『 第一王子ユージン 』
* ユージン視点で書かれています。
国王である父の容態が、日を追うごとに悪くなっていく。
私の騎士であるサイラスを送り出してから、そろそろ半月というところだろうか。
-……送り出して……。
送り出したと思っているのは、私だけだろうか。
サイラスから見れば
私とキースのとった行動は、裏切りとしか見えないんじゃないだろうか。
あの時の……騎士の証を奪ったときのサイラスの目を私は忘れる事が出来なかった。
サイラスが転送されてから、毎日私の騎士の無事を祈った。
幼馴染であり、親友であるサイラスの無事を。
ナイフの保護魔法を思い出してくれるだろうか。
キースのメッセージを、理解してくれるだろうか。
解毒剤を見つける事が出来るだろうか。
そして……あの洞窟を無事抜ける事が出来るのだろうか。
私達がサイラスに託したことは、とても困難な道程だ……。
ひとつ間違えば命を落とし、歯車がかみ合わなければ
達成することが出来ないのだから。
-……サイラス……。
「……ユージン様」
キースの呼びかけに顔を上げる。
私としたことが、自分の思考に入りすぎていたようだ。
今は国王と宰相と私と各大臣達とで調印式の予定を立てていたところだった。
キースに顔を向けると、視線を扉の方へ向ける。
私も扉の方に視線を向けると、兵士が膝を折っていた。
「なにかようか?」
会議中ということもあり、急用でなければ兵士が来ることはない。
兵士に声をかけると用件を話しだした。
「はっ、ユージン様に謁見を申し入れている吟遊詩人がおります」
謁見? 会議中にわざわざ知らせに来る用件ではない。
「……今は会議中だとわかっているはずだろう?」
「申し訳ありません。
その吟遊詩人が、ユージン様にこれを渡して欲しいと申しまして」
兵士が差し出してきたものを、キースがそばまで行って受け取る。
何を受け取ったのかわからないがキースの肩が大きく揺れた。
「キース?」
こちらに戻ってくる様子のないキースに声をかける。
キースは私の声に我に返り、こちらを振り向くことなく兵士に声をかける。
「伝言のようなものは?」
「はっ、吟遊詩人の国の珍しいアネモネの花と
歌を献上しに来たと話しておりました」
兵士の言葉に、私の心臓がトクリっと跳ねた。
-……アネモネ……。
サイラスの騎士の証を傷つけたときに、私がサイラスに言った花の名前。
「キース」
私の呼びかけにキースが振り向き、私と視線を合わせて頷く。
キースが静かに兵士に告げる。
「謁見室に通すように」
兵士を下がらせ、キースが私にアネモネの花を渡す。
「その花には、魔法がかかっております。
必ずユージン様のお手元に届くようになっていたようです」
「だから、会議中なのに兵士がきたのか……」
大臣達が静かにこちらを見ている。
「……サイラスが戻ったようです」
キースの言葉に、大臣達が目を見開いた。
サイラスを追放した後、国王の状態が徐々に悪くなりはじめ
隠し通すことができなかったために、国王が大臣達を集め状況を説明したのだ。
大臣達は、国王に忠誠を尽くしているものたちばかりで
国王の負担を少しでも減らそうと、今までよりももっと働いていた。
私も含め皆が、サイラスの帰城を待ちわびていたのだ。
「国王様は自室でお休みください」
キースの言葉に、国王は
「いや、私も行こう。
私がいなければ、結界を張ることができぬからな」
国王の言う結界とは、魔導師が作るものではなく
リペイドの国の、王のみがつかえる魔道具で作る結界のことだ
多かれ少なかれ、他の国にもそういう王のみが使える魔道具が
受け継がれている。
リペイドの国の魔道具は、王がいる部屋の遮音そして
魔法を使うことが出来ないという結界が張られることになる。
後1つ効果があるらしいがそれは王だけしか知らない。
私達は場所を謁見室に移し、サイラスが入ってくるのを待った。
