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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ブータンマツリ : いたずら心 』
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『 僕とノリスさん夫婦 』

 早朝、冒険者ギルドの前でノリスさんと待ち合わせをし

ノリスさんの自宅兼花畑に向かった。


僕は店番だけで言いといわれたのだが、花畑を見た事がなかったので

1度見せて欲しいと頼んだのだった。


見学ついでにノリスさんの自宅と花畑に結界を張る必要が在る。

花の権利を取り戻したのはいいが、シニアスが腹いせに来ないとも限らないからだ。


それに、まだ熱が下がらないというノリスさんの彼女の容態も見てみたかった。


-……彼女が治れば、2人でお店が出来るだろうしね。


ノリスさんは荷馬車に乗ってきていたので僕も乗せてもらっての移動だ。


-……荷馬車に乗るのは初めてだ。


初めて乗る乗り物に少し感動したけれど……大きな車輪が動くごとに振動するものだから

乗り心地がいいとはいえなかった。


しばらくして、ノリスさんの自宅が見えてきて門のところに人影が見える。

ノリスさんが人影に気がつき少しあわて、門の前まで荷馬車を走らせて止め

荷馬車から降りて人影に声をかけた。


僕もノリスさんと一緒に降りる。


「エリー! 何をしているんだまだ寝てなきゃ駄目だろう?」


「だって……心配で……」


そういって、少し潤んだ瞳でノリスさんを見上げていた。

きっとこの人がノリスさんの彼女なんだろう。


「大丈夫だよ、僕1人でお店をするわけじゃないって昨日話しただろう?」


そういいながら僕を見るノリスさん。

ノリスさんにつられてエリーと言う女性も僕を見た。


「セツナさん、彼女はエリー僕の妻です」


-……恋人じゃなくて夫婦だったのか。


ノリスさんに紹介されたエリーさんが僕に頭を下げる。


「エリー、彼が僕達の仕事を手伝ってくれるセツナさんだよ」


ノリスさんに紹介されたので、自分からも挨拶をしておく。


「はじめましてエリーさん、しばらくの間

 ノリスさんと仕事をさせてもらう事になりました。よろしくお願いします」


僕は丁寧に頭を下げる。

エリーさんは少し驚いたように僕を見る。


「はじめまして、エリーです……冒険者と聞いていたから

 もっと……大きい人を想像していたわ……」


素直な感想に僕はクスリと笑う。

僕の笑った顔に少し照れたように顔を伏せた。


「大きな人の方が良かったですか?」


僕がエリーさんに聞くと

わたわたとあわてたように返事を返すエリーさん。


「いえ! あまり大きな人だとお花を売る姿が……いえ!!

 想像していたわけではないんですけど……」


エリーさんの言葉に僕もノリスさんも苦笑してしまう。

冒険者を雇ったと聞いて色々想像していたんだろう。


「エリー、部屋へ戻ろう。まだちゃんと熱が下がっていないだろう?」


ノリスさんがエリーさんを部屋に戻るように促す。


「……私も手伝っちゃだめ……?」


「駄目。熱があるのに悪化したらどうするの?」


ノリスさんが優しく諭すと素直にエリーさんは頷いた。

そんな2人の会話に僕は口を挟む。


「ノリスさん、よければ少しエリーさんを怪我の状態を見せてもらってもいいですか?」


ノリスさんとエリーさんが顔を見合わせて怪訝そうな顔をする。


「僕は、薬草学が得意分野なんですよ。

 怪我の具合を見せてもらえたら薬を処方することができるかもしれませんから」


僕の申し出に、ノリスさんとエリーさんがションボリして僕を見た。

示し合わせたように動作がそっくりだった事に笑いそうになる僕。


-……この2人……似ているかもしれない……。


「セツナさん、僕達は薬代を払う事が出来ないから……」


お金があれば見てもらいたいそんな心の声が聞こえた気がした。


僕が証文を持っている以上僕からの借金は控えたいところだろうし

お金は要らないといっても聞き入れてもらえないだろうな。


僕は、お金以外のものを要求する事にした。


「そうですね……エリーさんが治ったら

 僕に夕食をご馳走してくれるというのはどうでしょうか?」


僕のセリフに、ノリスさんは昨日以上に真っ青になり首を横にプルプルと振っている。

エリーさんは、凄く嬉しそうに満面の笑みを僕に返してくれていた。


-……2人のこの差はいったいなんだろうか?


