『 僕と活動拠点 』
僕の膝に頭を乗せて寝てしまっているアルト。
正確に言えば僕が魔法で眠らせたというのが正しいのだけど……。
アルトの肩を軽くゆすり起こす。
「うーん……」
緩慢な仕草で上半身を起こし、軽く伸びをするアルト。
隣には僕、目の前にはラギさんという状況を視野に入れ
あわてて謝る。
「ごめんなさい」
僕が魔法で眠らせたのだからアルトが謝る必要なんて
全然無いのだけど……。
「少し寝ていただけだよ」
僕の言葉と、僕の言葉に頷いたラギさんをみてホッと息をついた。
「それで、セツナさんはどうされるのですかな?」
アルトを眠らせる前の会話にラギさんが戻す。
アルトがラギさんの家に住み込んでいる間の僕のことを聞きたいのだろう。
アルトは思い出したように、不安な表情を僕に見せている。
「僕とアルトはしばらくリペイドに滞在しようと思っていましたので
何処かに家を借りる予定で居ます」
宿屋に泊まってもいいのだが、長く滞在する場合は
家を借りて自炊する方が安くつく。
「リペイドで何か長期にわたるお仕事でも?」
「いえ、僕は学者なんですがこの国に在る歴史や遺跡を
自分の目で見てみたくて……後はそうですねこの先
旅を続ける為の資金が乏しくなってきたので
少し腰をすえて稼ぐ事にしたんです」
「なるほど……この周りの遺跡は
なかなか興味深いものが多いですからな」
フムフムと頷きながら何かを考えている様子のラギさん。
「どれぐらいの滞在をお考えでしたのかな?」
穏やかに、そして静かに僕を見つめる瞳に
僕は笑いかけ
「期限は決めていなかったんです。
半年でも、一年でも……急ぐ旅でもありません。
アルトと2人のんびり世界をまわって見聞を広げる為のものです。
僕たちのことは気になさらないでください」
僕の言葉に、困ったように笑うラギさん。
「それでは……セツナさんもここで暮らしてはどうですかな?
幸い部屋数はありますからの、ただギルドに行くには少し不便な場所ですが
セツナさんさえよかったら、私の家を拠点に動かれてはどうですかな」
ラギさんの申し出に一番顔を輝かせているのはアルトだった。
僕を見上げ、" うん "といってっと言う心の声が聞こえるようだ……。
-……僕がここに居てもいいんだろうか……。
アルトのための依頼だ、アルトのための時間なのだ……。
僕が居るという事は今までと何も変わらないという事にならないだろうか。
僕が色々な事に葛藤していると。
ラギさんが口元に笑みを浮かべて
「私もアルトも、セツナさんが居てくれると安心できると思いますしの
セツナさんが数日家を離れても私は気にしません
セツナさんの自由に行動してもらってかわないのですから」
その言葉には色々な意味が含まれていたと思う。
アルトの願いや、ラギさんが置かれているだろう状況
僕に対する気遣い、言葉に出来ないものも多分に含まれているのかもしれない。
意地を張らずにラギさんの提案に甘える事にした。
「それでは……ラギさんが宿代を取ってくださるなら
僕はお言葉に甘えさせてもらう事にします……」
ラギさんは、セツナさんは真面目なかたですなといってクスリと笑い。
僕とラギさんの関係は、大家と下宿人という感じに収まったのだった。
「アルト、僕もここでお世話になるけれど
僕は僕で依頼を受けるから、僕はアルトの仕事に手を出す事はしない
だけど、今のアルトができない事も在るからね?
アルトができる事はアルトが、僕にしかできない事は僕がするからね」
「はい、ししょう」
僕と離れずにすんでホッとしているアルトを見ていると
僕がアルトに課そうとしていたことは、とても酷い事だったんじゃないかと
自己嫌悪に陥ってしまいそうになる。
そんな僕の心の葛藤をアルトに知られないように
アルトからラギさんに視線を移す。
「ラギさん、しばらくの間お世話になります」
「じいちゃん、おせわになります」
アルトのじいちゃん発言に僕は少し苦笑してしまうが
ラギさんは、くつくつと楽しそうに笑っていた。
「そうですね、セツナさんもこの際ですから
私のことを、じじいとでもくそじじいとでも好きなように呼んでくださいな」
「……」
僕の反応がどう返ってくるのか
それはもう楽しそうな表情で僕を観察しているラギさん。
僕が何か言う前にアルトがまたもや一言。
「くそじじいー」
「……」
「……」
僕は条件反射的にアルトのほっぺを摘む。
ラギさんは、こらえ切れなかったのかおなかを抱えて笑い出した。
「ししょう、いたい、いたい」
涙目になって僕を見ているアルトに
「アルト……その呼び方は感心しない
言っていい事と悪い事が在るよね?
