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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 カルセオラリア : 我が伴侶 』
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『 僕と風 : 後編 』

 僕の中で何かが生まれる。その感情は明るくもあり暗くもあった。

その感情がどこから来るものなのか、正直僕にはわからない。


彼女の声を聞けたことに喜びを感じた。

彼女を見て、心を奪われた。


彼女の話を聞き、こみ上げてくる不快な感情に

僕自身が戸惑ってしまうほどに。竜王に憤りを感じた。


僕はそれほど……彼女に惹かれているのかもしれない。


自分の撒いた種は、自分で刈らなければいけないし

それは僕が肩代わりできることではなく、彼女が償うべきものだ。


彼女も、それを受け入れている。

彼女は、淡々と事実を語り。自分の兄を想う言葉だけを口にした。

そこに、自分の中にある恐怖や淋しさというものを一切言葉にしなかった。


彼女の態度や言葉の端々から……。

孤独を感じていたことがわかるし、恐怖を感じていることもわかる。


何より……人間を憎んでいるはずなのに

人間の僕を話し相手にしたことに……彼女がどれほど孤独におびえていたのかを

知ることができるのだから。


そんな彼女を守れたらと思う。

助けることができないだろうかと考える。


だけどその一方で……。

彼女を自分のものにしたいという欲がわく。


初めて惹かれた異性に。

僕はどうしようもないほどの、欲を抱いた。

その欲に、抗う事などみじんも感じないほどに僕は彼女が欲しい。


彼女の弱り切っている心に付け込んで、彼女が望むモノを提示して

彼女を無理やり、手にれることになったとしても僕は彼女が欲しい。


突き動かされるようなこの感情が、恋なんだろうか?

全てを自分のものにしたいと思うこの感情は、独占欲なんだろう。

どちらとも僕には、初めての感情で自分がそんな感情を持つことになるとは

夢にも思っていなかった。


項垂れて沈黙している彼女に優しく語り掛ける。

きっと彼女には、悪魔のささやきに聞こえるだろう事も分かっている。

それでも僕は言わずにはいられない。


「僕と契約をしてくれないかな」


「何を……。言っているんですか?」


顔をあげて、見えていない瞳で僕を見つめる。

僕の言葉の意味がわからないと、戸惑いの表情を見せていた。


「僕と契約してほしい」


僕の2度目の言葉に彼女は俯き、手のひらをぎゅっと握る。


「……」


彼女から怒りの感情が僕に向けられる。


「竜王から名前を剥奪されたとしても

 魔力を暴走させない方法はあるでしょう?」


「……」


「竜王が名前を与え、魔力に干渉する理由は

 成長するにつれ、大きくなっていく魔力の余剰分を受け入れる能力を

 竜王が持っているからだ。僕は魔導師だから、君の魔力を受け入れても

 その魔力をさばくことができる」


「私はそうは思いません。

 人間の器で、私の魔力が受けきれるわけがありません」


「大丈夫だと思うけど?」


「……もし、それが可能だとしても……」


彼女は自分の感情という感情をそぎ落とした声で

僕にその先を告げた。


「私は、人間と竜騎士契約を結ぼうとは思えない。

 私は、誰の騎士にもならない」


ハッキリとした拒絶に僕は思わず笑う。

その声が聞こえたのか、彼女は見えていない目をスッと細めた。


「いや……。僕が望んでいるのは竜騎士契約ではないんだ」


そこで一度区切り、僕は右手を彼女の前に差し出す。

結界があるので、僕の手は彼女には届かない。


「僕が望むのは、騎士ではなく伴侶。

 僕は君が好きらしい」


僕の言葉に、彼女は一瞬無防備な表情を見せた。

信じられない事を聞いたというように、彼女の口からこぼれる音。


「え……?」


もう一度、彼女にわかるように繰り返す。


「僕は君を好きだといった」


薄らと口を開けて、僕を見る彼女に触れてみたいと思った。

彼女は茫然と僕を見つめている。


「僕の伴侶になってくれないかな」


「い……意味が分かりません」


「もう一度、告白をしたほうがいい?」


「告白……?」


僕の言葉に、意味を理解したのか

彼女の顔が見る見る赤く染まっていく。

戸惑い、うろたえている様子を眺めているのは面白い。


「違うな。竜に告白するときは

 こう告げるんだっけ? 君に名前を贈りたい」


「つっ……」


僕の言葉が信じられないのか、俯き黙り込んでしまう彼女。

その表情は、全く余裕がないと告げている。


「竜に名前を贈るということは、そういう事なんでしょう?

 本来は、番同士が呼び合う名前を贈るんだよね?

