『 ラギとアルト 』
* ラギ視点
パタパタパタっと揺れていた尻尾が、セツナの姿が見えなくとなると同時に止まる。
アルトの表情はとても寂しそうだった。
「アルト、セツナさんと行きたかったら行っておいで」
その表情が余りにも寂しそうだったのでついついそう言ってしまう。
アルトは私の言葉に首を横に振り
「じいちゃん、おれのしごとはここにいること」
寂しさに揺れる瞳で私を見るのだった。
「アルトは、セツナさんが本当に好きなのだね」
私の問いかけに少しの迷いもなく返事をするアルト。
「うん」
アルトにとってセツナさんがどういう風に見えているのかが気になり
もう少し突っ込んだ質問をしてみる事にした。アルトのことだから
ただ好き……と言うだけかもしれないが。
「アルトは、セツナさんのどんなところが好きなのかな?」
アルトの瞳に違う色が浮かぶ。その真剣な様子に
私は少し困惑しながらアルトの返事を待った。
-……簡単に返事が返ってくると思ったのだがの。
「きびしいけど、やさしいところ
あと、だれにたいしても、おなじところ」
「誰に対しても同じところ?」
「うん」
「それはどういう意味なのかな?」
「うーん……じいちゃん、ししょうのことさいしょ、きらいだった」
アルトの言葉は断定だった。
私は、態度に出したつもりはなかったのだが
子供は好きな人に対する周りの態度というものに敏感なのかもしれない。
「じゅうじんは、みんなさいしょ
じいちゃんみたいなめで、ししょうをみる」
「……」
「でも、にんげんもおれをみるとき
おなじめでみる」
「……」
言葉がでなかった。
アルトの言葉で、アルトとセツナを取り巻いている環境が
そこまで優しくないものだとは思いもしなかったから。
いや、考えてみればわかることだ。
獣人を良く思っていない人間と、人間が嫌いな獣人……。
そのような人から見ればこの2人は、苛立ちの対象でしかない。
私の目を見ながら話すアルトの表情は、何時もセツナに見せている
甘ったれたものではなく。幼い少年が浮かべていいものではなかった。
-……。
「でも、ししょうはちがう」
「ちがう?」
聞き返す私に、頷きながら淡々と答えいくアルト。
「にんげんでも、じゅうじんでもいっしょ」
そこで1度言葉を区切り、一生懸命考えながら言葉を続けていく。
「ししょうは、にんげんからも、きらわれているめでみられる。
じゅうじんからも、きらわれている」
「……」
「おれは、にんげんからきらわれるけど
じゅうじんからは、きらわれてないとおもう」
獣人はアルトを見ると保護対象として捉えるのだろう。
人間に捕まっている獣人として……私がセツナにとった態度と同じように。
「ししょうは、きびしいけど、やさしい。
こまっていたら、にんげんでも、じゅうじんでもたすける。
おれは……にんげんを、たすけたいとおもわない」
私に向けていた視線を地面に落とす。
「でも、ししょうがそういうふうに
みられるのは、おれのせいだってしってる」
「アルト……」
アルトが哀しそうに口元を結び何かに耐えるように拳を作る。
「おれがいなかったら
ししょうは、あんなめでみられないのに……」
聡いこの子は、セツナが人間からも獣人からも
厳しい目で見られている事を知っているのだ。
「おれ、いないほうがいいっておもう。
だけど、おれししょうすきだからはなれたくない」
「……」
アルトの言葉に私の心は暗く沈む。
まだ12にしかなっていない少年が抱える感情ではない。
本来なら、親元で元気に走り回っている年齢だ。まだまだ甘えている年頃だ。
間違っても、自分の存在が、自分の大切な人を傷つけていると知って
自分自身も同じように傷つくなんてことはあってはならないのだ……。
先ほどよりも更に落ち込んでしまったアルトに
どうやって声をかけようか悩んでいると、私より早くアルトがポツリと呟いた。
「じいちゃん、おれはししょうのために、なにができる?」
地面に落としていた視線を私に戻し、真剣に私に尋ねてくるアルト。
アルトのセツナに対する気持ちに、切なくなりながら私はアルトに答える。
「今は、よく寝てよく遊んで……よく食べる事かの?
