『 僕とギルドからの依頼 』
僕は、粉々になった扉を時の魔法で元に戻す。
巻き戻ったように、元通りになった扉を見て3人は目を見張っていた。
花に魔法をかけても結果が出るのは数日後
無駄なことをしたかなっと思いながらも、ナンシーさんが喜んでいるので
よしとしよう……と心の中で自分に言い聞かせる。
「……時の魔法は、人の時間を戻すことができるのかい?
例えば、死んだ人間を生き返らせるとか……」
ハルマンさんが至極まじめに尋ねてくる。
「人を生き返らせることはできません。
きっと、この世界を司る……神が認めてないのかもしれませんね」
「そうか……」
「人の時間はとめることが出来るのかしら?」
少し期待を込めた目で僕を見るナンシーさん。
「出来ますが……。
なぜ僕に質問を? 時の使い手と接点があったのではないんですか?」
「……そんな気軽に色々聞けるような人じゃなかったのよ」
なるほど、質問したくても出来なかったのか。
そういう雰囲気を持っている人は、少なからずいるものね。
心の中で納得する僕。
僕が ”出来る” と答えたことで、ナンシーさんの顔はますます輝いた。
「だけど、時間を止めたら動けませんよ?」
ナンシーさんは、自分の願いと妄想が一緒くたになったセリフを僕にくれる。
「体全体じゃなくて……顔だけでいいんだけど……。
顔の時間がとまったら……しわとか……しみとか……うふふふふ」
今のセリフで何を考えているのかがわかった。
どこの世界でも、何時の時代でも女性が求めるものは
同じような感じなんだろうか?
ナンシーさんは、少し自分の世界へいっているようだ。
「うふふ……」
あえて僕は何も言わず黙っていると、ナンシーさんが覚醒したように
こちらの世界へ戻ってきて、キラキラした目で僕に聞いた。
「できる?」
「出来ますが……」
「やった! お願い! 私にかけて!!」
ナンシーさんのお願いに
ハルマンさんとドラムさんは呆れた様子でナンシーさんを見ていた。
「かけてもいいですが、僕は余りお勧めしません」
「どうしてだい?」
ナンシーさんがやってくれっと言う前に、ハルマンさんが慌てて僕に理由を聞く。
ナンシーさんは、すぐにかけて欲しいのにといってハルマンさんを困らせている。
きっと、ハルマンさんは嫌な予感がしたに違いない。
僕はナンシーさんに視線をやりながら、お勧めできない理由を述べていった。
「顔の表情がなくなります。
簡単に言うと、人形と同じですね。話せないし、食べれないし、瞬きも出来ない」
「……」
ナンシーさんの顔が一瞬で引きつり、文句を言っていた口を閉じる。
反射的になのか、自分の顔に手をやりほっぺをサスサスとなでている。
顔をなでている表情はとても真剣だ……。
ドラムさんとハルマンさんは
その状況を想像して、寒気がしたのか手で腕をさすっていた。
「怖えぇ……」
ドラムさんが本当に怖いというような口ぶりで呟いた後
「……それはちょっと、隣で寝たくないかな……」
ハルマンさんがボソッと言った言葉に
ナンシーさんがキッっと目を吊り上げて睨んだ
ナンシーさんの視線を受けて、ハルマンさんは何故かビクッと体を震わせていた。
僕もちょっと想像してみるけど……瞬きをしない開いたままの目で
隣で寝いていると思うとやっぱり怖い。表情も動かないのだから本当に怖いと思う。
夜中に目を覚ましたときに、隣を見たいとは思わないだろうな……。
3人が頭の中で想像しているだろう様子を見ながら、僕は更に話を続ける。
「まぁ、その前に死んでいますけどね」
僕のセリフに3人が驚いたように、同時に僕のほうを見た。
ナンシーさんではなく、ハルマンさんが僕に答えを求める。
「なぜだい?」
「体全体の時間を止めるのなら、問題はないんですが……。
魔法を解くことで、同時に体の機能が戻りますから。
だけど、一部分だけ止めるというのは
血液の流れなども一部だけ止まるということですからね。
あー……顔だと呼吸もできませんね」
一部だけの時間を止めると
血液も酸素も途中で動かなくなって脳が先に死んでしまうだろう。
「時の魔法というのはある意味
殺すことに特化した魔法かもしれませんね。
心臓の時間を止めるだけで殺せますし、足を動かなくするだけでも殺せます。
顔の時間を止めても同様ですね」
僕がにっこりとナンシーさんに笑いかけると、ナンシーさんの顔色は青くなった。
ハルマンさんとドラムさんの顔色は、白色になっている。
「……」
「……」
「……」
「だから僕としては、余りお勧めできないんですが……どうします?」
「いらないに決まっているじゃないの!!
