『 僕と悩める騎士 』
ノリスさんが売る為の花を用意する間僕は少し花畑を散歩させてもらう事にした。
花を咲かすこと無く摘む事は僕にでもできるが、どの蕾が開く前なのか判断する事は
僕には無理そうだから。
僕ができる事をしようと思い、花畑と家の周りをぐるっと歩く。
僕は結界針を取り出し少し魔法を加えていく。
太陽と月の魔法を刻み、魔力の供給なしで結界を維持できるようにした。
ノリスさんとエリーさんそしてこの綺麗な花々に悪意や害意のあるものが
入れないようにする為の結界だ。
-……あの2人にもお守りみたいなものを渡した方がいいかな。
そんな事を考えながら、結界針を目立たないところに刺した。
僕にしか抜けないようにしておく。
家の方はこれでいいはずだ、丹精込めて育てた花が荒らされるのは我慢できないし。
結界を張り終えた僕をちょうどノリスさんが探していたところだった。
「セツナさん、そろそろ出発します」
「はい」
僕とノリスさんは、荷馬車に花を乗せお店へ向かったのだった。
お店はこじんまりとしながらも感じがよく、場所も人通りが多い。
「いい場所ですね」
僕は、お店の周りを見渡しながらノリスさんに言う。
にこっと僕に笑顔を見せて
「僕とエリーはこのあたりにお店を出そうと狙っていたんですよ。
人通りも多いし、騎士の巡回ルートに当たるので治安もいいんですよ」
僕は荷馬車から花の入ったバケツを下ろし、ノリスさんが店の奥に綺麗に並べていく。
色とりどりの花が棚に並んでいく様子は見ていて楽しかった。
「セツナさんは午前中僕の仕事を見ていてください」
販売経験も無い、花屋で花をかった事もない僕が1人で店番ができるわけもないので
最初のうちはノリスさんが一緒についていてくれる事になった。
準備が終わってから少しこの世界での花の包み方を教えて貰った。
僕はちょっとした花のアレンジやラッピングは得意な方だ。
鏡花と一緒に、病院で生活している子供のイベントのために
ミニ花束などの作り方を鏡花と一緒に本を見ながら勉強したものだった。
-……何が役に立つのかなんて……本当にわからないね。
花を並べ終えて、しばらくしたらお客さんが入りだした。
花を買いに来る人は裕福そうな人が多かった。
平均的に花に使うお金は銅貨3枚~銅貨5枚というところだろうか。
素泊まりでの宿屋の値段が銅貨4枚ぐらいだから
この世界でも、花を贈るのは記念日とか特別な日に購入する事が多いようだ。
一輪で購入する人も意外に多かったが。
-……しかし、花はとても素敵なのに。
花を包んでいるものが純白紙一枚というのは味気ない気がする。
花束を作っても純白紙一枚で包むのだ。
包み方も花がすっぽりと隠れてしまって勿体無い。
花の蕾が花開く様子が、幻想的なだけにこの落差がとても味気なく……。
僕としては、色とりどりの花が綺麗にラッピングされていたのを見てきただけに
残念な気がしてならない……エコではないけれどやはり少しは華やかさが欲しい。
-……フラワーラップとか無いのだろうか?
