『 宰相とサイラス 』
今のこの状況は、詰まれる一歩手前というところまできていた。
あと少しで、連合国が完成するというのに……。
連合国が完成すれば、帝国の従属国にならなくてもいい。
後一歩……後一歩の所で国王が毒を盛られた……。
やっと1年間に渡る各国との話し合いが済み、後は調印のみなのに……。
今ここに来て国王が病気だということが各国に分かってしまうと
今までの話し合いが無になってしまう。
各国の思惑が、何とか妥協できるところまでこぎつけたのだ
後もう少しで手が届くところまで持っていけたのだ。
苛立ちと、焦燥が私を包んでいくのが分かる。
ユージン様はまだ各国に認めてもらえるだけの力がない
国王でなければいけないのだ。
せめて後1年、帝国の干渉が遅ければ色々打てる手があったものを……。
半年ぐらい前から急に情勢がきな臭くなってきた。
帝国が領土を広げるべく、戦の準備をしているというものだった。
周辺諸国もその煽りを受けて、連合国への話し合いが進んだのも確かなのだが……。
20日ほど前に帝国からの文書が届き
表向きは同盟となっているが……その内容が第一王子を人質に差し出せというものだ。
それでは従属国と変わりがない。
幸いこの国の国王は国民にとても人気がある。
国力が欲しい帝国は、出来れば無傷でこの国を手に入れることを画策している。
国王を殺して国民感情を逆なでし、反乱を起こした民を鎮圧するという
時間と金を出来るだけかけたくないという意図が見える。
それでも戦をするとなったら、この国などすぐに潰してしまえるだけの力は持っている。
連合国になれば、帝国といえどもそう簡単には手が出せないだけのものができるのに。
私達の選択肢は数えるほどしかなかった。
1つは帝国の従属国になり、王子を人質にしこの国の民を傷つけない選択
1つは、連合国をつくり周りの各国と協力し帝国と対等な関係を作る選択
そして後1つは私個人に来た帝国からの文書……。
私はこの国の宰相という地位を持っていながら、現国王の弟という立場にある。
国王とはだいぶと年が離れているので、兄というよりは父といったほうが
しっくり来る様な気がするが……。
帝国から来た文書にはこう書かれてあった。
"国王と王子を亡き者にし貴方が国を治めてはどうか……"
ようは、王位を簒奪し国王になり帝国の言いなりになれという事なのだろう……。
この文書を見たときに、腸が煮えくり返りそうになり燃やしてしまおうと思ったが
その手を国王が止めたのだ。
「連合国を作るにはもう少し時間がかかる、帝国への文書の返事を今のところは
先延ばしにしているが……それももう長くは持たないだろう」
「……」
「それにもし連合が失敗し、王子を人質に出したとしても帝国は私を殺すだろう。
その時は、私を殺しキースお前が帝国を出来る限り押さえこの国を導くのだ……」
「何をっ!」
「キース、守るべきは民なのだ民が殺されるような事があってはならない」
「私が帝国と繋がるのは……保険という事ですか……」
「そうだ」
「……」
「必要なら私の命を狙え、私はそう簡単には殺されない。
そして出来るだけ時間を稼ぐのだ……この国の未来の為に」
兄の言葉に、奥歯をかみ締める。
帝国に対する怒りが、自分の身から溢れそうになるのが分かる。
「帝国からの諜報員も入ってきているようだ
帝国と内通するのであれば、ユージンやサイラスとも距離を
とるべきだろう……」
「……」
「幾重にも罠を張り巡らしてくる帝国に
お前は、独りで立ち向かわなければいけない事になる」
真剣な国王の……兄の眼を見て私も心を決める。
「ご命令、謹んでお受けいたします」
「キース、お前を辛い立場におく。だが堪えてくれ……」
兄の苦痛にゆがんだ表情を見やり胸が痛む。
何も言えずに一礼して国王の部屋を後にし
王子のユージンと彼の騎士であるサイラスにこの話を伝える。
私が危険な立場になる事を心配して反対してくれる第一王子ユージン
年の離れた兄に代わって教育係を勤めてきた。
彼も兄と同じくこの国の良き王となる資質を持っていた。
だからこそ、帝国などに人質に渡すわけには行かないのだ。
その為にも、私は帝国の飼い犬となって動かなければいけない。
そうなれば私にも監視の目がつくのだろう……。
気安く会話を交わすことなど出来なくなる。
不信感を与えるわけには行かないのだから……。
孤独な戦いになる事が簡単に想像でき、決心が揺らぎそうになる。
ユージンと親友のサイラスとで、この国を守っていく事を誓っていた。
3人でこの国の国民をより豊かにするようにそう強く誓っていたのだ。
