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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 カルセオラリア : 我が伴侶 』
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『 僕とトゥーリ 』

 ある程度夜も更けて、アルトとクッカは気持ちよさそうに寝ている。

クッカのベッドで2人並んで寝ているが、アルトは狼になって丸まって寝ているため

スペース的には余裕そうだ。疲れ切って寝ている姿に苦笑が浮かぶ。


夕食後、アルトとクッカはアルトのぬいぐるみで

僕から見れば、プロレスをしていると思うほどの激しさで

ぬいぐるみと遊んでいた。


いや……遊んでいたというより暴れていた。


あれではすぐに、ぬいぐるみがボロボロになると思った僕は

トゥーリとクッカのぬいぐるみも一緒に保護魔法をかける。


これで、壊れないし汚れない……。


言葉では説明できないほど、暴れていたから

疲れて明日の朝までは起きないとは思うけど


アルト達の周りに、音を阻害する魔法と軽く眠りの魔法を入れる。

トゥーリとの会話を聞かれたくないし、邪魔されたくない。


2人が寝た後、トゥーリは笑みを消し何も話さなくなった。


「トゥーリ。話したい事ってなにかな」


トゥーリに一度言葉をかけ、彼女が話し始めるのを待つ。

トゥーリは、両手にティーカップを持って俯いている。


「私………」


話すきっかけがつかめないのか、すぐに黙り込んでしまう。

彼女が言いたいことは、大体わかっているつもりだ。


「トゥーリが、僕に話したいことというのは

 僕と2年間は会いたくないということ?」


僕の言葉に、一瞬顔を上げて僕と視線を交わすがすぐにそらした。


「そう思ったのは、自分が幸せを享受することに後ろめたさを感じるから?」


体を揺らし、僕の言葉を肯定する。


「じゃあ、トゥーリは2年後罪悪感も後ろめたさも感じずに

 過ごすことが出来るのかな。きっと、できないよね。

 きっと何十年たっても何百年たっても

 トゥーリが生きている限り、その後ろめたさは付きまとってくる。

 それが、罪を犯した人の一番の罰だから」


僕は手に持っていたカップを下に置き話を続ける。


「僕がトゥーリに、ベッドはあるのかと聞いたときに

 有ると答えたのは、自分が暖かいベッドで寝る権利など無いと思ったからでしょう?」


地面に雫が落ちて濡らす。


「僕が、ベッドや机を作る度に君の瞳は曇っていった……」


「……」


「アルトとクッカがいる手前、嬉しそうにしている風ではあったけど

 本当は、僕が何かをトゥーリに渡す度に罪悪感を感じていたよね。

 僕と結婚したことも……後悔しはじめてるよね?」


トゥーリの肩が大きく動いた。図星だったようだ。

僕は苦笑を浮かべ続ける。


「気がついていたんだよ。トゥーリが幸せを享受したいと思っていないことに

 だけど僕は、トゥーリを地面に寝かせるのは嫌だし

 僕はトゥーリと別れるつもりもない……」


彼女は何も答えない。


「君が後ろめたくて、幸せを受け入れることが出来ないのなら

 僕が君の手を引いていく。無理やりにでも。

 だから……全て僕のせいにすればいい」


フルフルと首をふり、トゥーリは途切れ途切れに言葉を紡いでいく。


「私は……。沢山の人の幸せを……命を産み

 そして、愛する人とその命を育んでいくという……幸せを

 奪いました。それが……どれだけ……愚かな行為であるか……。

 今も苦しんでいる、人が、居るのに私が……」


俯き、僕を見ようとせず。

トゥーリは涙を落として、言葉をつづける。


「私が、幸せになる権利など……」


彼女の言葉に、もしかしたら彼女はグランドの国のその後を

知らないのかもしれないと思った。


「トゥーリ。聞いて。

 君は正しい情報をしらない。

 グランドの国の大地は、確かに命を育めない土地になってしまったけど

 そこに住む人に呪は作用していない。人も動物もすべての呪いは解けている」


カイルがその呪いを解いていたから。

竜王ですら解けない呪いを、カイルは簡単に解除していた。


トゥーリと伴侶になったときに、トゥーリの情報が僕の中に流れてきた。

それは、トゥーリの犯した事件の結末だけという情報だけど。


カイルはやっぱり、この事件に関わっていたみたいだ。

詳細な情報は、ガードが固くて読み込めない。


カイルの個人情報といえる記憶は、カイルと深く関わった何かに出会うと

少し情報が引き出せるらしい事が分かった。


しかし根本的な大きな記憶は、カイルが言ったように

キーワードを2つ探さないといけないみたいだけど……。

きっと大きなキーワードは、カイルの大切な人なのかもしれない。


漠然とそう思った……。


この事件に、カイルが関わり人と生き物の呪いを解いている。

なのになぜ、大地の呪いは解かなかったのだろうか?


