『 僕と23番目の勇者 』
僕が召喚されて、1年ぐらいたったのだろうか?
この一年間で変わったことといえば
僕では " 勇者 " になれないということで
69番目の勇者が召喚されたことぐらいだろうか
きっと外では様々なことがあるんだろう。
僕に入ってくる情報といえば、新しい勇者が召喚されたということぐらいだった。
新しい勇者が召喚されたということは、僕は用済みである。
もともと、病気で何ができるわけではないのだが……。
この部屋で、病気で死ぬことになるのか
用済みということで、殺されることになるのか分からないけれど
どちらにしても、僕は死ぬ事になるだろう。
僕の考えでは、きっと近いうちに殺されそうな気がする。
役に立たない、物を生かしておくほど、優しい国ではないだろうし
それに僕は、とっくに生きる事を諦めていた。
例え、ここから出されたとしても、知らない世界で病気の僕が
生き残れるはずも無い……。この体では、到底無理な話だ。
ベッドの中から、外の景色を見る。
地球で言うところの、月なのだろう。
青色の月が、寂しげに僕を照らしていた。
あの月が、黄色ならよかったのに……。
静かな部屋の中、唐突に僕に声がかかる。
「おい、お前、お前勇者じゃないのか?」
部屋への扉が、開いたわけではないのに声が聞こえた。
僕は、窓のほうから扉のほうへと視線を移すとそこには
ブラウンの髪に、薄い翠の瞳の青年が立っていた。
僕が何も答えないのに、痺れを切らしたのか
青年が、僕のベッドに近づいてくる。
「おい、お前、俺の質問に答えろ」
「君は、誰?」
一瞬、暗殺者かもしれないと思ったが
暗殺者であったとしても、僕には抵抗するすべなど無い。
この体では逃げ切る自信もない。
どうせ運命は決まっているようなものだし
僕は、少しの好奇心を満たす事にした。
それに、殺してくれるなら僕は喜んでこの命を差し出すだろう。
「先に、俺の質問に答えろよ。お前、勇者じゃないのか?」
「僕は、一応68番目の勇者という事になっているよ」
僕が答えると、彼は少し考えるような顔をした。
「68番目? 召喚されたのは69番目の勇者じゃないのか?」
「僕は、1年前に召喚されたんだ」
「ふーん……」
「君は? 僕に何かよう?」
「ああ……俺は、23番目に召喚された勇者だった
召喚される前は、日本にいた。こちらに召喚されたのは2005年辺りか?」
言葉を失う。僕が68番目という事は、僕の前には67人の人間が
召喚されているわけだけど、同じ日本人である人が召喚されているとは
思っても見なかった……。
「お前は?」
「僕は、2010年に召喚されたんだ……」
「んー……お前、ちょっとじっとしてろよ」
そういうと、23番目の勇者は僕の胸に手を当てる
一瞬、電流が走ったような衝撃がきたがそれだけだった。
「なるほど、そういうことか」
1人で、納得したような表情を浮かべる彼を、怪訝に見ていると
「あぁ、ちょっと記憶を見せてもらった」と悪びれる様子もなく
軽く言う。僕としても、知られて恥ずかしい記憶などないが
一言ぐらい、断りを入れるべきだと思う。
「お前さ、このままじゃ殺されるぜ?」
僕にそう告げると、彼は真剣な表情で僕の顔をじっと見た。
「やっぱり、殺されるかな?
