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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 トルコギキョウ : 楽しい語らい 』
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『 ギルドと時の魔法 』

 ノリスさんの依頼が終わってから数日後、久しぶりにギルドへ顔を出す。


「よぉ、セツナ……」


「お久しぶりです。ドラムさん」


「……」


「どうかしたんですか?」


ギルドに入ってすぐドラムさんが声をかけてくれた。

しかし、その声は先日のように勢いがなく、僕に何か聞きたそうな表情をしていた。


ドラムさんが、僕に何を聞きたいのか想像はついている。

ノリスさんの依頼を僕に回したのはドラムさんだから

ギルド本部から色々問い合わせが来ているのだろう。


「少し時間あるか?」


「ええ、ありますよ」


逃げ回れるものでもないので、素直に受け入れる。


ドラムさんは、他の職員にその場を任せ僕を促して別の部屋へ移動する。

僕はチラリと、奥の扉に目を向けるが座るように促されて適当な位置に腰掛ける。

ドラムさんも続いて座り、真剣な表情で僕に話しかけてきた。


「単刀直入に聞くけどよ、おめぇは時の魔法も使えるのか?」


「使えませんが……?」


即答する僕。ドラムさんは僕の真意を測るためか僕から視線を外す事をしない。


「稀有な魔法属性を持つ魔導師は、その属性を隠すことが多い。

 それは自分の身を守るためでもあるから、悪いことじゃぁない。

 おめぇが違うというなら、違うんだろうと思いたいが……」


そこでいったん言葉を切るドラムさん。

僕はドラムさんが話しだすまで黙って待っている。


「本部からセツナが、時の使い手だった場合……。

 ギルドからの依頼要請が来ている。その依頼の報酬は

 ギルドマスター以下のギルド員に対する、セツナの情報の秘匿。

 ギルド側からの監視・行動の制限をしないということだ……。

 今までのセツナとギルドの関係を維持したままということだな」


-……ギルド側の意図が見えないな。


抱え込みにくるのかと思っていたのだけど……。


「それは、破格過ぎる報酬ですね……。

 何を依頼されるのか反対に怖くて、受ける人はいないんじゃないですか?」


それ以上僕が答えずに、黙ったままでいるとドラムさんが苦笑する。


「おめぇ……、見た目と腹ん中がえらいちがうんだな」


「……それはほめ言葉として受け取ってもいいのでしょうか?」


ドラムさんが目を細めながら僕を見る。

ドラムさんは、僕が時の使い手であることを確信しているのだろう。


-……まぁ、あの状況で第三者が出てくるとは思えないよね。


「ああ……ちょっとなめていたな。

 正直、すぐに口を割ると思っていたからなぁ……」


ドラムさんの口調はいつも通りなのに

その身にまとう空気が部屋に入ってから一変していたのだ。


熟年の冒険者が出せるもの……そういった感じの威圧に近い。


「こういう交渉のされ方は好きではありませんね」


「すまねぇな、若造になめられるのも困るしな?」


そういって肩をすくめるドラムさんを見ても

僕は何の反応も返さなかった。


「肝が据わっているのか……なんなのか。

 おめぇ、ギルドから脱退させられるとか脳裏によぎらねぇのか?」


普通の冒険者なら、ギルドから追放されたくなくて

素直に応じるのかも知れない。だけど、追放すると言われたわけではなく

ただ、思わないのかと言われただけだから、僕を追放する気はないんだろうけど……。


-……一応、遠まわしの脅しになるのかな?