 でも君は、名前がないから……僕が名前をあげる。

 これなら、君の魔力がどれほど大きくても僕に負担がかかることはない。

 番の魔力、生命力をお互いに共有することになるから」


「どうして、人間の貴方がそんなことを知っているの」


「知っているから」


どうして知っているのと聞かれても、知っているからとしか答えようがない。


「そんなことは、今どうでもいいと思うけど。

 僕は君に求婚しているんだけど、その返事をくれないかな?」


「お断り……」


彼女が全てを言葉にする前に、僕は口を挟む。


「君は僕の事が嫌い?」


「え……」


「僕達は、さっき出会ったばかりだけど

 僕は君が好きだと思った。だから君に伝えたいと思ったし

 僕の伴侶は、君以外考えられないと感じたから求婚している」


「あの……」


「君が僕を嫌いだというのなら

 僕は今すぐここを出ていくよ……」


「あ……」


僕の言葉に、彼女は表情を変える。

ほぼ1000年ぶりの会話できる相手、その淋しさに僕は付け込む。

それは卑怯なことだと。どれほど不安になるかを僕が一番知っているというのに。


「僕は君の番には、ふさわしくないだろうか?」


今日、出会ったばかりで、ふさわしいもふさわしくないも決められるはずがない。


「いえ……そんなことは」


彼女の顔は少し赤い。視線が彷徨っているところを見ると

少しは好意的に見てもらえているのかもしれない。


「それとも、君にはもう心に決めた人が居る?」


「いません」


即答する彼女に、内心安堵する。

僕は少し足音をさせて、結界から離れる。


「ま……まって」


「うん?」


「少し、少し考えさせて……」


「僕は今すぐ返事が欲しい」


「今すぐ……」


「そう。今」


「……」


「僕は君を大切にすると、命を懸けて誓う」


僕の言葉に、彼女が大きく眼を見開いて僕を見る。

その瞳は、頼りなさげに揺れている。


「お付き合いからじゃ……」


彼女がまともな案を提示するが、僕はそれを拒絶する。


「僕は、君以外の竜がいつ来るかわからないところに

 何のつながりもなく、残していくのが嫌なんだ」


彼女の表情が少しこわばる。


「番になれば、僕はすぐに君の元へ転移することができる」


番にならなくても、簡単にここまで来ることはできるけど

それは話さない。竜と契約すれば、どういう理由からかはしらないが

お互いに相手のところへ転移できるようになるらしい。


顔色を悪くして、不安げに視線を彷徨わせる彼女。

僕の言葉をどう受け取っていいのか、悩んでいるようだ。


「僕のこの気持ちが信じられないというなら

 どうしたら信じてもらえるのかな?」


「……」


「何か願いはある?」


彼女は、願いなどないというように首を横に振った。


「僕ならこの結界を壊すことができる。

 結界を壊して、君を出してあげようか?」


僕の提案に、彼女は凛とした声で否と答える。


「私は、決められた年月ここから出るつもりはありません」


君ならそういうと思ったよ……。

なぜかひどく苛立たしい気持ちがわく。

僕はなぜ、こんな衝動に駆られるのだろう。


「……竜王を殺そうか」


「なにを……」


馬鹿なことをという前に、僕の変化を敏感に感じ取ったのか

彼女が結界の壁から1歩後ずさる。


やばい……。


そう思うと同時に、僕はこの洞窟に魔力を外に漏らさない為の結界を張る。

結界を張ったと同時に、カイルから貰った指輪にヒビが入り壊れ足元に落ちた。


魔力制御の指輪が壊れた……。僕はその壊れた指輪をぼんやりみながら

解放した魔力に身を浸した。


どうやら、気が昂ぶり過ぎて魔力の制御が利かなかったようだ。

僕の魔力の放出によって、洞窟がびりびりと震える。


僕の感情に呼応するように、風が吹き荒れた。

アルトのほうをチラリと見てから、アルトの周りにさらに強固な結界を張り

そして眠りの魔法を入れる。


僕の中に生まれたもの。

1つは淡い光。彼女が好きだという気持ちや助けたいという気持ち。

1つは仄暗い光。彼女を自分だけのものにしたいという気持ちと

彼女を苦しめているものを壊したいという気持ち……。


僕は同時に2つの光を手に入れた。

そして、仄暗い光に誘われるようにして

僕の中に眠っていた狂気が目を覚ます。


僕の心の隅で、狂気が蠢き囁いている。

それは本当に小さな声だけど……。

確かに聞こえるその声は、今は殺せと囁いていた。

邪魔なものを殺せと。


