『 僕達と追放騎士 』
「戦わないんですか?」
木にもたれかかって
魔物に食べられようとしている、男性にそう問いかけた。
魔物は今僕が魔法で抑えている。
僕の合図ですぐに、アルトは動けるように双剣を握り締めている。
「捨てておいてくれ」
そう男は答える。
「遣り残した事はないんですか?」
僕の問いかけに、ただ黙って俯く男性。
「最後に聞きます、本当に死にたいんですか?」
次に肯定の言葉が返って来たのなら、僕は魔法を解くつもりだった。
死に場所をここに決めたのなら、邪魔をする気はなかった。
「……すまない、助けてくれるとありがたい」
俯いたままこちらを見ずにボソリという。
僕は彼に頷く事も言葉をかける事もせずに、アルトの名前を呼ぶ。
「アルト」
僕がアルトの名前を呼ぶと同時に、アルトが魔物に切りかかる。
魔法で身動きが取れないように縛られている為に、抵抗するすべもなく
死んでいく。
アルトに首を切られたせいで、血が噴出している魔物。
その血をまともに浴びながら、木にもたれかかっていた彼は薄く笑ったまま
気を失っていた。
「ししょう、このひと、けがしてる」
「そうみたいだね」
アルトが双剣を鞘に入れ、男性のそばによる。
僕は少し溜息をつきながら、風魔法でとりあえず傷を治し血を止める。
今日はここで野宿かな……。
今日中に、街に帰る予定だったのに……。
今は山の麓にいる、トゥーリと別れアルトと目当ての薬草を採って降りてきたところだ。
僕は目を細めトゥーリがいる辺りの山を見上げた。
-……見えるはずもないのに……。
自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
出来れば早くここから離れたかった。
求めてしまうから。
彼女を……。
去り際に一生懸命笑おうとしていたトゥーリ。
その努力を無駄にしたくなくて、後ろを振り向かなかった。
きっと泣いているだろうから……。
振り向きたい衝動を、後ろ髪惹かれる想いを
必死で振り切ってここまで降りてきたのだ。
アルトは敏感に何かを感じ取っていたのか、何も言わなかった。
チラッと気を失っている彼のほうを見て、もう一度溜息を尽く。
「アルト、その魔物をキューブに収納してここを離れるよ。
血の匂いにひかれて、魔物が来るかもしれないからね」
アルトは1つ頷くとキューブに魔物を入れ、僕は気を失っている
男性を担いで移動を始めた。
担ぎ終わった後で思う、魔法で運べばよかった……。
そうしたら僕の服が血で汚れる事もなかったのに……。
男性を担いだまま溜息を落とし、アルトと一緒に野宿できそうな場所まで歩いた。
アルトがベルトから結界針を出し、地面に設置する。
僕は男性を肩から下ろす。
日本にいたときには考えられなかった事だ。
成人男性を肩に担ぐなんて……。
あの頃の僕ならきっと
トゥーリを抱き上げる事もできなかったかもしれない。
そんな事を考えながら、男性の衣服を脱がしていき内臓系が痛んでないかを調べていく。
魔物にやられた傷のほかに、腕の魔法紋様に剣でつけられたような傷が深く残っていた。
僕はその魔法紋様を見ながら少し首をかしげる。
違和感が残る傷だったのだ。
-……話を聞いてみないことには判断できないかな?……。
そう考え、風の魔法で折れていた肋骨を治す。
能力を使っても良かったのだが……死ぬほどの怪我ではないので
この世界の常識通りに治療することにする。
多少は早く治るように、少しだけ能力も織り交ぜ
体の中のダメージが、それ以上進行しないように
食い止める事はしておいた。
焚き火のはぜる音がする。
アルトが上手に火をおこせたようだ。
先ほどから、男性が意識を取り戻していたようだったが僕は何も言わず
化膿止めと、痛み止めの薬をカバンから出していた。
「何も聞かないんだな……」
視線を空に向けたまま、ポソリと男性が呟く。
「聞いて欲しいなら聞きますよ」
僕の返事に彼は自嘲気味に笑い。
「普通、腕の魔法紋様に傷が入っていたら
侮蔑の目を向けられるものなんだがな……」
「生き方なんて、人それぞれですから
傷が入っていただけで、その人の判断理由にはなりません」
「そんなもんかね……」
「そんなものですね、ただその魔法紋様の傷のつき方は
少し変だとは思いますけどね」
男性は寝たままこちらに顔を向けて僕に聞く。
「どう変なんだ?」
「その傷は消す事が出来ます」
僕の言葉に、驚愕したような表情になり怪我をしている事を
忘れたかのようにいきなり置き上がる。
傷の痛みに少し呻きながらも、僕の肩をつかみ真剣な表情で問いかけてくる。
「消えるってどういうことだ!?」
僕は強くつかまれた肩の痛みに少し顔をしかめながら答える。
「どういうことだといわれても、僕には貴方の紋様の傷が
どうして出来たのかわからないのでなんとも……」
「……」
「腕の魔法紋様は騎士の証。
主君に忠誠を誓ったときに、その主が入れる紋様ですよね。
それに傷をつけることが出来るのも主のみ。
主が自分の騎士の紋様に傷をつけるという事は
騎士を追放されたということですよね?