殺されるとしても、僕にはどうする事もできない」
どうするつもりも無い事を伝えると
彼は、僕の心の奥底を覗くような目を向け、こう聞いた。
「お前、もし病気が治るとしたら、この世界で何がしたい?」
23番目の勇者の問いに、僕は迷わず答える。
「僕は、椿のように逝きたい」
殺されるなら、殺されてもいいのだと言うことを彼に告げる。
ここで、この白い部屋で、じわりじわりと死に向かっていく
その時間が耐え難いのだ。なら僕は、潔く死にたい。
「お前、それはしたいことじゃないだろう」
僕の即答に近い返事に、彼は苦笑する。
「俺は、お前がやりたい事を聞いているんだが?」
やりたい事……。
そう聞かれて、僕が思い浮かぶのは1つだけだった。
「やりたい事、ないのか?」
「僕は……病気が治るなら、世界を見て歩きたい。
そして、僕は僕が選んだ場所で死にたい」
静かに話す僕に、彼は表情を変えることなく僕を見ていた。
「じゃぁ、俺がそれに必要なものをお前にやるよ
この世界で、生きる理由もなくなったことだし……。
お前に、俺の命をやる」
自分の命を僕にくれると、軽く言う彼。
一瞬耳を疑い、彼の表情が本気である事を見て、僕は声を荒げる。
「他人の命を、犠牲にしてまで旅がしたいなんて思わない!」
興奮した僕を、宥めるような目を僕に向け
「まぁ、言い方が悪かったのは認める。
順を追って話すから、まず聞け。
俺の話を、聴いた上で判断すればいいだろう?」
そういうと、何処からか椅子を取り出して
僕のベッドの隣に椅子を置き、そこに座った。
「……その椅子は何処から?」
この部屋に椅子は無い。彼は今まで何も持っていなかったし
椅子を隠しておける場所も無いはずだ。
僕の質問に、彼は答える事はせずに軽く笑って流した。
「まずは、自己紹介からだな。
俺は、23番目に召喚された人間だ。
日本での名前は、時任かなで。
こちらの名前は、カイル。本当の名前は捨てたからな。カイルでいいぞ」
カイルは、僕に目を向ける。
彼は、僕の記憶を見たのだから必要ないような気もするけれど。
「僕は、杉本刹那……」
「どうした?」
名前を言っただけで、黙ってしまった僕を見て
不審そうに僕を見るカイル。
「いえ……この世界に来て名前を名乗ったのは初めてだと気が付きました」
「お前、召喚されたときに名前を聞かれなかったのか?」
「僕は、説明される前に倒れてしまいましたから。
名前を聞くまでもないと、判断されたんじゃないでしょうか」
「そうか……」
何かを考えるように、瞬刻黙り込んだがそれだけだった。
彼が何を考えていたのかは、僕にはわからなかった。
自己紹介が終わったところで、カイルが自分の話をしてくれる。
召喚された時のこと、召喚されてからのこと、この国のこと。
召喚された人間は、勇者という称号を持ってはいるが
国の奴隷と変わりがないという事。
勇者が "召喚者"だという事を知っているのは
ガーディルとエラーナという国の一部の人しか知らない事。
そして、この世界では命の価値がとても低いという事……。
次々と話してくれる、カイルの顔はとても苦渋に満ちていて
僕は、1年ここで寝ていただけだけど、カイルはきっと大変な思いをしたのだろう。
苦虫を噛み潰したかのような、表情を作っていたカイルの顔が
ふっと、明るくなる。
「だけどな、俺も5番目に召喚された勇者に助けてもらったんだ」
「5番目の勇者?」
「ああ」
カイルと話しながら、僕はあることに気が付いた。この世界で
杉本刹那として、会話をしてくれたのはカイルが初めてだ。
この世界に来て1年、必要最低限のことしか
話してくれないメイドさんしかぼくは知らない。
僕の部屋を訪れる人はなく、僕と関わろうとする人もいなかった。
僕は、物だったから。
話しているうちに、そんな気持ちが溢れてきて
カイルの話を、聴かなければいけないのに
僕の目からは、涙が溢れて止まらなかった……。
名前を呼んでくれ、話をしてくれる。
僕の話を聞き、返事をしてくれる。
そういう人と、であえたこの時間が
とてつもなく幸せな時間に思えた。
ああ、僕は人に飢えていたんだと気がついたんだ。
「泣くなよ、男が泣いてもなぐさめねーぞ」
そう茶化すように、慰めてくれるカイル。
その優しさや労わりを含んだ言葉に、僕はこの世界に来て初めて笑った。
僕にとって、はじめて出来た親友。
出逢ったのはついさっき、だけどこう呼んでもきっとカイルは許してくれるだろう。
彼といた時間は、本当に短いものだったけど。
僕に、未来をくれた大切な……友達……。
読んで頂きありがとうございます。