-……明日からは独りでこの誓いを抱く事になる。
だけど、心だけはユージンとサイラスと共にあると信じている……。
そう覚悟を決め、私はユージンに私の心を伝える。
「ユージン様、私は必要とあれば本気で貴方を殺しにかかります」
「キース……」
「しかし、どのような事があっても
私はこの国の為に動いているという事を覚えていて頂きたい」
「……わかっている」
色々な感情が渦巻いているのだろう、顔に苦渋を浮かばせ反対の言葉を言いたいのに
我慢しているそんな感情が見え隠れしている。
「どうか……生きてください、この国の為に」
「……」
「今宵、この場を離れましたら私は貴方の敵になる……」
ユージンの目に暗い光が宿る。
それは、帝国への怒り。
「サイラス、お前は死ぬ気でユージン様を守れ
私はお前にも容赦はしない」
私の言葉にサイラスは何も言う事はせず・ただ黙って私を見ていた。
しかしその目にははっきりと私を心配する色が浮かんでいる。
私はそれを振り切るように、最後に伝えたい事を伝える。
「ここで一度道を違う事になろうとも、私は必ずユージン様とサイラスと
ともに歩ける事を信じて自分の道を進みます、この国と民の為に」
そう、帝国に勝つために……。私達の国を、私の大切なものをを守る為に戦うのだ。
同じ道は歩けなくとも……。
この2人を信じている限り、この2人が信じていてくれる限り
どのような立場になろうとも、私は独りではないのだ。
そう自分に言い聞かせ、私は帝国に返事を送った。
帝国側からの返事は、歓迎するといいながらも帝国を裏切った場合
私の命はないという脅しの言葉が書かれていた。
そんな事は最初から分かっていたことなので驚きはしない……。
手紙を送ったその日から、私の生活はがらりと変わった。
帝国側の人間をそばに置くことになりいつも監視されている。
王子の命を狙う画策をし、実行に移すこともあった。
その全てをサイラスが阻止していた。
私が帝国と内通している間に、国王は着々と連合国の調印に向けて
動き出していた、ここで帝国に気付かれるわけには行かなかったので
私も慎重になっていたはずだったのに……。
思わず目の前の机に怒りをぶつける。
一瞬の隙をつかれたのだ……。
帝国は……連合の事を知っているのか?
そう思わせるようなタイミングだった。
しかし、そうではなかったようだ帝国で問題が発生したらしい。
こちらに深く関わっている事が出来ない問題が……。
-……内乱……。
帝国の従属国の1つが帝国にはむかったらしいのだ
その為に、国王に毒を盛りこちらを混乱させ向こうが落ち着いたら
改めてこちらに干渉しようという計画なのだろう。
国王を一月苦しめ、憔悴していく様をユージンに見せ
自ら帝国へおびき寄せる為の……罠だった。
この毒は少しずつ体を蝕んでいく、そうまるで病気のように。
国王を病死に見せかける事もでき、帝国としては一石二鳥なのだ。
帝国の第一の目的は、ユージンを人質に取り無理なく国を制圧することだ
それが無理ならば、国王を殺し私を国王に据え操ろうという事なのだろう。
帝国はどちらでもいいのだろう……この国が手に入りさえすれば。
-……今ここで国王が死ねば全てが水の泡になる……。
帝国で内乱が起こり、諜報員の人数が減っている今が動くときだった。
今のところ国王が毒を飲んだ事を知っているのは
この国では私とユージンと国王と王妃だけだ。
サイラスはまだ知らない、ちょうどサイラスは非番だったから。
動ける隙があるとしたらここだけだと確信する。
国王の寝室へ行き、ユージンと国王と相談をする。
時間は余りない、お見舞いとして来たのだから。
解毒剤を取り寄せる事は出来ない、この毒の解毒剤は帝国が握っている。
薬草ならクットの国にあるのだが解毒剤を調合できる人間がクットにいるのかは
分からない。
だけど帝国から取り寄せる事が出来ないいま、クットに行って薬草を採取し
調合してくれる人を探すしか手立てがない。
しかし、その人員を派遣する事は出来ない。
人を動かすと帝国に感づかれてしまうそして連合にも……。
じわりじわりと帝国が首を絞めてきているのを感じる。
暑くないのに……汗が出る……。
「ユージン様、サイラスの騎士の証を剥奪し
転送魔方陣でゼグルの森に転送しましょう」
ユージンと国王が厳しい顔つきをする。
「今彼しか動けません。貴方の命を守り帝国からしてみれば邪魔者でしかない彼なら
帝国の目を欺けます」
「しかし、証を剥奪し転送という事は何も持たずにゼグルの森に放りこむことになる
サイラスが危険すぎる、それに勝算の薄い賭けだ! 」
