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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 カルセオラリア : 我が伴侶 』
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『 僕と家族 』

「ししょう ! その、おんな、だれ !!!」


意識の戻ったアルトが僕に言った第一声だった。

溜息をつきたい気分だ。


「おはようアルト」


そういいながらアルトをちゃんと見ると

涙をこぼしており、これには僕も驚いた。


トゥーリは、オロオロして僕とアルトを見ている。


「アルト、どうして泣いているの……」


僕は、アルトと視線を合わせるために片膝を突く。


「だって、おれ、ししょう、こいしてるのに……」


アルトの言葉に硬直する僕。

衝撃を受けた表情をしているトゥーリ。


「アルト。アルトは恋って何だと思うの?」


顔が引きつらないように、出来るだけ優しくアルトに話しかける。

僕の問いかけに、アルトは声を詰まらせながら答える。


「はなれ、たくない……ずっと、いっしょにいたい、きもち。

 ダリアさんが、いってた」


またか……またなのか……。


アルトの言葉を聞いて、ほっと胸をなでおろしているトゥーリをチラリと見る。


「トゥーリ、何を心配しているの」


「え……別に何も……」


そう言って、違う方向を向いてしまう。


「ししょう、おれ、もういらない?」


アルトの真剣に僕を見つめる瞳に、僕は貰った本の事を思い出しながら

アルトに返事をしていく。全てダリアさんのせいだ。

よもやここまで引きずるなんて……。


「アルト。あのね、僕はアルトを要らないなんて思う事はないし

 アルトの事を嫌いになることもない。アルトは僕の弟子なんだからね?」


「その、おんな、は?」


「その前に、恋と言うのは一般的に

 異性を好きになる事を言うんだよ」


「おとこと、おんな?」


「そう、だからアルトの気持ちは恋じゃないんだよ」


「じゃあ、なに?」


そうきたか……。

トゥーリの視線を感じて、彼女を見ると彼女は

僕がどう答えるのか、興味津々という表情をしていた。


僕と2人のときには、見せなかった表情だ。

僕と話している時は、ずっと緊張していたのに。

どうやら、子供のアルトを見て彼女の緊張が少し解れたらしい。


緊張を強いる会話をしていたのは僕なのに

その事がなんとなく面白くなくて、僕はアルトの質問をトゥーリへと投げた。


「トゥーリはどう思う? アルトの僕に対する気持ち」


「……!」


「恋だと思う?」


「え……あの……」


いきなり僕に話題を振られてあわてるトゥーリ。

アルトは真剣にトゥーリを見つめている。


「あ……恋だと困ります……」


「困るの?」


「え……っ……」


「どう困るのか教えてくれる?」


僕がトゥーリを追い詰めていると

アルトが、不機嫌になってきているのが分かるので

話題を元に戻すことにする。


アルトに向き直りゆっくりと伝える。


「アルトの気持ちは、家族に対するものだと僕は思う」


「かぞく?」


「そうだね、分かりやすく言うとアルトにとって僕は

 お母さんや、お父さんの代わりなんじゃないのかな……?」


「とう……ちゃん……」


アルトの涙が止まり拳を握り締め、俯いてしまう。

そんなアルトの頭をなでながら僕はアルトにゆっくりと話す。


「アルトは僕と家族になるのは嫌かな?