ノリスさんは、まだ首を横に振っていた……。

どう考えてもその顔色と首の振り方が……彼女の手料理を独占したいという想いから

来るものではない事が理解できる。


-……もしかして僕、地雷踏んだ?


僕の背中にすーっと冷や汗が流れる。

僕やノリスさんとは反対にエリーさんは、とても嬉しそうに僕に返事をくれた。


「うんっ! そんなことでいいなら

 私頑張って料理作るからっ!!」


ノリスさんは……首を振りすぎて涙目になっているのか。

エリーさんの料理を想像して涙目になっているのか……よくわからなくなっている。


「と……とりあえず、傷を見せてもらえますか」


僕は先のことは後回しにしようと思い二人を促す。

ノリスさんは溜息をつき、エリーさんは機嫌よく歩き出し

僕はノリスさんとエリーさんの後ろをついていきノリスさんの家に入った。


部屋の中は花であふれていた。

エリーさんが動けないときに、ノリスさんが飾ったのだろう。


僕は思わず、心の中で思ったことを口にしてしまう。


「綺麗ですね……」


2人は少し誇らしげに笑っている。


-……日本の僕の部屋にも何時も花が飾られてあったな。


ノリスさんとエリーさんが寝室に行き包帯を外してから僕を呼んでくれるという事で

僕は2人から呼ばれるまで、日本の事を思い出しながら部屋に飾られている花々を見ていた。


「セツナさん、包帯を取りました」


ノリスさんの呼びかけに僕は寝室にお邪魔しエリーさんの方を見る。

エリーさんは少し恥ずかしそうにうつぶせになっていた。


逃げるところを背中から切りつけられたようで、肩の辺りから腰の辺りまで

切り付けられた後が残っている。


そう深くは無かったようだが、見ていてとても痛々しい傷跡だ。

ノリスさんはエリーさんの傷跡を哀しそうに見ていた。


-……しかし、この雑な傷の治し方はどういうことなんだろう。


エリーさんの傷を見たときの僕の印象だった。


「ノリスさん、医療院で怪我を治す魔法をかけてもらったんじゃないんですか?」


「かけてもらいました……」


「傷がまだちゃんとふさがってないようですが」


出血は止まっているが……皮膚と皮膚がちゃんとついていないところがある。

これでは、背中に傷跡が残ってしまう……。


僕の言葉に、ノリスさんが俯きエリーさんが変わりに答えた。


「お……お金がもったいないから!

 最低限の治療を頼んだの、傷跡を綺麗に消すには高い治療費を払わなきゃいけないから」


-……。


少し国の医療院について頭の中で調べる。

どうやら、魔導師の腕によって値段が変わってくるらしい。

最低限の治療を担当するのは見習いの魔導師だそうだ……。


その事自体は悪い事ではないと思う。日本でだって高度な医療を受けるにはお金が必要だ。

魔導師も経験をつまなければ腕は上がらない……。


しかし……この状態で死ぬ事はないだろう……けど。

痛みは相当あるはずだ、薬を飲まないと化膿する可能性も在る……。


それに思ったよりも熱が高い。

門のところで立っているだけでも辛かっただろうに……。


-……最低限の治療が酷すぎる。


というか……この場合当たった魔導師のレベルが酷すぎるんだろうか?

