『 俺と2人の冒険者 』
-……生きてて良かった……。
心からそう思った。
今生きていなければ、あいつが残した言葉の意味を俺は知ることもなく
疑問を心の中に抱いたまま、あいつを信じずに終わるところだった。
俺を助けてくれた、妙な取り合わせの2人組みの会話を耳に入れながら。
傷ついた体を木に預け、ぼんやり自分の思考に耽っていた。
「ユージン様、私は必要とあれば本気で貴方を殺しにかかります」
静かに、キースがユージンに話す。
ユージンの返事は暗く沈んでいた。
「キース……」
「しかし、どのような事があっても
私はこの国の為に動いているという事を覚えていて頂きたい」
キースの切実な訴えに、顔に苦渋を浮かべながら返事をするユージン。
「……わかっている」
その顔を真剣に見つめ、キースがゆっくりと言葉を紡いだ。
「どうか……生きてください、この国の為に」
「……」
「今宵、この場を離れましたら私は貴方の敵になる……」
そういい切ったキースの目は、悲壮なほどに決意を固めた瞳をしていた。
本当はそばでユージンを守りたかったに違いない。
弟のように思いながら育ててきたのだから。
「サイラス、お前は死ぬ気でユージン様を守れ
私はお前にも容赦はしない」
痛いぐらい真直ぐな視線を俺に向けていたキース。
そして俯き、肩を震わせながらユージンに最後のセリフを言って
そこから出て行った。
「ここで一度道を違う事になろうとも、私は必ずユージン様とサイラスと
ともに歩ける事を信じて自分の道を進みます、この国と民の為に」
-……道を違う事になろうとも……。
そう、3人誓ったはずだ。
どんなに苦難な道を歩こうとも、お互いを信じて進むと。
-……一番最初に音をあげてどうするんだよ俺……。
俺を嵌めたキースも、俺を追放したユージンも必死で足掻きながら
生きているというのに!
一番楽な死に逃げてどうするんだ俺は!
あの2人が辛い戦いをしている最中に
俺はただ信じてくれと喚いているだけだった……。
ユージンの、俺のたった一人の主を信じきる事もせずに。
自分の不甲斐なさに、やりきれないほどの苛立ちが募る。
その苛立ちのやり場を、自分を傷つける事で解消しようとした俺に声がかかる。
「ナイフを自分の足に刺しても、何も解決しませんよ。
僕の手をこれ以上煩わせるのは、やめてもらえませんか」
静かに俺を止める声の主を見上げる。
耳に届く声はとても優しく柔らかいのに
俺にかけた言葉は結構辛辣な言葉だ。
俺が握っているナイフをチラリと見て溜息をつく。
「食事ができましたが食べる事が出来ますか?」
食事という言葉に腹がなる、俺はどれぐらい食べてないんだろう。
というか……あれからどれぐらいの時がたったんだ?
そう認識し始めると、背中に冷たい汗が流れた。
俺は、今日まで何をしていた……?
「食欲はあるみたいですね」
腹の音を聞いた男の言葉にハッとして顔を上げ頷く。
-……まず、生きなければ……。
今を生きなければ、俺はあそこに戻れないのだから。
焦る気持ちを抑え、自分をゆっくり律して行く。
最善の方法を選択する為に。
「移動できないようならここまで持ってきますが?」
「いや、大丈夫だ歩ける」
痛みをこらえて立ち上がる。
火のそばに行くと、獣人の子供がスープとパンを目の前にして座っていた。
俺と男の分のスープとパンも用意されていた。
男は子供のすぐそばに座り、残った席に俺が座る。
俺が座るのを確認してから、男が微笑みながら子供に声をかけた。
「アルト、用意してくれてありがとう食べていいよ」
子供が元気よく頷きながらスプーンを手に取り嬉しそうに食べ始める。
その様子をじっと眺めていると、男が俺にも食べるように勧めてくれる。
「お口にあうかわかりませんが、食べてください」
そういうと自分も食べ始めた。
俺もスープの入った器を持ちそこで気がつく。
-……俺はまだ命を助けてもらったお礼も言っていない……。
器を置き、男の方へ視線を向けて礼を言う。
「命を助けてもらって、怪我の手当てまでしてもらいながら
お礼を言うのが遅れてしまった、申し訳ない」
獣人の子供が食べながら耳をピクピクさせている。
警戒していないようで、警戒しているのだろう。
「俺は……」
自分の名前を告げようとしたところで口ごもる。
ユージンがあのような形で俺を追放したということは
何らかの意図があってだとすると
俺は自分の名前や身分を、晒さない方がいいのではないか
そう思ったのだ。
「別に偽名でもかまいませんよ」
スープの入った器を置き、俺に視線を向ける。
こちらの考えを見透かしたようにそう告げた。
男の言葉に一瞬偽名を使おうかと考える、しかし何故だか分からないのだが
ここで偽名を使うのは何か嫌な予感がしたのだ。
「いや、俺はサイラスという先日まで騎士をしていたが
今は追放されている」
「僕はセツナといいます。
僕の隣にいるのがアルト、僕の弟子です」
獣人族の子供が弟子……?
