『 僕と報酬 』
国王がリペイドの国に戻ってきた翌日、様々な事後処理で忙しいのか
お城の中全体が慌しさの中にあった。
しかし、その慌しさは希望に満ちたものであることは言うまでもないだろう。
忙しそうなのは、サイラスさんも例外ではなく
国王と戻ってきてからは、僕達との関わりを気付かれない為に自分の部屋に戻っていた。
僕とアルトは用意された服に着替えて、国王との謁見の準備をしていた。
アルトの服はとても可愛らしい白色のヒラヒラのドレスだ。
僕の服も白色の上下で、服のふちを金色の糸で刺繍され
袖のボタンなども全て金色で統一されていた。
-……。
服を眺め、深い溜息をつく……。
着替えを手伝ってくれるという侍女を部屋から追い出して自分で着替えていく。
銀色の髪を整え一本に縛り鏡をみた……派手だよねこの衣装……。
もう一度溜息を着き、アルトのほうを見ると
アルトも複雑そうな顔をしながら、僕の横で着替えていた。
ドレスのボタンが後ろにあるので、1人で着るのが大変そうだ。
「アルト、多分今日宿屋に戻るからね」
ドレスの後ろのボタンを閉めてあげながらアルトに声をかける。
アルトがコクコクと頷きながら
「おかし、おいしかったね、ししょう」
アルトの言い分にクスリと笑い同意する。
「美味しかったね」
2人でどのお菓子が一番美味しかったかと、話をしながら着替え終わると
扉をノックする音が聞こえてきた。
「はい、どうぞ」
僕の返事を確認してから、扉がゆっくりと開く。
扉の前に立っていたのは、僕達をずっと監視していた兵士達で
僕達を謁見室まで案内してくれるらしかった。
彼等の後ろをついていきながら、今までの事を思い出し
謁見室の扉の前にたどり着く、僕達が着いた事を中の騎士に伝え
国王が許可を出し扉が開かれた。
僕は背筋を伸ばし、できるだけゆっくりと胸を張って玉座に向かって歩いていく。
僕が足を踏み入れたと同時に、部屋の中に緊張が走った。
前回と同じように少し王座よりの位置に立ち止まり、国王と王妃に向かって腰を折り
ゆっくりと姿勢を戻す。
王妃の隣にユージンさんが立ち、ユージンさんの一段下にサイラスさんが立っていた。
王座から一段下の国王よりにキースさんが立っている。
王妃は目をキラキラさせながら僕を見ていた……。
その様子に少し笑顔が引きつりそうになる。
-……この服の趣味は絶対王妃だ、僕はそう確信した……。
扉が閉まると同時に、その場の空気が変わる。
国王が魔道具を使って結界を張ったんだろう。
「楽にしてほしい、それと普通に話してくれてよい
面倒な挨拶もいらない」
国王の言葉に少し肩の力を抜く。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
王座に居る国王は、毒に侵されていた頃とは違って
堂々とした貫禄に満ちていた。
「ああ、まずはこの国の為に尽力してくれた事に礼を言う」
国王が僕に礼を告げると同時に、その場の大臣達が一斉に
僕達に対して腰を折りそしてゆっくりと顔を上げた。
「サイラスに、ここを発ってからの事を全て聞いた。
一部は私の胸に留めておくが、君が私達の国の為に
最善を尽くしてくれた事はここに居る全員が理解している」
サイラスさんが僕に視線を向けるが、僕はサイラスさんの視線を
受けとることはしなかった。
「私のできる範囲のことならば、君の望みを叶えたいのだが
何か望む事はあるかな?」
僕達に褒美をくれると言う事か……。
望み……望みね……。
報酬は、サイラスさんから貰うことになっている。
後腐れのない望みって……どんなものがいいだろうか……。
少し考え、僕はアルトのほうをチラリと見て、貰うものを決めた。
「それでは……この城の料理人が作ったお菓子をいただけないでしょうか」
僕の望みに、皆が狐につままれたような表情をしていた。
王妃が思わずっといった感じで
「セナ君、お菓子でいいの?」
君付けに、僕は少し苦笑いを返し
「はい、旅の道中で美味しいお菓子を食べることが出来るのは
幸せなことですから」
「……セナ君、もう旅にでちゃうの?」
「少し観光してから、出立しようかと思っています」
国王がしょんぼりしてしまった王妃を横目で見ながら
僕に滞在を促す。
「もう少し、ゆっくりしていけばどうかな?」
「嬉しいお言葉ですが、ギルドの依頼の途中でしたので
そろそろ戻らなければいけないのです」
チーム月光のアギトさんに、薬を送らなければならない。
薬はもう完成しているので、後はギルドマスターに渡すだけでいいのだ。
「そうか……それは残念だが仕方がないな。
君がこの国にしてくれたことに対して、対価が少ないように思うが
君がそう望むのなら私はこれ以上何も言わないでおこう」
国王が王妃を慰めながら、話を締めくくる。
「ありがとうございます」
僕は、最後に国王と王妃にお礼を言い謁見室を後にした。
部屋に戻り、宿屋に戻る準備をしているとドアが勢いよく開き
サイラスさんが入ってくる。
走ってきたのか、少し息を切らせ立っていた。
ユージンさんとキースさんも追いついてきたようだ。
「サイラス、お前……私を置いていくなよ……」
ユージンさんが息を継ぎながらサイラスさんを責めている。
サイラスさんは黙ったまま僕を見ていた。
「……」
「とりあえず、ユージン様もキース様もサイラスさんも
部屋に入って扉をしめてくださいね」
キースさんが扉を閉めるのを確認し、部屋に結界を張る。
「セナ、私とキースもサイラスと同じように呼んで貰えると嬉しい」
ユージンさんの言葉に、僕は頷く。
「お茶を入れますから、座って待っていてください」
「セナっ!」
サイラスさんが僕を呼ぶ。
国王と一緒に戻ってきてから、サイラスさんは変装を解いていた。
もともとの彼の色に目を奪われてしまう。
サイラスさんの、青い瞳は僕に対する怒りで満ちていた。
「俺はまだセナに報酬を払ってないだろう!
