『 キースと青年 』
サイラスが戻ってきた翌日、サイラスと同行してきた
冒険者の青年と獣人の少女を城に留めたまま
サイラスが調印式に同行するために昨日城を発った。
帰城してすぐの任務に、休む暇ぐらい与えてやりたかったが
吟遊詩人のセナと言う青年が言うように、調印式で竜の加護を受けた
サイラスが居るのと居ないのでは雲泥の差があるだろう……。
兄である国王は、今日隠し通路を使って調印式に向かうことになっている。
幸いまだ帝国側に国王の毒が解毒された事を感づかれては居ないので
体調を崩して臥せっているという事にしているのだ。
今日、そして明日の夕方まで帝国側に国王の不在が悟られないように
細心の注意を払わないといけない……。
事情を知らない貴族達が、朝から登城し国王に見舞いの品を届けているが
国王は誰とも会わない事になっていた、城に居ないのだからあえるわけがない。
連合を組むのはリペイドをいれて5カ国
早い段階から連合を組む事に賛成し調印を終えている国が
2カ国、今回は残りの3カ国と連合を結ぶ事になっている。
詳細を知っているものたちはいつも通りを心がけてはいるようだが
やはりどこかピリピリとした空気を放っている……。
自分の執務室に向かいながらどこか緊張をはらんだ城の空気を感じ取り
その空気を国王が臥せったからで納得できるものかといわれれば
少し過剰な気がしてくる……。そんな雰囲気を読んだのか私についている
帝国の監視が話しかけてきた。
「今日はこの城の空気が緊張したように張り詰めていますね
何かありましたか?」
その言葉、その視線は探るようなものであり
私の背中に冷たい汗が流れる。
「国王様が、臥せられたからでしょう」
「国王様の体調が悪いのは、前々から分かっていらっしゃった事でしょう?」
帝国の監視は薄く笑う。
その笑いに怒りがこみ上げる。
自分の感情をぐっと押さえ込み、最近国民の間に流れかけていた噂を思い出し問う。
「貴方が噂をばら撒いたのですか……」
私の言葉に口角を上げ表情では肯定し言葉では否定する。
「何のことやら……わかりかねますね」
国王の体調不良説が流れ始めた頃から木の葉の酒場に監視がついていた。
それは帝国の監視ではなく連合国側の監視で隠密に内通者が出たということに衝撃を覚え
国の隠密が経営する酒場が他国に知られてしまったという痛手と
これでサイラスとのやり取りが難しくなったという苛立ちがその時の私達を襲ったのだった。
-……サイラス達の機転で酒場は使われなかったが……。
もしサイラスが監視に気がつかず、そのまま酒場に直行していたら状況は悪い方向へ
流れていたかもしれないと思うとぞっとした。
私はこの帝国の監視を殺してしまいたいという衝動を必死に抑える。
「それでキース様、この城の空気をどうお考えですか?」
あくまでも追及の手を緩める気はないのか……。
私がどう応えようか考えあぐねているところに場違いな笑い声が響く。
その笑い声を形容するならば甘ったるい……。
この城の空気とは正反対な笑い声……。
私は笑い声のする方向へ足を向けた。
そこは、雑談し休憩するのに適した中庭になっており
天気のいい日は、中庭の芝生の上でお茶会を開いたりする場所になっていた。
今その場に居るのは、見事な銀の髪に甘い容姿をした吟遊詩人の青年と
金髪の獣人の少女、そしてその周りに5~6人の女性達が集って話をしているようだった。
「アリス様、こちらのお菓子も食べてくださいませ」
「セナ様、お茶のおかわりはどうですか?」
女性達はすっかり、表向きはユージンの客人という扱いの2人に魅せられているようだ。
獣人の子供は進められるままに菓子をほおばっている。
その姿は愛らしく、心が癒されるようで女性達も微笑ましく子供を見つめていた。
「僕はもう結構です、ありがとうございます」
柔らかくお茶のおかわりを断り、ふわりと微笑む吟遊詩人の青年。
人を安心させるような声音と、見る者の心を捉えてしまうような笑顔に
女性達の頬は赤くなり俯いてしまう。
-……。
その光景を……目の当たりにし、私の眉根にしわがよるのがわかる。