 僕は、アルトとトゥーリと家族になりたいと思っているよ」


そう、これは本音だ。

この世界にただ独りの僕、アルトは獣人というカテゴリーに

トゥーリは竜族というカテゴリーに、だけど僕は人間だと思っているだけで

人間ではないんだろう。


無理やり何かに当てはめるとしたら勇者。

その勇者ですら、僕はなれなかった中途半端な存在。

知り合いもいない、家族もいない、友人もいない。


この世界にたった独り……。


だからきっと、アルトよりもトゥーリよりも

僕自身が家族というものに強い執着がある。


アルトがゆっくり顔を上げて、僕の目を真直ぐ見つめた。


「ししょう、おれ、ししょうと、かぞくなりたい」


僕もアルトの目を見て頷き微笑む。少しほっとしたようなアルトを見て

トゥーリのほうを見ると、今度はトゥーリが泣いていた……。


「トゥーリ?」


名前を呼んでも、反応がない。


「トゥーリ?」


「あ……」


泣いて声を出すことが出来ないのか、ただ俯いて涙を流しているトゥーリ。

アルトがトゥーリに近寄ろうとして、壁に阻まれる。

その壁に驚いたように、アルトは僕を見た。


「トゥーリは、ここから出る事が出来ないんだよ」


そういう僕に、傷ついた顔をするアルト。

きっと、自分の境遇を思い出しているんだろう。


「どうしたの?」


「ごめん……なさい……」


「謝らなくてもいいから。泣いている理由を話して?」


トゥーリが落ち着くように出来るだけ優しく

彼女の青灰色の瞳を覗き込みながら話す。


「家族なんて、もう、私には縁がないと……おもっ……」


自分の家族を思い出し、そして孤独を再認識して。

今僕達がここに居ることに、この先の希望を見たのかもしれない。


出来ることなら、彼女を抱きしめて安心させてあげたいのに

そうすることが出来ない自分が少し歯がゆく思えた。


アルトがしゃがみこんで、トゥーリを心配そうに見ている。

そんなアルトに気がついて、トゥーリがアルトをじっと見つめそして微笑んだ。

アルトも微妙に笑い返していた。


「はじめまして。私はトゥーリ貴方は?」


「おれは、アルト」


「アルト? 素敵な名前ね」


アルトが嬉しそうにトゥーリに笑う。


「ししょうが、つけてくれた」


そのことに少し驚き、そして哀しそうにアルトを見る。

アルトの名前が、両親から与えられたものではない事に胸を痛めたのだろう。


「そう、とてもいい名前だと思うわ。

 私の名前も、セツがつけてくれたのよ。アルトと一緒ね」


アルトが僕のほうを見る、僕はアルトに頷いて返した。


目を細めて、アルトと話すトゥーリは穏やかな空気を纏っている。

僕と話している時とは全く感じが違った。

こちらが本当の彼女かも知れないけど、僕ともこんな感じで

話してくれるようになってほしい。


「私の名前は、風という由来があるんですって

 アルトの名前の由来は?」


名前に由来があると聞いて、アルトが僕に期待のまなざしを向ける。

僕は、手の甲を口に当て軽く笑う。


「ししょう、アルトって、どういういみ?」


「え? 意味なんてないよ!?」


即答すると、ショックを受けるアルト。

耳と尻尾がへにょへにょだ。全身で落胆を表しているアルトに

耐えきれずに噴き出して笑う。


「ぶはっ……」


「セツ……? アルトをいじめるのはいけないわ」


トゥーリには、いじめていることがばれてしまったようだ。

笑いを抑えて真面目に話す。


「アルトの名前の由来はね、2つあるんだ。

 1つは、女性の声域……うーん……」


僕は鞄の中から竪琴を取り出す。

どう見ても、竪琴などはいってなさそうな鞄から取り出したので

トゥーリが驚いているが今は説明しない。


「歌を歌うときに、高い音を歌う人と低い音を歌う人にわけることがあるんだよ。

 高い音を歌う人を【ソプラノ】低い音を歌う人を【アルト】っていうんだ。

 でね【ソプラノ】は綺麗な旋律を奏でることが多いんだよ。

 こういう風に……」


僕は、簡単な曲を竪琴で奏で歌う。

アルトとトゥーリは食い入るように僕を見ていた。


「それでね、今の曲を【アルト】の旋律で奏でて歌うとこうなる」


2人は、少し微妙な顔をする。

その反応に少し笑う。


「一緒に奏でるとこうなる……」


想像具現で作った魔道具に、ソプラノ部分を録音したものを再生し

僕はアルトのパートを歌った。


目を見張り驚く2人。


「どう? ソプラノだけアルトだけの時より良くなったと思わない?」


コクコクと頷く2人。


「僕の勝手な解釈だけどね

 アルトはソプラノを補佐していると思ったんだよ」


「ほさ?」


