『 私と優しき青年 』
太陽が今日の光を平等に降り注ぎ始めるだろう時間に
ドアの開く音と小さな足音が聞こえてきた。
その足音は私を起こさないようにという配慮なのだろうか
私の部屋の前を通るときには一段と小さくなったのだった。
私はといえば、昨日から一緒に暮らす事になった
獣人の少年のアルトと、その師匠だと名乗る青年のセツナたちよりも
早起きをしている。
意識して早起きを心がけているわけではなく
年齢を重ねたものが持つ習性なのだろうか?
年をとるごとに、朝が早くなっていくような気がする。
-……セツナさんは私と似たり寄ったりの時間に起きていたが……。
彼の気配は、長年戦士をしていた私も目が覚めていなければ
気がつかないほど洗練されていた。
職業は学者だと話していたけれど
彼の動きからみると、ただ学者だけをしているわけではないのだろう。
窓から見える彼の姿も私の考えを肯定していた。
昨日はこの家の周りに魔法で結界を張っていたようだ。
-……彼は何者なんだろうかの……。
それは彼に対する純粋な興味だった。
長年生きてきて、そろそろその生も終わりを告げようとしている…… 。
そう感じたのは数ヶ月前、最初は独りで寿命を迎えようとおもっていた。
若い頃は、必死にただただ戦いの中に身を投じていた。
その頃の情勢はまだ人間との対立が激しく
獣人族も国というものは持っていなかった。
獣人の国として、サガーナが建国されて
まだ、350年ぐらいしかならない。
獣人族には王は居らず、各種族の代表が集ってサガーナを運営している。
その代表の頂点は10年ごとに代表の話し合いで決められる事になっていた。
人間よりも優れた身体能力を持っているからといっても
数で言えば圧倒的に人間の方が多いのだ。
各種族がバラバラで抵抗していても
私たち獣人の数は減っていき虐げられるばかりだったのだ。
-……激動の時代だったのぅ……。
目を細めて思い返してみるが、人間との最終戦争からまだ40年しかたっていないのだ。
私はその戦いには参戦はしていなかったが悲惨なものだったと聞いている。
種族の1つが滅びたとも……。
サガーナの建国を手伝ったのが人間という事もあり
獣人と人間の関係は、徐々にいい方向へ向かっていっているのかもしれないが
本当の意味で獣人と人間が手を取り合う日はきっとこないだろうというのが私の考えだった。
私にしても人間が獣人にしてきた事を許せるかと言われれば即座に否と答えるだろう。
それだけ人間と獣人の間には深い溝がある。
チラリっと窓の外に視線を投げると
セツナ一人だったのがアルトも一緒に訓練を始めていた。
その様子は真剣で、アルトは必死でセツナについていこうとしている。
-……獣人の子供があそこまで人間に心を許すとは
まぁ、私もひとのことは言えないがの……。
そんな事を考え苦笑を落とす、昨日2人がこの家にやってきたのは
私が冒険者ギルドに依頼した依頼内容の確認の為だった。
彼等以外にも数人、私の前に現れた冒険者が居たのだが。
彼らは全員報酬に私の全財産を要求した。
どうせ数ヵ月後には死ぬのだからと言うことなのだろう。
もちろん死んだ後の私の財産など、くれてやってもよかった。
しかし……報酬のことしか頭にない彼らとうまくやっていけるという気がしなかった。
私の考えは贅沢なのかもしれない、冒険者ギルドに依頼するという事は
お金を渡して働いてもらうということだ……彼らは何も間違っちゃいないのだろう
お金を貰って私の世話をする、それが嫌々だろうがなんだろうが仕事と割り切って……。
依頼主と冒険者……繋ぐものはお金だけそれだけの関係なのだ。
頭ではわかっている、何度か頷こうと思った……だけど心がそれを拒絶したのだ。
私が求めていたのは
残りの時間を一緒に笑いながら過ごしてくれる人だったのだから。
現実はそんなに甘くはなく
依頼を取り下げようかと思ったことも1度じゃなかった。
断り続けているうちに噂がたったのだろう
私の家を訪れる冒険者は居なくなっていた。
唯でさえ私は獣人なのだ。
サガーナにも私の居場所はない。
今更……家族の所へ、戻れるわけが無いのだ……。
このまま独りで死ぬのかもしれない
それならそれで仕方が無いと心を決めようとしていたときにセツナとアルトが来たのだ。
アルトの話を聞き、アルトの反応を見て
私はこの幼い獣人の子供がとても気に入ってしまった。
じいちゃんと呼ばれるのも悪くはなかった。
しかし問題はこの子の隣に居る、師匠と名乗る青年だ。
この青年の意図が私にはわからなかったのだ、アルトの反応から
奴隷ではない事はわかるのだが……人間が獣人の子供を弟子にするだろうか?