-……この国が今どういう状況か分かっているだろうに……。
彼らには関係のないことかもしれない、サイラスと一緒に命をかけてこの国に
きてくれた事や兄を治してくれたことには感謝しているが
空気を読まない彼の行動に苛立ちが募る……。
「あれ、指を怪我されたんですか?」
女性1人の手をとり怪我の具合を確認する青年。
手を取られた女性は耳まで赤く染め、周りの女性達は羨ましそうに見ている。
そっと両手で手を包み、二言三言呟くと女性の指の怪我が治っていたのか
女性が目を見張って自分の指を見つめていた。
「気をつけてくださいね、綺麗な指に傷が残るのは僕の胸も痛みますから」
甘ったるい言葉と同時に、微笑み女性の手を離す。
自分に向けられた言葉に、遠目からでもわかるぐらいに真っ赤になった女性に
周りの女性達の声がいっそう華やいだ。
ずるいだとか……羨ましいだとか……。
賑やかな様子に何事かと数人の大臣達が入れ替わり様子を見に訪れ
誰もが眉間にしわを寄せ立ち去っていった。
私の後ろからクツクツっと笑いをかみ殺した声が聞こえる。
「おやおや……これは、城の空気がピリピリしているのも分かる気がしますね
国王が臥せったというのに、王子様の客人が女性を侍らしているとなると……」
「……」
「あそこで座っている方々は、貴族のご息女達ですね。
ここでいい女を見つけて取り入り結婚すれば……吟遊詩人が貴族になれるわけですか」
何が楽しいのか、ひとしきり笑い青年の方を見ながら
「理由が分かりましたので、私は自分の仕事をすることにします。
それでは、キース様失礼いたします」
あっさり納得して立ち去る監視に、複雑な気分になる。
思いもかけず、いい方向へ流れたことに安堵すのと同じぐらい
不快な気分になったのだ。
目の前の状況を、どうするべきかと思案しているところに声をかけられる。
「なんのさわぎだ……?」
後ろを振り返ると、ユージンとその後ろに護衛が2人立っていた。
ユージンに礼をした後、目線を中庭の方に戻すと
ユージンもそちらの方を見る。
女性達は、青年に竪琴を奏でてくれと頼んでいるようだ。
ユージンは、青年と女性達のやり取りを暫く眺め呟いた。
「……私達の状況が分かっていないのか?」
ユージンの目には侮蔑が、言葉には怒りが含まれていた。
ユージンの珍しく刺々しいセリフに少し驚くが
私もユージンと同意見なのであえて何も言うことはなかった。
「サイラスは……」
途中で言葉を切り、ユージンが俯く。
帰城してから、必要最低限でしか私達と視線を合わそうとしなかったサイラス
国王に声をかけられて、言葉を失い顔を上げることが出来なくなったサイラスが
顔を上げて初めて笑いかけたのは、長年過ごした私達ではなくあの青年だった。
それも私達が見たことのないほどの安堵した笑みを向けて……。
「キース……あいつは私の元を離れるかもしれない……」
あいつというのはサイラスの事だろう。
女性達と楽しく会話をしている青年を射殺さんばかりの視線を向けたまま
ユージンは私に胸のうちを吐露していた。
「国の為とはいえ、私は彼との絆を断ったことに変わりはない
あいつは新しい主に、あの男を選んだのだろうか……?」
青年から視線を外し、少し憔悴したような表情を見せるユージン。
「ユージン様、サイラスを信じてやってください
彼はユージン様のそばを離れる事はありません」
ユージンは顔をハッと上げ、ただ静かに深く頷いた。
私はユージンにそう言いながら、その実自分自身に言い聞かせていると気がつき
ユージンに見られないようにこっそり苦笑する。
青年を護衛、監視する兵はユージンに気がついたのか礼をとり
その様子に青年も気がついたのか、優雅に立ち上がりユージンに礼をした。
女性達もユージンの姿を見つけるとササッと立ち
頭を下げてそのままの姿勢でひかえている。
ユージンは、短く溜息を落とすと
「気がつかれてしまっては、挨拶しなければならないか……」
一瞬視線を下に落とし、次に顔を上げたときには王子の顔になっていた。
人好きのする笑顔を浮かべ、ゆっくりと青年の方へ近づいていく。
