『 僕とハネスの依頼主 』
冒険者ギルドに向かいながら
昨日、木の葉の酒場のマスターから聞いた話を思い返していた。
『王妃様が、セツナ様にお願いしたいことがあると……』
マスターにそういわれた瞬間に僕は聞かなかった事にしたいと思った。
王妃が僕に何の用が在るのかは聞いていないという。
僕と直接話したいが今は時間が取れないので、一週間後にまた酒場に来てほしいという事を言われた。
正直、国王からとかサイラスからとかのお願いより
王妃からというのが嫌な予感がする。
-……きっと、サイラス達にとってもよくない事のような感じがする。
王妃の周りには沢山人がいるのだ、それをあえて態々僕に頼みたいという事は
周りの人には頼みにくい事、もしくはその願いをまわりの人に話して
却下されている可能性がとても高い。
王妃の性格を思い出してみてもろくな事を考えていないような気がするのである。
一週間後の予定に少し気が重いが、むげに断るわけにも行かないので
話だけでも聞いてみるつもりではいるのだ。
-……とりあえずは、今できる依頼を受けよう。
ギルドについたところで僕は気持ちを切り替えて、ギルドの扉を開け中に足を踏み入れた。
足を踏み入れたとたんにギルドマスターのドラムさんの声が聞こえてきた。
「そういわれてもな……」
「……がいします」
ギルドのカウンターの前で、若い男性がドラムさんに頭を下げながら必死で何かを頼んでいる。
朝早いこともあってまだ人はまばらにしか居なかったが
チラリチラリと視線をやりつつ、ドラムさんと男性の話に聞き耳を立てている冒険者達。
僕は話しの邪魔をしないように目だけでドラムさんに挨拶をし
ドラムさんも目だけで挨拶を返してくれる。
そのまま掲示板の方へ向かい、何か依頼はないかと探す。
手っ取り早く討伐系の依頼を受けようかな……。
ガーディルを出てから受けた依頼が、アギトさんから頼まれた薬の作成と
アルトのゴブリン退治の依頼だけだったので、財布の中身がそろそろ危ない。
ここに来るまでに倒した魔物も換金したが、出費の方が多かったのだ。
サイラスが僕にお金を返すと言ってくれたのだが、サイラスが追放されている間に
サイラスの預金などすべて、家族に没収されたらしい……。
内密の使命だっただけに、ユージンさん達も黙ってみている事しか出来なかったと
悔しそうに話していた。
元々家族と折り合いが悪かったのか、サイラスは家族との縁をすっぱり切り
もう二度と家族の元には戻らないという。
『俺があの家に戻っても、竜の加護を利用しようとするだろうからな……』
少し寂しそうに語るサイラスだったが、どこか吹っ切れた風にも見えた。
サイラスが褒美として国王に望んだ事が家族との決別だったらしい。
どういう風にそれが叶ったのかは僕は知らないけれど……。
サイラスの様子から見て、いい方向へ行ったらしいという事はわかった。
元々、サイラスからの依頼の報酬はお金ではなかったので
サイラスが僕にお金を返すというその申し出を僕は断った。
-……新しい生活って、お金がかかるしね。
サイラスとの話を思い出しながら、掲示板の依頼を読んでいく。
ランクが紫にあがったので、依頼の種類も多くなったがその分難しいものも増えている。
-……報酬も青と紫では格段に違うんだな。
そんな感想を抱きつつ、僕も周りの冒険者達と同じように
ドラムさんとその男性との会話を耳に入れていた。
「いっちゃわるいんだがよ、依頼料がわりにあってねぇんだ」
「今の私にはこの金額が精一杯なんです!」
「掲示板には張ってるだろう?
