『 僕と花 』
「わー……?」
花畑を見ての僕の第一声は疑問系だった。
「わー……?」
ノリスさんが、最後が疑問系なのを不思議に思ったのか
首を傾げている。
「いえ……全部つぼみというのをはじめてみたので」
「普通栽培されている花はみんなつぼみですよね?」
「そうなんですか?」
僕の言葉にノリスさんが驚く。
そして何かに気がついたのか
「あー、セツナさんはもしかして花屋を利用したことがないとか?」
「……すいません」
花屋の仕事をするのに花屋を利用した事が無いのは少し問題かもしれない。
「ああ! そういう意味ではなく!」
少しあわてたように僕をフォローしてくれようとするノリスさん。
「冒険者の方がお花を購入する機会というのはあまり無いような感じですしね」
そういってくすくすと笑うノリスさん。
ノリスさんが思い出したことを僕も思い出した。
冒険者 = 大きい人 エリーさんの言葉だ。
「僕は花屋を利用したことがないのですが、依頼に差し障りは無いでしょうか?」
いまさらながら心配になって尋ねる僕に、ノリスさんが首を縦に振る。
-……僕にできない事ならドラムさんが仕事を回さないか。
少しホッとしながらも、これからはもう少し気をつけようと心に決める。
「問題ないですよ、花を売る為に育てるのには資格が要りますが
売る側に資格は必要ありませんから」
「花を育てるのに資格が要るんですか?」
「ええ、売る為の花には魔法が必要ですから」
確かにこの場所は地の魔法が張り巡らされている。
「時間がないので僕が仕事をしながら説明してきますね。
申し訳ないのですが、セツナさんは花に触れないようにしてください」
僕はノリスさんの注意に頷き
ノリスさんの仕事を邪魔にならない位置で見ている事にした。
「この畑の花が全部つぼみなのは
花が開いてしまうと売り物にならないからなんです」
手袋をはめ、つぼみのままの花を鋏で丁寧に摘んでいく
その際に余分だと思われる葉を落とし見栄えよくバケツのようなものにいれていっていく。
「つぼみの状態の花を買って、開くのを家で楽しむ為ですか?」
僕の質問にノリスさんは軽く笑い。
ノリスさんはポケットに鋏を一旦納め、手袋を外してからバケツの中の花を取り出す。
すると、つぼみだったものが……ふわっと花開いた。
「うわー……」
その幻想的な様子に僕は目を丸くする。
今つぼみだったのが、自分の目の前で開花するのだ。
-……これは、すごいかもしれない……。
花のつぼみが花開く様子をはじめてみた僕は、その美しさに溜息が漏れた。
「綺麗ですね……」
食い入るように花を見つめる僕にノリスさんがくすくすと笑う。
「セツナさん、本当にはじめてみるんですね」
ノリスさんが手の中にあった花を僕に渡してくれる。
僕はその花を受け取り、僕の目の前で咲いた花を目を細めて眺めていた。
「ええ、感動しました」
心からの僕の言葉にノリスさんが微笑み、ポケットから鋏を取り出し
手袋をつけてからまた一つ一つ摘んでいく。
「この畑には、花が開かない状態を保つ魔法が施されています。
そして花を摘みこのバケツに入れると次に取り出したときに
魔法が解除される仕組みになっています」
この場所にかかっている魔法を読み取る。
ある一定まで成長すると、極端に成長速度を遅らせる魔法……。
時を止める魔法の使い手が少ないから
土の魔法で植物の成長を制御しているのか。
なるほど……僕に花に触れるなっといったのは
摘むときに "地の魔法"を使いながら摘んでいるからなのだろう。
-……手袋と鋏が魔道具なんだな……。
自分の魔力を魔道具に通して、地の魔法が途切れないようにしているのか。
そして魔道具であるバケツに入れることでその状態を保ち
次に取り出す事で魔法の支配が消えるだな。
「ノリスさん、どうして右側の花は摘まないんですか?」
ノリスさんの仕事を眺め、ノリスさんが摘む花と摘まない花が在ることに気がつく。
「これは、まだ早いんです。
摘んだとしても咲くまでに時間がかかってしまうつぼみです」