後はよく勉強する事かな?」
アルトは不満そうに口を尖らせる。
「それ、ししょうがおれにいうことと、いっしょ
おれはもっと、べつのことがしたい」
まるで子ども扱いするなというような感じで
私に不満を漏らすアルトをみて、苦笑を返してしまう。
「そうだの……」
アルトは身動きすることなく
私を熱心に見つめ私の答えを待っていた。
ふと、首が痛くならないのだろうかと
全然違う事に意識をとられアルトに思わずたずねていた。
「アルト、首が痛くならないのかの?」
「くび?」
「そう、くび」
「……じいちゃん、おれのくびより、ししょうにできることかんがえて」
アルトに怒られてしまった。私の前でブツブツと怒っているアルトを見て
悪いとは思うのだが……その様子が微笑ましくて、思わず口元が緩んでしまう。
「じいちゃん! わらってないで、ちゃんとかんがえて!」
私の口元が緩んだのに目ざとく気がついたアルト。
これ以上機嫌を損ねるのは良くないので、私も真剣に考える。
「うーん、今のアルトができることと言えば……」
「いえば?」
「セツナさんに悪戯するぐらいかの?」
「……」
私の言葉に目が据わりはじめるアルト……。
「困らせる悪戯ではなくて、セツナさんが笑うことができる悪戯だの」
「ししょうがわらう?」
-……食いついたかな?
「悪戯じゃなくてもいいんだが
要はアルトがセツナさんを、楽しい気持ちにさせてあげるといいということだの」
「たのしいきもち?」
「そう、笑えば少々嫌な事があっても吹き飛んでしまうからの」
何か思い当たる事があったのか、うんそれはわかるっと言って
自分の思考に入ってしまったアルトを黙って眺めていた。
「じいちゃん、どうしていたずら?」
笑わせる方法なら悪戯じゃなくてもいいんじゃないのという
アルトの心の声に……私は心の中で密かに笑う。
「それはの? 悪戯はやるほうも楽しいからだな」
「……」
じとっとした視線を私に向け、何かをいいたそうにするアルト。
その視線に気がつかない振りをして私は話を続ける。
「人を楽しませようと思ったら、まず自分が楽しくないと駄目だ」
「じぶんもたのしく?」
「気持ちというものは伝わるものだから……。
アルトが哀しい気持ちや、寂しい気持ちでセツナさんを笑わそうとしても
それは無理だというものだの」
「アルトもセツナさんが辛そうにしていたら辛いだろう?」
アルトはコクコクっと頷く。
「だから、相手を楽しませようと思ったら
自分も楽しまなければいけない。2つ同時に出来るのが悪戯だの」
私の言い分に納得できるような、納得できないような表情を浮かべるアルト。
-……もう一押しかな?
「相手を傷つける悪戯はもちろんだめだが。
自分も楽しく、相手も楽しくさせるものを考えるのが大切だ。
これは案外難しい……子供のアルトには無理かもしれないのぅ……」
ここでわざとアルトを挑発し大げさに溜息をつく私。
「そんなことない! おれししょうたのしませる
いたずらかんがえることできる!」
私の挑発に簡単に乗ってくれるアルト。
心の中でしめしめと思いながら表情には出さずにアルトに答える。
「できるかな?」
「できる」
「じゃぁ、早速考えるかの?」
「かんがえる!」
売り言葉に買い言葉みたいな感じで私に乗せられていくアルト。
アルトとのやり取りで先日、セツナとした会話が脳裏によぎった。
セツナがアルトのこういうところを心配していたのだが……。
私は子供のうちはこのままでいいだろうという事をセツナに伝えると
少しホッとした感じの表情を私に見せた事を思い出した。
私が不思議そうにセツナを見ていると、恥ずかしそうにこう言ったのだ。
『僕は、子育てをしたことが無いので……』
私はセツナのこのセリフに大笑いし、セツナは恥ずかしそうに俯いていた。
私は笑いながらも、この青年が抱えている苦労を思いやった……。
セツナがアルトを想う様に、アルトもセツナのことを日々想っている。
この2人の関係が、何時までも優しいものであるように私は願ってやまなかった。
-……アルトは意外と冷静な一面も持っているからの。
そのことを垣間見たのは、悪戯を考える為に居間に移動したのだが
今日の勉強がまだだった事を思い出したアルトは、勉強が先だと自分から言ったのだ。
セツナがアルトに課した勉強を午前中に終わらせ
午後からは獣人のことを少しアルトに話した後
私たちはセツナを楽しませるべく悪戯を考え実行した。
アルトの初めての悪戯は……。
アルトが大泣きするという結果に終わるのだが……。
読んでいただきありがとうございます。