上の魔導師は、見習いの治療魔法に関与しないのだろうか……。


最低限の治療とは死なない程度ということを僕は後に知る事になる。


僕は傷跡に手をかざし、治癒魔法に能力を少し加えて呪文を唱える。

治癒魔法は傷を塞ぎ傷跡を消す為に、能力は少しだけ回復を早める為のものに留める。


僕が魔法を使いエリーさんの背中の傷を見る見るうちに消していくのを

ノリスさんは驚愕の表情で見ていた。


ノリスさんの様子をうつぶせになったまま見ているエリーさんは僕のしている事が

わかっていないのか、驚きの表情を見せているノリスさんを不思議そうに眺めていた。


数秒後、背中の傷が消え綺麗な背中が僕とノリスさんの目に映っていた。


「エリーさん、他に痛いところはないですか?」


体を調べた感じ、他に悪いところはなさそうだけど。


「背中が痛かったけど、今はもう痛くない?」


急に消えた痛みに少し困惑の表情を見せ、ノリスさんが興奮したようにエリーさんに告げる。


「エリー!! 傷が……背中の傷が綺麗に消えてるよ!」


本当に嬉しいという風に、目に涙をためながらエリーさんに教えるノリスさん。

エリーさんは半信半疑に背中を見ようとするが自分で自分の背中を見る事が出来ないので

思わず起き上がろうとする。


それを僕が頭を抑えてやめさせた。

抑えたときに枕に顔が埋まったのか変な声が聞こえる。


「ぐぇ」


「あ、すいません」


「酷いよ、セツナさん」


エリーさんが僕に抗議する。


「いや……そのまま起き上がると胸が丸見えになりますが?」


僕の言葉にエリーさんだけではなくノリスさんも真っ赤になっている。

2人のそっくりな反応に僕は少し笑いそうになりながら


「僕は外に出てますから、背中を確認し終わったら呼んでください

 服もきてもらっていいですよ。包帯を巻く必要ももうありませんから」


必要な事だけを告げ部屋を出た僕は、2人に呼ばれるのを部屋の外で待っていた。

パタパタパタっと音がするとドアが勢いよく開き、エリーさんが僕の手を握ってくる。


「セツナさん! ありがとう! ありがとう!