僕はバケツの中に入っているつぼみと、摘まれる事の無かったつぼみを見比べてみるが
違いが良くわからなかった。
「僕には同じに見えます」
ノリスさんに正直な感想を伝える僕。
不思議そうにつぼみを見比べている僕に、ノリスさんが
「そこが、花を育てるものの腕の見せ所なんですよ」
っと少し胸を張って僕に言うノリスさん。
「魔法でつぼみが維持されているのか、成長段階なのかを見極めるのが難しいんです。
成長段階のつぼみを摘んでバケツにいれてしまうと売るときに花が咲かない。
そのような花を売ると未熟者として笑われてしまうんですよ……」
なるほど……。
なかなか奥が深い職業なんだな……そういう目を養うのは時間がかかるだろうに
「そういうのを見極める目を持つのは時間がかかるんじゃないんですか?」
僕の質問にノリスさんは少し寂しそうな表情をする。
「ええ、普通なら資格をとった後数年弟子入りするんですが……。
僕とエリーを雇ってくれた老夫婦がこの仕事をしていたんです。
僕達は子供の頃から、その老夫婦に可愛がられていました」
ノリスさんの手は淡々と動いている。
「成人してから仕事を選ぶときに、老夫婦の手伝いをしながら覚えた仕事を
選ぶのは当たり前のような気がしていましたし、僕もエリーもこの仕事が好きだった」
ノリスさんが、鋏を持った手を1度下に下ろす。
「20歳になって孤児院を出る事になったとき……その老夫婦が僕達に
ここの土地と家をくれたんです、自分達は娘のところで暮らす事になったからといって」
-……確かノリスさんとエリーさんがいた孤児院は
ギルドが運営している孤児院だったはずだ。
ノリスさん達が過ごした孤児院の制度は、成人するとすぐに出て行くわけではなく
上限を20歳までとし、社会経験をつんでから孤児院を出て行くという決まりになっている。
その間に生活基盤を整え、ゆっくりと孤児院から離れていくのである。
ただし、成人してからの孤児院の生活は生活費を納める決まりになっており
そのお金がまた孤児院の運営に回されるという形になっている。
「……僕達は、その人達から与えられるだけ与えてもらって
恩返しをすることが出来なかった。資格も取れてやっとこれからというときに
娘さんのところへ行ってしまった」
僕に苦笑するノリスさん。
「嬉しそうに娘さんたちと暮らすといわれたら何もいえなくて」
きっとノリスさん達にとってその老夫婦は家族だったんだろう。
「エリーは、僕とその老夫婦が育てた花を売るのが夢だったんです。
僕達が丹精込めて育てた花を、エリーが売る……。
その為に、僕もエリーも一生懸命働いてお金を貯めました
老夫婦が育てた花を売る事は出来なくなりましたけど……」
ノリスさんは、僕に目配せをすると歩き出し
僕もノリスさんの後についていく。
ノリスさんが立ち止まった場所にはとても綺麗な
薔薇のつぼみがその存在感を誇っていた。
まだ咲いてもいないのに、その存在感を示している薔薇に僕は目を奪われる。
「僕達はとても恵まれている。
僕もエリーも両親を知らないけれど、それと同じぐらい可愛がってくれる人がいた。
こうして僕とエリーに生活する為の基盤を譲ってくれた人がいた。
その2人に直接恩返しする事が出来なかったから僕とエリーは新しい花を作って
その老夫婦の名前をつけようと決めたんです」
ノリスさんの顔はとても穏やかで、薔薇を幸せそうに見つめている。
「この赤い薔薇が、シンディローズ
白い薔薇がラグルートローズと言います。
僕達を可愛がってくれていた老夫婦の名前です」
僕は薔薇から目を離さずにノリスさんの話を聞いていた。
「僕とエリーの夢は、いつかこの薔薇が僕達を可愛がってくれた
ラグルートさんとシンディさんの元に届く事です。
自分達と同じ名前の薔薇があると笑ってくれたら……僕達は幸せです」
ここまでの花を育てるのはとても苦労しただろう。
大切な人の名前をつける薔薇だ、妥協など一切しなかったのだろう。
「今日はまだ出せませんが、明日にはお店におく事が出来るかもしれません」