カイルの魔力が足りなかったからかとも思ったけれど

それはないだろうと思う。今の僕にでも解くことが出来る呪いなのだから

カイルに解けないはずがない。


カイルの場合は勇者補正2人分、僕の場合は3人分だ

出来ないことを探す方が難しい。


カイルがこの事件に関わっていたのなら、きっとトゥーリのこの罰は止めたはずだ

悪いように言えば、この事件をなかったことにも出来たはずなのに……。


カイルが中途半端に呪を解いた理由がわからない。

なぜ、大地にだけ呪いを残したんだろう?


トゥーリの事にしても、苦しめる為にここに幽閉したとしか思えない状況に

カイルが手を貸すだろうか?カイルと竜王。

もしくは竜の一族との間に、何かがあったとしか思えない。


疑問は山ほどあるのに、解決の糸口がなにもないことに非常に苛立つ。

なぜ……呪いを残し、トゥーリを幽閉し殺そうとするのか……。

もっと分からないのはなぜ、トゥーリに事の顛末を教えていないのか……。


考えれば考えるほど、竜王に竜の一族に不審がつのっていく……。


「う……そ」


トゥーリが呟いたことで、僕は思考の海から浮上する。


「本当だよ」


「なぜ……?」


「それは僕にも分からない……」


本当は知っている。だけど今はこれでいいと思う。

理由を話せば、僕自身のことも話さなければならない。

僕はまだ自分のことをトゥーリに話したくはなかった。


何か分からない僕……。

君はそんな僕を愛してくれるだろうか……。


僕とトゥーリの距離がなくならない限り

僕は、自分の事を話したくない……。


そんな気持ちを心に押し込め

トゥーリに、グランドの国の事を語っていく。


「グランドの国は、別の土地で新しく国を立ち上げている。

 トゥーリが想像しているような、滅びの道を歩んだわけではないんだよ」


僕の言葉に、トゥーリの中の何かが切れたのか

両手で顔を覆い、声を上げて泣き出した……。


心から叫ぶような泣き声。自分が犯した罪の顛末を話してもらえなかった事で

色々想像したのだろう……。


徐々に衰えていく国。愛する人との家族がもてないことへの絶望。

何も育たない大地での生活。


その想像はきっとトゥーリをずっと苛んでいたはずだ。

だからといって、トゥーリがした事を取り消すことは出来ないけれど

それでも、もう十分トゥーリは償ったと思う。


これからの幸せを受け取る権利はあるはずだ。


肩を震わせて泣いているトゥーリを、抱きしめたい衝動に駆られながらも

この忌々しい結界を壊さないよう、自分を抑えることに意識を集中していた。


「セツ……」


どれぐらい時間がたったのか、そんなにはたっていないのか分からないけど

トゥーリは落ち着いたようだ。静かな声で僕の名前を呼ぶ。


「ん……?」


青灰色の瞳を真っ直ぐ僕に向けて告げる。


「それでも、私は約束の1000年までセツと逢うべきではないわ……」


あくまでも自分の意志を貫こうとするトゥーリ。

分かっていたけどね……。


「最後まで、ちゃんと償いたいの……」


「うん」


僕の返事に、安心したような顔を見せる。

その安堵は、何に対しての安堵なんだろう。


グランドの国の民が滅びなかったこと?

僕が、トゥーリの提案を受け入れた事?

それとも……僕と2年の間は会わなくてすむと思ったから?


「ねぇ? トゥーリ。僕も一応健全な男なんだよね」


僕の言葉にきょとんとした顔する。


「トゥーリ。僕のお嫁さんになったんだよね?」


彼女は、軽く一度頷く。


「竜の一族の男は、蜜月はどうやって過ごすの?