 もう痛くないよ!……傷も……ずっと残ると思ってた……」


最初は元気に僕にお礼を言っていたエリーさんの声は途中から消えてしまう。

ノリスさんもエリーさんの後ろに立ち


「セツナさん……なんとお礼を言っていいのか。

 昨日から僕達は、セツナさんに助けてもらってばかりだ……」


ノリスさんはエリーさんの肩を抱きながら僕に頭を下げて感謝を表してくれている。

2人からの感謝の言葉に僕は頷きノリスさんにエリーさんをベッドに寝かすように伝える。


「ノリスさん、エリーさんをベッドに

 傷は治しましたが熱がまだ下がっていませんから

 しばらくは安静にしていないといけません」


ノリスさんがエリーさんをベッドに寝かせている間に、僕はカバンから

化膿止めの薬と熱を下げる薬を数日分とりだし飲み方を紙に書きノリスさんに渡した。


「化膿止めの薬は、朝と昼と夜の食後に飲んでください。

 こちらの薬は熱を下げる為のものです、これは朝と夜に飲んでくださいね」


僕が薬を渡すと、ノリスさんは少し困ったように僕を見た。


「セツナさん、この薬は……高いものじゃないんですか……?」


ノリスさんとエリーさんが僕を真剣な表情で見つめている。

そこには少し冷静になった2人の表情が見て取れた。


その表情が意味するのは

なぜそこまで自分達を助けてくれるのかっと言うところだろうか。


ノリスさんにしてみれば、

エリーさんが苦しんでる姿を見たくなかったのだろう。


だから僕の申し出を受け入れた。


-……僕がここまで治療できるとは思わなかったから。


僕が薬を渡した事で、普通はそこに金銭が絡む事を思い出したんだろう。

食事だけでは割に合わないという事に……。


「これを売れば……セツナさんのお金になるんじゃないですか?」


真剣に僕に尋ねる様子に、僕も本当の事をノリスさんに話していく。


「そうですね、その薬は "チーム月光"から依頼が来るぐらいの薬です。

 僕が自信を持って売る事が出来る商品ですね」


チーム月光の名前は知れ渡っていて、知らない人の方が少ない。

僕はその少ない部類の1人だったわけだけど……。


月光の名前をだすと、ノリスさんもエリーさんも固まってしまった。


「な……なんで……そんな薬を」


ノリスさんが途中で言葉を失う。普通に考えれば簡単に手に入る薬ではない

驚くのもわかる気がする……。


「僕は、ノリスさんの依頼を受けました。

 依頼の期限はエリーさんがよくなるか、次の人が見つかるまでですよね?

 正直言って僕は次の人が見つかるとは思えない……。

 そうすると必然的に、エリーさんが回復するのを待つしかないわけです」


「……」


「あの怪我のままだと、完治するのに1月半程はかかっていたでしょう。

 僕にも色々予定がありますし、そんなに長い間1つの依頼を

 請け負うわけには行かないんですよ。

 それは最初、ノリスさんにもお話したと思います」


黙ったまま頷くノリスさん。エリーさんは僕たちの話をただ聞いている。


「僕がエリーさんを治したのは、善意だけではなく

 僕の都合も含まれています。依頼の途中破棄は信用に関わりますからね」


与えられるだけというのは、生きがいをごっそり削るものだと僕は思っている。


「それに、食事をご馳走になる事になっていますし」


食事と聞いてノリスさんがビクリと体を揺らす。

その反応がとても気になるところだけれど……今はスルーだ。


「どうして僕の依頼をうけてくれたんですか?

 セツナさん程の魔法の腕なら、依頼はたくさんあるでしょう?」


「ドラムさんにお世話になりましたからね、それに販売の仕事は

 僕はした事がないので1度経験してみたかったですし」


「…… 」


「後は……依頼内容を聞いたときにお話したとおもいますが……」


僕はそこで言葉を切り、ノリスさんをじっと見つめる。

ノリスさんは僕の視線を受けて1歩後ろへ下がった。


「ノリスさんが、1人でも諦めないと言ったからです。

 あそこで、諦めるような言葉を吐いていたらドラムさんからの

 話だろうが断っていましたよ」


僕はチラリと視線をエリーさんの方へ移す。

僕とエリーさんの視線があい、エリーさんが少し緊張した表情を僕に返す。


「それに、薬を渡してエリーさんが早く治ったら

 ノリスさんからの依頼が早く終わります」


僕はニヤリとノリスさんに笑う。


「僕は心置きなくノリスさんに借金の取立てができますからね」


ノリスさんは一瞬唖然として口を半開きにしながら僕を見て

そして、緊張のためつめていた息を吐き出し……。


何かをこらえきれなくなったのか笑い出した。


笑っているノリスさんを見て僕も口元が緩む。

僕としても、受けた依頼がいい方向へ向かって終わって欲しいと思う。


-……同じお仕事をするなら気持ちよくしたいよね。


ノリスさんはひとしきりに笑った後、エリーさんと視線を合わせ微笑みあい

2人同時に僕にお礼をいった。


「セツナさん、ありがとうございます」


「ありがとうございます」


僕はにっこりと微笑んで頷いた。

話がまとまったところでノリスさんが


「少し時間をとりましたね、花を摘んで店に急ぎましょう」


そういって、僕を促した。

エリーさんがベッドから起きようとするのをノリスさんと僕が止め

2人で花畑へ向かう。


そこは色とりどりの花がつぼみをつけていた。


-……つぼみ……?


どうして咲いている花が一輪も無いんだろう……。

そこに広がる光景は、僕がテレビなどで見た花畑とは全然違うものだった。


つぼみのまま摘み取り、売りに出される花もあるけど……。

どの花も全部つぼみっていうのは……不思議でしかなかった。





読んでいただきありがとうございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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