ちゃんと自分の頭で言葉の意味を考えてから言いなさい」
ラギさんは僕たちのやり取りをみてまだ笑っている。
僕にほっぺを摘まれたまましょんぼりとして謝るアルト。
「ひょへんやひゃい」
「僕に謝っても仕方が無いでしょう?」
アルトのほっぺを摘むのをやめ、ラギさんに謝るように言う。
僕に摘まれていたほっぺたを
自分の手でなでながら耳を寝かせてラギさんに謝った。
「じいちゃん、ごめんなさい」
アルトの謝罪に、ラギさんは目に涙を浮かべながら
「いやいや、私も悪かったのだから謝る必要はない」
なかなか、笑いのつぼから抜け出せないのかまだ小さく笑っている。
「いや……こんなに笑ったのは久しぶりだの
あらためて、セツナさん、アルトよろしくお願いします」
本当に楽しいといった表情を僕達に向け、優しく笑い
僕とアルトの間にあった緊張を流してしまった。
ラギさんの持っている空気は、陽だまりみたいに暖かい。
祖父と同じ、柔らかく包み込んでくれるような優しい空間。
心の中で、祖父を思い出しながら
アルトとラギさんが会話している様子を
目を細めて眺めていた。
「さて……この家の説明を少ししておきましょうかな?」
ラギさんの問いかけに
僕とアルトがラギさんのほうを向き姿勢を正す。
「この家の1階はこの客間と食事をする部屋と台所
それから私の部屋があります。そのほかの水周りも1階ですな
2階には5部屋あるのですが、そのうちの1つが物置になっています
残りの4部屋は空いているので好きな部屋を選んで使ってください」
ラギさんの説明を聞きながらあることを思い出す。
『宿屋から移動するような事があれば、木の葉の酒場に連絡くれよ?』
サイラスが、お城を出るときにそんな事を話してたのだ。
ユージンさん付きの騎士だから、暇が在るとは思えないのだが
休みの日はあるだろうし、ここに数ヶ月滞在する事になるのだから
サイラスさんが訪ねてくるのが一度だけということは絶対ないだろう。
-……というか、何かしら理由をつけてくるような気がする……。
「ラギさん、もしかすると頻繁に僕の友人がここに遊びに来るかもしれません
やはり僕は、街で家を借りた方がいいと思うのですが」
アルトが耳をピンと立てて、信じられないという風に僕のほうを向き
次にラギさんの返事を緊張しながら待っていた。
ラギさんはアルトに柔らかく微笑みながら僕に返事をする。
「いえいえ、遊びに来てもらってください。
そのほうが賑やかで楽しいでしょうし、私も楽しみだ」
アルトはあからさまに安心したような表情をし、尻尾をソファーに
ぱたぱたとぶつけていた。
僕はアルトの様子にただ笑うしかなく、ラギさんの心遣いに感謝するのだった。
「申し訳ないのだが、部屋を使うには掃除をしてもらわなければいけない。
普段から簡単には掃除をしてはいたのだがの……」
本当に、申し訳なさそうに言うラギさんに気にしないで欲しいということを伝え
僕とアルトは、2階に在る部屋に移動し物置から掃除道具を借り
部屋の掃除を開始するのだった。
階段を登ってすぐが僕の部屋、その隣がアルトの部屋だ。
アルトは一緒の部屋で過ごしたそうだったが、僕がそれを却下した。
部屋の扉を開け、掃除をする為に窓を開けると
雨が上がったのか、雲の切れ間から光が差している。
アルトがいつの間にか僕の横に来ていて一緒に窓の外を見ていた。
「ししょう、そらきれい」
「綺麗だね、こういう現象の事を薄明光線っていうんだよ」
「はくめいこうせん?」
「そう、太陽が雲に隠れてその雲の間から光が漏れる現象の事だよ」
僕は窓から見えるその自然現象に目を奪われながらアルトに説明する。
ただ太陽が雲に隠れて雲の切れ間から光が漏れているだけなのに
なぜか神秘的な印象を受けてしまう。
別名を、天使の梯子とか言うのだけど
この世界に天使は居るのだろうか?
