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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ブータンマツリ : いたずら心 』
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『 私と12本の薔薇 』

* ジョルジュ視点です。

『 カウントダウン準備』




「………………」


ピリピリとした空気を撒き散らしている私に近づくものはいなかった。

私はただ無言で待機室で1人悩んでいた。周りのものがチラチラとこちらの様子を

窺っているが今は無視だ。


-……何を贈ろう。


私は先日26歳年下の女性……いや少女にプロポーズをした。

彼女は私の親友の妹で私も彼女を幼い時から見てきたのだ。


親友も私と同じ年齢である事から、年の離れた妹をとても可愛がっており

よく私もいれて3人で出かけたものだった。


私にとってもその少女は年の離れた妹という位置だったのだが……。

彼女から寄せられる好意に次第に私も彼女を愛しく思うようになる。


そしてどういった運命のいたずらか……私は彼女を妻に娶る事になったのだ。


娶るのはいい、結婚の申し込みも私からした……だが……。

問題は、了承の返事を貰った後の儀式だ。


頭からすっかり抜け落ちていたのだ、そんなものが在るということを。

今日の朝、親友に言われるまですっかり……。


「ジョルジュ、君今日から婚姻申し込みの儀だってこと覚えているよな?

 もし妹に恥をかかすようなことをしたら……君でも許さないからな?」


そういいながらも口元はにこやかに笑っている親友の顔を私は凝視する。

そんな私の様子に親友は表情を曇らせた。


「……ジョルジュ、本気で忘れていたわけじゃないよな?

 贈り物はもう決まっているよな?」


「……」


私の無言の返事に、あたふたと質問をしてくる親友。

私の顔色はきっと青くなっているだろう

私の顔を見て親友が自分の顔に手のひらを当てため息をつく。


「もしかしたら、忘れてるかもとは思ってたが……君そういうことに疎いからさ

 妹から働きかけなかったら、結婚する気もなかったようだしね……」


「……すまない」


私の落ち度だ、素直に謝る私に彼は苦笑を返す。


「謝らなくてもいいさ、俺がもう少し早く確認しておけばよかった。

 とりあえず、手遅れにならなかっただけでも幸運ってところか?」


肩を落としている私の背中をポンポンっと叩き慰めてくれる。


「とりあえず、今日からだからちゃんと用意してこいよな?

 あいつも楽しみに待っているからさ」


更なる追い討ちをかけるように紡がれる親友の言葉に

私はただ溜息をつくだけだった。


婚姻申し込みの儀、相手に結婚の申し込みをして15日後から

男性から女性に12日間に渡って贈り物を贈り……彼女と彼女の家族から

了承を得るというものだった。


最後の12日目にお互いの家族、親族、友人の前でもう一度結婚を申し込む事になる。


「……」


-……なんという拷問だ。


彼女に気持ちを告げるだけでも一杯一杯だというのに……。

私は深く深く溜息をつく。


12日後のことはともかく、今は今日の事を考えなければならない。

贈り物……一般的には彼女の好みに合わせて贈るとされている。


贈るだけなら問題は無い、問題は12日目に私が送ったものを披露するという点だ。

高すぎず……安すぎずセンスの良いものをということだが……それはいったい何なんだ!?


何が当てはまるのだ!