僕の魔力を見てか、僕の言葉を聞いたから彼女の顔から血の気が引いている。


「願ってみて? 僕に……竜王を殺せと」


「で……でき、ま、せん」


彼女の体が小刻みに震えている。


「どうして?」


「……」


彼女は視線を彷徨わせ理由を考えている。


「竜王を、ころせ、ば、一族が、だまっていませ、ん」


「僕の心配をしてくれるの?」


「……」


僕の心配をしているわけではないようだ。

竜にとって、竜王は特別な存在らしい。正直気に入らない。


「大丈夫だよ。僕がすべて返り討ちにして首をはねてあげるから」


彼女が悲鳴を飲み込むのがわかる。


「君が望むなら、全ての竜を殺してもいい」


瞳に恐怖という光を宿して、何も言えなくなった彼女に

僕は小さく笑う。


「冗談だよ? 殺さない。

 君は僕にそれを望まないでしょう?」


僕の言葉に、ゆっくりと頷く彼女。冗談だとは思っていないようだ。

僕も冗談で言ったわけじゃない。


「君が望むなら、そんなありえない望みも叶えようと思うって事だよ」


黙ったまま僕を見ている彼女から視線を外し

深く深呼吸して魔力を抑える。僕の魔力はまた増えたような気がする。

僕は、色々と囁いてくる狂気を心の奥に沈めて気がつかなかったことにする。

囁いていた声は、小さくなってそして消えた。


抑えても、体から溢れてくる魔力を体に纏わせながら

何時もの自分を意識して、彼女に語りかけた。

なぜか、自分の感情の制御がうまくいかない……。


「何か望みはない?」


「ありません」


即答する彼女に、僕は苦笑する。

彼女を口説いていたはずなのに、警戒させてしまった。


「ごめんね。ずいぶんと怖がらせてしまったみたいだ」


「……」


返事をしない彼女に、今日はもう無理かもしれないと結界から離れて

アルトの様子を見に行こうとした。


「ま、待って……」


僕が結界から離れるのを察知したのか、彼女が僕を止める。

どうやら、ここから出ていくと思われているようだけど

僕はまだ出ていく気はない。彼女が勘違いをしているのを知っていながら

それを訂正することはしなかった。


「君を困らせているみたいだから。

 さっきから、断ろうとしてたでしょう?」


「そ、そうだけど」


彼女が黙り込んだことで、僕はまた一歩結界から離れた。


「ま……まって……」


彼女が薄い壁に手をつけて、僕を引き留める。


「僕は、失恋したわけだからここに居るのは辛いんだけどな」


苦笑と一緒にそう告げると、彼女の体が固まる。

失恋したとは思っていない。僕は彼女を諦めるつもりはない。


「失恋……」


「断られるって、そういう事でしょう?」


「ちが、ちがう……私は」


どこか、泣きそうな表情で僕を見ている彼女に

罪悪感がわくのを感じながらも、止めることができない。


「大丈夫だよ。君が気にしてくれる必要はないんだから。

 僕の告白も、忘れてくれていいよ」


心にもないことを、口に乗せ彼女に伝える。


「僕は冒険者だし。

 ここを離れれば、もう二度と君に会う事もない。

 こういう気持ちは、時が解決してくれかもしれない……」


本当に、時が解決するのかはしらない。

そしてまた一歩、僕は結界から離れる。


「いや!」


彼女の瞳から、綺麗な涙が落ちる。

その言葉の意味は、なんだろう。


僕がここから立ち去る淋しさからなのか。

孤独の中に置いていかれる恐怖なのか。

それとも……僕が彼女を忘れると言っている事に対してなのか。


僕には、彼女の気持ちなど全く分かりはしなかった。

わかっていることと言えば、彼女を追い詰め僕が望む返事に近づいているという事だけ。


僕のやり方は間違っている。

それでも……僕は。


涙を落としている彼女の前に戻り、声を落として彼女に告げる。


「君が望んでも、与えてあげられないものがある」


僕は人間で、彼女は竜だ。

そのせいで、僕達の間には子供ができない。


僕の言葉を彼女は黙って聞いている。


「僕は人間だから、君との子供は望めない。

 だから、君が子供を望むのであれば僕は君を諦める」


1度だけ……。1度だけ、僕から逃げるチャンスをあげる。

子供が欲しいと口にしたら、僕は君を諦めるから。


僕に捕まりたくなかったら、嘘でも子供が欲しいと言えばいい。


彼女は、その言葉に瞳の色を暗く落とした。

きっと、自ら命を断ったお兄さんの事を思い出しているんだろう。


そして、僕が居るであろう場所を見つめて彼女が告げる。


