表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ミヤコワスレ : しばしの憩い 』
76/126

『 僕と貢献 』

 朝からシトシトと、雨が大地に降り注いでいた。

リペイドの国のサルキス()は南側のガーディルやクットよりも過ごしやすいように思える。


子供だろうか、雨の中をはしゃぎながら走り回っているようだ。

天然のシャワーと言うところかもしれない。


大人の男達も、上半身裸になり水浴びをしている。

一応大衆浴場もあるのだが、毎日通えるほど生活に余裕がある人はそう多くない。


浴場に通えない日は、水でぬらした布で体を拭うぐらいなのだ。


宿屋の自分の部屋の窓から、気持ちよさそうに駆け回っている子供達を見て

一瞬僕も外に出て、雨に打たれてみようかという気になってしまう。


-……きもちよさそう……。


アルトはといえば、部屋でジャッキーとプロレスをしている。

隣の部屋や下の部屋に迷惑にならないように、遮音の結界を張ってはいるが

僕の耳にはそれは壮大な音を響かせていた。


チラリとアルトのほうへ目を向けると

ジャッキーの手と足がありえない方向に曲がっている。


ジャッキーの白いうつろな目と視線があってしまい

複雑な心境になってしまう、心の中で " 成仏してね "っと祈った。


しばらくして、暴れ疲れたのかアルトが息を弾ませながら

机の上においてあった、冷めてしまっているお茶を一気に飲み干している。


「アルト、そろそろギルドへ出かけようか」


ジャッキーとの訓練を終えて、やりきった顔のアルトに出かけようと声をかける。

リペイドの国へついてからまだギルドに挨拶に行っていないのだ。


クットの国を出るときも、薬草を採ってすぐに戻るつもりだったので

クットの冒険者ギルドのマスターであるレイナさんに

薬草の調合方法もまだ伝えていない……。


-……レイナさん……怒っているかな……。


「ししょう、よういできた」


双剣をベルトに下げカバンをかけ

少し緊張した面持ちで僕を呼ぶアルト。


今日初めてアルトだけで依頼を受けるという事になっているので

肩に力が入っているようだ。


アルトの様子を少し微笑ましく思いながら返事をする。


「うん、行こうか」


アルトと一緒に宿屋を出ると、まだ雨が降っていた。


この世界に傘などないのだが、雨よけの魔道具が売られている。

魔道具は高価なものの部類に入るので、持っている人は少なそうだ。


僕は風魔法で雨よけの幕をはり、アルトと一緒に冒険者ギルドまで歩いた。


ギルドの扉を開けると、何時ものように視線が突き刺さる。

リペイドのギルドマスターで在るだろう人を、カウンターの向こうに見つけ

アルトと一緒に挨拶をする為に近づいていくと……。


「おめぇ!! セツナかっ!」


挨拶する前に、いきなり名前を呼ばれて吃驚してしまう。

こちらに向けられた顔は、精悍な顔つきなのに髭に支配されていた。


「はい、そうです」


「おめぇ! なぜもっと早く挨拶にこねぇ!」


ギルドマスターの剣幕に少し驚いてしまう。


「申し訳ありません……個人的に依頼を受けていたものですから

 ギルドに来るのが遅れてしまいました」


ギルドマスターに素直に謝罪を入れると

ギルドマスターは、少し声のトーンを落とし物騒な事を言った。


「おめぇ……指名手配されてるぞ……」


ギルドマスターのセリフに目を見開く僕……。


お尋ね者になるような事をした覚えはない……。

内心少し焦っていると、ギルドマスターがニヤリと笑い。


「クットのギルドマスターのお嬢ちゃんが、血眼になって探してるぜ

 各国のギルドに、おめぇを見つけたら連絡を入れるように連絡網が回ってる」


-……。


-……薬の調合方法だ……。


僕はがっくりと肩を落とす。

僕の様子に心配してくれたのかアルトが見上げていた。


僕はアルトに微笑み、背筋を伸ばしてしっかりと立ちギルドマスターに

もう一度謝罪した。


「冒険者ギルドの皆様に、ご迷惑をかけてしまいまして

 本当に申し訳ありませんでした、レイナさんにはこれから手紙を書こうと思います」


ギルドマスターが笑いながら


「それにはおよばねぇよ

 お嬢ちゃんには、おめぇが入国したときに連絡を入れておいた」


入国のときに冒険者ギルドに登録しているものは、紋様を見せる事になっている。

その時にギルドの方にも連絡が入るのだろう。


ギルドマスターの心遣いに笑顔でお礼を言った。


「ありがとうございます」


「いや、かなり物騒な案件を抱えてたみたいだからな

 お嬢ちゃんにもその事をちゃんと伝えておいたから安心しな」


「……」