ドラムさんの顔のほうが引きつってるけど……。

ドラムさんの表情から見て、彼がこのシナリオを考えたのではないということがわかる。


人が作ったシナリオ通りに動くのは、中々難しい。

演技力が求められるし、どう考えてもドラムさんに適した役だとは思えない。


ドラムさんは、面倒見が良すぎるのだ。

僕は内心、笑いたい衝動を必死にこられていた。


「別に、ギルドを抜けたからといって困るわけではないですし?」

 

言い切る僕のセリフにドラムさんが目を見開く。


実際問題そうなったら、ギルドから脱退させられるのは大きな痛手ではあるけれど……。

そんなことを感じさせないように、僕は言葉を続けていく。


「旅をするのに便利なだけだから、利用しているに過ぎませんからね」


「……利用ときたか」


ギルドから得られるものは、魅力的なものが多い。

だからといってギルドの言いなりになるのも嫌だし、媚びるのも嫌だ。


「いざとなったらどんな方法でも生きていけますよ、僕なら」


自信たっぷりに笑いながらドラムさんに答える。

ドラムさんは、少し思案する感じで俯く。ドラムさんと、奥の部屋から魔力が

流れているから、きっと通信の魔道具で話をしているのだろう。


「……おめぇはそうかもしれねぇが……おめぇの弟子はそうではあるまい?」


ドラムさんがアルトのことを持ち出したと同時に、この部屋の空気が変わる。

いや……僕が変える。僕の顔に浮かぶのは冷笑。


ドラムさんではなく、奥の部屋にいる人物に対して苛立ちが沸く。


「……」


ドラムさんの表情が見る見るうちに青くなっていく。

僕はドラムさんの威圧を完全に抑え、僕の場を作り上げる。


「アルトに手を出すというのなら……僕はギルドを敵とみなしますが……?」


ドラムさんは身動き1つできないようだ。


「僕は先ほど忠告したはずです、こういう交渉のされ方は好きではないと

 まぁ……ドラムさんが考えたわけではなさそうですが……」


僕は奥の部屋に視線を向け、風の魔法で奥の扉をぶち破る。

扉の破片で怪我をしないように、破片が飛び散らないように注意を払って壊した。

派手な音を立て扉が壊れるが、遮音の結界を張ってあるので人がくることはない。


ドラムさんが無言で粉々になった扉を見ていた。

その表情は驚愕を隠しきれていない。


これは警告だった、僕との交渉ごとに本人が表に出てこず

脅しにアルトを使う相手に対しての。


力を持ってして抑えるというのなら、力を持って答えるという意思表示。

僕がこういう手段をとるとは思っていなかったのだろう。

ドラムさんはまだ固まっていた。


隣の部屋から少し青ざめた女性が

僕とドラムさんのいる部屋へと移動してくる。


とても均整の取れた

綺麗と形容するのが正しい女性が口を開く。


「何時から……気がついていたのかしら……?」


「部屋に入ったときからですね」


僕の言葉に息を呑むドラムさんと知らない女性。


「……私のミスね……ごめんなさい。ドラム」


ドラムさんにしおらしく謝る女性。

気にするなと言うドラムさん。

その態度から見て、この2人は結構親しい間柄なのかもしれない。


そうすると、ドラムさんが強制的にやらされたわけではなくて……。

意図を理解したうえで、協力したということか……。


うーん。


そして僕のほうを見やり、頭を下げる。


「申し訳ありません……。

 貴方には悪いと思ったのですが……こちらにも事情があって……。

 こういう手段をとってしまいました。私のお話を聞いてもらえないでしょうか……」


瞳を潤め、下から僕を見上げるように見る女性。

僕は、その女性を一瞥し即答で断る。


「お断りします」


女性が信じられないといった瞳で僕を見る。

自分の顔と体に裏づけされた自信とでもいうのだろうか。

こういうお願いをされると男性は断れないだろうという感じの

頼み方に不快感を示すように答える。


「心のこもっていない謝罪に何の価値もなければ。

 僕は貴方に魅力を感じない。計算された視線を向けられても

 話を聞こうという気にはなれません」


僕の痛烈な拒否に……顔をゆがめる女性。

その様子を見て思わずといった感じで、ドラムさんが吹き出した。


女性がドラムさんを睨む。

その視線を楽しそうに受け止めて、ドラムさんが女性に聞いた。