誰だこんなものを考えて一番最初に実行した奴は……絞め殺してやりたい。

そう考えた瞬間周りが静かになる、思わず殺気をばら撒いてしまったようだ。


-……私の選んだものを気に入ってもらえるかどうか。


彼女とは年の差が26歳……長い目で見ればそんなに気にする年の差ではないのだが。

彼女はまだ成人したばかりだ今の段階ではその年の差は色々と深いような気がする。


サイラスなどは、私の婚約が決まったときに祝いの言葉ではなく呪いの言葉を吐いた。


「ジョルジュ、それは犯罪だろ……?」


「……」


私以上の年齢差で結婚している夫婦など星の数ほどいるのだが

成人してすぐの女性を娶るというのはこの国ではあまり無い。


他国では成人前から婚約者が決まっていたり

親の決めた相手しか婚姻が認められない国とかも在るらしい。


この国でも政略結婚が無いわけではないが、他国のように厳しいものではない。


「社交界にも入ったばかりだろう? そんなに独占したいわけ?」


などとニヤニヤ笑って言われたときには、本気で絞めようかと思った。


-……あの時絞めておけばよかった。


彼女の贈り物を考えていたはずがいやな事を思い出しイライラが募ってくる。

そこにイライラの元凶が私に声をかけてきた。


「よぅ、ジョルジュなに殺気ばらまいてんだよ?」


「……うるさい」


私とサイラスはユージン様付きの騎士だ。サイラスが第一騎士で私が第二となっている。

サイラスが追放されたときは私がサイラスの代わりをしていたが……。


この男が戻ってきて私も心のそこからホッとした事を覚えている。

サイラスとは長い付き合いになっていたから余計かもしれない。


「今日からだろ? もう何を贈るか決まっているのか?」


「……」


「おいおい……」


私が返事をしない事から

からかい調子だったサイラスが真剣な顔をして私の隣に座り私を見ていた。


私はサイラスから視線を外し、今日何回目になるのかもわからない溜息を吐いた。

サイラスがそんな私の様子をみて待機室の兵士に話しかける。


「おい、今日の大通りの巡回班はどこだ?」


「はいっ! 我々7班です」


少し緊張した声がサイラスのほうへ返ってくる。竜の加護もちという事で

彼に憧れを抱く兵士はとても多い。今の部屋の空気も私の殺気が中和され

浮ついた感じの空気が流れている。


「今日は、ジョルジュが監査として同行するからそのつもりで」


サイラスの突拍子も無い言葉に私は顔を上げサイラスを見た。


「ここでじっと考えていても仕方ないだろう?

 巡回ついでに大通りをみてこいよ、何かいいものがあるかもしれないしさ

 お前のことだから妥協で選んだ贈り物なんてしたくないんだろう?」


「私は午後からユージン様に付くことになっている……」


「それは俺が代わる、ユージンにも理由を話しておく

 きっと面白がってくれるさ」


クククっと意地の悪い笑いを俺に見せ、私の背中を叩き部屋を出ていた。


苛立ち半分、感謝半分という気持ちでサイラスを見送り私は巡回の準備に回る。


サイラスの提案は正直ありがたかった

私の予定は今日一日外出できるものではなかったから。


サイラスが作ってくれた機会を逃す事はせず、今日の巡回班と共に巡回に行く。

途中までは何事も無く、私は巡回ついでに様々な商店を横目に見て歩く。

巡回が終わるまでに候補を挙げておき、仕事が終わったら店に寄るつもりで。


しばらく歩いていると、小さな店のまで女性がたくさん群がっており

賑わいというより、何か殺気だったものを放ちながら男2人と女性達とで

言い争っていた。


揉め事かと思い、同行している兵士を目線で促しその店の前まで歩いていく。

女性達も男性も自分達のことで夢中なのか、我々には気がついていないようだ。


観察しながら近づいていくと、その店の店員と思われる青年がその喧騒の中

困った様子もなくただ成り行きを見守っているように思われた。


-……普通ならば、少しは焦るものなのだが。


店員が止めないからといって、見過ごすというわけにはいかないので

私はその人だかりの後ろから声をかける。


私の声に反応して、女性達がすばやい動きで左右に散った。

諍いの理由を聞き、男性達に注意をし女性達を解散させる。


その場に残ったのは店員の青年と私と巡回兵だけである。

花屋と思われる店の青年は私に丁寧に頭を下げお礼の言葉を告げるが……。


きっとこの青年は、私達がいなくても

あの騒ぎを収める事ができたのだろうとなんとなく思った。


それよりも気になるのは、この青年の声と話し方がどうも引っかかる……。

最近どこかで聞いた覚えが在るような気がしたのだが思い出せない。


-……どこで?


思い出せないことに気持ち悪さを感じながら、花屋のショーケースに視線がいった。

そこに飾られている花は今まで見たことが無いほど華やかに見えた。


私の頭の中でこれだ! っと言う声がした気がする。

私はその花束を見た瞬間に、今までの贈り物の候補を吹き飛ばすほどの衝撃を受けたのだった。


青年にあの花を買う事が出来るのか確認し、花屋の場所を覚えて巡回に戻る。

城に戻る途中サイラスに感謝しながらとりあえず今日の贈り物が決まった事に安堵した私だった


……が……。


仕事が終わりその店に行くと花が全て売り切れているという事実に落胆を隠せなかった。

今更、他の店に行ったとしてもしまっているところが多いだろう……。


どうすればっと頭の中でぐるぐると考えている私に今日の喧騒の中にいた青年が声をかけてくれる。

正直はなしても仕方がない気がするが、なんとなくこの青年の持っている独特な雰囲気に流され

私は理由を話す。話したところで困る事などないのだし……。


昼間見かけなかった青年は私にお祝いの言葉をかけ

昼間いた青年は少しきょとんとした顔をしていた。


青年が黙り込んで何やら考えている風なので私は、もう1人の青年とはなしていると

彼が私の為に新しく花を摘んできてくれるという。その申し出に私は悪いと思いながらも

頼む事にした……見栄を張っている場合ではないのだ。


それに、あの花束なら大丈夫彼女に恥をかかすことはないだろう。

私の中でそう確信し話が決まりかけたその時……今まで黙り込んでいた青年が私にこういった。


”ジョルジュ様、宜しければ僕の考えを聞いてもらいたいのですが”


