『 僕と風 : 中編 』
* セツナ視点
彼女は、僕にゆっくり話し出す。
それは1000年も前の出来事。彼女にとってはまだ終わっていない出来事。
彼女の何も映さない瞳に揺れる感情は後悔。
「私は、3人兄弟の3番目で可愛がられて育ちました」
そう話しはじめる、彼女の話はとても哀しいものだった。
「父と母と兄2人と私、そんな環境で暮らしていました。
とても幸せな家族でした。厳しい父に優しい母、過保護な兄達に私。
ごく普通の家族だったと思います。
兄の1人が成人し、1人の人間と出会ったんです。
その人間は一国の王女、兄はその王女ととても仲良くなりました。
竜の騎士契約を結ぶほどに……」
竜の騎士契約。
契約している相手が生きている限りは
その人のみに、自分の力を貸す契約。
「確か……血と名前で縛るんでしたよね」
僕が彼女に問う。
「そう、竜にとっては呪われた契約」
「呪われた?」
「1度契約を交わすと、どちらかが死ぬまでその契約は続きます。
契約の破棄方法は、相手を殺すこと普通は竜王と結びます」
黙って聞く僕に彼女が続ける。
「人間に惹かれ、人間と契約を結ぶ竜もいます。
竜の騎士契約は……竜よりも下位の種族が
唯一竜を従わせることが出来る契約」
この言葉から、彼女が人間に対してあまりいい感情を持っていない事を知る。
「あ……すみません……」
「謝罪は結構ですよ。この世界で竜は至高の存在ですからね」
別に気分を害したわけではなく、この世界の人間が抱くであろう
竜に対しての畏怖とか尊敬やらの感覚が、僕には理解できなかっただけの事だった。
「竜というのは、世界を守る役割を担う神の僕でしたよね?」
「伝承ではそうなってますね」
伝承では……か……。
実際のところそうではないのだろう。
深くは尋ねず、彼女に続きを促す。
「話がそれましたね、続けてください」
頷き彼女が続ける。
「竜の力は、人間とは比べ物にならないほど強い。
だから、人間は竜の力を手に入れたがる。その力をそしてその権威を」
「しかし、竜は簡単に人間とは契約を結ばないと聞きます。
気高く、誇り高い一族は下位の生き物に従うのは良しとしないはず
選ぶ権利は竜にあるでしょう?」
「そうです。選ぶ権利は竜にあります」
「お互い納得した上で結ぶ契約でしょう?
その契約を結ぶことで竜が負うデメリット……。
欠点も自分で納得した上で結ぶはずですよね?」
「確かに……確かにそう、です。
だけど、私達は……人間に……力を」
彼女の光を通さない瞳から涙がこぼれる。
僕は何も言わず、彼女が落ち着くまで待つ。
「力を振るう為に、契約するわけではないのです。
心を、契約者の心と自分の心を結ぶ為の契約なのです」
ハラハラとこぼれる涙を拭うこともせずに言葉をつむぐ。
「主のために、剣となり盾となって戦うことは厭いません。
守るべきもののために、たくさんの命を奪うことになろうとも。
だけどそれは、すべて主に心を預けているからで……。
殺す道具になる為に、傀儡になる為に契約するわけではないのです」
涙を瞳にためながら灯るのは、怒り。
「道具になるが嫌ならば、傀儡になるのが嫌ならば
契約者を殺せばいいそれで契約は破棄出来るのだから」
そういう僕に、彼女は薄く笑う。
「だから呪われた契約なのです。
竜は、一度契約を交わした相手を殺すことは難しい。
それは、本能かも知れません」
「どういう意味ですか」
「よほどのことがない限り、裏切れないようにできている。
神によってそう創られた。無理やり説明するならこんな感じだと思います」
「……」
「竜王との契約は、同じ種族の王ですから敬愛で止まります。
竜の愛情は、人間とは比べ物にならないぐらい深い。
それが同族になら、問題はないのに……」
彼女はここで、ため息をつき俯く。
「だけど……人間に惹かれる竜もいる。
その瞬間、瞬間に生きる命に魅せられてしまう竜もいますし
その命の輝きに手を伸ばす竜もいます。
そして、自分達よりも寿命の短い人間を深く深く慈しんでしまう竜もいる。
もちろん、人との契約で幸せな瞬間を過ごした竜も沢山います。
幸せそうに語る人との思い出に、子供の竜は憧れたりもするのです。
弱い人間を守るという "正義"や "冒険"に」
「……」
「そんな思い出を語るほとんどの竜は、同性と騎士契約をしています。
主従関係で終始し、充実した時を過ごせる竜が多いようです。
同性を選ぶ人は、割り切った考え方ができる竜が多いと言います。
ようは、変り者? 退屈なことが嫌いで、気に入った人間を主にして
共にその時代を生きることを生きがいとする……みたいな」
彼女は、理解できないというように少し首を傾げた。
「だけど……相手が異性なら。
心奪われた相手なら。そこに恋愛感情が生まれてしまったら
乞われればそれを拒むことが出来ないほど、愛してしまう」
「……」
「愛した人と騎士契約を結んだ場合
殆どの竜が、番にと望みます……」
彼女のお兄さんの契約者は、異性だった。