私の人間に対する先入観が、セツナの本質を見抜く邪魔をしていたのだった。
師匠だというならば、弟子がここにいる間
彼は何をするつもりなのだろうと思い彼にその事を尋ねると
彼はアルトを魔法で眠らせた。
正直またかと思った。
噂を聞き人間では断られると思い、獣人の子供を使って報酬を得ようとするのかと。
私の中の戦士の血が騒ぎだしそうになるのを抑えながら
とりあえずは彼の話を聞くことにしたのだ。
彼との会話は……私が自分のことしか考えていない事を痛感させられた。
自分自身のことを棚に上げ、彼を責める言葉を吐く私に対して
反対に、彼は最初から最後までアルトのことを考えていた。
アルトや私の気持ちを考えながら話す彼の体は少し震えていた。
私の態度や言葉で、この人間の青年は少なからず傷ついただろうに
自分のことは後回しにし、ただ実直に自分の弟子の心配をする彼。
獣人のためにここまで心を割く人間に
いつの間にか私も本音で話していたのだった。
「ししょう! ずるい!」
昨日のことを考え込んでいた私の耳にアルトの声が入ってくる。
なにやらセツナに文句を言っているようだ。
耳を澄ませ、思わず会話を聞いてしまう。
獣人の耳はとてもいいのだ。
「何がかな? なにもずるくないとおもうけどね?」
「それおれのえものだった!」
「えー、アルトの反応が遅いのがわるいんじゃないか」
どうやら、セツナが魔法で作った球体をどちらが多く壊せるかという
ゲームをしていたようだ。
アルトが狙っていた球体をセツナが壊したんだろう。
「ししょうが、おれのあしひっかけた!」
「当たり前でしょう? 妨害するのありなんだから」
2人の会話を聞いて思わず笑ってしまう。
昨日から笑う事が多くなっている自分に気がつく。
セツナも一緒にここに住んでもらうことにして良かったと心から思う。
-……きっと、彼が一緒でなかったら
アルトの笑顔は余り見れなかったかもしれない……。
自分でも不思議だった
気がついたらセツナにもここに住むように勧めていたのだから。
私の申し出に少し考えていたようだったが
最終的には私の提案を受け入れてくれたセツナ。
アルトが私をじいちゃんと呼ぶように
セツナにもそう呼ぶように勧めてみる、少しの悪戯心と一緒に。
しかし、それに反応したのはセツナではなくアルトだった。
-……くそじじー……。
今思い出しても、可笑しくて仕方がない。
素直といえば余りにも素直すぎるアルトに、セツナも少し困っているようだ。
セツナのアルトを見る瞳の色はとても優しく
手のかかる弟を育てているような感じにも受け取れる。
セツナはとても優しい青年なのだろう……。
なのに、アルトに何かを教えるときはその優しさをすっと隠してしまう。
それははたかれ見れば、誤解を招きかねないものだ。
昨日の彼との会話の中で、彼が色々葛藤している事も知ることが出来た。
アルトの未来のために獣人である私に頭を下げた青年。
-……いや、少し違うのかな……。
最初から彼は、私に敬意を払っていてくれたような気がする。
獣人だから、人間だからと拘っていたのは私のほうなのだろう。
どういう育ち方をすればあのようになるのか……。
まだ言い合いを続けているアルトとセツナを窓を開けて見つめる。
2人に対する興味がますます強くなっていく。
-……楽しくなりそうだ……。
そう、私が望んだ通りの終わりを迎える事が出来そうだ。
-……。
自分本位の考えに少し胸が軋んだ。
私の望みは、きっとあの優しい青年を苦しめる事になるだろう。
心の中で詫びながら、アルトとセツナを眺めていると
窓を開けたときに音がしたのか