「ナンシーの色にも惑わされないのか

 お前の色に惑わされなかったのは、お前の夫いらいじゃねぇのか?」


笑いながら、女性に話しかけるドラムさん。

ナンシーと呼ばれた女性は顔を引きつらせている。


「……まだお子様なのよ、そうじゃなければ

 女性より男性が好きなんじゃないの?」


引きつった顔のまま

僕を睨むナンシーさんの視線を流す。


僕のその態度が余計に癇に障ったのか、何かを言いかけるが

関係のない話を聞いているほど、暇ではないので彼女が口を開く前に

僕は、奥の部屋に視線をおくりながら口を挟んだ。


「もう1人の方はでてこないんですか?」


「……」


「……」


ドラムさんは笑っていたのをやめ

ナンシーさんは何かを言いかけたのをやめる。


「何を……」


ナンシーさんが口を開きかけるが、奥の部屋からそれをとめる声が響いた。

テノールの魅惑的な声が僕の耳にも届く。


部屋に入ってきた男性は、僕たちのほうへ歩いてきて

ナンシーの背中に手を回すと、座るように促し共にソファーへ腰掛けた。


「ギルドに登録して半年とは思えないな。

 私の気配を探り当てることができる人間は少ないんだが」


「……」


「失礼、私はハルの本部で副総帥補佐を務めているハルマンと申します。

 私の隣にいる女性は、私の妻のナンシー」


ナンシーさんが、一応僕に頭を下げる。

自己紹介から入る男性に、僕は態度を改めた。


「はじめまして、僕はセツナといいます」


「君の事は良く知っている。

 薬の調合方法や、包装紙の発案……驚かされることばかりだった。

 遅くなってしまったが、ギルドを代表してお礼を言わせてもらう」


「どういたしまして」


ハルマンさんの表情から、何かを読み取るのは難しそうだ。

ハルマンさんは、僕を見て面白そうに笑った。


「先ほどとは、全く感じが違うね」


ナンシーさんは、面白くなさそうに僕を見ていたが

ハルマンさんと僕の会話に口を挟む気はないのだろう。


「さて、本題に入ろうか……。

 ドラムとナンシーが君にしたことを、まずは許してもらえるだろうか?」


僕は、ハルマンさんの言葉に素直にうなずいた。

ここで意地を張っていても話が長引くだけだろうから謝罪を受け入れる。


ナンシーさんの眉間にしわがよるが、僕は気がつかない振りをする。

ハルマンさんは、そんなナンシーさんと僕を面白そうに見やる。


「……私に対する態度と、ナンシーに対する態度が違うようだが

 理由を聞いても?」


僕は、ナンシーさんの方を見ることもせずに、簡単に理由を述べる。


「僕から情報を引き出そうとする手段が、気に入りませんでした」


「だそうだよ、ナンシー」


「……」


少し拗ねたようなナンシーさんを、目を細めてハルマンさんは見ていた。

2人の間で、僕に関するやり取りが何かしらあったのだろう。


もう1つ気になっていることがあるのだが聞いてもいいだろうか? と尋ねる。

僕は、頷くことで返事を返す。


「君は、ドラムの脅しを本気にしていなかったようだが

 どうしてなのか聞いてもいいかね?」


ハルマンさんの問いに

僕は先ほどのことを思い出し思わず笑って答えてしまった。


「ドラムさんの顔が引きつってましたからね。

 ドラムさんは、悪役には向いていないと思います」


僕の答えを聞きナンシーさんは、じとっとしためでドラムさんを見て

ドラムさんは、ばつが悪そうに自分のひげをなでていた。


ハルマンさんは面白そうに笑っていたけれど、前置きはここまでというように

表情を引き締め、僕の顔を真直ぐに見てから、ドラムさんと同じ質問を僕に投げかけた。


「セツナ君がドラムと話をしているのを

 聞かせてもらっていたが……私からも聞こう。

 君は、時の使い手なのかね?」


僕はその問いかけを沈黙で返す。


「……先ほど、ドラムが提示した条件では信用してもらえないのだろうか?」


「依頼の内容を聞いてもいないのに

 報酬のことを言われても、判断することができません」


「依頼内容は、君が時の使い手だと確認が取れないことには

 話すことができない」


「では、僕は時の魔法を使えない。それですべて解決では?」


「私とドラムの見解では、君は時の魔法を使えると思っている」