ひっきりなしにお客が入るという事はないようで
僕は少しノリスさんに断りを入れ、紙屋さんに行く事にした。
紙屋さんにつくと、様々な紙が目の中に入ってくる。
僕はフラワーラップに良く似た素材を探す。
ちょうど、貴族の人達が帽子やら靴やらを箱に入れるときに
包む紙がフラワーラップに似ていたのでそれを購入し
次にリボンを買ってからノリスさんの元へ戻る。
ノリスさんは僕が購入してきたものをみて首をかしげていた。
「セツナさん、その紙は? 何に使うんですか?」
僕はノリスさんの疑問に、笑いかけ答える事はしなかった。
僕が咲いた花を何本か取り、茎を少し短めに切り落とす。
それを形よくまとめていき花の形が崩れないように紐で縛る。
ノリスさんは怪訝そうに僕の手元を見ていたが
その目にはだんだんと興味の光が灯ってくる。
形よく作った小さな花束に
購入してきた薄い青色とそれよりも少し濃い青色の紙で綺麗に包む。
綺麗に2色のグラデーションになった紙の中に色とりどりの花が踊っているようだった。
最後にリボンで縛ってもち手のところを作ると
小さなブーケの形にしたミニ花束が完成した。
「すごい……」
目をキラキラさせてノリスさんが、ポツリと感想を言ってくれる。
「可愛くないですか?」
「可愛いです! 僕こんな装飾の方法をはじめてみました!」
ノリスさんのテンションが少し上がっている。
「僕にも教えてください!」
僕の隣に座り、僕と同じように咲いた花を数本取り僕のまねをしながら
小さな花束を作っていく、1度見ただけでほとんど覚えてしまっているノリスさんに
感心しながら、ラッピングの方法も教えた。
「この包装は、向こうの花にも使えますね」
「ええ、紙を買うのにもお金が要りますから
包装料金を取るといいですね」
ノリスさんは頷くと僕に紙の種類とリボンそれから値段を聞いてメモしていく。
「これなら大体十分銅貨2枚でいけますね」
すぐに計算し値段を決めるノリスさん
次に咲いた花で大きな花束を器用に作り上げていく。
そしてその花束を綺麗にラッピングする。
もちろんラッピングで花が隠れるようなことはしていない。
「感じが……花の感じが……凄く変わるんですね……」
本当に、嬉しそうに話すノリスさんを見て僕も少し嬉しくなった。
ラッピングした花束を入り口のショーケースに置き
その下に ”花束の包装をはじめました。十分銅貨2枚より”と書いた紙を張る。
僕とノリスさんでミニ花束を20個作り
小さなバケツに一つ一つミニ花束を綺麗に並べていった。
ショーケースの花束に目を奪われて、よってくる女性が増えた。
そしてミニ花束をみて、目を輝かせている。
はじめてみるものに、興味を引かれているのだろう。
ミニ花束の値段は、十分銅貨8枚というところだ。
女性2人でミニ花束を見て、”可愛い””綺麗”などと
盛り上がっているところへ僕が声をかける。
「いらっしゃいませ」
僕の声に初めてそこに人がいたと気がついた女性2人は同時に僕に顔を向ける。
僕は2人を見てにっこり笑うと、頬を染めてボーっと僕を見てる。
僕は、ミニ花束の方へ視線をスッと向ける
その視線に2人もつられる。
「咲いてしまった花なんですが
こうやって飾ってあげると可愛いと思いませんか?」
僕がふわりと笑い、花を見つめる。
「す……素敵です」
「かっこいいです~」
「日常の癒しにいかがでしょうか?
お部屋が少し華やかになりますよ?
お値段もお得になっております」
-……スマイル0円~。
心の中で、そんな事を思い出しながら女性2人に笑顔を向けた。
「か……かいます……」
「私も……1つください」
女性2人は、僕から視線を外さずに僕が作ったミニ花束を買ってくれた。
「ありがとうございました」
女性2人にお礼をいい、見送った後後ろを振り向くと
あんぐりと口をあけた、ノリスさんが僕を見ていた。
「ノリスさん?」
僕の呼びかけに我に返って言う。
「……セツナさん……」
「はい、なんでしょう?」
「……」
「ノリスさん?」
「いえ……なんでもありません……」
「?」
ノリスさんは何か言いたそうな目で僕を見ていたが
結局僕に何もいうことはなかった。
午前中が問題なく過ぎていき、ノリスさんは花の世話をする為に
1度花畑へと戻っていった。
そして、1人で店番をしていた僕の前には……。
たくさんの女性が花屋の前で群がっていた……。
-……どうしてこんな事に?