アルトが気がつきこちらに駆けてこようとするのをセツナが止めた。
「アルト、まだ挨拶が終わっていないでしょう」
セツナの窘めるセリフにアルトは耳を寝かせ
ごまかすように尻尾を動かしている。
「ししょう、ありがとうございました」
「はい、お疲れ様でした。
しっかり汗を拭いて体を冷やさないようにするんだよ」
元気に頷くと、今度こそというように私のそばに走ってくるアルトを見て
私の口元が自然とほころぶ、きっと孫がいたらこんな感じなんだろうと思いながら……。
「じいちゃん、おはようございます」
「おはよう、アルト」
セツナもゆっくりとこちらに歩いてきて私に挨拶をしてくれる。
「ラギさん、おはようございます。
今すぐ朝食の用意をしますね」
「おはよう、セツナさん
そんなにいそがなくてもいいからの」
セツナは私の言葉に頷き朝食を作りに行った。
私はセツナの背中を見送りアルトに視線を向ける。
「アルト、セツナさんは強いのかな?」
私は自分の好奇心を満たす為にアルトに質問する。
アルトは目をキラキラさせながら答えてくれた。
「ししょう、さいきょう!」
私は少し目を丸くする。
最強と返ってくるとは思わなかったからだ。
「最強?」
「さいきょう!」
「どうしてそう思うのかの?」
「おれ、ししょうまけたところみたことない」
「なるほど……」
何と戦ったのか気になるのぅ……。
セツナの鍛錬を見ていて、戦士の血が疼いたのだ。
強いものと戦ってみたいという欲求は年をとっても衰えてはいない。
「アルト、私とセツナさんが戦ったらどちらが勝つだろうかの?」
ほんの冗談のつもりでアルトに問いかけたのだが。
アルトは真剣な目で私をじっと見つめる、何かを探るように
何かを見極めるようなアルトの視線に少し驚いた……。
-……幼いとはいえ……さすが青狼の子か……。
青狼は獣人族の中でも1、2を争うほどに戦闘力が高い。
だが、青狼は1人で戦うのが好きな種族なのだ。
1人で居るところをエラーナの " 青狼狩り "に会いその数は
本当に少なくなっているはずだ……。
狼の種族は、青狼、銀狼、その他という風に分けられている。
青狼と銀狼は狼の種族から見たら少し特殊な種族なのだ。
何が特殊かというと、青狼と銀狼は魔力があるが私たちには魔力はない。
稀に、魔力を持つ獣人が生まれる事は在るがそれは本当に珍しい事だ。
-……きっとこの子は強くなる……。
アルトの目を見ながら、私の持っている全てを教えたいという
衝動が湧き上がってくる。
それは……私が培ったものを残したいからかもしれない。
「じいちゃん、じいちゃんとししょうがたたかったら」
アルトが真面目な声で私に告げる。
「ししょうのほうがつよいとおもう」
私はやはりという気持ちと
戦ってみなければわからないという気持ちを心の中に抱える。
「どうしてそうおもう?」
「なんとなく?」
首を傾げて私を見上げるアルトに、私は思わず声を上げて笑ってしまう。
先ほど真剣な顔をして私を見ていた時とのギャップが激しかったのだ。
「そうか……なんとなくか……」
私の笑いに少し困惑したような表情を見せる姿がまた笑いを誘う。
そんな穏やかな時間を過ごしていると、セツナが私達を呼ぶ声が聞こえてきた。
朝食が出来たらしい。
セツナの作った朝食を3人で楽しく食べ
今まで1人で食べていた味気なさがふっと脳裏によぎる。
誰かと食べる食事が
楽しい事だと思い出させてくれたアルトとセツナに感謝し
この2人とめぐり合わせてくれた事を、私達が信仰する神サーディアに感謝するのだった。
読んでいただきありがとうございます。
訂正:サガーナ建国500年→350年に変更。