『 僕とノリスさんの事情 』
ノリスさんとギルドの2階の食堂でゆっくりと話せそうな席を確保し
適当に飲み物を頼んでからノリスさんと視線を合わす。
「依頼内容をお聞きしても?」
僕の言葉にノリスさんの瞳が少し揺れる。
その揺れの中に宿る感情は不安。誰にも依頼を受けてもらえなかった事が響いているようだ。
ドラムさんの口添えがあると入っても、僕が依頼を受けるとは決まっていないので
僕にまで断られたらと思うと不安が隠せないのだろう。
ノリスさんが緊張からか喉をならす。自分の前に置かれている飲み物の器を震える手でとり
口元に運び気持ちを落ち着けようとしているのがわかった。
「僕は、明日からお店を出す予定なんです。
本当は彼女と一緒に店をするつもりだったんです。
それが……彼女が怪我をしてしまって、僕一人で店を開く事になりました」
「依頼内容というのは、お店の手伝いですか?」
コクリと頷き話の続きをするノリスさん。
「一昨日まで順調に準備も進んでいたんです。
それが、彼女が強盗に襲われて怪我をして運ばれた先が国の医療院でした」
机の上にのせられている手が握りこぶしを作り小刻みに震えていた。
「本当は、お店を開けるのは先に延ばそうと思っていたんです。
彼女と2人でコツコツと資金を貯めて、やっと手に入れた小さな店ですが
僕と彼女2人のお店ですから、彼女の怪我が治ってから一緒にっと」
「……」
「なのに、昨日僕にお金を貸してくれたシニアスがきて
後3日だけどお金の用意は出来ているのかと言いに来ました」
心の中に渦巻いている気持ちをゆっくり整頓しながら話していくノリスさん。
「国の医療院の治療費はとても高くて……。
お店を出すために2人で貯めていた貯金は
お店を買ったのでもう残っていませんでした。
彼女が治ったら2人で働いて返そうと思って
お金を貸してくれるというシニアスに借りたんです」
僕は黙ってノリスさんの話しを聞く。
先を促すわけでもなく、ノリスさんの話すペースに付き合っていた。
「僕も彼女も孤児院で育ちました。
だからお金を貸してくれる身内はいないんです。
落ち着いて考えてみると、ギルドで借りればよかったんですが
あの時の僕は……とても焦っていて、ちゃんと証文を読まずに借りてしまった」
「証文には何とかかれていたんですか?」
「金貨2枚を5日の間に払えない場合は
僕と彼女が品種改良した花の権利をシニアスに譲るということになっていました」
-……5日で金貨2枚の返済なんて無理だろう。
ギルドは他からの借金をしている場合はお金を貸してくれないのだ。
「しかし、どうして態々そんな人にお金を借りたんですか?」
「ちょうど国の医療院にいた
シニアスから声をかけられたんです。
ちょうど証文を持っているから、今すぐお金を貸す事が出来ると」
僕はノリスさんのセリフに引っかかるものを感じた。
「ちょっとまってください、なぜ医療院にいる人が証文を持ってるんですか?
内容からノリスさん限定の証文ですよね?」
どう考えてもおかしい、僕の言葉にノリスさんは愕然として僕を見ている。
気が動転していた時には気がつかなかったのだろう。
シニアスがまるでノリスさんがお金を借りなければならない状況になるという事を
知っていた可能性があることに。
カタカタカタっと机がなる。
先ほどの震えは不安で今の震えは怒り……その怒りの矛先は自分自身なのか
それともシニアスなのか……多分その両方だろう。
ノリスさんはひとり言のように仮説を口に出していく。
「彼女の怪我は……シニアスが仕組んだものだったかもしれない……?
僕と彼女の花を奪うために……? 彼女を強盗に襲わせて傷つけた……?」
1度頭を振り、話を続けるノリスさん。
「僕が……僕が証文を読まなかったのが悪い。油断した僕が悪い。
僕がもっと気をつけていれば彼女も襲われなかった。
シニアスが僕と彼女が品種改良した花を狙っていたのことはわかっていたのに!