「それは、私も同じです……。私が貴方の番になっても

 私は貴方に子供を抱かせてあげられない……」


僕が想像していた言葉とは、違うものが返ってきて

少し驚くが、僕の事を考えてくれている言葉に苦く笑う。


「僕は君が居てくれたらいい」


「……」


「僕は君が欲しい」


僕の意思を籠めた言葉に、彼女がゆっくりと瞳を伏せ

何かを考えていた。


「それともう1つ。君がここに残るというのなら

 僕は君と一緒に居てあげることが出来ない。

 君と一緒にここで君が自由になるのを待っていたいと思う。

 だけど僕には弟子がいる、僕は弟子を一人前に育てる義務があるから」


彼女がゆっくりと顔をあげ、見えない目で僕を見る。

僕の気持ちを測ろうとしているのか、彼女の目は真剣だ。


「だけど、そのほかのことは僕が何でも叶えてあげる」


子供は無理だけど。


「君がそこから出たいというのであれば、今すぐ出してあげる」


きっと、君は出たいとは言わないだろうけど……。


「君が世界を見たいというのなら、僕が世界を見せてあげる」


君と一緒に見る風景なら、きっとどんな場所も綺麗だと思うから。

僕を見ていない彼女の瞳を真直ぐに見つめ。甘い言葉を連ねていく。


「君が寂しくないように、毎日でも話し相手になることもできる」


この言葉に、彼女の瞳がひときわ大きく揺れる。


「僕の魔力は、人よりも多いから

 この結界を気にすることなく声を届けることができる」


彼女の手が小さく震えた。その震えを止めるように右手で左手を

ぎゅっと握る。


「君がここを出たあとも。僕は君を独りにしないと誓う」


彼女の手には、どれほどの力が入っているのかとても白い。

僕の誘惑に必死に抵抗しようとしている様子が、ありありとわかる。


「君に名前を贈らせてくれないかな?」


首を横に振っているが、それはとても弱い。


「僕に君の名前を呼ばせてもらえないだろうか?」


彼女は、歯を食いしばって口を開こうとしない。

だけど、心は大きく傾いているように思えた。


「僕の伴侶になって?」


今度は首を横には降らなかった。


「僕の番になって?」


更に、僕は彼女を追い詰める。


「僕は君となら、生きていけると思う」


僕の言葉に、彼女の肩が揺れ

僕を凝視するその瞳から、大粒の涙が一つ落ちた。


彼女の生きたいという望みや孤独に付け込んだ

言葉を選んできたのだ。


「僕と一緒に、生きてほしい」


彼女が手を当てている位置に、僕も手を当てる。

手の感触も、温もりも何も伝えることのない透明な壁。


彼女はただ涙を落とし、涙が地面に吸い込まれていく。

僕はもうそれ以上言葉を紡がなかった。彼女は見えない目で

ずっと僕を見上げていた。長い沈黙の後。


彼女がどういう気持ちで、答えたのかはわからない。

わからないけれど……。彼女はただ一言「はい……」と呟いた。


彼女の言葉を確認すると、僕は竜の誓いの言葉を紡ぎだす。

彼女の決心が揺るがないうちに……。僕のものにする為に……。


「僕はセツナという名前において、僕の伴侶に名前を与える。

 君の名は【トゥーリ】由来は【風】いつも僕のそばで舞う風であるように」


「トゥーリ?」


「そう。嫌?」


「嫌じゃない。貴方の名前と同じ不思議な響きね……」


「了承してくれるなら、その言葉を」


彼女は僕に頷く。


「セツナから贈られし、【トゥーリ】という言葉を我が名と定める」


彼女の体淡く光る。どうやら成功したようだ。

彼女にもそれがわかるのか、どこか安堵したように息を吐いた。


一呼吸置き

僕は僕の魔力が、トゥーリに流れないように。

そして、トゥーリの魔力が僕に流れないようにしてから言葉を紡いだ。


彼女の魔力量が変化すると、竜王に気がつかれる恐れがあるから。

彼女がここから出ない限り、この魔法を解くことはない。


「僕は、君の名【トゥーリ】に誓う。

 何時いかなる時も君を守り、良き伴侶になることを」


トゥーリは少し驚いた顔をして、それから戸惑いを見せる。

そんな彼女に、僕は優しく名前を呼び誓いを促した。


「トゥーリ」


僕の声に、耳まで赤くしながら

ゆっくりと、トゥーリが誓いの言葉を口にする。


「私は、貴方の名【セツナ】に誓う。

 何時いかなるときも貴方を支え、よき番であることを」


「「誓います」」


「「名の制約と血の制約をここに交わす」」


ここで口付けを交わすんだけど、結界が邪魔をする。

少しなら……大丈夫かもしれない。


僕は自分の唇に少し傷をつけると、魔力を練り上げ結界を消す。

