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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『アネモネ : 貴方を…… 』
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『 僕達と依頼 』

 項垂れて悩んでしまっているサイラスという男性を

僕はじっと観察していた。

彼を治療したときに見た騎士の証で

何処の国の人間かはわかっている。


僕は正直、国には関わりたくないと思っているから

できるのなら、彼自身でどうにかして欲しい

それが僕の率直な気持ちだった。


僕の能力や魔力は国にとって、とても魅力的に見えるはずだから。

特に……存続がかかっている国には……。


彼の国の情勢は、現在とても厳しいものになっているはずだ。

彼の国だけではなく、彼の国の周辺諸国も厳しい状況に立たされている。

戦争が何時起こっても仕方のない、緊張状態の上にあると言える。


目の前の事だけしか、見る事が出来ないのなら

彼を街までは連れて行き、そこで分かれるつもりだ。


僕の言葉にやっと、自分の立ち位置を把握したようだったし

あのまま国に帰っていたら、きっと彼は殺されていただろう。


今の彼は、何も当てにはできないのだから。

そう騎士であるという名誉も、地位も何も持っていないのだ。

それは自分にとって、誰が味方であり誰が敵であるかの見極めも難しくなる。


あそこで偽名をつかったのなら、もっと早く見限っていたのに……。


僕が冒険者だと知って、依頼を頼んできた彼を冷たく突き放した。

彼が生きようとしてなかったことが、心に引っかかっていた。


すぐに、命を捨ててしまうなら

助けるだけ無駄なことだ。助けたいとも思わない。


しかし、僕はこの問題に巻き込まれるだろう予感がする。

心の中で溜息をつきながらも、彼が出す答えをゆっくり待った。


サイラスさんが俯きながら、ポツリポツリと話しだす。


「今の俺には何もない、これからも貴方に何か保証できるものもない」


「……」


「だが、俺には守りたい人がいる。守りたい場所がある。

 虫のいい願いだとはわかっている!

