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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 カーネーション : 忍耐強さ 』
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『 私と生意気な男 』

 私の目の前を白い軌跡を描き白刃が唸った。

それを合図に、私と彼との戦闘が始まったのだった。



長い年月がたってるとはいえ、洞窟自体はまだしっかりしている。

私がこの洞窟で暮らし始めてから、誰もこの洞窟を使う生き物は居なかった。


それが700年ほど前にここに居た

魔物のせいだろうということは想像がついていたが

誰とも係わり合いになりたくない

私にとってはとても住み心地のいい洞窟だった。


様子がおかしいと思ったのは二日前

私が施したクット側の結界が破られたのだった。


こちらから出向いて排除しようかとも思ったが

そのうちここを通るだろうと思い、そのまま放置する事にした。


そして今日で七日目、私の目の前にいるのは人間が2人に獣人の子供が1人

少し妙な取り合わせだが、私の結界を破ったのが誰なのかがはっきりわかった。


1人は剣士と思われる青年、その振る舞いには隙がなくこちらを警戒しているようだ。

もう1人、こちらは魔導師なのだろうか柔らかい優しい感じのする青年だ。

そして獣人の子供は私を見て硬直したように動けないようだった。


彼らの目的が何にしろ、私はここから先は誰も通す気がない

一応忠告はしておくか……引き返すなら命は助けてやろう……。


そう思い、警戒している3人に声をかける。


「今すぐに、ここからきた道を引き返すのであれば、命はとらない」


そういいながら私は土の魔法で私の足元に横線を引く。


「だけど、君たちのうち誰か1人でもこの線を越えたら

 私は君達を殺す、大人しく引き返したほうが身のためだ」


魔導師風の青年が口を開く。

彼以外は警戒しているのか、手を剣に持っていき、こちらが攻撃を仕掛けたら

即反応できるぐらいピリピリした気配を纏っている。


「貴方がここに800年前から住んでいる人ですか?」


800年……そうか、あの魔物は800年前に住み着いてそこから人が通れなく

なっていたんだな、多分当時の人間はあの魔物に勝てなかったんだろう。


「違うな、私はここに700年程前から住んでいる。

 君たちが言う魔物は、私が700年前に殺した」


私が、ここに住んでいた魔物を殺したと主張することで

私を倒せないだろうということを伝える。


「なるほど…… 僕達はリペイドの国へ行きたいのですが

 通してもらえないでしょうか?」


彼の言葉に私は薄く笑い、今度は殺気を込めて警告する。


「私は、誰一人としてここを通すつもりはない。

 一人通せば……人間がここを通れると思うだろう?

 それは迷惑だ」


私の言葉に、手のひらを口元に当て考える魔導師風の青年。

私が殺気を放っているにもかかわらず飄々としている……。

その余裕は何処から来るものなんだろうか?