マスターのセリフに沈黙を返してしまう。


「どうした?」


「いえ、どこまでご存知なのかと思いまして……」


僕の言葉に、人の悪い笑みを浮かべるギルドマスター。

入国した段階で、レイナさんに連絡を入れたということは

僕達が城につく前に色々と知っていた事になる。


「なに、簡単なこった。

 ラスという冒険者が、登録したのがクットの国にある村だ

 それが10日前後でリペイドの国に居たとなると何処を通ってきたのか見当がつく

 あの道を通ろうと考えるなんてわけありとしか思えないだろう?」


「……」


「それに普通、ギルドに登録したら依頼の1つでも受けるものだ。

 依頼も受けず、この国に来たということはギルドに登録した理由が

 入国で手間取るのを避けたかったからだ、違うか?

 別に入国するのに、身元を証明するものを持っていなければいけないという

 決まりは無い……ただ持っていない場合は色々と質問されるから

 入国に時間がかかるだけだ」


ギルドマスターの話を聞いて、ギルドの情報の正確さに僕は少し認識を改める。

ガーディルのマスターが、レイナさんに連絡を入れたのは知っていたが……。

それは僕を心配してくれてのことだけだと思っていたのだ。


正直僕が思うよりも各国のギルドの繋がりは強いのかもしれない。


-……これからは、もう少し気をつけるべきかな……。


ギルドを敵に回すつもりはなかったが、色々と僕の情報を握られるのが嫌なのだ。


「そこから導き出される答えは

 何か厄介な案件を抱えているらしい(・・・)ということだ」


「僕からは何も答える事が出来ません……」


「答えなくてもいいさ、リペイドの国王から手紙が届いたからな」


このギルドに来てから驚く事の連続だ、なぜ……ギルドに手紙を?


「サイラス様の任務の手伝いだったんだな

 そのせいでギルドの方の依頼に支障がでたようだから

 便宜を図ってもらいたいっていう内容だった」


謁見のときの僕の話を覚えていてくれたのか……。


「何か依頼を受けていたのか?」


「はい、期限はないのですが 

 チーム月光のアギトさんからの依頼を1つ受けています」


僕の言葉に今度はギルドマスターが驚いたような表情を作っていた。


「それでその依頼されていたものが用意できましたから

 チーム月光のアギトさんに渡していただきたいのですが」


僕の顔をマジマジと眺めて

微動だにしないギルドマスターにもう一度声をかける。


「あの、マスター?」


「ああ……わかった」


僕は、アギトさんから依頼されたものをギルドマスターに渡した。


「この中身が何か聞いてもいいか?」


「僕が調合した薬になります」


「ああ……お嬢ちゃんが言ってたのはこのことも入っているのか」


僕はギルドマスターに苦笑を返し頷く。


「確かに受け取った、ちゃんと届けるから安心してくれ」


「よろしくお願いします」


「おおよ」


「あ……僕達の挨拶がまだでしたね」


僕とアルトが挨拶をしようとすると


「もういい、おめぇの情報は全部お嬢ちゃんから聞いてる

 きっと他の国に行っても名乗る必要はないだろうさ……」


「……」


ギルドマスターの言い分に少し複雑な気持ちになった。

いったいどんな情報を各国のギルドにまわしたのやら……。


僕が小さく溜息をついていると、ギルドマスターが名前を教えてくれる。


「おれぁ、ここのギルドマスターをしているドラムだ」


「暫くの間お世話になります、よろしくお願いします」


僕の隣にいたアルトも、僕が挨拶したのを見て同じように挨拶をする。


「おせわになります、よろしくおねがいします」


「おぅ、2人ともしっかり働いてくれ」


ドラムさんは、視線を下に向けアルトを見ると軽く笑った。

色々話も落ち着いたところで、アルトは依頼の報告を僕はレイナさんに渡す為の

薬の調合方法を紙に記入していた。


アルトのランクは2段階あがったようで、黄の3/3になったようだ。

手の紋様の色が少し変わった事が嬉しいのか

自分の手の甲を見ながら尻尾をパタパタと振っていた。


「アルト、自分で依頼を探してきてごらん?

 黄色のランクの依頼ならもう十分アルトでも出来ると思うから」


僕の言葉に少し緊張した表情を見せながら頷き、掲示板の方へ走っていく。

その後姿を見送りながら、僕は今記入した用紙を封筒に入れドラムさんへ持っていく。


ドラムさんに封筒を渡し、僕も魔物を倒しているのでそのキューブも渡す。


「そうだセツナ、おめぇギルドに貢献したって事で

 ランクがだいぶと上がってるぞ」


「貢献ですか?」


「ああ、薬の包装と持ち運びの着想をギルドに提示しただろう?