「セナも皆も楽にするといい」
ユージンの言葉に女性達は顔を上げるが座ることはせず
青年から少し距離を置いた位置で立っている。
ユージンは先ほどの感情を心の底に静め、青年に話しかける。
「セナ、不都合などありませんか?」
「楽しく過ごさせてもらっております、お気遣いありがとうございます」
そういい、獣人の少女と一緒にお辞儀をする青年。
青年の足元近くに置かれている竪琴を見つけ
「そういえば、私はまだセナの竪琴を聞かせてもらっていませんでした
彼女達も気になっているようですし、一曲奏でてはもらえないだろうか?」
青年にそういった後で、ユージンも私も気がつく。
彼は冒険者なのだ、吟遊詩人とはサイラスをこの城に送り届ける為の嘘なのだ。
私は、頭の中でどう収拾をつけるべきか思案する。
彼女達が居なければ、取り消すことも出来るのだが
期待の目を向けている、貴族の娘達の手前取り消すにはそれなりの理由が要る。
青年の正体が、冒険者だと貴族達に感づかれるのは避けなければならない。
ただでさえ、彼の容姿は人目を引き登城してきた貴族たちの間で早くも噂になっているのだから。
竪琴を奏でることが出来ないとなると、なぜ城に居るのかと問われることになる。
私とユージンが口を開こうとするより早く青年が口を開いた。
ユージンと私に柔らかく微笑みながら
「ユージン様に竪琴の音色を献上しに参りましたのに
僕とした事が……それでは僭越ではございますが一曲」
そういい、横においていた竪琴を抱え腰を下ろし爪弾き始める。
私とユージンは困惑しながらも護衛が何処からか用意した椅子に腰を下ろし
ユージンが女性達にも座るように促し、女性達は青年と同じ敷物の上に静かに座った。
調律が終わったのか、青年が静かに竪琴を奏ではじめる。
細く繊細な指先が、透明感のある音色を生み出していく。
よどみなく動く指先に視線が集り、知らず知らずに音色に惹き込まれていった。
美しく優しい音色に、自分の呼吸の音さえもわずらわしく思えた。
誰1人、身じろぎ1つすることなく青年の奏でる竪琴に耳を澄ませている。
それは、ユージンも例外ではなく青年が竪琴を調律しはじめたときには
驚きに開かれていた目が、今は閉じられ身をゆだねていた。
青年が奏でている曲は、切ない感じのする曲で、女性達の中には
目に涙をためているものもいる。
最後の弦の余韻が消えると、ユージンが静かに目を開け
青年と視線を合わせず言葉をかけた。
「素晴らしかった……また時間のあるときに聞かせて欲しい」
「僕の演奏などでよろしければ喜んで」
ユージンは青年の返事に頷き、私を視線で促し中庭を後にした。
後ろで女性達の興奮した声が聞こえ
青年にもう一曲奏でて欲しいとねだっている声が聞こえた。
私達は暫く黙ったまま2人で歩く。
「キース、冒険者というのは竪琴も弾けるものなのか……?」
前を向いたままポソリと質問を私に落とす。
「いえ……弾ける者もいると思いますが
彼ほどの弾き手は珍しいかもしれません」
「そうか……」
それっきり黙ってしまったユージンの背中を見つめながら
私も青年のことを考えていた。
風魔法を使い、珍しい毒の解毒剤を作り、竜と交渉するだけの度胸を持ち
謁見室での空気に飲まれることもなく自分を確立していた青年。
女性達を侍らせ喜んでいるかと思えば、いきなり振られた事柄に
動揺することもなく、竪琴を奏でてしまう精神力……。
-……サイラスが心動かされるわけか……。
私がそう確信したということは、ユージンもまた同じ事を考えたのだろう
うかつなことを言ったユージンと、それをいとも簡単にやりきった青年
自分より下に見た人間と、自分との器の違いを見せられたようで
ユージンは青年と視線を合わすことが出来なかったのだろう……。
-……それは私にも言えることだが……。
私は窓から見える青い空を見上げながら
国王とサイラスが早く戻ってきてくれることを祈った。
時間は……昼に差しかかったところだった……。
国王不在の長い2日間はまだ始まったばかり……。
読んでいただきありがとうございます。