『 俺と刹那 』
* カイル視点。
そいつは、ただ静かな部屋の中で1人月を眺めていた。
地球の月とは、大きさも色も違う月だが……。
その気持ちは、痛いほどわかった……。
俺も何度、月を見上げただろう。
あの月が、黄色ならばと何度思った事だろう。
69番目の勇者が召喚されたと聞いて、意識を飛ばしてみると
同郷の気配がした。俺は、俺の守る一族の血が途絶えてしまった事から
ここで生きる意味がなくなっていた。
そろそろ眠ろうかと思っていた所に、こいつが現れたのだ。
扉を開けず、部屋に入り込んだ俺にまだ気がついていない勇者を
俺は少し観察する事にする。
勇者というのは、裏がどうであれ表向きは
いい部屋をあてがわれ、いいものを着せられ
いいものを食べさせてもらえるんだが……。
どうやらこいつは、今までの勇者とは違うらしい。
大体勇者として、召喚される者は
心身ともに、ある程度健康なやつが引っかかるはずなんだが
こいつは、心はともかく体は健康とは言いがたかった。
筋肉などはほとんどついていない。食も細いのだろう、肉付きも病人そのものだ。
召喚しておいて、病気で使えないと見るとここに監禁か……。
相変わらず、やる事がえげつない。
眠る前に、興味本位で勇者を見に来たわけではない。
どうせ眠るなら、俺が花井さんにしてもらったように
召喚されたやつを自由にしてやろうと思ったのだ。
俺が気に入らないやつなら、そのまま放置しようと決めてはいたが……。
一通り観察も終わり、勇者にしては鈍い男に俺は声をかける。
「おい、お前、お前勇者じゃないのか?」
そう声をかけると、男は案外落ち着いた様子で俺のほうに視線を向けた。
普通、気配の無いところから声がしたら驚くものなのだが……。
そう思うと同時に、男の目を見て男が驚かなかった理由が分かり
俺は、内心舌打ちをする。
こいつはもう、生きながら死に向かっていた。
そう、全てを諦め受け入れた目をしていた。
同じ質問を繰り返し、男の返事を聞き
意外だったのは、69番目の勇者ではなく68番目だった。
召喚はそう気軽にできるものではない。
魔力の強い王族が、死ぬまでに2回使えるかどうかだ。
それを、1年で使ったとなると……余程切羽詰まった状態なのかもしれない。
この国がどうなろうと、俺の知った事ではないけどな。
しかし、1年前に召喚されたのに気がつかなかったのはなぜだ?
同郷ならわかるはずだ……と思い返し、1年前の自分を振り返ってみる。
振り返り、思い至る。あの時の俺は、それどころではなかった。
必死になっていたから……こいつが来ても気がつかない。
すぐに結論出した俺は、色々と聞き出すのが面倒だったから
記憶を読むという作業で、この男……刹那のことを理解する。
真直ぐな青年だ。真直ぐすぎるぐらい真直ぐだ。
己の事を理解しているこいつは
殺されるであろう事も知っていた。
そして俺が、それを伝えても表情を変えることは無かった。
そして、こいつの刹那の記憶はあまりにも酷いものだった。
この城の人間をすべて殺したいと思うぐらいには……。
怒りを無理やり押し込める。
俺がここで暴れたら、こいつをこのまま死なせてしまう事になる。
内心でため息をつき、俺は花井さんに聞かれた質問と
同じことを聞く。
「お前、病気が治るとしたら何がしたい?」
俺は、刹那にやりたい事を聞いたのに、返ってきた答えは
「僕は、椿のように生きたい」だった。
生きたいと聞こえたのだが……。
刹那との会話から推測すると、逝きたいだったようだ。
独り死に沈む時間が耐えられない
潔く、死にたいと刹那はいった……。
椿のように。
こいつの胸の中にある、【椿】という花の印象はとても潔いものだった。
それが、こいつの中に残った最後の生きる意味。
俺は、苦笑しながらそれは、したいことじゃないだろうと答えると
本当に静かに、世界を見て回りたいと答えた。
俺の事、花井さんの事、勇者というものなど
いろいろ話をしていくうちに、静かに涙を落とす刹那。
その涙の理由に至って、俺の胸のうちも切なくなる。
誰ひとり頼る事が出来ない孤独。
俺と違ってこいつは……話す相手も居なかった。
そう、この時にはもう俺は刹那を見捨てるという事などできなくなっていた。
数時間前に出会った同郷の男。
それなのに俺にはもう数十年来の親友という感じがしていたのだ。
それが、記憶を読んだせいなのか……。
刹那の性格によるものなのかはわからないが……。
俺はこいつの事が、気に入ったんだろう。
親友というよりも……弟に近い感情かもしれない。
刹那も俺の事を、親友だと感じていてくれるようだ。
こいつにとっては、俺は初めての親友というところか?
そうだとすると、説得するのが大変そうだ……。
俺は俺の意志を、通す事にした。こいつを、刹那を生かすために。
頑なに、拒絶する刹那を何とか説得し
俺は、こいつの意志が変わらないうちにサクサクと準備を進める。
俺は、有り余る魔力と能力のせいで、魔術詠唱なんてしたことが無かったんだが
より強く、魔法がかかるように丁寧に詠唱をすすめる。
刹那には内緒で、ふたつみっつ悪戯を仕込んでいたとしても
こいつは気がつかないだろう。
仕方ないよな?
俺の最後の親友は、箱入りだから心配でゆっくり眠れねーだろうし。
本当……困ったもんだ……。
最後の最後で、執着したくなるものが出来ちまった。
心の中で、そんな悪態をつきながら、それでもその感覚に幸せを感じながら
俺は、刹那の中で眠りについた。
読んでいただき有難うございます。
花井さんの上にルビ振りました。