 僕は竜ではないけれど……そういう感情はあるんだよ」


僕の言葉に、一気に顔を赤くしたあと彼女の体が少し震えた。


「僕は、この結界を壊したくてしかたがない。

 好きな女性がそばで泣いているのに、肩を抱くことも出来ないんだ」


僕の告白に、体をこわばらせ彼女は黙って話を聞いている。


「それを今頑張って抑えてるんだよ、偉いでしょう?」


僕は笑いながら、トゥーリに囁くが

トゥーリは、僕の目を見て怯えた表情を作る。

僕が、本気で笑っていない事に気がついたのだろう。


「それなのに、2年も僕と逢わないと言うの? きっと君のことだから

 会話もしないと言うつもりだったんでしょう?」


僕の視線をすっとそらした。

図星のようだ。


「健全な男が、自分のお嫁さんを抱くことも出来ないんだよ。

 トゥーリ? 僕ほかに女の人作ってもいいのかな?」


非常に意地悪な問いかけだ、意地悪というか悪趣味だ。

トゥーリは俯き小さな声で答えようとする。


「……作ってもい……」


トゥーリが全部口にする前に、僕は顔を伏せ激しく結界を叩く。

その音に吃驚して体を硬直させるトゥーリ。


トゥーリが言おうとしていた言葉を想像し少しイラついて

そして哀しかった。自分勝手な想いなのは理解している。

だけど……。


「ちゃんと僕の目を見て言ってくれない?」


真剣にトゥーリを見つめる僕。

恐る恐る顔を上げ、青灰色の瞳を僕の視線に合わせる。

トゥーリの目から、涙が落ちる。


僕はそんなトゥーリを見てひとつ溜息を落とす。


「僕は、トゥーリが好きだから作るつもりはない。

 トゥーリがちゃんと、けじめをつけたいて言う気持ちは僕も理解してるんだ

 だけど、トゥーリ僕の気持ちも分かってよ……」


僕は苦笑を浮かべる。


「僕でも、君と逢えないのは寂しいと思うし声を聞きたいと思うんだよ。

 僕は君が好きだから……」


そういうと、頬が朱に染まる。

彼女に、嫌われていない事だけはわかるけど

だけどそれが、恋愛感情なのかはわからない……。


そんな彼女を見て、僕は内心ため息をついた。


僕は、彼女に逢いたいと思うだろう。

だけど、僕がここに来るとトゥーリの貫こうとしている事を

邪魔することになるのもわかっている。


僕がここに来ることで生じる問題をトゥーリに伝える。


「結論から言うと、僕はここに来ないほうがいいのは確かだよ。

 トゥーリが言う意味とは少し違うんだけど……ね。

 この結界の魔法って、トゥーリの魔力だけで補ってるわけじゃ

 ないんだよね。太陽と月の力も借りているみたいだ。

 それは別に気にすることじゃないんだけど……」


太陽と月の魔法は、自然から魔力を持ってくる魔法だ。

ある程度制限がある魔法だけど、長期的に発動させたいときに使うことが多い。


僕が何を言いたいのか分からないというように首をかしげ

僕を見上げるトゥーリの姿はとても愛らしい。

そんな姿に少し癒されながら説明を続ける。


「太陽と月からの魔力で、結界を壊そうとする意思のあるものを

 攻撃する魔法を組み込んでいるんだよね」


さらりと言う僕に、トゥーリは少し考える仕草をして

そして青くなった。


「今日ずっと、僕を排除しようとしているよこの結界」


「!!!」


「僕には全然効かないから、安心していいけどね」


そう言って笑うと、少し安心したように息を吐いた。


「問題は僕じゃなくて、僕がここにいると僕の魔力とぶつかって

 この結界が壊れてしまう可能性がある」


トゥーリが結界に手を当てるのを見て、僕も当てようとするが

手を止める。行き場のない手は自然にしたに落ちた……。


「だから、月が出ていない新月の夜だけ……僕に声を聞かせてよ」


僕の言葉に、目を見張るトゥーリ。

僕は視線を手元に移し、耳輪を1つ作る。


それをトゥーリに転送して渡した。


僕は、アルトとおそろいの耳輪に魔法をかける。


「新月の夜だけ、トゥーリに魔力が少し戻るでしょう?

 僕の魔力を籠めてもいいのだけれど、熊とか机に僕の魔力をこめてしまったし

 これ以上そちら側に魔力を送ると危険なような気がするから」


新月の夜ならば、月の魔力が弱まるから、トゥーリの魔法を吸収する魔法も

ほんの少しだけど弱まるはずだ。


トゥーリは手のひらの耳輪をじっとみて、そっと自分の耳につける。


「新月の夜に、僕がトゥーリを呼ぶからその耳輪に少し魔力を籠めて

 僕を呼んでトゥーリ。君も僕を呼んで……」


僕の名前を……。


「セツ……」


僕の名前を呟くように呼び、止まったと思った涙がまた零れる。

何度も僕に頷いて、淡く微笑むトゥーリを僕は静かに見つめていた。



読んで頂きありがとうございます。


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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