表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 カルセオラリア : 我が伴侶 』
54/126

『 エピローグ 』 ★

* トゥーリ視点

 セツの寝息が聞こえる。

先ほどまでの、会話が嘘のように穏やかな時間が流れていた。


正直、今日半日の出来事があまりにも目まぐるしくて

流されるままに過ごしていたような気がする。


セツからの、突然の求婚。

最初は受けるつもりはなかった。竜にとっての婚姻は

人間の婚姻とは違うものだから。


彼は兄の命を奪った人間と同じで竜族ではない。

簡単に心変わりをしてしまえる種族。


だから……彼の言葉を本気になどしていなかった。

なのに……。


『君が僕を嫌いだというのなら

 僕は今すぐここを出ていくよ』


彼のこの言葉にどうしようもないぐらい、不安に駆られた。

ハッキリと返事をしない私に、彼は一歩ずつ結界から離れていく。

私から距離が離れるごとに、私の不安はどんどん増していく。


『僕は冒険者だし。

 ここを離れれば、もう二度と君に会う事もない。

 こういう気持ちは、時が解決してくれかもしれない……』


この言葉に、どうしても嫌だと感じた。

彼が私を忘れて……。私の存在を綺麗に忘れてしまえるのだと

考えた時、強烈に嫌だという気持ちが心の中を支配する。

とっさに、嫌だと声を出してしまうぐらいに……。


私は、彼に惹かれているんだと思う。

もしかしたらと思う気持ちを持っている。


だけど……それは嫌だとも思ってしまう。

胸の中に嫌な感情が広がっていく。兄を謀って殺した人間という種族に

そんな感情を抱くはずないと。


様々なことに、混乱する私に彼は考える時間を与えてくれない。


『君が寂しくないように、毎日でも話し相手になることもできる』


彼は私が望むモノを的確に暴いていく。

独りが寂しいと思っている私に、話し相手になると告げる。


『君がここを出たあとも。僕は君を独りにしないと誓う』


先の見えない不安に怯えている私に、独りにしないと誓うという。


『僕に君の名前を呼ばせてもらえないだろうか?』


名前が欲しい。彼に名前を呼んでもらいたいという思う私に

彼は、名前をくれると告げた……。


もうやめて! と耳をふさいでしまいたい衝動にかられるのに

体は動かない。


それ以上何も言わないで。私の本当の望みを口にしないで。

心の中でそう叫ぶ。だけど……それを口にしないのは。


本当は私の気持ちを、彼に知ってほしかったのかもしれない。

生きたいと。生きていたいという気持ちを……。


『僕は君となら、生きていけると思う』


この言葉を聞いた瞬間。

もう駄目だと思った。彼には私の心をすべて知られていると思った。

必死に言葉にすることを抑えていた私の気持ちなど、彼はきっと知らないのだろう。


彼の言葉がどこまで本当で、どこまで嘘なのかそんなことを考える余裕はなかった。

ただ、彼と番えば……私は2年後も生きていることができる。

一瞬そう考えてしまった。彼はそんな私の心を見抜いたかのように。


私のセツに対する気持ちに答えを出す前に

彼は最後の言葉を、口にした。


『僕と一緒に、生きてほしい』


生きる……。


その言葉に吸い込まれるように……私は「はい」と口にしていた。

彼に対する気持ちを、自分で納得する前に私は求婚の返事をしてしまった。


返事をしてからの、セツナの行動はとても素早く

私に名前を与え、婚姻を結ぶ制約を告げていく……。

名前を貰った、安堵からか流されるままに誓いを交わした。


これで私の魔力が暴走することはないと。

体がバラバラになって、死ぬことはないと……。


セツナがくれた名前は、とても不思議な響きで

私の魔力と同じ風を意味するものだった。


彼に名前を呼ばれて、嬉しいと思った。