その傷は不名誉の証、一生消える事のない傷として残るはずです」
「そうだ……」
「だけどその傷は、風の魔法で消す事が出来る。
僕の想像でですが、剣に破棄魔法をかけて
傷つけたわけではないんじゃないでしょうか」
「……」
「追放したくないのに、追放しなければいけない状況下にあったのかもしれません」
「なぜ……?」
「それは……僕にはわかりません。
切られる時に何か言われませんでしたか?」
「……その紋様の上に、アネモネの花の紋様でも刻んだらどうだと言われた」
半身を起こしたまま、俯き唇をかみ締めている様子が伺える。
「アネモネですか?」
「そうだ、植物だ! 俺に剣を捨てて学者にでもなれというのか!
俺は剣でしか生きられない事を……知っているだろうに……」
最後のほうの言葉は力なく空気にとける。
「僕はそういう意味ではないと思います」
僕のセリフに少し怒りの感情を含ませた瞳を僕に向ける。
「ほかにどういう意味があると言うんだ!!
あいつは……あいつは、俺の言葉に耳も貸さずに
俺を捨てたんだっ!!」
「……」
「親友だと唯一無二の主だと俺はそう思ってた。
だけど、あいつは俺の言葉よりも他人の言葉を信じた。
どれだけ俺が…… 俺のことを信じてくれと訴えても聞いてくれなかったっ!
あいつは躊躇することなく、俺の騎士の証を切り裂いたんだ……」
心の痛みに耐えるように、呼吸をする彼を見やりながら
「そうなった経緯がわからないので、僕の想像でしかありませんが
貴方は捨てられていないと思います。
理由は2つ、本当に騎士の証を剥奪するつもりだったのなら
破棄魔法で傷つけるはずです。だけどこの傷は……」
僕は彼の腕に風の魔法をかける、すると傷はスーっと綺麗に消えた。
傷が本当に消えた事に驚きを隠せない様子で僕を見る。
「この通り簡単に消えました。
そしてもうひとつの理由は、アネモネの花を刻め
騎士の証を剥奪するんですよ? 普通はもっと違う事を言いますよね?
例えば……お前の顔など2度と見たくないとかかな?」
首をかしげて言う僕に、傷ついた顔をした彼を見て例えが悪かったかなと
心の中で反省する、少し咳払いをして話を続ける。
「100歩譲って言ったとしても……直接花の名前は出さないと思います。
だから貴方の主の意図は、貴方を追放したのではなくて違うところにある。
そのヒントがアネモネです」
話の続きを促すように、僕を見る。
「騎士の証である紋様の上にアネモネの花を刻む
騎士の証は忠誠を意味し、忠誠は主を指す。
そして、アネモネの花言葉は " あなたを信じて待つ "」
目を見開き、息を呑み何かをこらえる様に握りこぶしを作る男。
奥歯に力がかかっているのか、ギリッっという嫌な音がする。
そして、俯き肩を震わせる彼に
「貴方の主は、貴方を信じて待っているそうですよ
死ななくて良かったですね……」
僕はそれだけ伝えると、少しの間彼から離れることにした。
読んでいただきありがとうございます。