どうして、そんな楽しそうに笑いながら聞いてくるのよっ!」
ナンシーさんが、逆切れ気味に僕に答える。
興奮したナンシーさんを、ハルマンさんが宥めながら
「しかし……時の魔法とは思ったよりも恐ろしい魔法なのだね」
「どの系統の魔法も、似たようなものだと思いますよ」
僕ならともかく、生きているものの時間を止めるのは、かなりの魔力を練らなければならない。
相手を殺す事を考えた場合、魔力量に限りがある事を考えると他の属性より使い勝手が悪い。
どちらかというと、暗殺に適している魔法だろう。
誰にも知られることなく、殺したい相手の心臓の時間を止めることが出来る。
ハルマンさんが、何かを思案するように黙ってしまう。
ナンシーさんは、そんなハルマンさんをチラリと見ると僕のほうに視線をむけ
他の方法がないのかと懲りずに聞いてきた。
諦めきれないと顔に書いてあるのを見ると、思わず笑ってしまいそうになる。
「そうですね……後1つありますね。
これは、人にかける魔法ではなく部屋にかける魔法ですが」
「部屋に?」
「そうです。その部屋にいる限り、食べなくても飲まなくても生きていけます。
もちろん瞬きもできますよ。それに年もとらないですし……怪我をしても死にません」
瞬きが出来るというところで、ナンシーさんの口元が引きつるが
そこは無視することに決めたらしい。
「その魔法って……部屋から出たら意味がないんじゃないの?」
「部屋から出られません」
「え……?」
「閉じた部屋に魔法をかけるので、扉を開けた瞬間に魔法が解けます。
その部屋だけ、時間の流れから切り離すという考え方になるのかな?」
「……」
「それに……」
「……」
ナンシーさんは黙ってしまって何も答えない。
「続きを聞きたいですか?」
僕は一応尋ねてみた。もういいと、いうかと思ったが
返事は意外にも肯定だった。
「ええ……」
「部屋にかけた魔法を、維持するのに魔力が要りますから
魔力を供給しなければいけません。僕は魔法をかけてもいいですが
供給は自分でしてもらわないと……」
「……」
「まぁ……一般的な魔導師で維持できるのは2時間というところでしょうか?」
「……」
「もちろん、魔力が尽きると死んでしまいます」
「結局、死ぬんじゃない!!」
憤慨しているナンシーさんをチラリと見ながら、ハルマンさんが僕に疑問をぶつける。
「でも、顔の時間を止める場合は魔力が要らなくて
部屋の場合は魔力がいるのはどうしてなんだい?」
「顔の場合は、時間を止める魔法なんですが
部屋の場合は、時間の流れを切り離すことに近い魔法なんです。
魔法の種類が違います」
「なるほどね……」
ナンシーさんは、私の夢を返せだとか、私の望みがとか
ぶつぶつと心の中の気持ちを吐き出していた。
僕はナンシーさんに苦笑を向け、自分の思っていることを話す。
「死んだ人を生き返らせることは出来ない。
老いていくことを止めることが出来ない……。
これは人が覆すことが出来ないものなんでしょう」
「……」
「それでも、神が定めた摂理を変えようとするならば
それなりの代償が必要だということです……」
物の時間は戻せるのに、人の時間は戻せない……。
何が駄目で、何がいいのか
その線引きは人間では理解できない次元で、定められているのかもしれない。
「……それなら、そんな魔法作らなくてもいいじゃない」
ナンシーさんは少し憂鬱そうに、そして僕は深いため息をつく。
「……僕も、そう思います」
この魔法がなければ
トゥーリは閉じ込められなくても良かったかもしれない。
「ちぇ……。一生スベスベのお肌で
ハルマンを喜ばせようと思ったのに……」
ナンシーさんの呟きに、手のひらを顔に当てうなだれてしまったハルマンさん。
そんな、2人の様子に僕は少し心が浮上する。
話が横道にそれてしまい、このまま行くと何時帰れるかわからなかったので
僕はハルマンさんに、ギルドからの依頼の話を促した。
「ハルマンさん、本題に入ってもらえますか?」
「ああ、すまない。
ギルドからの依頼というのは……これのことなんだが」
そういって、ポケットからキューブを取り出す。
これは、ギルドが冒険者に10個ずつ配るものだ。
そこに倒した魔物を格納し、ギルドに持ってくることで換金してもらえる。
もちろん倒した魔物に応じて評価も上がることになる。
「この、キューブには空の魔法と時の魔法がかかっている」
「能力者が作ったものではなかったんですね」
僕としては、このキューブが魔法で作られたものだということは知っていた。