「それなら、依頼内容を話しても差支えがないのでは?」


「……君が時の魔法を使えるという証拠がほしい」


「……それは身勝手すぎるような気がしますが?」


「重々承知のうえだ……」


「……」


お互いに引けないところがあり、平行線をたどる話し合いに

僕は、疑問に思ったことを聞いてみる。


「不思議に思っていたことを1つ聞いてもいいですか?」


「私が答えられることならば」


「どうして、ギルドの規約にギルドからの要請は断ることができないという

 一文を入れなかったんですか?」


「ああ、ギルドの創設者であるシゲト殿の信条に反することだからだ

 本人の意思を尊重せよ……というね」


「……」


「だから、話し合いで依頼を受けてもらうしか手立てがない」


僕は、ハルマンさんの言葉に驚いた。

僕の脳裏に、花井さんの情報が少し展開される。


驚いた……花井さんがギルドの創設者だったなんて……。

まさか、こんなところで花井さんの名前を聞くことになるとは思わなかった。

さらに、僕の記憶を探ってみると、医療院や孤児院といった

ギルドに付随する施設に関しても、花井さんが創設していた。


-……本当に驚いた……。


僕の表情が大きく変わったのを見て、ハルマンさんが器用に眉を上げる。


「なにか? 気になることでも?」


「……いえ、気になさらないでください」


そうか、命令されるのも束縛されるのも……嫌というほど味わってきたんだものね。

それを押し付けようとは考えなかったんだね……。


ギルドといい、医療院といい、孤児院といい……。

花井さんはこの世界に名前を大きく残していたんだ。

花井さんも、そしてカイルもきっと長い長い年月を

無駄に過ごさずに生きてきたんだろうな。


だから、あんなに綺麗に去り際を選ぶことができたんだ……。


-……椿のように。


黙ってしまった僕をいぶかしげに3人が見つめている。


「僕は、時の魔法が使えます」


あっけなく認めた僕に、ハルマンさんは困惑の色を隠しきれないようだ。

ハルマンさんたちから見ればなぜ肯定する気になったのか

気になるところだろう。


「なぜ……話す気持ちに?

 いや……嬉しいが、話してくれるまで粘るつもりで1週間ほど宿屋をとったんだが」


「……」


ハルマンさんの長期計画に……僕はすこし薄ら寒いものを感じた。


「創設者の信条を守っているというならば

 束縛されることも、無理強いされることもなさそうですから」


「……」


「そういう点から言えば、今回の報酬は僕の個人情報に

 関する秘匿のみという形になりそうですが……。

 自由意志、素敵な信条ですね」


僕は、ドラムさんとナンシーさんに笑いかける。


「……」


「……」


僕が笑いかけた意図を、ちゃんと理解している2人は

何も言い返すことができず俯く。

そんな2人を見てハルマンさんは苦笑をこぼした。


「……君はとても鋭いね」


「今のは偶然なんですけどね」


これは本当のことだ、何も意図して聞いたわけではなかったし

ただ、興味を持ったのだ……ギルドからの依頼を断ることができないという

一文を入れておけば、こんなに面倒なことをする必要もなかっただろうにと思ったのだ。


思っても見なかった答えが返ってきて、心底びっくりしたが……。

僕は立ち上がって、花瓶に刺さっている花を一本抜き魔法をかけた。


「これでこの花の時間は止まりましたから、枯れる事はないでしょう」


僕はその花をナンシーさんに渡す。

ナンシーさんは少しびっくりしたような顔をしてから、笑って僕にお礼を言った。


「ありがとう」


お互い様とはいえ、少し失礼なことを言い過ぎたと思い。

僕は魔法をかけた花に、少しだけ謝罪の気持ちを込めておいた。


綺麗に笑うナンシーさんを、目を細めて見つめるハルマンさんは

次に、粉々になった扉を見て、少し緊張した表情を作り呟いた。


「しかし……君は冷静な上で、容赦がない……のだな」


床の上には、扉の残骸が一塊にして置かれてあった。



読んでいただきありがとうございます。


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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