僕は1つ溜息を落とす。
「君のお兄さんは、幸せな時間を過ごせなかったんだね」
「私の兄は自ら死を選びました」
その言葉に僕は体を揺らす。
そこで、僕達は座ることもせず立ったまま話している事に気がついた。
どちらとも座ろうといわなかったのだ……。
1度、俯き溜息を吐きそしてまた語りだす彼女。
「兄とグランドの国の王女は、竜の騎士契約を結び
兄はグランドの国へ行くことになりました。
その時の兄はもう、王女のことを愛していたのだと思います。
異性として。父王は突然降ってわいた圧倒的な力に酔い
グランドの国の王女は、父王の言うとおりに兄を動かしました。
それが正しいことか、正しくないことかの判断を自分でしないままに……」
「……」
「別にそれは、私達竜にとってはどうでも良いことなのです。
竜の騎士契約というのは、守りたい人を守るための契約ですから。
人間の国がいくつ滅びようと栄えようと、竜にとっては些細なことだから」
「竜同士が敵対した場合、どうするの?」
「殺しあいます。
自分の主を守るための闘いですから。
負けることはできません」
「そう……」
何故そんなことを聞くのかと、不思議そうに僕を見ているけど。
僕は竜のほうが不思議だと思う。
「話の腰を折ってごめん」
「いえ」
僕は、彼女の話に耳を傾ける。
「グランドの国は数年で栄えました。よその領土を取り入れ
武力で他を制圧する……。王は喜び、王に褒められて王女も笑う。
笑う王女を見て兄も幸せだったのでしょう」
見えていないだろう目で何かを見ているような彼女。
「兄は……彼女に結婚を申し込むつもりだったようです。
彼女も兄を想ってくれていると信じていたようです。
彼女も兄のことを好きだと言っていたようですから」
暗く笑う彼女を、僕はただ見つめた。
「ある日兄が家に帰ってきました、彼女に渡す贈り物を
つくりに来たと嬉しそうに笑って話していました。
そんな兄を見て私もとても幸せでした。両親ともう1人の兄は
番が人間になるのを反対していましたが……。
反対しても無駄なのは分かっていたんでしょうね」
彼女は深く溜息をつく。
「竜の婚姻はとても深いものだから……。
竜は相手を裏切ることが出来ないから……。
だけど、人間は違う……簡単に裏切ってしまう。
両親も兄もそのことを心配していたようです」
僕は黙って彼女の話を聞いていた。
「兄の元にグランドの国からの使者がきました。
王女が病に倒れたと、それを聞いて兄はすぐに王女の元に駆けつけました」
俯いて、涙を落とす彼女。
「あにと……は……それがさいごに……なりまし……た」
彼女が手を前に出し、両手で何かを握るまねをする。
それを自分の方にひっくり返して向け
それを心臓の位置に刺し、心臓を抉るように円をかいた。
「短剣で、自分の心臓を抉り出したんですか……」
声も出せず頷く彼女。
「竜の心臓は病気に聞くといわれてますからね
最高の薬だと……」
俯いたまま首を縦に振る彼女……沈黙がその場に下りる。
「その時は、兄が愛する人を守ったのならと
何とか納得できました。私も竜ですから
同じことがおこったら、私もきっとそうするでしょうから」
どう返事をしていいのか……僕にはわからなかった。
「だ……だけど」
白い両手をぎゅぅっと握る。
血の気のない手が余計白くなる……。
どれほどの力が、かかっているんだろう……。
「病気になったのは、彼女が想う人間の男性だった。
その人を助ける為に、王と王女は芝居を打ち兄を謀った……」
彼女の口から出た真実に、僕は目を見張る。
「兄が死んで、3ヵ月もたたないうちにグランドの国の王女が結婚すると
長年想い逢っていた人と結ばれると、愛の力で想い人の病気を治したと!」
苦しみを、搾り出すように声を出す彼女……。
「嘘! 全部嘘! 全部全部嘘だった!
兄を愛してなどいなかった! 道具として利用した!
挙句の果てに兄を騙し、兄の命を犠牲にした!
兄との結婚など最初から考えていなかった!
竜と人間では子供が出来ないから!
利用するだけ利用して、最初から殺すつもりだったのよ!」
最後のほうは慟哭だった……。
彼女は黙り込み、必死に何かを耐えるように肩を震わせている。
静かな沈黙の中、少し落ち着いた彼女が無表情で話をつづけた。
「人間の王は、兄を恐れたんでしょうね。
このままいけば、一人娘に求婚される。
もしかしたら、無理やり婚姻を結ばれるかもしれないと。
断れば国を滅ぼされるかもしれないと考えた。
そんな事はしないのに……。愛した相手を失うと狂うと言われているけど
番の契約を結ばなければ、本当の意味で相手に狂うことなどない。
愛した人の国を、滅ぼそうなんて考えないわ……。
兄は優しい人だったから、彼女の伴侶ごと受け入れたに違いないのに。
人間の王は……。様々な状況を利用し……兄の心臓を奪った」
どうなんだろう……。
両思いだと思っている分、相手がいたなんてことを知ったら
僕なら、それなりの報復をしようと考えるけど。竜は違うんだろうか?