集っている女性達の手には、ミニ花束が握られている。
僕とノリスさんが作ったものは全て売り切れてしまった。
お客さんだけに、帰ってくれというわけにも行かず。
質問される様々な事に答えながら
ミニ花束を買う事が出来なかった女性に頼まれ一輪の花をラッピングしていく。
女性達のお喋りで店の前が賑やかになっているところに
1人の男性がお付の人を連れてやってきた。
そして、女性の手の中に在る花をみて僕に嘲笑を向ける。
「浅ましくも、咲いた花を売っているというのは本当だったんだな」
男性の第一声だった。
-……朝から張り付いていたのは、この人の部下かなにかだったのかな。
シニアスの手がかかったもの達が
ノリスさんが店を出したと聞いて、嫌がらせに来たんだろう。
朝から僕達を窺っている人間がいることには気がついていたが
こんなにも早く来るとは正直思わなかった。
「蕾の花よりも売れているようではないか
ノリスの店にお似合いかもしれない商売だな」
っと言って笑い出す。
「捨てるものを使う……貧乏人にしか考え付かない事だろう?」
-……どうするか。
男のセリフに、勿体無いの精神を切々と語ってやろうかとも思ったけれど
こんな人間に、理解できるとは思わないし……第一面倒だ。
このまま返すのも癪に障るので、どうしようと考えていると。
「図星を指されて、言葉も出ないか?」
くつくつと楽しそうに笑う男に
僕が口を開こうとしたときに……。
女性のイライラとした声が飛んできた。
「うるさいのよ! おっさん!」
-……いや、目の前にいる男はそんなにおっさんではないと思う。
心の中だけで突っ込む僕。
「……」
「……」
僕のそばに居た女性が男をおっさん呼ばわりしていた。
あまりのことに反応する事が出来ない男に、周りの女性からも
少し殺気の混じった声が上がる。
「綺麗で可愛かったらいいのよ!」
「そうそう、それに安いしね」
「普段飾るだけならこんなにお得なお花はないわ」
「目の前で咲く花も素敵だけど、咲いてしまったら同じだし」
「蕾からのお花は特別な日だけで十分だしね」
うんうんっと、女性達が次々に意見を述べていく。
「さっきから聞いてれば、浅ましいとか貧乏だとか
私達に対して言ってるの?」
「いえ、花屋に言っているのであって
お客さん方に言っているわけではありません」
シニアスのお付の人が一生懸命弁明している。
「同じ事でしょう!?」
-……怖い。
それが僕の正直な感想だ。
敵と認定された2人の表情は少し青くなっている。
そのうち1人の女性から声があがる。
「あなた! シニアス商会の花屋ね!?」
助け舟とばかりに、女性の言葉に便乗するお付の人。
僕を馬鹿にした男は女性の攻撃に口を開く事ができないようだ。
「はい、さようでございます。
私どもの花屋に入らして頂けましたらもっと満足のいく
花を提供できるかとおもいますが」
すかさず、お付の人が自分の店の宣伝をする。
-……あー……馬鹿だな……。
空気を読まないお付の人の言葉に僕は少し同情する。
その言葉に、完全に女性達が切れる。
「なんで馬鹿にされたのに
その店でお花を買わなきゃいけないのよ!」
「そうよ! もう2度と利用しません」
「どうせ、私達は安いお花しか買えませんしね?」
周りの女性達の刺すような視線と剣幕に
2人は何も言い返すことが出来ないようだ。
内心僕は2人の男の様子がおかしくてたまらなかったのだけど
ここで笑うと色々な事が台無しになってしまうので我慢する。
僕はすっかり溜飲が下がっていたから
後は、この騒ぎをどうやって収めるかだけを考えていたのだった。
「何を騒いでいる」
女性達に責められている男達の後ろから、低い緊張感をはらんだ声が聞こえた。
その一言で、女性達は黙りささっと僕と男の周りから離れる。
女性達が離れたことで、声の主が誰だか確認する事が出来た。
巡回している騎士達が、騒ぎを聞いて様子を見に来たらしい。
騎士の隊長と思われる男の問いかけに、1人の女性が理由を話した。
その女性の顔は少し赤くなっている。
-……この人、ユージンさんの後ろに何時もいた人だ。
サイラスが僕達と行動しているときに
何時もユージンさんの後ろにいた騎士が僕の目の前にいた。
-……彼は僕に気がついていないみたいだけど。
あのときの僕は変装してたしね。
自分から正体を言うつもりもないのでここは初対面で通そうと思った。
女性から話を聞き終えた騎士は、2人の男に注意し女性達にも
解散するように告げる。
男達はホッとしたように、そそくさとその場を離れ
女性達は残念そうに家に帰っていった。
残ったのは僕と、騎士の方々。
とりあえず、お礼は言っておかないといけないよね。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
