『 僕とトゥーリの兄 : 前編 』
"私は、リヴァイル……という……。
君が会ったであろう竜の娘の兄だ……"
彼が自己紹介をした瞬間に、僕の中に様々な情報が流れてくる。
そう……ピーンという音と一緒に何かが弾けたような感じだ。
-……この人がカイルの記憶の一つ目の鍵……。
それまでは、彼の涙を見ても何も感じなかったのに……。
殺そうという気持ちが霧散していく……。
彼に対する情報が僕の中に巡る、しかし記憶を探ろうにも探れない。
どういうことなんだろう、もうひとつの鍵を外さないとだめって言う事か?
戦闘前の、彼の言葉がキーワードになり
自分の胸の中に広がっていく、孤独と喪失感。
カイルに出会う前のあの感情。
自分の立ち位置が脆く砂の土台に立っているような感覚。
少し動くと、土台の端から崩れていくそんな僕の立ち位置。
いつも付きまとう、僕はいったい何になるのか……という疑問。
人間の形をした人間以外の何か……。
割り切ってしまえばいい、そう思うのに割り切る事の出来ない僕。
そう……僕はどこかのカテゴリーに入りたいのだ。
この世界にたった独りではないと言う居場所が欲しいのだ……。
だから…………。
-…………。
-………………。
トゥーリの兄であり、カイルの親友であった彼を殺す事は
僕には出来なかった……。
酷いと思う。あれだけ人に精神的ダメージを与えておきながら
許さざるを得ないんだから……。
というか、彼を殺していたら一生、鍵が見つからないところだったんじゃ
そう心の中で思うが……もしかしたら彼が死ぬ手前でストッパーがかかったかもしれない。
そんな事が頭に浮かぶ。
この曖昧な情報提供というか、知識の引き出し方はどうにかならないものだろうか。
一貫性がない上に、本当に知りたい事が抜け落ちているというのはとても気持ちが悪い。
-……本気で殺すつもりだったのに……。
僕は深く溜息をつくと、彼の怪我と毒を治療する。
怪我はともかく、彼に与えた毒は遅効性だがきついもので
僕としても色々聞きたい事があったから、すぐに殺す気はなかった。
完全に動けなくしてから、トゥーリとの関係を聞きだすつもりだったのだ。
風の魔法だけでは不十分だろうから、癒しの能力も使って彼を治療する。
何か言いたそうに僕を見ていたが彼とは視線を合わせずにやり過ごす。
僕に答える気がない事がわかったのか先ほどからの質問を繰り返す。
「トゥーリとは?」
「僕が貴方の妹に贈った名前ですよ」
竜に名前を贈るというのは一種のプロポーズだ。
その事に気がついたのだろう、それに僕の腕輪も見ているはずだ。
彼は黙ってしまって何も言わない。
「……」
「貴方のことはお兄さんとお呼びした方がいいんでしょうか?」
そのセリフを言ったときの彼の顔を見て、僕の中にあった
苛立ちが少し解消したような気がした。
「やめて欲しい」
「……お兄様の方がよろしいですか?」
「やめろといっている」
「我侭な人ですね、ちょっと抵抗があるんですが
お兄ちゃんと呼ぶ事にしますお兄ちゃん」
「……」
彼が黙ってしまったので
冗談はこれくらいにして自己紹介をすることにした。
「僕はセツナといいます」
「私はリヴァイルだ、私のことは名前で呼べ」
僕が何か言う前に釘を刺されてしまった感じだ。
とりあえず、ここを通してくれるという確約が欲しい。
「リヴァイルさん、僕達は早くここを抜けて
リペイドに行かないといけないんです」
僕の言いたいことがわかったのか、きちんと返事を返してくれる。
「わかったから、ここは通ってもいい。
リペイド入り口まで私の転送用魔方陣で送ってやる。
ここから歩いて4日ほどが一瞬でいけるんだ……少し私との時間を
とってくれてもいいだろう?」
「僕や彼らに殺気や危害を加えないと約束してくださるなら
時間の許す限りお話に付き合いますが……僕も聞きたい事がありますしね」
「……別の意味で殺したい衝動に駆られるが、それは我慢するとしよう」
リヴァイルさんの本音を聞き少し苦笑する。
しかし、彼の気持ちも少しわかる。
僕も鏡花が婚約者だといって男を連れてきたら
殴りたい衝動に駆られるかもしれないから。
「とりあえず……ここに居ても仕方ないからな。
簡単な住居だが、洞窟の中に作ってあるからそこへ移動しよう」
リヴァイルさんに促されて僕はサイラスさんを担ぎアルトを抱えようとする。
「セツナ……なぜ魔法で運ばない……」
少し呆れた感じの声が聞こえる。
「あー……そうですね」
僕は2人を風の魔法を使って浮かせ運ぶ。
ただ単に、魔法で運ぶというのが思いつかなかっただけなのだ。
「よくわからない奴だな……」
そんな事をブツブツ言いながら、僕の前方を歩き出す。
僕は2人をぶつけないように注意を払いながら
リヴァイルさんの後をついていった。
ついたさきは、本当に必要最低限ものしかおいていないという感じの部屋だった。
ベッドに寝かせてもいいということだったので
2人をそこに寝かせ、僕とリヴァイルさんは椅子に腰掛けた。
「ここで700年間何をしていたんですか……と聞くだけ無意味ですね」
「……自己満足でしかないけどな……」
「リヴァイルさんがここに居ても、トゥーリのことは何一つわからないでしょう?