彼からの、初めての口付けにドキドキしたし

嫌悪感は沸かなかった。

彼の姿に、目が釘付けになってしまったのも本当。


だけど……。

私は、自分の右腕に光る腕輪を見てため息をついた。

私の目の前で、眠っているセツに視線を移す。


甘い茶色の髪に、優しい菫色の瞳。

菫色の瞳は今閉じられているけれど、その髪に触れてみたいと思う。

そっと、手を伸ばしてみるけれど結界に阻まれてセツには届かない。


心惹かれるのは確かなのだけど……。

それが恋なのか……人恋しさ故なのか……よく分からない。

正直、血の交換まで出来るとは思っていなかったから……。

本当の意味での、交わりではないけれどお互いを拘束する分には

問題は無かった。


アルトクッカ。2人の子供に私の心が弾むのがわかる。

子供は好きだ。獣人の子供を初めてみたけれど

その耳と尻尾に触れてみたいと思うほど、アルトは可愛い。

クッカも、ふわふわとした感じの女の子でとても可愛かった。


だけど、セツとはうまく話せないでいた。


セツが私の為に、色々と物を与えてくれるたびに

私の中の罪悪感は膨れ上がっていく。楽しそうにしている

アルトとクッカの前で、表情に出さないように気を付けていたのに

セツには知られていたようだ……。


罪悪感に揺れる私に、彼は自分のせいにすればいいと言った。

罪悪感に揺れながら、私は心のどこかで嬉しいという気持ちもあった。


固い土の上ではなく、ふんわりした絨毯の上で柔らかいクッションに座り

久しぶりに飲むお茶は、とてもおいしかったから……。


今もまだ……私の呪いが解けずに苦しんでいる人がいるというのに。

私がその事を口にすると、セツがそれは違うという。大地の呪いは解かれていないけど

生き物の呪いは解かれていると教えてくれた。


その言葉を聞いてよかったと心の底から思った。

関係のない人まで巻き込んでしまった、私の呪い。

哀しみ、歎き、恨み、苦しむ人の姿が、何時も脳裏にあったから。


呪が解けたからと言って……。

私の罪がなくなるわけではないけれど。


そう、罪がなくなるわけではないから

私は、セツに話したかった。

最後まで罪を償うつもりだと。

その間、セツとは逢わないと……声も聞かないと。


私のそんな言葉に、真直ぐに感情をぶつけてきたセツナ。

その時の彼は、とても怖かった……。


彼に、竜の蜜月の話をされて

私の中に、恥ずかしさと恐怖が募る……。


彼が今、私と正式な制約を交わしたいといわれたら……。

私は……どうしたのだろうか……。


抱かれなければ、本当の意味で婚姻を結んだとはいえないのに。

血の制約とは本来そういう意味だから。

血だけを交わす制約ではない。


2人が交わって初めて、正式な血の制約を結ぶ事が出来る。


血だけの交換は仮契約……。

セツはその事を知っているのだろうか?

昼の婚姻で血だけを交換し、夜に正式に契りを結ぶ……。

知っているような気もするし、知らないような気もする。


彼が人間だという事を胸の奥へそっと隠し

眠っているセツをじっと眺める。

彼の声も……。話し方も。そして姿も……私の好みだと思う。

彼のアルトに対する態度や、クッカに対する態度も

とても優しいもので、2人に優しく笑う顔は好きだと思う。


なのに私は、セツと私との間に結界があってよかったと

心の底から思っている自分に気がついた。

そう……私は、セツに抱かれたいと思っていない事に気がついた。


ここで矛盾がまた1つ生まれる。

好きだという感情はあるのに、抱かれたいと思わない。


婚姻を結んだ、友人が私に語るのを聞いたことがある。

お互い番になると決めた時から、抱かれたいと思うものだと。

はやく、自分のものにしたいと思うし彼のものになりたいと思うと。

だけど、私にはそういう感情がわいてこない。


私がセツに抱いている、感情は……アルトと同じなのだろうか?