それなのに、ここを出て行くってどういうことだよ!」
僕につめよろうとするサイラスさんにキースさんが
サイラスさんの肩に手を置き宥めようとするが
それを振りほどき、僕の方へ近づいてくる。
「答えろよ!
お前は俺を哀れんで、依頼を受けた振りをして
最初から、報酬など当てにしてなかったっていう事か!」
「……」
「報酬を俺から取らないってそういうことだろうが!
俺は……そんなに……セナにとって価値がない……のかよ」
サイラスさんは言いたいことをいい、最後には落ち込んだように俯いてしまった
暫くその場に沈黙が下りる。
「サイラス……」
ユージンさんが心配そうに声を漏らし、キースさんが窺う様に僕を見た。
僕は嘆息しながら、サイラスさんに話しかける。
「サイラスさん、報酬を貰うのは僕ではないんですよ」
謎賭けのような僕の言葉に、ユージンさんもキースさんも首をかしげる。
「ここに居る僕は、僕であって僕ではないんです」
サイラスさんが顔を上げ、分からないと言う表情を作る。
「僕の職業は、吟遊詩人ではなく学者なんですよサイラスさん」
「……言っている意味がわからない」
「ここに居る僕はセナだ、でも僕の本当の名前はセツナなんですよ」
ユージンさんとキースさんが驚いたように僕を見る。
普通、謁見を求めるのに偽名を使う人間など居ないのだろう
真実が分かると不敬罪で捕まってしまう。
「僕がセナとしてここに居る間は
ユージンさんの客人としてです。
サイラスさんとの接点はほとんどないんですよ。
サイラスさんと話そうと思ったら
僕がここを出て行くしかないじゃないですか」
「……」
「それに、僕は報酬を諦めることはしないと
言った事があると思いますが?」
「……」
「僕は早くもとの姿に戻りたいと思ったんです。
そうしたら、サイラスと話が出来るでしょう?」
サイラスが呆然としたまま僕を見ていた。
僕の言葉を理解し、やっと頷いたサイラスの様子を
ユージンさんとキースさんが、安堵したように眺めて笑っていた。
「僕は、友人とお酒を飲んだことがないので
今から楽しみにしています……。
もちろん、サイラスのおごりでお願いします」
僕の言葉に、サイラスが僕と視線を合わせる。
「美味しい料理を出してくれるところがいいです」
サイラスがしっかりと頷き答える。
「ああ、任せてくれ」
先ほどまで怒りをのせていた瞳に穏やかな光が戻った。
穏やかな空気の中で、何かを思い出したのか
サイラスが、自分のポケットから指輪を取り出し僕に渡す。
「ありがとう、返すのが遅くなってしまった」
「いえ、役立ってよかったです」
僕が変装用の指輪を受け取りカバンにしまってから
サイラスが指輪を譲ってくれないかといってきた。
城下町に来るときに、変装して歩きたいらしい。
確かに、サイラスと歩いていると目立ちそうだ……。
僕は、カバンの中で同じものを作りサイラスに渡す。
返してもらった指輪はカイルが作ったものだったので
人に貰ったものを譲ると言うのがなんとなく気が引けたのだ。
その様子を見ていた、ユージンさんとキースさんが
サイラスだけずるいと言い出し、結局2人にも指輪を渡すことになった。
変装用の魔道具はめったに手に入らないらしく
手に入ったとしても、効果はそう長く続かないようだ。
つけている限り変装が解けないと知り
興味深げに、ユージンさんもキースさんも指輪を見つめていた。
もし変装して城を抜け出し危険な目にあわれても困るので
過保護かなっと思いつつも、サイラスとアルトにも渡した
護身用のナイフをユージンさんとキースさんにも渡しておく。
必ずサイラスがついているから、大丈夫だとは思うけど……。
「くれぐれも……悪用しないでくださいね」
っと3人に釘を刺し、他愛無い話をした後
僕とアルトは、いつもの服に着替えて宿屋に戻ったのだった。
読んでいただきありがとうございます。