僕は竜じゃないから、よくわからない。
彼女のお兄さんは、そういう性格の人だったのかもしれない。
ただ、言えることは、グランドの国の王は僕と同じことを考えたんだろう。
恋愛感情を利用してきたから、報復されると考えた。
僕のこの考えは、彼女には伝えず僕の胸の中にしまった。
「だから君がお兄さんの代わりに復讐したの……?」
彼女がコクリと頷く。
「私は、結婚式当日にグランドの国に行って……」
そこで黙る。
「2人に呪歌を歌った」
ハッと顔を上げて見えない目で僕を凝視する。
「なぜ……?」
「緑豊かな豊穣の国グラント。今は緑なく死の広がる国グラント。
人間の国では有名な話だよ、なぜ一晩で死の国に変わったのか
其の謎は今も解き明かされていない」
グラントの国で、情報を引き出したときにでてきた吟遊詩人が歌う歌。
1000年前といえばカイルが生きていたはずだ……。
きっとカイルはこの事件を知っている。
なのにこの情報の詳しい詳細が僕にはわからない
もしかしたらカイルも関わっていたのか……?
その時に竜と何かあった?
ただ、僕にわかるのは強烈な不快な感情。
「そう。私が、呪歌を歌ったの。幸せになどしたくなかった。
だから禁忌とされている歌を歌ったの。呪いは2人にだけかかるはずだった。
だけど、その時の私は竜王からの干渉を少し和らげてもらっていたの訓練する為に
私の力が暴走し私のかけた呪いは……グラントの国全土に広がり
生命を育まない土地になった」
「君が歌った呪歌は、2人に子供が出来ないようにするためのものだったんだね」
次代の命を育めなくする呪い。
「ええ、そうよ。
兄の命を奪っておきながら、生きている2人は許せなかった。
だけど私には兄が守ろうとした人を殺せなかった。
だから、王家が滅ぶ呪いをかけた。未来永劫王女の血筋に子供が出来ないように」
彼女の瞳の中にあるのは、憎悪。
人間を激しく憎む気持ち。それなのに、相手を殺せなかったのか……。
お兄さんが愛した。たったそれだけの理由で命は奪えなかった。
僕なら、確実に殺しているだろうな……。
竜の番と決めた、もしくは番に対する愛情は献身的な愛なのかもしれない。
だとしたら、先ほどの彼女の言葉は本当なのかもしれない。
彼女は、王女達に呪歌を歌ったことは後悔していないのだろう。
彼女が後悔しているのは、その呪歌がすべての生命にかかってしまった事。
「禁忌を犯した私は幽閉されて、1000年の時をここで過ごす罰が与えられた。
名前を剥奪され、一族を追放されただけど……後2年で自由になれる」
そう呟く彼女はとても小さく見えた。
自由になれるなんて欠片も思ってないそんな声。
許されることを望んでいない。そんな声音だった。
黙り込んだ彼女に、今度は僕が話す。
「その結界は……君の命ギリギリまで魔力を削り取るものだよね。
その削った魔力を、其の空間の時間を止める事と
君がここから出る事が出来ないように、結界を張る為に使われている」
残酷な結界だ。
その他にも色々と魔法が施されている。
「君がもし期限前にこの結界からでたら
家族の命が奪われる魔法も刻まれている」
黙ったまま俯く彼女。
「後2年で約束の1000年なんだね?」
「ええ」
「君は、成人前だと言った。
まだ……魔力の制御を身につけていない?」
彼女は、ゆっくりと頷いた。
「名前のない君は……2年後魔力を暴走させる
可能性があるということ?」
僕の言葉に顔色を変え、体を震わす。
それが彼女の答えなのだろう。
「それは……死罪と代わらないよね」
「……」
犯した罪は償うべきだと思う。
彼女が、後悔しているのならば尚更償ったほうがいい。
だけど……。
このやり方はないだろう。
彼女を殺すわけでも生かすわけでもない、罪の償わせ方に
どうしようもなく苛立ちが募る。不快な感情が湧き上がる。
罪を犯したなら罰はひつようだ、だが償ったなら開放するべきだ
こんな残酷な方法をとる必要などどこにもない。
最終的に死を与えるのなら、すぐに殺せばよかったことだ……。
そう……殺せば。
こんな場所に閉じ込め。孤独を与え。恐怖を与え、名前を剥奪し
一族を追放した。表向きは罪を償った後は自由だと謳っているが
このままでは彼女は生きていけない……。
彼女はもう十分に、自分の罪を贖っている。
それなのにまだ彼女から命を奪うのか……?
読んでいただきありがとうございます。