「そう。助けるという意味かな?」


「ししょう、もうひとつは?」


「もう1つは、楽器の名前になっているんだよ。

 この楽器も、存在は目立たない楽器なんだけどとても大きな役割をもっている」


「おおきな、やくわり?」


「そう、1つの大きな音を作るときにその音同士を支える役割を持っているんだ。

 表舞台に出ることは少ない楽器だけど、とても重要な役割を担っている」


「じゅうよう……」


「アルトの名前は【音】に関する由来だけど

 僕が名前に込めた意味は誰かの支えに

 大切な人の支えになれる大人になってほしいと思って

 僕はアルトって名前にしたんだ」


2つとも地球での言葉や意味なんだけど。


アルトは黙り込み、僕の言葉を反芻して

その意味を自分の頭で考えているようだ。


そんなアルトを僕は見つめ、トゥーリは僕をじっと見つめていた。


「セツ……」


「うん?」


「歌上手……」


「惚れてくれた?」


褒められて少し照れてしまい、軽い感じでトゥーリに返す。


「もう……」


プイと明後日の方向を向いて膨れてしまった。

そんな彼女を可愛いと思うし、愛しいと思う。


そして重症だなとも思った。

たった数時間でこれほど支配されるものなんだろうか?


思考の中から、僕を呼び戻したのはアルトの声。


「ししょう、おれ」


「うん?」


「なまえ、ありがとうございます」


アルトの言葉に、僕はただ笑って頷くことしか出来なかった。

嬉しかったから。


アルトがお礼を言ってくれたことが、大切にすると

名前を大切にすると言ってくれたようで嬉しかったから……。


僕が竪琴を鞄にしまおうとすると、2人が同時に声を上げる


「あー!」


「あー」


その反応に驚いて、2人を見る。


「なにかな……?」


「ししょう、もっとうたって」


「セツ、もっと歌って?」


2人して同じことを言う。

それに僕はにっこり笑い、短く返事を告げた。。


「嫌」


2人は、断られるとは思っていなかったのか

ショックという顔を作っていた。


この2人、似てるかもしれない……。


僕は溜息をつきながら竪琴をなおす。

そしてアルトのほうを向いて、改めてアルトにトゥーリを紹介した。


「アルト。トゥーリは僕のお嫁さんになったんだよ」


「えー!! こいびと、ちがうの!?」


「恋人でお嫁さん」


トゥーリが少し複雑な表情を作って笑い。

僕は、彼女のそんな笑みに気がつかない振りをする。


アルトは、僕の右手首とトゥーリの右手首にある

お揃いの腕輪を見つけて、どこかしょんぼりしたような表情を作った。


「アルト……?」


アルトが急にしょんぼりしたので声をかけるとトゥーリが


「セツ。アルトは仲間はずれみたいに思って寂しいのよ」


トゥーリの言葉に、アルトは更に耳を寝かせていた。


「……そうは言っても

 流石に右腕に腕輪をはめるわけにはいかないでしょう?」


「そうだけど」


「右腕の腕輪は、将来アルトとアルトの伴侶になる人の為のものだから

 僕がかってにつけるわけにはいかないよね……」


しょんぼりしてしまったアルトを見ながら

僕は能力で指輪を1つ作り、それをアルトの左手薬指にはめた。


こちらの世界では、深い意味はないしいいだろう。

アルトは、自分の左手の薬指にはめられた指輪を見て首をかしげる。


「アルト。僕とトゥーリの指を見てごらん?」


自分の指から、僕の指にそしてトゥーリの指に視線を移す。


「これは、3人が家族だという証。おそろいの指輪だよ」


僕の言葉に、アルトは僕とトゥーリを見て

もう一度自分の指輪に視線を落として

それはそれは嬉しそうに笑ってくれた。


トゥーリもアルトの笑顔をみて嬉しそうに笑っている。


「ししょう、トゥーリさん、けっこん、おめでとう」


「ありがとうアルト」


「ありがとう…アルト。私のことはトゥーリと呼んで

 さんは要らないわ?」


アルトは、トゥーリの言葉に1つ頷き

楽しそうに会話する2人を横目に見て

僕はここで手に入れた僕の家族を守ろうと誓った。



☆ あとがき ☆


ソプラノ、アルトに関しては僕の勝手な解釈なので

深く考えずニュアンスだけ受け取ってもらえると嬉しいです。

アルトが楽器の名前というのは本当です

フランス語でヴィオラの事をアルトというらしいです。



読んでいただきありがとうございます。


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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