期待と不安……様々なものが入り混じった感情を抑える。
薬は手に入ったのだろうか……。
サイラスは怪我などしてないだろうか。
……私を許してくれるだろうか……。
そんなことを考えながら、謁見室のドアをじっと見つめていた。
兵士が国王に通していいか聞き、国王が許可を出す。
ゆっくりと扉が開いていき……。
そこから入ってきた人物に私だけではなく、周りのものも皆目を奪われていた。
部屋の中央より、少し玉座よりの場所に立ち国王に優雅にお辞儀をする青年。
長く輝く銀色の髪、その瞳はサファイアのように輝く青色。
ここまで歩いてきた姿も美しくありそして隙がなかった。
顔を上げ、立つ姿は一本筋の通った礼儀作法のお手本のようであり
ただの人間にはもつことが出来ないであろう気品が感じられた。
きっとどこかの王族だといわれれば納得できたに違いない。
私は青年から視線を外し
その後ろに、サイラスと思われる冒険者風の男を見つめる
しかし、彼は私と視線を合わそうとはしなかった。
それはキースにも同じで、サイラスを見つめてはいるが
サイラスは下を見つめたまま誰とも視線を合わせようとしない。
心に焦燥感が広がる……。
私がサイラスに気をとられている間に
国王と青年は挨拶を交わしていたらしい。
青年が国王との挨拶を終え、私に視線を移しゆっくりと口を開く。
「お久しぶりでございます、ユージン王子
お目通りいただきありがとうございます」
私と彼は、初対面のはずだが遊学中に会ったことになっている。
サイラスが考えたものなんだろう。
青年との会話に違和感を感じる。
その違和感が何かわからないまま私は挨拶を返していた。
「久しぶりです、どうか私のことは以前と同じように
ユージンと呼んで下さい」
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます
ユージン様」
「そちらの2人も紹介して頂けますか」
私の言葉に、青年が口を開こうとしたとき国王が口を挟んだ。
「紹介はいらぬ、ご苦労だったなサイラス」
国王の言葉に、サイラスが吃驚したように顔を上げ国王と目があう。
サイラスは何かを口にしようとするが
言葉が出ないようでまた下を向き黙ってしまった。
サイラスの肩が震えていた……。
サイラスの姿に胸が痛む、私が言葉をかけようとしたときに
隣にいた青年が助け舟を出した。
「ここにいる方は全てご存知なんですね」
「そうだ」
青年はサイラスのほうを向いて、背中をぽんぽんと叩き
顔を上げることが出来ないサイラスを慰めている。
サイラスが顔を上げて一番最初に青年を見、少し困ったように笑う。
その笑い方に私は少し衝撃を受ける。
長年一緒に居た私も初めてみる表情だったから。
キースの方を見るとキースも驚いているようだ。
サイラスが自分を落ち着かせるように息をすい、真直ぐ国王を見つめ
「ただいま帰城いたしました」
そういい、騎士の最敬礼をとった。
髪の色も、目の色も違うサイラスに少し違和感があったが
その姿は私の知っているサイラスだった。
国王が頷き、サイラスを労う。
「無事に戻ってきてくれたこと嬉しく思う」
サイラスは礼をしたままの体制で返答した。
「ありがとうございます」
国王の息が少し上がっている、額からは大粒の汗が流れていた。
青年が国王とサイラスの会話に口を挟む。
「サイラスさん、挨拶や報告は後回しで先にこれを国王様に」
そう言って、カバンから薬を出しサイラスに渡す。
「この水で飲んでもらってください」
そういうと、カップに水を入れそれもサイラスに渡す。
キースが止めようとするが、国王がキースを目線で留め
サイラスから受け取った水で薬を流し込んだ。
本当ならば、薬に毒が含まれてないか水に毒が含まれてないか
確かめてから飲むべきなのだが……きっと父はサイラスを信じたんだろう。
命がけでこの国に帰ってきたサイラスを……。
薬を飲んでも苦しそうに息を吐く国王に青年が