男と子供の関係を聞いて少し驚いた。
アルトと呼ばれた子供はチラッと
こちらを一瞥しただけだった。
彼は再び器を手に持ちゆっくり食べはじめる。
その仕草はとても上品なものだった。
驚かれる事に慣れているのか、全然気にする風もなく
2人は静かに食事を続けている。
必要最低限のことしか話す気がないのか
名前だけで済まそうとしているのがわかる。
だけど、俺は今この2人しか頼る人がいない。
何とかして話を繋ぎたいのだがその取っ掛かりがまるでなかった。
普通の反応なら、何故騎士を追放されたんだとか
何故こんな所に1人でいるのかとか、聞いてくるはずなのに
セツナと名乗った青年は、俺を治療しているときから何も聞いてこなかった。
何も聞いてこないにも関わらず、俺の騎士の証を見て
俺でさえ気がつかなかった事に気がつき、そこから少しの会話だけで
多分正解であろうと思われる答えを導き出した。
ユージンがいったい何を思って、俺を追放したのかはまだわからないが……。
俺が誓いを腕に抱いている限り、セツナの出した答えは的を射ているような気がする。
"貴方の主は、貴方を信じて待っているそうですよ"
そう、きっとユージンは俺が何かをなし
ユージンのそばに戻ってくるのを、待っているはずだ今ならそう信じることができる。
俺は腕の騎士の証を握り締めてもう一度深く誓う。
ユージンの元に必ず戻ると。
1度置いた器を持ちあげ、スープを一口口に運ぶ。
-……美味しい……。
その一口が引き金になったのか、俺は夢中で食事をしていた。
「おかわり、いる?」
アルトと紹介された少年が俺に聞いてくれる。
俺は頷いておかわりを貰い、今度は少し落ち着いて食べる。
「ししょうは?」
「僕はもういいよ、アルトが食べるといい」
アルトは尻尾を振って嬉しそうに、自分の器に残りのスープをいれていた。
スープがなくなった鍋を下ろし、違う鍋に水を入れ火にかけている。
湯になったらなにやら薬草らしいものをいれ
暫くしてから、カップについで俺に渡してくれる。
「疲労回復の効果がありますから
それとこちらが、化膿止めと痛み止めになりますから飲んでください」
そう言って、薬と水もわたしてくれた。
「すまない……」
アルトは食べ終わった食器類を片付けていた。
役割分担がきっちり出来ているようだ。
アルトの片づけを目で追いながら俺はセツナに声をかける。
「どうしてここに?」
「ゼグル山に薬草を採りに来た帰りなんです」
「ゼグル山?」
「ええ、ゼグル山です」
血の気が引いてくるのがわかる。
「じゃぁここは、クットの国か!?」
「そうです」
「俺がいたところは、ゼグルの森……?」
「そう、普通は丸腰で入るところではありませんね」
「……」
驚きすぎて声も出ない……よく生きていたもんだと思う。
ゼグルの森は魔物の棲みかだ、奥に行けば行くほど強い魔物がいる。
-……俺が飛ばされたところが比較的入り口近くだったという事か……。
今自分が何処にいるのかを知って、早く帰らなければと心が焦る。
「俺が、何処の国の人間か
あんたならもうわかっているんだろう?」
「ええ、その騎士の証を見たときから大体は」
「あんたは冒険者なのだろう?」
「そうです」
「俺に雇われてくれないか?」
「貴方が僕を雇うんですか?」
「そうだ」
「貴方に雇われて僕にどのような利点があるのでしょうか?」
「え……?」
彼の言っている意味がわからなかった。
雇うということはお金を払うという事だ。
冒険者の利点とはお金じゃないんだろうか?
国に仕える夢でもあるのか?
「俺は騎士だから、地位とかをやるわけにはいかないのだが
国に仕えたいというのなら、口を利くぐらいならできると思う」
この俺のセリフに、彼は冷たい笑みを俺に返す。
少し馬鹿にされている気がして血が上りかける。
「どうやって?」
彼の言っている意味が理解できない。
「貴方はまだご自分の立場をちゃんと理解されていないようですね」
「何を……」
1人で戻るのが困難だと思うから、頼んでいるのにという思いが胸を締める。
菫色の瞳が俺をじっと見つめている。その目に負けないように俺もにらみ返す。
「貴方は僕をどうやって雇うんですか?」
「金は払う」
「だからどうやって?」
「何が言いたい!」
「剣も盾も旅の道具すら持っていない
着の身着のままの貴方が
どうやって僕に、報酬を約束できるのかと言っているんです」
ハッとして彼を見る。
「先ほど、僕に口利きをしてくださると言っていましたが
何時? 誰に? どうやって口利きをしてくださるんでしょうか?
騎士を追放された貴方の言葉を、聞いてくれる方はいるんですか?
それとも、貴方の今の状況をご家族の方は快く受け入れてくれるんでしょうか?
それが偽りだったとしても、騎士の名誉を現在剥奪されている貴方を?」
彼の口から言葉が紡がれるたびに、絶望が足元を這い上がってくる。
そう……今の俺には何もないのだ。家族はきっと俺を勘当しているだろう。
もともと、俺がいてもいなくても変わらなかったのだから。
「貴方が、貴方の主の元に戻れるかもわからないこの状況で
貴方は僕に、何を約束する事が出来るんですか?」
彼の言葉は、俺にこれでもかというほど冷たい現実を叩きつけた。
何をどうすればいいのか頭が混乱して気が狂いそうになる。
帰りたい、ユージンのところへ帰って国を守りたい。
だけど帰るすべすらみつからない。
金もない。武器もない。彼がいなければ
俺はこの場所から街にたどり着けるかも怪しい。
-…… 俺には何もない……。
だけどここで死ぬわけには行かない、待っているのだから。
あいつが、ユージンが俺を信じて待っていてくれるのだから。
どうすればいい、どうすればどうすれば……。
必死に考えるが、いい案は何も思い浮かばなかった。
読んでいただきありがとうございます。