あの結界はトゥーリの全てを隠してしまっているから」
「……なぜ、セツナは妹と会うことが出来た?」
「トゥーリですよ、トゥーリちゃんと名前があります」
「……」
「まぁ、いいですけどね」
僕は少し苦笑して席を立ち、カバンから水筒を出して
水を鍋にいれて台所と思われるところで火にかける。
お湯が沸いたところで、お茶の葉を入れ2人分のお茶を作った。
少し長い話になるだろうから……。
リヴァイルさんに入れたお茶を勧める。
「どうぞ」
「ああ」
僕の入れたお茶を一口飲んで、カップの中身を凝視する。
「700年の間、口にしてなかったんじゃないですか?」
「……」
「竜がこの大陸で生活する事はほぼありえないでしょう?
だから、竜の加護やら騎士契約を夢に見る人が多い。
それだけ竜一族というのは珍しい存在ですからね」
「いろいろ知っているんだな」
「リヴァイルさんの、魔力量がとても少ない事も気がついてますよ
その魔力量じゃ……相当体に痛みがあるんじゃないですか?」
「君は竜マニアか?」
「……違います」
「……」
「竜水……こちらの大陸にはないものでしょう?」
「ああ」
「契約した竜でさえ、水を飲みに戻るというのに
無茶をしますね……」
この世界の竜は、魔力量が多いから自然回復だけでは追いつかない。
極端に魔力量が変わるわけではないが、徐々に自然回復が追いつかなくなるのだ
だから、竜の住む大陸には竜水と呼ばれる特別な水が湧く。
それは、魔力を回復させる効果があり
竜はそれを口にしながら、魔力量を維持している。
魔力量が減ってしまうと子供が作れなくなるから……。
痛みは警告だ、子孫を残す為のストッパーなのだ。
魔力を回復させろというアラームなんだろう。
700年の間、トゥーリを思い体の痛みに耐え
1人でこの洞窟に住んでいたのか……。
「この竜水は何処で手に入れたんだ?」
「カイルから貰ったものの中にあったんですよ」
僕がカイルの名前を出すと、思わずといった感じで立ち上がる。
「あ……あいつは、生きてるのか?」
僕は首を横に振り答える。
リヴァイルさんは、俯き黙ったまま椅子に座りなおした。
「そうか……そのカバンに見覚えがあったはずだ。
カイルのものだったんだな」
「僕がカイルから受け継ぎました」
受け継いだものはカバンだけじゃないけれど……。
リヴァイルさんは、ゆっくりカップを口元に持っていき、静かにお茶を含み飲み込む。
「美味しいな……」
少し目を細め、カップを机の上に置き目の辺りを手で覆う。
「……」
「私が、妹……トゥーリの兄だと名乗ったときに
すんなりと受け入れたのは、私の名前を知っていたからか?」
「ええ」
本当は名前を聞いた瞬間に、情報として頭に入ってきたのだが
それは言わない。
「……」
僕はカバンに手を入れ、手紙を一通取り出した。
それを机の上に置く。
「カイルからリヴァイルさんにです」
情報と一緒に流れ込んできた、カイルの願い。
リヴァイルさんは机の上に置かれた手紙をじっと見つめていた。
1つ溜息を付いた後手紙を受け取り、机の引き出しにしまった。
「後で読ませてもらう」
僕は、お茶を飲みながらリヴァイルさんの言葉に頷いた。
ポソリと呟くように言葉がリヴァイルさんの口からもれる。
「不思議な事もあるもんだな……殺そうとしていた人間が
交友を断ったカイルの手紙を持っていて、そして妹の婚約者だという」
リヴァイルさんは、僕とトゥーリの婚姻を認めたくないのだろう……。
あながち間違ってはいないけれど……。
僕はまだトゥーリを抱いていないから。
本当の意味で、婚姻を結んだとはいえないのだ。
「カイル……」
リヴァイルさんが苦しそうにそして寂しそうに呟いた言葉に触発されて
僕もカイルの姿を思い出す。
リヴァイルさんの呟きから僕の推測でしかないけれど
トゥーリの事件でカイルとリヴァイルさんは
仲違いをしたのかもしれない……。
カイルは何を思って、記憶の鍵をリヴァイルさんにしたのだろう。
僕に命を渡すときに最後に会いたいと思わなかったのだろうか。
1000年前の事件、カイルは何を見たんだろう。
バラバラのピースばかりで、途方にくれる……。
謎は深まるばかりで解決の糸口はさっぱり見えなかった。
僕はそんな気持ちを隠すように、リヴァイルさんに話しかける。
「そう不思議でもないですよ。
僕がトゥーリと出逢ったこれは運命です。
そこに付録のようについてきたのがリヴァイルさんです」
「……おい……」
「まぁ、それは半分冗談ですが」
「……」
眉間にしわを寄せて僕を見ているリヴァイルさん。
「カイルの交友関係が広かった、ただそれだけの事です」
カイルは僕と違って、アクティブな性格ぽいから
2500年という歳月で沢山の人と出会い関わり生きてきたんだろう。
特に、竜という長寿な種族はカイルにとっても心の支えに
なっていたんじゃないだろうか……ここの世界の人間の寿命が長いといっても
平均寿命は250歳……2500年以上生きたカイルが人と過ごすより長寿な種族と
係わり合いになろうとするのは普通の感情のような気がしたのだ。
-……置いて行かれるのは寂しい……から……。
なのに、竜の一族との接触を断ったカイル……。
-……。
思考に耽りそうになる僕にリヴァイルさんが失礼な事を言った。
「そうだな、カイルもセツナと同様おかしな奴だったからな……」
「僕はまともだと思いますが」
「……」
「お兄さん、僕はまともだと思いますが?」
「その呼び方はやめろ!」
本当に嫌そうに僕を見ながら溜息をつく。
「カイルは種族問わず友人が多かったからな。
そう考えると、不思議ではないんだろうな……」
遠くを見るような目をしながら納得したように頷くリヴァイルさんに
僕も頷くのだった。
読んでいただきありがとうございます。