だけど色々詮索されると話が進まなくなるので、ここは知らなかったで通す。
「能力者が作ったかも知れない、という噂はギルドが流したものですか?」
「ああ、キューブの秘密を守るためにね」
キューブの作り手の情報は一切公開されていない。
その魔法の構築の方法も秘匿されている。
この魔法が他の国にもれてしまうと、ギルドの資金が大きく減ることになる。
魔物を腐敗させずに、素材や食材を手に入れる。それはとても魅力的なことなのだ。
普通は、魔道具に使われている魔法を解析したりできないようだ。
リペイドの城で、国王様の魔道具の魔法を解析して結界を張ったことがあるが
誰でも出来るものかと思っていたけど、そういうことはできないと
キースさんに言われたのを思い出す。
-……余計なことは言わないほうがいいよね。
「それで問題というのは、時の使い手が亡くなってしまった。
もう1人、時の使い手がいるが……竜の大陸に引きこもって出てこない。
一応依頼をしにいったんだが、会ってももらえなかった」
その時のことを思い出しているのか、表情がとても暗い。
「キューブにかかっている、空の魔法は一度かけてもらったら永続するのだが
時の魔法は魔物を取り出すときに消えてしまう……。今はまだ予備があるのだが
そのうち尽きてしまうだろう。そうなると……腐敗が進んだ魔物を取り出すことになる。
それでは、商品にならないのだ……ギルドの運営も今まで通りとは行かなくなる」
「……」
「だから、私達は時の使い手を必死になって捜していた。
セツナ君にお願いしたいのは、キューブに時の魔法をかけてほしいのだ」
「……お断りしたいのですが」
「……君が一生、生活に困らないように出来る限りのことはさせてもらう」
「僕は、旅がしたいのでお断りします」
「頼む! 君しかいないんだ……」
確かに、時の使い手だとわかっているのは僕か竜の大陸に住む人の2人。
もう1人には会うことも出来なかったと言うのなら、後は僕しか残ってないんだろう。
花井さんが残したものを潰すのは避けたい。
でも僕は旅を続けたい……。
「キューブに時の魔法がかかればいいんですよね?」
「……そうだが」
僕は、カバンから赤の宝石を1つ、青の宝石を2つ取り出す。
赤の宝石に時間を止めるための魔法の魔法陣を刻む。
「ドラムさん、時の魔法のかかっていないキューブはありますか?」
「あるぞ、少し待っててくれ」
ドラムさんは、席を立つと時の魔法のかかってないキューブを5個ほど持って戻ってきた。
僕はそれを受け取って机の上に置く。
「セツナ君、何をするつもりなんだい?」
「僕はまだ1つのところで、生活するつもりはありませんから……」
僕の言葉にハルマンさんが、苦悩の色を顔に浮かばせる。
僕は宝石を机の上に乗せると、宝石に刻んだ魔法を展開させる。
「展開」
宝石が僕の言葉に反応し、机の上に魔法陣が浮かぶ。
ハルマンさん達は、困惑の色を浮かべながらも僕のすることに口を挟まず
成り行きを見守っていた。
僕は、展開された魔法陣の上にキューブを置き、次に魔法を起動させる。
「起動」
魔法陣が光りクルクルとキューブの周りを回りだす。
「実行」
僕の言葉で、魔法陣がキューブに吸い込まれキューブが淡く光った。
キューブに時を止める魔法がちゃんとかかったのを確認して、魔法陣を止める。
「終了」
僕の終了の合図で机の上の魔法陣が消える。ハルマンさん達は声もなく
目を見開いて、机の上に置かれているキューブを凝視していた。
「……セツナ君……これは……」
「時を止める魔法をかけるための魔道具ですね」
判っていただろう答えを僕に確認するように問うハルマンさん。
「……」
「ハルマンさん、少し血をください」
「あ……ああ……」
ハルマンさんにナイフを渡すと、ハルマンさんが自分の指に傷をつける。
その血を時の魔法を刻んだ宝石に、1滴落としてもらった。
僕は風の魔法でハルマンさんの傷を治す。
少し呆然としていたハルマンさんが、我に返り自分の血を何に使うのか聞いてくる。
「僕の血を何に使うんだい?」
「この魔道具を、ハルマンさんしか使えないようにしておくんですよ。
盗まれても利用できないようにしておきます」
魔道具を作るのはいいのだが、誰でも利用できるということは
それだけ、情報が漏洩する可能性が高くなるということだ。
なので、この魔道具をハルマンさんしか使えないようにしておく。
「……」
「これで僕がいなくても、キューブに時の魔法をかけることが出来ます」