 でも、俺には今貴方しか頼る人がいない。

 貴方に俺の命さえ渡す事が出来ない……」


彼は顔を上げ、僕の視線を真直ぐ受ける。

彼の瞳の中にある光は決意の光り、覚悟を決めた光だ。


「助けてもらえないだろうか! 俺を、俺を国に、ユージンの元に

 連れて行ってはもらえないだろうか!」


「僕に利点は何もないのに、命を賭けろと言われるのですか?」


彼は唇を深く噛み、一瞬目を伏せようとする。

それを意志の力で押し留め、僕の瞳から視線をそらす事はしない。

だけど、それ以上僕に何を言っていいのかもわからないのだろう。


しかし、彼の目に灯る光は先ほどよりも強かった。


守りたい人、守りたい場所。

何より、自分独りではどうする事も出来ない状況

それはとても孤独な事だ……。


やっぱり関わる事になるんだなと

軽く溜息をつき彼に条件を提示する。


「僕の出す条件を守れるのであれば

 その依頼受けましょう」


彼の瞳が揺らぐ、視線はそのままで頷く。


「僕達は国に仕える気はありません。

 なので僕達を貴方の国に仕えさせようとしない事。

 僕達を利用しようと考えない事。

 そして最後にこれは報酬の話しになりますが……」


報酬という言葉に肩を揺らす。


「貴方は僕の願いを1つだけ叶えなければならない

 これが条件です」


この言葉に顔色が少し変わる。

当たり前といえば当たり前な話だ、僕が主を殺せといったら

殺さなければいけない状況になりかねないのだから。


「貴方の願いとは?」


「秘密です」


本当はまだ考えていない、今は報酬なんて後回しでいいのだ。

ようは彼の覚悟がどれほどのものかと言う事を、確かめたいだけなのだから。


まるで悪魔の契約だよね……。


心の中でそんな事を思い苦笑する。

彼が僕を信じる事が出来るのか……。


これは彼にとって、とても危険な賭けだと思う。

普通なら頷いてはいけない、了承してはいけない取引だ。


彼にとってギリギリのこの状況で

自分の首を、絞めることになるのかもしれないのだから。

心の中で色々せめぎあっているのだろう

彼の返事は、少し時間がたってからだった。


「俺の主に不利な事でないかぎり、俺はその条件を飲みます」


そこは、主と国というべきじゃないのかなっとチラッと思ったが

突っ込む事はせず会話を続ける。


「後悔しませんか?」


「しない」


彼はたった一言静かに、それでも何かを振り払うように力強く答えた。

そんな彼を見て僕も心を決める。


「それでは改めて依頼人に自己紹介を

 先ほども言いましたが、僕はセツナといいます。

 職業は学者、ギルドランクは" 青 "になります」


先ほどから静かに僕とサイラスさんの話しを聞いていたアルトは

僕の視線を受けると自分も自己紹介をする。


「おれは、アルトと、いいます。

 しょくぎょうはけんし、ギルドランクは" きいろ "です」


「学者……?」


「ええ、がっかりしましたか?」


僕に少しばつが悪いような表情を向けて


「少し……魔導師だと思っていたから」


と率直に感想を言った、その答えに僕は少し笑ってしまう。

サイラスさんは、俺もちゃんと名乗らないとなっと言い名乗りなおした。


「俺はサイラス、リペイドの国の騎士をしていた。

 現在は騎士を追放されている。

 何もない状態で迷惑をかけると思うがよろしく頼みます」


僕とアルトも頷き、彼がどういう状況なのか判断する為に

いろいろ聞くことにする。


「それでは、少し今の状況を整理してみましょうか

 僕の質問に答えてください。答えられないところは

 無理に答えなくてもかまいませんから」


サイラスがわかったと返事をする。


「サイラスさんはどうしてこの森に?」


「俺は、宰相暗殺疑惑をかけられて剣と持ち物を没収の上

 刑罰用の転送魔方陣に乗せられたんだ」


「刑罰用の転送魔方陣?」


「そう、国外追放の時に用いるものだが

 死刑の方がましといった目にあうものもいるだろうな

 用は、生き残れる確率がわずかにある死刑と言ったほうが正しい」


犯罪者をよその国に転送するというのはいいのだろうか……?

そんな疑問が頭をよぎる。


「その場所の設定はどうなってるんですか?」


「ランダムらしい」


「らしいというのは、違うって言う事ですね……。

 では、貴方がここに飛ばされたのは必然ということですか」


完全にランダムだといっておきながらその罰によっては

そう酷いところに飛ばさないのだろう。


「それは、わからない……。

 俺には何故こうなったかもわからない」


そう言って少し気を落とすサイラスさん。


「転送される前に何か話した事とか

 貰ったものとかはありませんか?」


「ほとんどなにも。俺は無実だと喚いただけだったし

 周りのものは何も話さなかった……。

 そうだ、宰相が転送魔方陣に乗った俺のそばに来て

 こういったんだ。そしてこれをポケットにいれていった」


『生きるのが辛いと思ったら、これを飲んで死ぬといい

 すぐに死ねるから、せめてもの私からの情けです』


そう言って、ポケットに入っていた薬のようなものを僕に渡す。

サイラスさんの表情は、その時の状況を思い出したのか

苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「調べてみていいですか?」


「あ、ああ」


僕は薬の包みを開きあることに気がつく。

薬を別の容器に移し薬の包みをじっと見つめる。


そしてこの紙をサイラスさんに渡す。

その字に見覚えがあるのか顔色をサッとかえた。


「見覚えのある字ですか?」


「宰相の字だ」


「書かれている内容の意図がわかりますか?」


そこに書かれているのは、大体一ヵ月後の日付と

落ち葉のようなマークだけだった。


「いや……」


サイラスさんが考えている間に、僕はカバンの中から色々取り出し

薬の種類を調べてみるが、先ほど聞いた宰相の言葉と一致しない。


「これを飲めばすぐに死ねるといってましたね?」


「あぁ、言ってた」


「これを飲んでもすぐに死ぬことはできません。

 この毒は、じわじわと体を蝕んでいくものです。

 ゆっくり確実に進行するので、解毒剤を飲まないと危険なうえに

 苦しみが長引きます。この毒を飲んで生きていられる日数は

 大体ひとつき前後かと……」


「……あいつは、俺をさらに苦しめるつもりだったのか?