もう1人の人間の剣士は、真っ青な顔をして辛うじて立っているが

獣人の子供は耳と尻尾を丸めへたり込んでしまっている。


考え事をしていた青年が、獣人の子供の様子を見て話しかけている。


「アルト、アルト……」


私の殺気で恐慌を起こしかけているようだ。

もちろんわざとやっているのだが、人間の剣士も一歩手前というところだろうか。


魔導師風の青年が少し溜息をつき、獣人の子供を抱き寄せる

二言三言何か言ったかと思ったら、子供の体の力が抜けた。

眠らせたようだ。


剣士が魔導師風の青年に話しかけている。


「セツ……ナ、引き返した……ほうがいい……」


青い顔をし、歯がかみ合っていないのか言葉が途切れ途切れだ。

人間にしては耐えているほうだと感心する。


「大丈夫です。だけどサイラスさんも少し寝ていてください。

 あの人の放つ殺気は、精神に作用するものだから」


その言葉に、私も驚くが剣士も眼を見開いて驚いていた。

優しい感じの菫色の瞳を剣士に向け、安心させるように軽く笑った。


「な……何を……せ……」


剣士が全てを言う前に、青年が剣士も眠らせたようだ。

2人を壁際に運び、結界を張り私のほうに向き直る。


「3人でかかってきた方が勝算があったんじゃないか?」


「あの状態では、心の方が先に壊れます」


彼のセリフに薄く笑う私。


「君は平気そうだけど?」


「僕も少し緊張していますよ?」


どう見ても緊張などしていないように見える。

ここまで私の殺気を浴びて平然としている人間を見るのは久しぶりだった。

あれを人間の枠に入れたらの話しだが……。


「それに、個人的に少し聞きたい事もありますし……」


何かをひとり言のようにボソリと呟く私には聞こえなかった。


「で? 君は何をするつもりなのかな?」


「僕達はここを通してもらいたいだけなのですが」


「通さないといっているだろう?」


「どうしてもですか?」


菫色の瞳を真直ぐ私に向け問いかけてくる。


「通りたかったら私を倒せばいい」


「……」


「そこの線からこちらに来たら、私は君を殺す」


「僕達がこの洞窟を通った事を

 誰にも口外しないと約束するといっても駄目ですか?」


あくまで私を説得しようとする彼に嘲笑を向ける。


「私は人間が嫌いなんだよ。

 引き返せば命はとらないと言っているうちに帰ったほうがいい」


私の言葉に深く溜息をつく青年。


「貴方は何故ここで暮らしているんですか?

 竜の大陸はここではないでしょう?」


青年の言葉に口角が上がる。


「ふふ……私が竜だとわかったのかね?」


「わざと人を狂わせる殺気を放てるのは、竜だけじゃないでしょうか?」


そう……恐怖で気を失う事も出来ないくらいの殺気を出せるのは竜だけだ。


「……それでは、君は何なんだ?」


青年の肩がゆれる。


「君は人ではないのか?」


「……」


視線を自分の足元に落とし沈黙を持って答える。


「ああ、自分で自分が何なのかわからないとか?」


「……」


「君は私から見ても異質に見えるからな」


私の殺気を浴びながらも、飄々とした感じを崩さなかったのが

とても頼りなげな雰囲気を晒しだした。


-……そうか……彼は自分の居場所を見つけられていないのか……。


居場所、それは種族だったり国だったり家族だったり様々だが

居場所の定まらない生き物はとても脆いものだ、それは帰る場所がないから

安住する場がないから心が休まらないのだ。


自分の全てをさらけ出し、心に壁を作ることなく過ごせる場所。

ありのままの自分で居る事が出来る場所。


普段はそう気にすることなく生活しているが……ふっとしたときに

故郷に戻りたくなる、それは自分の居場所がそこだと本能的にわかっているからだ。

自分が生まれた場所、育った種族そういうものが自分を培っている基盤になっていくから。


何処にも属する事の出来ない生き物というのは孤独だ。


割り切って、一生そういうものをもたなくとも強く生きている生き物もいる。

しかし、彼はまだそこまで割り切れていないのだろう……。


自分を騙しながら、周りを騙しながら生きているうちは

居場所も見つからなければ、割り切る事も出来ない。


「なるほど、君が……そこの人間と獣人を眠らせたのは

 自分の異様さを見せたくなかったからだろ?」


体が大きく揺れる。


「彼らを助ける為ではなく……自分が何なのかを後で問われるのが怖かった」


「……」


「では、私をここで殺したら君はどう言い訳するつもりだ?