ハルマンさんは、僕をじっと見つめていた。
その瞳はとても複雑な光を宿していた。
ハルマンさんが、前の ”時の魔導師” の話を始める。
「……亡くなった魔導師も、セツナ君と同じものを作ろうとしていた
とても苦労していたよ、うまくいかないと酒をあおっていた日もあったそうだ」
ハルマンさんが何を言いたいのか気がついていたけれど、僕はあえて黙って聞いていた。
「彼が最後まで作れなかったものを、君は数分で作ってしまった。
悩むことなく……料理を作るかのように……」
「……」
ハルマンさんが僕から視線をはずし、俯いたままで一言呟いた。
「私は君の力と才能が少し怖いな……」
ハルマンさんの言っていることは、人間なら普通に抱く感情だろう。
自分の知らない力を、誰かが出来なかったことを苦労せずに作り上げる力を持っている人間。
それを間近でみてしまったら、尚更恐怖を感じるに違いない。
-……自分たちとは違うものとして認識してしまうから。
ここは僕が居るべき場所ではないと
言われているような気持ちに襲われる。
そういわれるのが嫌ならば、普通の人間として見欲しいならば
僕もそれだけの力しか使わなければいいのだ……。見て見ぬ振りをすればいい。
分かってはいるけど……。僕には出来そうになかった。
今回だって魔道具を作らず、本部で働けばこんなことは言われなかっただろう。
花井さんが残したギルドと僕の旅を天秤にかけて、両方捨てることが出来なかった。
それだけのことだ……。
僕は様々な思いを、胸の奥底に沈め冷静に返事を返す。
今までと違い、僕の感情を抑えた声音にナンシーさんが少し震えた。
「ハルマンさんが僕のことをどう思っていようが
僕にとってはどうでもいいことです。
ギルドが僕に必要以上に干渉してこなければ
僕から何かしようとは思いませんから」
「……」
「ただ、僕を利用しようとしたり
アルトに危害を加えるような事をした場合……。
それなりの報復はさせてもらいます」
僕の瞳に、本気を感じ取ったのだろう。
ハルマンさんは、緊張した面持ちで僕に深く頷いた。
「……肝に銘じよう」
緊張を引きずったまま、僕はハルマンさんに魔道具の使い方を教える。
青の宝石2つに僕の魔力を蓄え、それも一緒にハルマンさんに渡した。
「セツナ君これは?」
「時の魔法を使うと魔力が減りますから、いつもその宝石と一緒に持っていてください。
一緒に持っていると魔力が自然に充填されていきますから」
「なるほど……」
興味深げに両方の宝石を持って眺めているハルマンさん。
「青の宝石のほうの魔力は1ヶ月ほどでなくなりますので
他の魔導師に魔力を入れてもらうか、僕に送ってもらえれば僕が魔力を入れますよ。
魔力がなくなりかけたら、宝石の中の光が弱くなってきますからわかると思います」
「この宝石が盗まれて、誰かが使おうとしたらどうなる?」
「宝石が壊れます」
「そうか……無くしてしまった場合はどうなるのかな?」
恐る恐る問いかけるハルマンさんに、僕は即答する。
「無くさないでください」
「いや……私も年でね? こう置いた場所を忘れることが……」
「無くさないでくださいね」
僕が、微笑を浮かべて言うと口をつぐんでしまった。
僕がクスリと笑うと、ハルマンさんとナンシーさんが少し緊張を和らげる。
張り詰めていた空気が少し和んだ。
「ハルマンさんの魔力を感知できなくなって3日後に壊れます」
「……いつも持っていなきゃいけないということか」
「もし壊れてしまったら、次からはお金をいただきますから」
「……壊さないように気をつけるよ」
その後は、ナンシーさんが宝石を見て欲しい欲しいと駄々をこねていたり
ハルマンさんが、宝石を入れる袋を特注で作らせると意気込んでいたり。
他愛もない話をして帰る間際
扉から出て行こうとする僕に、ハルマンさんが僕の背中に声をかける。
「セツナ君……すまなかったね」
僕は振り返り、ハルマンさんとナンシーさんに視線をやると
2人とも少し罪悪感を感じているような表情で僕を見やる。
そんな2人に、笑みを返し僕は返事をする。
「……気にしてません」
2人は少しほっとしたような笑顔を見せて
僕にありがとうと言った。
僕はその言葉に頷きギルドを後にする。
帰りに花を注文するために、ノリスさんの所へよる。
その時に、ノリスさんがサイラスから預かっていたという手紙を受け取り家路に着いた。
読んでいただきありがとうございます。
時の魔法はこの世界の設定です。