残念だがよ、俺が頼んでもその金額じゃ誰も請け負ってくれねぇ」
困ったように頭をかくドラムさん。
どうやら、掲示板に依頼を張っても人が来ないから
ドラムさんから頼んでくれと言っているようだ。
「朝から夜までの拘束時間で半銀貨1枚じゃなぁ……」
ドラムさんと男性の話を聞きながら、僕は頭の中で2人の会話の意味を考える。
1日の労働で半銀貨1枚は冒険者の相場としては安すぎる。
夕食なしの宿屋の一泊の代金が銅貨4枚
朝食と昼食をとればそれだけで消えてしまう金額だ。
僕は、ラギさんに1日銅貨2枚を渡している。一月銀貨6枚
ギルドの宿泊施設よりも安い値段で泊めてもらっているが……。
-……うーん、やっぱり1日拘束で半銀貨1枚は苦しいな。
宿代・食費・雑貨・武器の手入れなど冒険者は何かとお金がかかる。
それにもっと割りのいい仕事は沢山あるから、誰も好き好んで安い依頼をしようとは思わない。
ドラムさんは、ギルドの中を見渡してみるが誰もドラムさんと目を合わせようとはしなかった。
自分の名前を呼ばれてはかなわないとギルドを出て行く冒険者も居る。
そんな中、僕とドラムさんの視線が合わさる……。
ドラムさんは僕と目があった瞬間苦々しく笑い僕を目で呼んだ。
僕は苦笑を返しながら、ドラムさんの方へゆっくりと歩いていく。
「おはようございます。ドラムさん」
「おぅ……セツナ」
「どうかされたんですか?」
大体の事情は2人を見ていて知っていたが一応尋ねてみる。
「ちょっとな、依頼料が割りにあわなくてな
こいつの依頼を請け負ってくれるやつがいないんだ」
そう言ってチラリと男性を見るドラム。
ションボリと肩を落として項垂れている男性。
「本当は断る部類の依頼なんだが
ハネスの依頼は出来る限り協力するという決まりがあるからな」
ハネス、孤児院からの依頼もしくは孤児院をでて1年未満の人間からの依頼という意味だ。
身寄りのない青少年の独立を助ける為のものらしい。
この世界の冒険者ギルドの社会貢献的な働きはすばらしいものがあると思う。
設立者はどんな事を考えてギルドを立ち上げたんだろう……少し興味が湧いたが
今は、ドラムさんの話しを聞くことが先だと思いなおす。
「依頼のランクはどうなっているんですか?」
「黄色だ、命の危険はない仕事なんだが
黄色の奴がこの依頼を受けても生きていけねぇからな……」
黄色の冒険者はギルドに借金を返しながら働いている人が多い。
-……そういえば、ジゲルさんはそろそろ借金を返し終わっているだろうか?
ふっと、僕が一番最初に出会ってお金のいろはを教えてくれたジゲルさんを思い出し
また会えるといいなっと心で思いながらドラムさんに話を聞いていく。
「命の危険が無いというのは……街の中の仕事って言う事ですか?」
「そうだ」
それなら尚更請け負う人間は少ないかもしれない。
-……ドラムさんには面倒をかけたし……話だけでも聴いてみるかな。
僕をお尋ね者にしたクットのギルドマスターレイナさんに情報を流して
僕の捜索願を出されないようにしてくれたのだ……。
「僕でよければ、お話だけでも聞きますが」
僕の言葉に、項垂れていた男性が顔を上げて僕を凝視している。
その様子にドラムさんはさらに苦い顔をして僕に一言謝った。
「わりぃな……」
「いえいえ、ドラムさんにはご迷惑をおかけしましたしね」
謝罪に及ばずっという風に笑いながらドラムさんに返事をする僕。
僕をじっと見ている男性の方へ体を向け、冒険者としての自己紹介をする。
「はじめまして、僕はセツナといいます
職業は学者、ギルドランクは "紫"です
依頼を受けるかどうかは今ここでお返事する事はできませんが
お話だけでも聞かせてもらってもよろしいですか?」
男性は、それでもいいという風にいきなり僕の手を握り必死の形相で
首が千切れるんじゃないかと思うほど首を縦に振っていいた……。
涙目になりながら……。
-……少し怖かった。
「……」
「……」
僕とドラムさんの顔は少し引きつっていたかもしれない……。
僕達の顔を見て我に返ったのか、僕から手を離し少しばつが悪そうに俯く男性。
男性は優しそうな風貌で、この国に多いといわれる青の瞳をしていた。
少し緑がかった青というところだろうか。髪の色は薄い金色。
年上の女性にもてそうな感じの青年だった。
「あ……僕は、ノリスといいます」
その先をどう続けていいか迷っているようで、僕から話を促す事にする。
「お話はここで? それとも場所を変えますか?」
僕の提案に少し考えるそぶりを見せ、場所を変えたいとノリスさんが言う。
「落ち着いて話がしたいのです……」
「それでは、場所を変えましょうかギルドの2階でいいですか?」
ノリスさんが頷くのを確認して、ドラムさんのほうを見る。
「ドラムさん、ノリスさんから話しを聞いてみます
依頼を受諾するかしないかは後で報告に来ます」
「ああ、わりぃなセツナ」
本当に申し訳なさそうな顔をするドラムさんに、気にしないでくださいと伝え
僕とノリスさんはギルドの2階にある食堂に移動した。
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