それなのに……善意だと思った僕は……馬鹿だ……」
僕は項垂れてしまったノリスさんが落ち着くのを待っていた。
しばらくして、何とか気持ちを落ち着け話しだしたノリスさんの顔色はとても青かった
「お金を借りたのは僕だし、やるだけやってみて花の権利を奪われるのなら
諦めもつくかもしれないと思っていた……彼女が助かったから……だけど」
その声音に、怒気が混ざっていく。
「借りたお金の半分はもうありません。
後2日で金貨1枚を稼ぐのは無理な事はわかっています。
だけど、彼女を傷つけられた挙句
僕と彼女の夢が詰まっている花を奪われるのは
我慢できないっ! 諦めたくない……僕は諦めない!」
歯を食いしばり、唸る様に諦めたくないというノリスさん。
後半はほぼ自分に言い聞かせているようだった。
「手放す事になるとしても……シニアスだけには死んでも渡さないっ」
顔色は青いのに、その目には怒りの炎が渦巻いていた。
「そのシニアスという人はどういう人なんですか?」
「貴族の後ろ盾を持っている商人です。色々な噂がたえない人です」
-……悪徳商人? 貴族がお代官さまで、シニアスって人が越後屋ってところか。
しかし、思ったよりも色々複雑そうだ。
店の手伝いだけをして終わりというわけにはいかない気がする……。
花の品種改良をしたということは、お店は花屋かな。
-……手を貸すなら徹底的にしようとはおもうけど。
この依頼は1週間で終わるだろうか……話を聞いた感じ終わりそうにない。
俯いて落ち込んでしまってるノリスさんをみて断るのも気の毒なような気がするし
それに、一生懸命生きようとしている人間をコケにしたようなシニアスという人間にも
憤りを感じる。
-……うーん。
「ノリスさん」
僕の呼びかけに、体をこわばらせ反応するノリスさん。
「依頼のお話を続けてください」
まだ全部聞いていないのだ。判断するのは全部聞いてから
そう思い先を促す。
ノリスさんは1度深呼吸し、依頼の内容を話していく。
「あ……はい。僕がギルドにお願いした依頼というのは
明日からのお店の手伝い、店は花屋なんですが僕が育てている花は
手がかかるんです……なので店番をお願いしたいと思っていました」
本当はノリスさんが花の世話をして、彼女が店番をする予定だったのだろう。
「お手伝いの期間はどれぐらいですか?」
「彼女の怪我が治るまでか、次の人が見つかるまで……」
曖昧な期間だ……。
「ノリスさん、僕は1週間後に依頼を受けています。
もし僕が依頼を受けたとすると掛け持ちという形になります。
なので、朝から晩までの依頼というのは難しいかもしれません」
正直、王妃からの依頼が何かわからないのではっきりとした事がいえないのが辛い。
僕の言葉に、俯いてしまうノリスさん。
「それに、お話を聞いた限りでは安全な仕事とはいえないようです。
後2日でお店がなくなってしまう可能性もありそうですが……?」
「……」
ひどいことをサラリと言う僕に、ノリスさんは言葉を失っているようだ。
自分でも少し冷たいかなっと思わなくはないけれど。
現状の確認はちゃんとしておかなければならない。
「僕は……」
何かを言おうとするけど、言葉が見つからないそんな感じのノリスさん。
僕はノリスさんの依頼を受けるか受けないかを決めるために1つ質問をする。
「ノリスさんは僕が依頼を断ったらどうするつもりなんですか?」
僕が静かに尋ねると、ノリスさんは決意を込めた声で僕に即答した。
「僕一人でも最後まで諦めません」
僕はノリスさんの覚悟を聞いた。
最後まで諦めない。その言葉にノリスさんの強さを見たから。
その言葉で僕の気持ちも固まる。
「僕でよければ、ノリスさんの依頼をお受けします」
僕の返事にノリスさんが驚いた表情をして、思わずといった感じで呟く。
「なぜ……?」
「依頼主がすぐ諦めてしまえるものならば
僕が手伝う意味がない、ノリスさんは最後まで諦めないのでしょう?」