しばらくその光景を堪能した後、きびきびと雑巾がけなどを始める。
ベッドに机に椅子、クローゼットと最低限生活するものはそろっている。
アルトはかばんの中からジャッキーを出しベッドに載せていた。
その他にも本やノートそういうものを自分の机の上に並べていく。
掃除が終わったころにラギさんが僕たちの様子を見に来て
今は興味深そうにアルトの持ち物を見ていた。
ラギさんがアルトにぬいぐるみの事を聞くと
アルトは僕から貰ったものだと伝え、ラギさんにジャッキーを紹介していた。
アルトの話を楽しそうに聞くラギさんの姿は、本当の家族のように見える。
それは、ラギさんが持っている雰囲気のせいなのかそれとも
ラギさんとアルトが同じ種族であるからなのかわからないけれど。
アルトはすっかりラギさんに懐いたようだ。
僕はその光景を微笑ましく、そして少しだけ羨ましく眺めていたのだった。
そういえば、1つのところに落ち着いて生活するのは初めてかもしれない。
ここに召喚されて医療院に入れられていたときは別として
セツナとして生活し始めてからずっと宿屋や野営だったのだから。
-……といっても、もう少しで半年って言うところだもんね……。
日本で生きていたなら……。
そう考えて、やめる。
-……僕はこの世界で生きている……。
自分の思考を断ち切り、アルトとラギさんの話し声が聞こえ
アルトの部屋からこちらに移動してくる気配がしたので
僕は自分の部屋から廊下に出る。
少しテンションの高いアルトの話を聞きながら3人で1階に下り
3人で生活するに当たっての役割を決めたりしながら時間が過ぎていった。
役割といっても、僕が居るときは僕が朝食を作り
夕食はラギさんが作るといった具合に。
今日の夕食はラギさんが作ってくれた、食べた事のない料理に
アルトと僕は舌鼓をうち、アルトはずっと緊張していたからだろうか
ご飯を食べ終わって食後のお茶を飲んでいる間に眠ってしまった。
アルトの寝顔を、本当の孫を見るような目で見つめているラギさん。
僕とラギさんとの間には会話はなくただ静かに時間が過ぎていく。
ふっと何かを思ったのか、ラギさんが部屋を出て行き
次に戻ってきたときには、2つのグラスとお酒を手に持っていた。
「セツナさんは、お酒は大丈夫かな?」
「はい、好きなほうだと思います」
「それじゃ、私に少し付き合ってもらえるかな?」
「喜んで」
ラギさんが僕にお酒を注いでくれる、僕もラギさんからお酒の瓶を受け取り
ラギさんに注ぎ返した。
お互いのグラスを合わせ、何かを話す風でもなく瓶の中のお酒を減らしてく。
ある程度僕もラギさんもアルコールが体に馴染んできた頃ポツリとラギさんが言葉を零す。
「セツナさん、これから私が話すことは獣人の常識として聞いてください」
僕はラギさんの目を見ながら頷く。
「獣人は自分の死期が漠然とわかる。
どういう感じなのかといわれると説明の仕様がなく
ただわかるのだというしか表現のしようがないがの
しかしそれが何時訪れるのか、はっきりとした時期はわからない」
僕はお酒の入ったグラスに、視線を落としただ黙ってラギさんの話しを聞く。
「人間と獣人の違いは姿かたちだけではなく、その死にかたにも違いが在る。
獣人は死ぬ1週間前から体力が落ち始め、だんだんと動けなくなっていく。
そして、死を迎える半日前には食事を取ることが出来なくなる」
僕の手に力が入る……。
「私が食べ物を食べる事が出来なくなったら
それはそろそろ死を迎える合図だとおもってほしいのです」
ラギさんは、一旦そこで言葉を区切り
僕が握っているコップにお酒を足してくれる。
「……ありがとうございます……」
「それまでは、普通に生活できますし剣を握る事も出来ますからの
貴方は心配せずに、自分のしなければならない事をしてください」
「……」
「私が……」
「ラギさん、その先はお話ししていただかなくても結構です」
きっと、その先の言葉は僕やアルトに対する謝罪になるだろうから……。
僕はラギさんの僕に対する負い目に揺れる目を見つめながら
気にして欲しくないという風な意味を込めて笑いかける。
「僕は僕のことをさせてもらいます。
アルトは……ラギさんの手伝いをするというより
ラギさんがアルトのお守りをするというのに近い形になりそうですが
アルトのことよろしくお願いします」
僕の少し軽い感じのセリフにラギさんがクスリと笑う。
「アルトは元気ですからの
セツナさんが許してくださるのなら……獣人の事をアルトに教えたいと
考えているんだが……どうですかな?」
ラギさんの申し出に僕は頭を深くラギさんに下げる。
「どうか、教えてあげてください。
貴方に教えてもらう事は、この先のアルトにとって必要な事でしょうから」
「色々悪戯の仕方を教える事にするかの」
ラギさんは僕に顔を向けると楽しそうに笑った。
その笑いが今まで見たことのない表情だったので僕は少し驚きながらも
「……悪戯を教えるのは程ほどにしておいてください。
被害を受けるのはきっと僕でしょうから」
僕のセリフに、くつくつと笑い。
どんな悪戯を教えようか考えているのか、顔に浮かぶ笑みは少し黒かった。
「明日からが楽しみですな」
「……」
本当に楽しみだという表情をして笑うラギさんは生き生きとしていた。
それに釣られても僕も自然と笑顔になるのだが……ラギさんの笑いの意味を
考えると少し複雑な気分になるのだった。
読んでいただきありがとうございます。