「……」
「セツナさん?」
ノリスさんの呼びかけに我にかえる。
「ああ……すいません、僕はこんな存在感の在る花に出逢った事がなくて
見蕩れてしまいました」
僕の素直な感想に、ノリスさんが照れたようにそして少し誇らしげに笑った。
「ありがとうございます」
「ノリスさん達の夢も叶うといいですね」
そうか……だからあんなにも必死にドラムさんに頼んでいたのか。
老夫婦にこの薔薇を届ける為に、可愛がってくれた人に恩返しする為に。
2人は頑張ってきたんだろう……。
-……。
「もう少し花を摘んで店に戻りましょう」
ノリスさんが僕に声をかけ、薔薇以外の花を摘んでいく。
ノリスさんが花を摘んでバケツにいれていくのだが
一種類に数本バケツに入れる前に開いてしまう花があった。
咲いてしまった花は別のバケツに一緒くたにして入っている。
「ノリスさん、咲いてしまった花はどうするんですか?」
ノリスさんが残念そうに咲いた花に眼を向ける。
「これは売り物にならないので処分するか部屋に飾るかですね」
ノリスさんのセリフに僕が思わず声を上げてしまう。
「捨てるんですか!?」
僕の何時もより大きな声に吃驚したノリスさん。
「え……ええ……咲いた花は売れませんから」
「……」
なんて贅沢なんだろう……。
まぁ……目の前で咲く花を見てしまうと
咲いている花の価値は少し落ちるのかもしれないけれど。
「咲いている花もこんなに綺麗なのに……」
ノリスさんが僕の言葉に苦笑して
「僕が見落としてしまった花がこうやって咲いてしまうんです。
まだまだ、精進がたりないってことですね」
あくまでも成長を遅らせているだけだから
限界まで来ていた花が開いてしまうんだろう。
1種類に数本といっても、数多くの種類があるのだから
その数は結構なものになる。
-……このままじゃ売れないのなら。
僕は少し考える。
ただ捨てられるのは絶対に勿体無い。こんなに綺麗なのだ。
一つ一つが輝いているのだ。
-……勿体無い……いい言葉だよね。
「ノリスさん、捨ててしまうのなら
この咲いてしまった花、僕に預けてくれませんか?」
「誰かにプレゼントするんですか?
それなら、蕾からのものを用意しますよ?」
ノリスさんの言葉に驚愕する僕。
この時の僕のテンションは少しおかしかったのかもしれない。
僕の表情をみて、ノリスさんが少し引いた。
僕は花が好きなのだ……。
祖父が好きだったから……子供の頃祖父といる時間が長かった僕は
自然と祖父が趣味で撮っていた花の写真を見る機会が多かった。
病気で外に出る事が出来ない僕に
本物を持ってくることが出来る花は出来るだけ本物を持ってきてくれた。
-……椿を僕の部屋に持ってきたときは凄く怒られていたけど。
椿の花はガクを残して、ポトリと落ちる為にそれが縁起が悪いとされて
お見舞いなどに持っていく事はほとんどないのである。
祖父の事を思い出し、左の手の甲をなでる。
「ノリスさん、僕がプレゼントで贈るのだとしても
蕾と咲いた花の違い全然ないじゃないですか」
今ここで花開くのを僕は見ていたのだから。
「セツナさんは、変わった方ですね」
そう言ってクスリと笑い僕に好きなだけ持って行けと言う。
「ノリスさん、僕はこの花をプレゼントする為に欲しいわけじゃないんですよ
この咲いた花を売り物にする為に欲しいんです」
僕の言葉に一瞬虚をつかれた感じになるノリスさん。
そして、僕の考えは甘いんじゃないかという風に
「いや……咲いた花は誰も買ってくれませんよ?」
「このままでは売れないでしょうが
付加価値をつけると売れるかもしれません」
「処分するものだから、セツナさんの好きにしてもらっていいです。
でも……売れなくても落ち込まないでくださいね?」
ノリスさんが少し心配そうに僕を見て、売れなかったときのために
釘を刺してくれた。
「ええ、試してみたいだけですから」
僕はにっこりとノリスさんに笑う。
ノリスさんはそんな僕を見て、微妙な笑みを返してくれた……。
読んでいただきありがとうございます。