 あれだけの殺気を私は彼らにぶつけたのだから、私が尋常じゃない事は

 気がついているだろう。私は別に竜だという事を隠すつもりはないから

 もし死んだら竜の姿に戻っているかもしれない」


彼の精神に負荷をかけていく。


「化物と恐れられて彼らは逃げるかもしれないね?」


私の言葉と同時に彼の雰囲気が変わる。

今まで不安定だったものに脆さが加わる。


-……もう一押しかな……。


後一押しで、この線を越えてくるだろう。

精神的に苦痛を与えるものを、排除しようというのは普通に働く心理だ。


2人を眠らせているからここから逃げる事も出来ないだろう……。


完全に追い詰められた彼は、私に殺されるしか道がないのだ。

私はもう彼を逃がすつもりはなかった。


忠告は最初にしてやったのだ……それを聞き入れなかったのは彼の責任。

もともと、嫌いな人間に情けなどかけてやる必要はなかったのかもしれない。


「君は本当に人間なのか?」


私の問いかけに、ゆっくりと彼が顔を上げる。

私の視線と交差したとき……私の体に恐怖が走った。


「……僕は人間ですが?」


そう答えるが、その声には抑揚がない。

感情の欠落した瞳、感情の欠落した声。


その瞳がうつすのは空虚、私を見つめるのは紫のしのひとみ

私に敵意を表しているのに殺気さえ欠落しているその気配に

不気味なものを感じ体が粟立つ。


彼がカバンの中に手を入れ、そこから出てきたのは剣だった。

そのカバンに見覚えがあるが……何処で見たものかが思い出せない。


カバンから出した剣を鞘から抜く。

しかし構えず剣を持った手を下ろしたままだ。


私も剣を鞘から抜き彼の行動を警戒しながら観察する。


「僕達を通してくれる気はないんでしょうか?」


「……」


彼の言葉に絶句する、ここまで追い詰められておきながら

抑揚のない声で、光を灯さない瞳で私と交渉しようというのか……。


それは人であろう、人でありたいというギリギリの気持ちからなのだろうか。

それとも……眠らせた2人の為だろうか……私には判断がつかない。


しかし私はここを通すつもりはない。それにもう彼は殺すつもりでいた。

私は殺気を彼に向け答える。


「何度聞かれても答えは同じだ」


私の返事を聞き、1度俯きそして彼が視線をすっと右にそらした

それはとても自然で私も思わず彼につられて左を見る。


その瞬間、私の目の前を白い軌跡を描き白刃が唸った。

辛うじてその剣をよける、私の周りの風が舞い上がる。


殺気も感じず、彼がこちらに向かってきた瞬間もわからなかった。


私の眼を潰すための攻撃に、あと少し反応が遅れていたらと思うと背筋に冷たい汗が流れる。


-……強い……。


一気に体が戦闘態勢にはいる、魔力を纏い体を強化する。

久しぶりの戦闘に心が躍らないといったら嘘になるが……彼はどこか得体が知れない。


-……油断すると獲られる……。


彼が剣をゆっくり構え、一気に私との間合いを詰め剣を振り下ろし私の剣とぶつかる

彼の剣を受けとめるが……重いっ……。


この体つきでどこから? っと思えるほど彼の一撃は重かった。


-……彼は魔導師ではなかったのか……。


自分の推測が外れた事が腹立たしい。


数度打ち合い、お互いが間合いを取り合う。

彼と視線を合わせるが、空虚な紫の瞳で……ただ静かに私を見ていた。


彼の周りに魔力が集り、鏃みたいな形のものが彼のそばにいくつも出来る。


-……。


その様子を見て、やっぱり魔導師かと思う気持ちとありえないだろうと言う気持ちが

私の頭の中をまわっている。


どう考えても、人間には無理な戦闘方法だ。

詠唱もなしであれだけの魔法を作り上げるなど考えられないし

人間の魔力では、竜の体を傷つける魔力を練る事など不可能に近いのだから。

しかし、あの風の鏃には私の肉体を傷つけることが出来るだけの魔力が練られている。


「君は……何なんだ?」


思わず本気で口に出した言葉に、彼を刺激したのか答えは風の鏃が私のほうに飛んできた。

それを土の魔法で防御壁を作りながら相殺していく。


体に当てると危険だと頭が警鐘を鳴らす。


相殺できなかったものは剣で叩き壊していく。

魔法を使っている間は攻撃できないというのが常識だ、魔法の制御は集中力が居る。

だから……一瞬彼を視界から外してしまった。


その瞬間、左わき腹に痛みが走った。

それでも辛うじて、致命傷を条件反射で避けたのだ。

後ろに下がり彼と対峙する、竜の強化した肉体を剣で傷つける……忌々しい魔法剣か。