「ユージン様が与えたナイフだけは残せると思います」
「確かに、あのナイフの魔法を使えば森から無傷で出る事は可能だけれど
保護の効果は1日しかもたない……」
「1日もてば、近くの村につく事が出来ます。
その後ナイフを売ればわずかですがお金も手に入ります」
全てうまくいけばの話しだ……。サイラスが1つでも選択を間違えたら
破綻する計画だ、薄氷の上を歩くようなものだ……。
「うまく村につけたとしても、ここまで戻ってくるのに2ヵ月はかかってしまう……」
「1つだけ方法があります」
ユージンがその方法に思い当たり、目を見開く。
「ありえないだろう! 」
「わかっています! それがどれほど危険な事か
しかし、それしかないんですそれにかけるしかないんです!」
どう考えても、分の悪い賭けでしかない。
サイラスに事情を説明している暇はないだろう。
最低限の情報を渡す事も出来ないかもしれない。
サイラス追放に、疑いの目がかかるのを防がなければいけないのだから。
だがいきなり騎士の証を剥奪されて、サイラスが正気でいられるか分からない。
ないないだらけで目の前には絶望が広がっている。
だけど、解毒剤を手に入れるために動かなければ
このままこの国が、国王が死ぬのを
手をこまねいて見ているしかないのだ。
「ユージン様、騎士の証を剥奪するときに破棄魔法なしで傷つけてください。
それで騎士の証の傷は後で消す事が出来ます、そして彼にこの言葉を
"その紋様の上に、アネモネの花の紋様でも刻んだらどうだ"っと」
サイラスがユージンの社交の勉強のときに教えた花言葉を覚えているか
不安ではあるけれど……。
ユージンにはその意味がちゃんとわかったようだ。
ここで、私に用があるという知らせが来た。
帝国の監視の人間だろう。
私は一礼し、国王の寝室を後にする。
自分の部屋に戻り、サイラスを罠にかけることを伝える。
よほど邪魔だったと見えて、何の疑問も抱かずに首を縦に振る監視。
翌日、サイラスに私の暗殺未遂の罠をかけた。
実際、王族の命を狙ったものは死罪なのだが、私がサイラスに温情をかけたことにし
騎士の証を剥奪の上、転送魔方陣での国外追放。
武器、装備道具など剥奪の上でだ……。
残ったものは、私達3人が靴に隠し持っているお揃いのナイフのみ
サイラスの強さは知られていて、手を抜く事が出来なかった。
防具だけでもつけてやりたかった……。
ユージンが、サイラスの騎士の証にナイフを当てる。
サイラスの瞳が絶望に染まっていく様子を目をそらさずに見つめる。
心が……切り裂かれるようだった。
何故私達が、こんな辛い選択を強いられなければならないのか……。
不条理に怒りが湧き上がる。
サイラスは、必死に叫んでいるが転送魔方陣にのせられる。
周りには監視がいるので多くをサイラスに伝えられない。
サイラスのポケットに、王子暗殺ように帝国から手に入れた毒を入れる。
王に盛られた毒と同じものだ。
-……サイラス気がついてくれ、そして生きて戻ってきてくれ……。
願いを込めながら、サイラスの無事を心の中で祈りながら
考えていたセリフをサイラスに伝えた。
『生きるのが辛いと思ったらこれを飲んで死ぬといい
すぐに死ねるから、せめてもの私からの情けです』
サイラスは私を見なかった。
-……サイラス、思い出して欲しい私達の誓いを……。
何度も何度も、心の中で話しかけサイラスが転送されるのを見つめていた。
サイラスに全ての命運がかかっていると言ってもいい
いや……かかっているのだ。
運命の歯車は、まだどちらに回るか決まっていない。
私はサイラスがもどってくるのを信じて待つ事しか出来ない。
私も、ユージンもサイラスも……孤独な戦いを強いられている。
誰一人かけても私達の愛するこの国を守っていく事が出来ないのだ。
過酷な状況で生きなければならない友を思って私の夜が更けていった。
サイラスを追放した後、状況が少し変わった。
帝国の内乱は思ったより激しく、帝国は国王に毒を飲ませたことにより
余裕があると判断したのか、王子に対する監視の目はゆるくなった。
ユージンを人質に取れれば、戦いのときに先陣に出せるだろうし
ユージンが国の兵士を率いた方が反感が少ないだろうから。
私が殺したいのなら殺してもかまわないと言われているので
不審を抱かれない程度に、ユージンの命を狙う振りは忘れない。
全てがギリギリの状況で私達の精神は刻一刻と削られていく。
それでも歩みを止めることだけはしなかった。
いやできなかったのだ、サイラスが帰ってくるのを信じているのだから。
読んでいただきありがとうございました。