僕が見えないだろう目で、少し戸惑いながら見上げているトゥーリの唇に唇を重ねた。

同時に、指輪を作り左の薬指に指輪をはめ

其の指を少し傷つけ其の血を僕の指につける。魔法で傷を消してから

僕はトゥーリから離れる。


その瞬間、結界は元の通りに戻り僕と彼女を隔てた。

トゥーリが、それ以上開けば目が落ちると思われるほど見開いて僕を凝視している。


「ごちそうさま」


僕はトゥーリの血を口に含み、ニヤリと笑った。

自分が何をされたか悟ったトゥーリは手の甲を唇に当て

顔を真っ赤にして座り込んでしまった。


僕の右腕と、トゥーリの右腕に銀色の腕輪が現れる。

伴侶の印、名前と血で誓った竜の番の証。


「……な……どう……どうやって」


「僕の魔力を使って一瞬だけ結界を消したんだよ。

 もう使えないけどね、次使うとこの結界が壊れてしまうから」


「あ……」


「トゥーリ? 目が見えてるよね」


「え……あ……なんで……」


「口付けたときにね、治したんだよ」


口付けと聞いてまた赤くなるトゥーリが可愛い。

彼女から視線を外す事が出来ない。


「セツ……」


トゥーリが僕の名前を呼ぶ。その声にその響きに

今まで感じた事がない、喜びに心がざわついた。


「セツ……女性の扱いになれてる……」


なのに、トゥーリから出た言葉はとても心外な言葉だった。

僕は内心がっかりしながらも表情には出さず


「失礼なことを言うね……。女性を好きになったのは君が初めてだよ。

 口付けを交わした女性も君が初めてだよ?」


トゥーリを見つめ、優しく笑うと硬直してしまった。

そんな彼女を見て笑い、この結界が邪魔だなと改めて思う。


僕も薬指に指輪をはめる。もちろん魔力制御の為の指輪だ。

薬指に指輪をはめる僕を見て、トゥーリが自分の左手薬指を見た。


「この指輪はなに?」


「それは、僕のものだという証。僕しか外せない」


そういうと吃驚したように外そうと試みるトゥーリ。

能力で作った指輪。魔力・物理防御にGPS機能つき。


指輪を見ながら、トゥーリが呟く。

どうやら、衝撃から立ち直りつつあるらしい。

もう少し、混乱してくれていたほうが彼女の素の姿が見れたのに。


「セツ……私でいいの? 私は……」


僕は、トゥーリの言葉をさえぎって告げる。


「僕は、君しかいらない」


綺麗な青灰色の目を見つめて。

僕に複雑な笑みを向けるトゥーリ。


その笑みがすべてを物語っているように見えた。

彼女の想いと僕の想いは、全く重なり合っていないのだと。


そんな、トゥーリをみて溜息をつく。


「セツ……?」


「なんでもないよ」


心配そうに僕を見る彼女に、僕の思考を見せることなく

話題を変えるためにトゥーリに聞いた。


「ねぇ、トゥーリ?」


「なに?」


「僕を見てどう思った? がっかりした?」


「ど……どう……どういういみ!?」


声が裏返っている。


「そのままの意味だよ。僕の容姿はトゥーリが想像していた

 通りのものだったのかなって。僕を見てどう思う?」


「どう思うって……」


「僕はトゥーリの好みの範囲に入っているだろうか?」


「好みって……」


「好み? 好みじゃない?」


「それは……」


「教えてほしいな」


「知ってどうするの?」


「君の好みになるように、努力する」


「……」


「トゥーリの好きな容姿は?」


僕をチラチラ見ながら、口を開きかけてまた閉じる。

そのうちに、目が涙目になってきた……。


いじめすぎた……かな?


「セ……セツは、私のことどう思ったの?」


おぉ? 反撃ですか……。

内心クスリと笑う。


「僕? 僕の好みど真ん中。

 僕は、本当に君が好きなんだなと思う」


トゥーリの目を見つめ優しく囁くと、耳まで真っ赤にして項垂れてしまった。

そんな彼女の姿を堪能していると。


後ろから不穏な気配がする。

振り返るとアルトが真っ青な顔をして僕に言い放った。


「ししょう! その、おんな、だれ!!!」


アルトのセリフに僕は顔に手を当て、がっくり項垂れてしまった……。



読んでいただきありがとうございます。

トゥーリの名前の由来は tuuliテゥーリフィンランド語で風という

意味らしいです。


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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