全てにおいて、私の予想を裏切るこの展開に苛立ちが募る。


彼は追撃せずこちらを見ている……その態度に怒りがわく……。


今度は私から攻撃を仕掛けるが、その攻撃を意図もたやすく受けきり

私の剣を押し返してくる、それと同時に彼が作り出した風の鏃が私のほうに

向かってきた。


剣で打ち合いながら、彼の魔法を土の魔法で相殺していかなければならない戦闘に

だんだんと余裕をなくしていく。


呼吸が荒くなっていく、普通ならこんな短時間で息が切れる事など無いというのに

その考えが思考を鈍らせたのか、彼の剣をよけた瞬間私の右足を風の鏃が貫いた。


「ぐっ……」


一気に後ろに飛び、彼と距離を開ける。

戦えないほどではないが……あの戦闘を続けるのなら少し辛いかもしれない。


反撃しようと立ち上がろうとするが……足に力が入らない?

その間に彼はゆっくりこちらの方へ歩いてくる。


-……何故立てない!?


左わき腹の傷は深くないはずだ。右足の傷も立てないほどではない。

必死に立とうとするが足が動かない。

体が重い……気を抜いたら倒れこんでしまいそうになる。


おかしい……そう気がついたときには遅かった……。


「お……まえ……なにを……した」


「……毒を仕込んだだけですよ」


彼の言葉に驚愕を通り越し恐怖を感じる。


毒!? 剣で攻撃し、魔法を使いその上まだ毒を用いる余裕があったのか!?

私にも何時毒が盛られたのかはわからなかった。


私の喉元に剣を突きつける、私を見る瞳は()の瞳

ここまで圧倒的な強さを持っている彼は何者なんだろうか……。


それを問いただす機会はなさそうだと思いながら覚悟を決める。

彼の瞳から、視線をそらし右腕を見る……そこに輝いているのは銀色の腕輪。


それを見た瞬間に、全身の血が逆流するかと思うほどの衝撃を受けた。


「なっ……なぜっ!?」


信じられない思いで、彼の全身を見る。


-……この加護は……。


混乱している私の様子を、喉元に剣を突きつけながらただ黙って眺めている彼。


「……お前、……竜の娘を……知っているのか」


「僕が、知っていようが知っていまいが貴方には関係がないことでしょう?」


そういい、剣の先が私の喉に刺さりピリリっとした痛みが走る。


-……死ねない、まだ死ねない……。


私は、彼の剣の刃を握り彼の目を見て話す。

手のひらから血があふれ剣をつたって私のほうに流れてくる。


「生きて……いるのか? あの子は……まだ生きているのか!?」


呼吸が苦しい……それでも聞かなければならない。

私の態度に、私の言葉に彼は暗い笑いを宿し答える。


「貴方は、彼女を監視する為にここに居るんじゃなかったんですか?」


彼の言葉は、肯定するセリフだ。

その意味は、あの子は生きている……。


そう理解した瞬間、涙が頬を流れた。

私の涙を見ても、少しも感情を動かす事もなく

ただ黙って私を見ている彼。


「私は、リヴァイル……という……君が会ったであろう

 竜の娘の兄だ……」


私の告白に、彼の肩が揺れ瞳の中にゆっくり感情が戻る。

そして深く溜息をつき一言呟いた。


「……貴方をここで殺していたら

 僕は、トゥーリに恨まれてしまうじゃないですか……」


「トゥーリ……?」


私の問いには答えず、私が剣の刃を握っている手をゆっくりと解いていき

回復魔法をかける、そして魔法とは違う何かが体の中に入ってきた。


「……」


それが体の中を巡ると息苦しさも痛みも全て消えていた。


「もう大丈夫だとは思いますが、どうですか?」


魔法とは違う何かで、体の全ての異常を治した彼を凝視する。

彼は私の視線を受けとめる事はしなかった。


「ああ……もう大丈夫」


気になっている質問をもう1度する。


「トゥーリとは?」


今度は私と視線を合わせ、戦っているときとはまったく違う

感情のこもった声で答える。


「僕が貴方の妹につけた名前ですよ」


「……」


「貴方のことは、お兄さんとお呼びした方がいいんでしょうか?」


そう言って、にっこり笑う青年を見て違う意味で殺意を覚えたのは

仕方がない事だと私は思った。




読んでいただきありがとうございます。


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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