っている鳥が目に入る。
その鳥を見て……ため息が出るのは避けられないことだった。
-……何のために、アルトに鳥をつけたのか……。
僕は、穏やかな時間に少し緩んでいた気持ちを引き締めなおすと
帰宅が遅くなる日は、悪戯に注意しようと心に決めて僕も眠りについた。
読んでいただきありがとうございます。