 薬の包みに死ぬかもしれない日付まで書いて?」


「そうではないと思いますが……。

 サイラスさんが追放された日に、何か変わった事は

 ありませんでしたか? 些細な事でもかまいません」


「うーん……俺の刑を命令したときの国王の顔色が……」


サイラスさんの体が震えだす。


「そ……そんな……」


話せなくなったサイラスさんを横目で見ながら

僕は淡々と分かった事を告げていく。


「この毒は、帝国が良く使う拷問用の毒です。

 大体一月近く苦しめながら命を奪うものです」


サイラスさんは目を見開き、両手を地面につき身動きひとつしない。


「この毒を飲んだのは、サイラスさんが想像している通り

 リペイド国王かもしれません。そしてその日付はリペイド国王が

 生きていられる期間……この木の葉みたいな(しるし)は……」


僕の言葉を途切れ途切れに引き継ぐサイラスさん。


「その印は……たぶん、国の隠密が経営している店の名前

 木の葉の酒場だ……」


「この紙に書かれている日付以内に

 解毒剤を用意して、ここにもどれという事なのかもしれませんね」


かも知れないといっているが多分これが正解だろう。

しかし、ギリギリの綱渡りのような方法だ。


下手したら、ゼグルの森で死んでいるし現に死のうとしていた。

武器も鎧も道具も全て取り上げた上での転送なのだから……。

それだけ、国王の病状を誰にも悟られる訳には行かなかったのだろう。

大切な騎士に、1つの武器も与えてやることができないぐらいに

リペイドの状況は、悪いのかもしれない。


少し手を緩める事が出来たのは、転送先がゼグルの森の入り口辺りだって所かな

危険な賭けでしかない方法をとったのは……。


それだけ、サイラスさんを信頼しているのだろう。


「問題はここから、リペイドの国まで休憩なしで馬を飛ばしても

 2ヵ月はかかる距離にいるという事です」


「何故こんなところに……これでは間に合わない……」


酷く落ち込んでいるサイラスさんに、ここに飛ばされた意図を伝える。


「それは解毒剤になる薬草が、ゼグルの山で採れるからでしょうね

 一応刑罰という形にして転送するには、それなりの危険な場所でないと

 いけない。解毒剤のことを考えるとクットの国へと考える。

 ここに飛ばすしかないと思いますし……帝国にも同じ薬草がありますが

 まさか帝国に飛ばすわけには行かないでしょう?」


僕の答えに返事をする気力もないのか黙ってしまう。


「サイラスさんを信じているんでしょうね」


僕の言葉に、彼の体がピクリと動く。


「解毒剤は、僕が今すぐにでも作れます」


サイラスさんは、勢いよく顔を上げ僕を痛いほど見つめる。


「本当に? 本当に!?」


「ええ、ちょうど薬草を採ってきたところですしね」


「セツナは学者じゃないのか……?」


「そうですよ、薬草学も僕の範囲のうちですね」


僕の言葉にサイラスさんは、頭を下げ何度も同じ言葉を繰り返す。


「頼む、頼む……頼む…… たの……」


言葉にならない思いがサイラスさんの目から溢れる。

最後のほうは嗚咽に近い。


国を思う心……僕には良く分からない……。


命を賭けてまで、国を守ろうとする人々がいるということが

少し現実離れしたものを見ているような感じがした……。


だけど、少し羨ましいとも思う。

自分の国をそんなに思う事が出来るサイラスさんを

帰る国があるこの人を少しだけ羨ましいと思った。


僕はそんなサイラスさんの肩に手を置いて慰める事しか出来なかった。





読んでいただきありがとうございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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