「少しお側によってもよろしいでしょうか?」
っと聞く。
国王は思案した後頷きそばによることを許す。
キースと大臣がそれを止めようとするが、国王がそれを止めた。
「失礼します」
そういいながら、国王のそばにより胸に手を当てる。
その姿に、後ろに控えていた近衛騎士が剣を抜こうとするが
サイラスが青年の前に立ちそれを阻んだ。
「少しの間で構いませんので、ここの結界を解いてもらえますか?」
青年の言葉にキースが声を上げる。
「なりません!」
国王はサイラスを見つめ、サイラスは国王を見つめ返す。
そして、国王が結界を解いた。
キースと近衛騎士が何時でも青年を殺せるように警戒している。
青年は周りの様子を少しも気にした様子もなく、二言三言口の中で何かを呟く
すると、国王の顔色が良くなり呼吸も落ち着いてきた。
「もう結界を張っていただいても大丈夫です」
青年は言葉と同時に後ろに下がり、国王と距離を開ける。
それと同時にサイラスも後ろに下がった。
「この毒は、風魔法では解毒できぬはずだが……」
国王の問いに青年が答える。
「解毒は先ほどの薬の効果です。
今の魔法は、治癒効果を高める為のものです。
今日一日は、安静にしていただいたほうがいいかと思います」
「礼を言う」
「お礼ならばサイラスさんに
私はサイラスさんに雇われただけですので……。
毒の心配もなくなったようですので
私はこれで失礼させていただきたいのですが」
そういい、国王に退室の許可を仰いだ。
「セナっ!」
サイラスがあわてて青年の名前を呼び腕をつかむ。
青年がサイラスに柔らかく笑う。
「サイラスさんはすぐに第一騎士に戻れそうですから
僕は宿屋に戻ろうと思います」
サイラスが何かを言うより先にキースが口を挟む。
「申し訳ないが、貴方を帰すわけには行かない」
キースの言葉に、サイラスが固まり言葉を返す。
「どうしてだ……」
「サイラスはこの方に色々事情を話したのだろう?」
「ああ……」
「4日後に連合国との調印式がある。
それが終わるまで、身柄を城で預からせてもらう」
「……」
「何処から情報が漏れるかわからないのだ。
国王様を治していただいたことは感謝している。
私からもお礼を申し上げる。
しかし、色々情報を知りすぎている貴方を今帰すわけにはいきません」
「キースっ!」
キースとサイラスがにらみ合っている。
当の青年は、キースに言われたことに驚くでもなく怒りを表すでもなく
ただ静かに2人を眺めながら何かを考えそして口を開いた。
「サイラスさん、僕はかまいませんよ。
多分こうなるだろうとは思っていましたし」
「セナ……」
サイラスは下を向き唇をかんでいた……。
サイラスは、本当に青年のことを信頼しているんだろう。
私の目の前にいるサイラスは、私と一緒に居たころの彼とは別人のようだった。
子供の頃からずっと一緒にいたのに
私の知らない顔ばかり見せるサイラスに少し苛立ちが湧く。
「僕の条件を飲んでもらえるならば調印式が終わるまで
城にとどまってもいいですよ」
青年の言葉遣いと雰囲気が変わった。
キースが少し目を細める。
「条件……?」
「ええ」
「条件を飲まないといったらどうするというのだ」
「今すぐ帰ります」
「私は帰すつもりは無いと言っているのだが」
青年はにっこり笑うが……目は笑っていない。
キースが近衛騎士のほうに視線を向けようとしたとき
「駄目だ! キース!」
サイラスがそれを止める。
そして自分の額に撒かれていたバンダナを取った。
その場にいた全員が、サイラスの額の紋様を目にしそして驚愕する。
-……竜紋!?……
「サイラス! その竜紋はどうしたのだ!」
国王が立ち上がりサイラスに問う。
それほど信じられないことだった……。
サイラスは国王の方を向き答える。
「私は、飛ばされた森で死に掛けていたところを
セナに拾われて命を助けてもらいました。
そして何も持たない私に服を与え、剣を与え