簡単に自己紹介をした後、セツナと言う青年が口を開く。

私には、今日の贈り物をどうするかしか頭がなかったので

明日以降の参考になるかもしれないと思いセツナの話を聞くことにした。


話をする前に、セツナがノリスに花を持ってきて欲しいと頼み

ノリスが花を摘みに自宅へと戻っていった。


ノリスが帰ってくるまで何もすることがなかったので

セツナがお茶を入れてくれたのだが会話がなくとも居心地良く感じられたのが不思議だった。


-……やはり、前に1度会っているような気がする。


思い出そうと躍起になっているところへ、ノリスが腕にバケツを抱えて帰ってきた。

そしてバケツの中に入っている、一輪の薔薇に魅せられる。


どのような花も綺麗だとは思うが、花1本にこれほどの存在感があるものなど見た事がない。

私がしばし見とれている間に、セツナがリボンに魔法をかけ始める。


概要を聞かされていない私は少し不安にかられながらも

セツナの手元をじっと眺めていた。


彼が使った魔法が時の魔法だと知り、風の使い手でもあると知ったとき

一瞬国王様の顔が頭に浮かんだ……これほどの人材が花屋に埋もれているのかと……。

自分の今の目的を忘れ彼を国王様に引き合わせようかと考えると同時に釘を刺された。


菫色の真っ直ぐな視線に見つめられてそれ以上何もいえなかった……。

騎士としては失格かもしれないが、セツナが持つ何かに遮られた形になったのだ。


少し気まずい空気が流れていたのを壊したのはノリスだった。

私は少し緊張を解きノリスのほうに視線を移す。


先ほどから、興奮冷めやらぬ様子のノリスは早くセツナの説明を聞きたくて仕方が無いようだ。

そして……セツナのかけた魔法をノリスが解いた……。


それはとても美しい一瞬だった……。

こんな美しい一瞬を見る事はあまり無いと思った。


私の胸も高鳴る。自分の手の中で花開く。

それをあの蕾の姿でさえ目をうばわれる薔薇で行うというのだから……。


彼女の驚く顔が目に浮かぶようだった。


しかしこれだけの薔薇と時の魔法……金額はどれぐらいかかるのだろうと不安になる。

魔道具とは高価なものだ、時魔法となるとどんなものでも価格は跳ね上がる。


少し不安になりおおよその金額を出してもらおうとセツナに問いかけると

返って来た金額は想像していた額より遥かに安かった。


ノリスは高い高いと叫んでいたが……きっと時の魔道具の値段を知らないのだろう。

私はセツナの話しの続きを聞くために彼を促す。ノリスは少し放心したようにお茶を飲んでいた。


セツナの説明を聞き、私がするべきことを聞く。

話を聞いているうちにとてつもなく恥ずかしくなってくる……。


しかし……セツナの提案してくれた方法は私が考えもつかない素晴らしいものだった。

元々何も考えていなかったのだ……私は気恥ずかしさを覚えながらも彼の提案を呑むことにした。


色々計画を練っているうちに、彼の魔導師らしくない行動に

私は興味を持ちあれこれと質問したが肝心なところはサラリとはぐらかされた感じで話が終わる。


彼と話をしているうちに、私の気持ちがだんだんと落ち着いていった。

きっとセツナが私に今一番必要な言葉を告げてくれたからだろう。


"薔薇と一緒に自分の気持ちを贈るんですよ"


そう……物を贈るのではなく自分の気持ちを贈る。

私はその初歩的なことをすっかり忘れていたのだから。


-……妻となる彼女に私の気持ちを贈る。


セツナとノリスにからかわれながらも、自分の気持ちをリボンに綴った。


彼女に私の気持ちが届く事を祈って……。


今日の準備が終わり、セツナとノリスに見送られ

私は ”真紅の薔薇(シンディローズ)”を持ち彼女の家の扉を叩いたのだった。





読んでいただきありがとうございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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