どうやって収めようかと困っておりました、ありがとうございます」
僕の謝罪の言葉に
「……あまり困ったようには見えていなかったが」
-……ふふ、やっぱり鋭いな。
この国の大臣や騎士はなかなか優秀な人材が多い。
「いえ、僕ではこうも綺麗に収める事は出来なかったと思います」
僕の言葉に少し何かを考える表情をし、そしてふっとショーケースに視線を移す。
「……あの花束は、この店の売りなのか?」
今までの話と全然つながりの無い言葉に僕は少し困惑しながらも答える。
「はい、花束の値段に包装料金をいただく事になりますが」
「……そうか……」
僕は少し首をかしげて騎士を見る。
「いや、なんでもない。
あまり騒ぎを起こさないようにな」
そういって、部下の騎士を連れて巡回に戻っていってしまった。
少し腑に落ちない部分があったけれど、その後すぐにノリスさんが戻り
ノリスさんが居ない間に起こったことを僕は笑いながら話していた。
「販売のお仕事って大変ですね」
話を聞かされたノリスさんは青い顔をして
「セツナさん、それは笑いながら話せることではないような気がします」
「え? 面白かったですよ、シニアス商会の2人の顔色も色とりどりでしたし」
クククっと笑う僕に、ノリスさんが一言こういった。
「僕は、セツナさんを敵に回さないように気をつけます……」
ノリスさんのセリフに僕はまた笑い。
ノリスさんが戻ってきてからの午後は穏やかに過ぎていった。
その日の夕方、花が全て売り切れ僕もノリスさんもホクホクと
お店を閉めようと片づけをしていると、今日の昼に来た騎士が声をかけてきた。
「花を売ってもらいたいのだが……」
そういう騎士の顔色は昼間と違って少し悪いように感じられた。
そんな騎士の顔を見つめながら、ノリスさんが申し訳なさそうに
「申し訳ありません……今日は全て売切れてしまって……」
騎士はノリスさんの言葉に肩を落とす。
何かとても意気消沈したような感じに、お昼に助けてもらったことだし
理由だけでも聞いてみようと思った。
「どうしても花束が必要だったのですか?」
騎士さんはチラッと僕を見て、溜息をつきながらぽつぽつと話しだした。
「……花でなくてもかまわないのだが
私は何を用意していいのやら……わからなくてな」
僕とノリスさんは顔を見合わせ、立ち話もなんだからとお店の中で話を聞くことにした。
「今日から、婚姻申し込みの儀が始まるんだが……」
その言葉にノリスさんが、おめでとうございますと声をかける。
騎士は暗い顔のままただ頷くだけだった。
僕は意味がわからないので、調べてみると
騎士、貴族の風習の1つ。
女性にプロポーズをしOKの返事を貰った男性が
12日間女性に贈り物を持って行き、最後の12日目は両親・親族・友人を招き
そこでもう一度プロポーズをし返事を貰うというものだった。
その時に、女性に贈ったものを集った人にも見せる事になるので
センスが問われることになる……。
要は、婚約披露パーティーみたいな感じなんだろうか?
「贈り物がまだ決まっていないのだ……昼に飾られていた花を見て
今日はこの花を贈ろうと思っていたのだが……」
本当に困ったという風に俯いてしまう騎士。
「……私はこういうことは苦手なんだ……」
妙なものを贈ると、相手の女性も笑われる事になるし
お金をかけすぎてもいけないらしい。
-……12日間の贈り物。
-……。
僕の頭の中でキーワードが繋がり明確なアイディアの形が出来上がってくる。
-……12日間。
-……花。
-……薔薇。
-……12本。
-……シンディローズ。
-……ラグルートローズ。
-……でもそれをするには風魔法だけではできない。
僕は頭の中に浮かんだアイディアを消そうとするが……。
どうにも試してみたくて仕方が無い。
-……絶対綺麗だと思うんだよね。
うーん、どうしよう。
僕が悩んでいるうちに、2人の間で話がまとまりかけていた。
「僕が花を摘んできますので、騎士様少しお待ちいただけますか?」
「……頼んでもいいだろか?」
そのまとまりかけていた話を僕が遮る。
自分のアイディアを形にしたい誘惑に勝てなかったのだ。
「あの、騎士様」
「私はジョルジュと言う。名前で呼んでくれ」
「僕はセツナといいます」
「僕はノリスです」
「ジョルジュ様、宜しければ僕の考えを聞いてもらいたいのですが」
僕の言葉に、ジョルジュさんとノリスさんが同時に僕のほうを向く。
こうして僕達、3人の密談が始まる。
-……ダーズンローズ、大切な人に贈る意味を持った12本の薔薇。
日本で暮らしていたときに雑誌で見た薔薇の贈り方
元は欧米での習慣だったと記憶している……。
僕は、初めて魚釣りをしたときみたいにワクワクとした気持ちを胸の中に感じていた。
読んでいただきありがとうございます。