国王様の毒を治療する為に危険を顧みず
私と共に来てくれました。
リペイドとクット間にいたのは魔物ではなく竜でした」
誰も言葉を発することが出来ずただ黙ってサイラスの話を聞いていた。
「なぜ竜が洞窟にいたのかはわかりませんが
洞窟を通す気は無いと……私達を排除しようと殺気をむけられました。
それをセナが竜と交渉してくれました。
セナの勇気を竜が気に入り、セナに加護を与えました。
私の加護はセナが竜に頼んで与えてもらったものです」
皆息を呑み青年を見つめる。
青年は手のひらを顔に当て項垂れていた。
「サイラスさん……」
サイラスは目を伏せ
「俺は……セナと争いたく……ない」
サイラス同様、青年も竜から加護を貰っているとしたら
私達では相手にならないだろう……。
サイラスが止めるのも無理はない。
「国王様、セナを身柄を拘束すると言うのであれば
セナの条件を飲んでいただくことは出来ないでしょうか」
国王は玉座に座りなおし、青年に声をかけた。
「条件というのを聞かせて欲しい」
青年は手のひらを顔から外し顔を上げる。
「僕とアリスをこの国の問題に巻き込まないこと。
この国に仕えさせようと考えないこと。
暗殺しようと画策しないこと。
僕とアリスがこの城を自由に動けるようにしてもらえること。
僕とアリスの寝床と食事を確保してくれること。
条件はこの5つです」
国王は暫く思考した後、口を開いた。
「4番目のこの城を自由にというは、監視のものをつけてもいいという
条件ならば飲むことにしよう」
「それで結構です」
サイラスは、ほっとしたような顔をして青年を見ていた。
そして何かに気がついたように
「国王様、私の部屋はセナと同じ部屋にしていただけますか」
「なぜだ、自分の部屋に戻ればよかろう?」
「調印式が終わるまでは、この姿でいようと考えています。
帝国側に私が戻ったことを知られないほうがいいと思いますので」
「……確かに、そうかもしれぬな」
「今の私は、吟遊詩人セナの護衛ですから」
「わかった、そのように用意させよう」
「ありがとうございます」
国王とサイラスの話が終わったところで、青年が口を挟んだ。
「サイラスさん、調印式にはサイラスさんも同行したほうがいいと思います」
青年がサイラスに話した内容にキースが反応する。
「我が国のことに口を挟むのはやめていただきたいのですが」
青年は、キースにチラッと視線をやると
「確かにそうですね、僕が関わることじゃありませんでした
申し訳ありません」
そう言って謝罪し口をつぐんでしまった。
サイラスは、青年が何を言いたかったのか気になるのか
青年の顔をじっと見つめている。
その様子に少し苦笑し、青年が自分の額をトントンっと指で叩いた。
額……額……。
私は青年が何を言いたいのか考え、サイラスの額に目をやったときに
青年が伝えたかったことを理解しそして体が粟立った。
-……彼は……何を何処まで考えているのだろう……。
国王の治療にしろ、5つの条件にしろ、今のアドバイスにしろ……。
この状況ですぐに言い出せるというのが信じられなかった……。
慣れている貴族ですら、この謁見室の雰囲気に飲まれるものが多いというのに
この青年は堂々とこの場に立っている。
そうだ……挨拶のときに感じた違和感の正体はこれだったのだ。
この青年は、最初からこの空気に飲まれてはいなかった。
確固とした自分を少しも崩すことがなかったのだ……。
その場の空気に飲まれず、自分の意志を伝え行動する。
それがどれだけ難しいことか……。
サイラスが青年を気に入った理由が
少しわかったような気がした。
サイラスは私より彼を選ぶのだろうか
国の為とはいえ、私はサイラスの騎士の証を傷つけてしまったのだから。
サイラスが1度も私と視線を合わそうとしてくれなかったことが
私の胸に、深い棘となって刺さった……。
読んでいただきありがとうございます。