すぐに手放せるものに、僕は手を貸そうとは思わない。
覚悟がない人に付き合う程僕はお人よしではないのだ。
「……」
「ただ、1週間後にもう1人の依頼主と会わなければなりません。
掛け持ちする事になりそうですので、それが嫌だと言われるのであれば
他の方を探してもらった方がいいかとおもいます」
最悪、王妃の依頼をずらせるものならずらしてもらうおう……。
駄目なようならその時にまた考える事にする。
「いえ……セツナさんがよければセツナさんにお願いしたいです。
ただ……報酬が半銀貨1枚になりますが……」
心苦しそうにそう話すノリスさん。
「報酬の件ですが、花が売れれば報酬はあげてもらえるんですよね?」
「それはもちろん! ただ最初は売り上げは少ないかもしれない……」
ノリスさんの声はだんだんと小さくなっていく。
「働き甲斐がありそうですね」
僕はノリスさんにクスリと笑うと
出会って初めてノリスさんが笑顔を見せてくれた。
ノリスさんの依頼を受けると決めたからには
ノリスさんのお店を潰させるわけには行かない。
僕の報酬もかかっているのだから。
「ノリスさん、明日のお店の開店の前に
シニアスって言う人に借金を返してきてください」
-……カイル少しお金借りるね。
心の中でカイルに断りをいれて、かばんの中からか金貨2枚を取り出す。
「え……あの……」
ノリスさんが目を白黒させながら僕と金貨を見比べている。
「僕もお金に余裕が在るわけではないんですが
このお金は僕が冒険者になったときに兄が心配して僕にくれたお金です」
「そ! そんな大切なお金を借りるわけには行きません!」
「僕に返す自信がないんですか? 僕にすら返す自信がないのなら
どうやってシニアスって人にお金を返すつもりだったんですか?」
「……」
「お金はお金でしかない、今この2枚の金貨が僕の手元を離れても
ちゃんと戻ってくるのならば何も問題はないのです」
「だけど……」
「それに、証文はちゃんと書いてもらいます。
ノリスさんが僕にお金を返せない場合、花の権利は僕がもらいます」
ノリスさんはハッとして僕を見た。
僕はノリスさんににっこりと笑う。
「だから、ノリスさんは死に物狂いで働いてくださいね」
ノリスさんは僕の顔を真剣に見つめ、僕の真意を見極めようとしていた。
僕から目を離し、1度俯き溜息をついた。
「……そうですね、後2日で金貨1枚を稼ぐ事は無理ですね。
シニアスに花の権利をとられるぐらいなら……セツナさんにとられたほうが
いいかもしれない、だけど僕もそう簡単には花の権利を渡しません」
ノリスさんの中で答えが出たようだった。
「借りた金貨は1枚しかつかってないので、借りるのは1枚で大丈夫です」
2枚の金貨のうち1枚を返そうとするノリスさん。
「余ったら返してくれればいいですよ。
ごねられたときに渡す分がなければ困りますから一応持っておいてください」
一通り話が終わった後、僕はドラムさんに依頼を受けた事を伝える為に1階へ行き
ノリスさんは、善は急げというばかりにお金を返すためにシニアスの元へ向かった。
もう1度ギルドに戻ってくるというので、僕は2階でノリスさんを待つ事にし
しばらくしてノリスさんが戻り、証文を取り戻せたか聞くと
金貨2枚と銀貨5枚をよこせといわれたらしい。
きっとシニアスも払えるとは思わなかったのだろう。
ノリスさんが金貨3枚を渡すと、とても悔しそうに顔をゆがめていたそうだ。
とりあえずこれで、花の権利がシニアスに奪われる事はなくなった。
だけど僕はお金を稼ぐつもりが、金貨1枚銀貨5枚の出費。
ノリスさんも花の権利を取り戻したが金貨1枚銀貨5枚の出費だ。
僕もノリスさんもマイナスからの出発に苦笑する事しか出来なかったが……。
それでも、明日から頑張ろうという気になっているのだから不思議な感じだ。
初めての販売の仕事を少し楽しみにしながら、僕はアルトの待つ家へと帰ったのだった。
読んでいただきありがとうございます。