 後、今受けとった薬の調合方法だな」


「はい」


「それが貢献として認められたんだ。

 ほら、手を当てろ」


ドラムさんに言われるままに、手袋をとり丸い形の石に手のひらを当てる。

少しの熱を感じたかと思うと僕の紋様の色が青から紫に変わっていた。


「……紫ですか……一気に5ランクも上がるほどのものではないと思いますが」


困惑しながら、紫色に変わった紋様を見ていると


「薬の調合方法を弟子ではなく

 医療院に教えるって言う事がまずありえねぇ」


「……」


「だが、そのありえねぇ事で

 冒険者だけではなく、国の医療院に行く事の出来ない人も恩恵を受けるんだ

 それぐらいはあたりまえだろうよ」


薬の調合方法といっても、僕が作る薬より効能は落ちるのだ。

少し居心地の悪いものを感じながらも、仕方が無いと割り切りドラムさんにお礼を言う。


「ありがたく受け取ります」


「おめぇ、礼をいうのはギルドのほうだろうがよ」


ドラムさんが苦笑を浮かべながら僕に突っ込んでいた。

ドラムさんと薬の話しなどをしていると、小さな足音が僕に近づいてくる。

横を見ると、アルトが掲示板からはがしてきた紙を持って僕を見上げていた。


「アルト、受ける依頼が決まったの?」


「きまった」


アルトがそう言って僕に渡した依頼の紙は少し色が変わっていた。

用紙の上には、継続の印が3度押されている。


依頼の用紙が張り出されるのは10日間

その10日間を過ぎるとお金が依頼主に返還される。


そのまま依頼を継続したい場合は返還されるお金を受け取らず

その用紙に継続の印を押してもらうのだ。


-……継続が3回押されているって言う事は

 30日以上たっているということか……。


アルトがもってきた依頼の内容を読んでみる。


依頼内容:住み込みでの話し相手・雑用など

期限:1ヶ月~3ヵ月

報酬:要相談


内容:老人の暇つぶしに付き合ってもらえる方を望みます。

注意事項:当方獣人にて、それでも住み込んでもらえる方。


-……。


-……これは……。


ドラムさんに視線をやると頷いて返してくれる。

魔物退治以外の初めての依頼に……これを受けさせてもいいものか……。

用紙から目を離しアルトを見ると、僕を見つめて僕の返事を待っていた。

アルトの選択に口は出さない、そう決めたはずだ……。


「アルト、アルトはどうしてこの依頼を受けようと思ったの?」


「いらいぬしみてきめた」


なるほど……ね……。


「アルトはこの依頼がどういうものか理解して選んだんだよね?」


「はい、このひとのおてつだいするしごと」


確かに……そうだ。


「この人の家に住むことになるけれどそれでもいいの?」


そこまでは見ていなかったのか少し目を丸くするが

少し考えてから頷いた。


「期限が1ヶ月~3ヵ月とかかれてあるけれど

 その間僕と逢えなくなるかもしれないそれでもいいんだね?」


表情を曇らせるアルト、だけど1度決めた事だからなのか

不安な顔をしながらもしっかりと頷く。


-……。


僕はもう一度依頼用紙を見る。


僕がアルトにこの依頼を受けさせてもいいか躊躇する理由は依頼内容ではなく

期限が問題なのだ……。この曖昧な期限が意味している事が問題だ。

きっとこの依頼が残っていたのは、依頼主が獣人だと言うこともあるが

この期限に含まれた意味を理解しているからこそ残っていたんだろう。


だけど、アルトがこの期限の意味を理解して持ってきたとは思えない。

だからこの依頼を受けさせていいものか悩むのだ……。


僕の様子をじっと見つめ、返答がない事に不安を感じたのか

耳と尻尾が不安げに動いている。


「アルト、依頼を受けるからには最後までやり通す責任がある。

 どんなに辛くても、アルトはこの仕事を最後までする覚悟があるかな?」


僕の言葉に、真剣な表情で頷くアルト。


「それなら僕は反対しない、しっかり頑張るんだよ」


「おい、いいのか?」


ドラムさんが心配して聞いてくれる。


「僕も一緒に行ってみます……。年齢制限が書かれていませんが

 大人の手が必要な人ならアルトには無理ですから……」


「そうか……」


「アルトもそれでいい?」


1人で受けるはずだった依頼に僕もついていくと聞いて

緊張していた表情が明るくなる。


「はいっ!」


尻尾をパタパタさせながら、喜びを表していた……。

無邪気なアルトとは正反対に、僕の心は少し沈む。


-……とりあえず……依頼人にあってからだ……。


ドラムさんに、依頼の受付をしてもらい

アルトと一緒に依頼人の家に向かう事にしたのだった。




 


読んでいただきありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



html>

X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