恋愛ではなく、家族愛的な……。もしくは寂しさゆえの依存。

脳裏にそんなことが思い浮かぶ。


なのに、彼に対する独占欲は……彼を想うものより強かった。


『健全な男が、自分のお嫁さんを抱くことも出来ないんだよ。

 トゥーリ? 僕ほかに女の人作ってもいいのかな?』


この言葉に、セツが私以外の女性を抱くと想像しただけで嫌だった。

彼は、私が好きだから作らないとはっきり口にしてくれたのに。

私は、駄目だと口にはしなかった。唯泣いただけ……。


貴方に抱かれたくないと言ったら、貴方は私を嫌うかしら。

それなのに、他の女性を抱かないでと願う私……。

そんな私の心を知ったら、貴方は私を捨ててしまうかしら……。


嫌われたくない……。

嫌われるのが怖い……。

私から離れていってしまうのが怖い……。

なのに……彼に抱かれるのは抵抗がある……。


矛盾する気持ちが、私を苛んでいく。


様々な気持ちが、振り返る事によって浮き彫りになっていく。

賑やかな一日に、久し振りの人との触れ合いに

私はきっと、浮かれていたのだと思う……。


私はまた、ため息をついてセツを見つめた。

色々な感情が胸の中にあるけれど……。


今だけは、この時間だけはセツを見ていたいと思った。

全ての問題に蓋をして……。セツだけを見つめる。


だって、彼は明日ここを離れてしまうから……。


「貴方は、何者なの……?」寝ているセツに問いかける。


セツは、私のことを色々知っているのに

私は、セツのことを何も知らない。


不思議な能力、竜王を凌駕するであろう魔力。

聞きたい事は色々あるのに、セツは何も話そうとしてくれない。


風のようにサラリとかわしてしまう。

寝ている人に、問いかけても答えが返ってくるはずもなく……。


セツの為に何が出来るか考えた。


本来、竜というのは人間に加護を与える事が出来る。

だから人間は世界を守る神の僕とか言って竜を敬うのだろう。


でもきっとそれは、絶対的な力に対する恐怖の裏返しなんだとおもう。


竜の加護、竜によってその与える加護に違いが出てくるけれど

私の加護は、体力と魔力の増幅。


セツには必要ないような気がする……。


だけど、今の私にできる事はこれぐらいしかないから。

私に色々くれた彼に、できる事はこれぐらいしかないのだ。

手を胸の前で組み意識を集中させる。


加護は魔法ではないけれど

こちら側からの魔法が阻害されるこの結界の中で

上手に出来るか不安がよぎる。

セツとは名前と血で繋がっているから

きっと大丈夫……。そう言い聞かせて加護の言葉を紡ぐ。


「私、トゥーリの名においてセツに竜の加護を与える」


願いを込めて祈る。

セツの体が淡く光り、うまくいったことにほっとする。

自分の自己満足でしかないけれど、セツの旅が少しでも

楽になればいいと思う。


自分の頬に、冷たい雫が流れる。

昨日から数え切れないぐらい泣いたのに、まだ涙は枯れないらしい。


彼が明日居なくなると、思った瞬間に

また身勝手な、想いが胸の中に渦巻いた。


いかないで、そばにいて……独りにしないで……。


そうセツに言えば、彼はここにいてくれるだろうか?

自分から2年間逢わないと、セツに言ったばかりなのに……。


セツを起こさないように、声を殺して泣いていたのに

心を溶かしてしまいそうなほど、優しい声が私に届く。


「トゥーリ、泣かないでよ。

 そこで泣かれても僕は、君の涙を拭って上げられないんだから」


横になったまま私を見上げているセツ、何時から起きていたんだろう?

優しい菫色の瞳が私をじっと見つめていた。


「手紙を送るよ、だからトゥーリも返事をして」


「うん」


「珍しい物を見つけたらそれも送るから」


「うん」


「……寂しくて耐えられなくなる前に教えてね。

 何時でも、何処からでも飛んでくるから」


「……うん」


「大好きだよ、トゥーリ」


「……」


そういって笑いかけるセツナの顔は

今まで見た中で一番甘い顔をしていた。


なのに、セツの最後の言葉だけ返事が返せなかった私。

その事が心に棘となって胸に残った。


だからせめて

セツが思い出してくれる私が、いつも笑顔であるように

ここから旅に出るセツに一生懸命に笑おうと決めた。


次の日、そんな私にセツは


「それじゃ、行ってくるね」と明るく告げ

菫色の瞳で私を見つめて、ごく軽く、ごく自然に笑って

一度も振り返らずに歩いていった。


きっとセツには分かっていたのかもしれない……。

私が、笑顔で送り出したいと思っていた事を。


振り向いたら、きっと泣いている私が居るであろう事も……。

姿が見えなくなった彼に、行ってらっしゃいと呟く。


そう『さよなら』ではないのだから……。


「トゥーリ様、私が一緒にいるから寂しくないのですよ!」


そう言って慰めてくれるクッカに笑いかけて

私は、ここで私の罪を償う……。




読んで頂きありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



html>

X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