『 僕と風 : 前編 』
「アルト。右から来るよ」
僕はそうアルトに注意し
アルトに、攻撃を仕掛けようとしてた魔物の足を止める。
止めたところにすかさずアルトが
敵の喉元を剣で切りつけ的確に倒していく。
「アルト正面」
同じように足止めし、アルトが攻撃するのを待つ。
アルトが正面の敵に向かう途中に、左から違う敵がアルトに向かっていく
その敵は僕が風魔法で倒す。
それをチラッと横目で見て、アルトは正面の敵の急所に剣を突き刺した。
僕が足止めし、アルトが倒すという連携の練習中だ。
僕が一々、アルトに声をかけなくても出来るようになれば
これからの戦闘も楽になりそうだ。
アルトはスピード重視の剣士なので、それほどパワーはないようだ。
成長したらどうなるかはわからないけれど。
狼男みたいな感じを想像し吹き出しそうになる。
「ししょう、みぎからくる」
弟子に注意されるとは……。
アルトの言葉と同時に、右から来た敵を足止めする僕。
アルトは、僕の魔法がかかるかかからないかぐらいのタイミングで
敵を倒す。
「今のはいい感じだね」と僕が褒めると嬉しそうに頷くアルト。
アルトは、今回が始めての戦闘なんだけど
思ったより平気そうで拍子抜けする。
もっと脅えるかと思ったんだけど……。
僕の考えを裏切り、生き生きと魔物を倒している。
楽しそうに戦っているのは、狼の本能が騒ぐからだろうか?
僕は現在戦っているゴブリンに目をやり、ある言葉を思い出す。
『おにーちゃん、ゴブリンって可愛いよね!』
鏡花の言葉がよみがえる……。
鏡花。僕は目の前にいるゴブリンが可愛いとは思えないよ……。
どうみても、可愛いとは言いがたい。
まぁ、鏡花が可愛いといったのは有名な魔法物語のゴブリンだけど。
一緒にDVDをみたけれど僕は、可愛いとは思えなかった……。
鏡花の趣味が変なのかな……。
それとも、女子高生ぐらいの年齢の時は何でも可愛いと思うのだろうか。
大体にして、可愛いという言葉が曖昧すぎると思うのは僕だけなんだろうか?
昔から抱いている疑問を
ゴブリンとの戦闘で、思い出す僕も僕なんだけどと苦笑しながら。
僕に向かってきているゴブリンを、風の魔法で急所を的確に打ち抜く。
風の刃で切り裂いてもいいのだが、真っ二つにするより綺麗なままキューブに入れたほうが
価値が上がるので、イメージは鏃それをピンポイントで急所をめがけて放つ。
放つイメージは銃、結構な速度を持って飛んでいく風の鏃は的確にゴブリンの急所を
貫通する。
「アルトそれで最後」
今アルトと戦っているゴブリンは足止めせずに僕が声をかける。
今のレベルなら十分アルトに倒せる魔物だ。
4日前、宿屋に戻る途中で僕がアギトさんから受けた依頼の薬草を
採りに行く為の準備をし、宿屋に戻った後に気がついた。
アルトの依頼も受けて置けばよかったと。
薬草をとりに行く間に、魔物と出会うだろうし
大体にして、今まで魔物と出会わなかったのが奇跡だったのだ。
ガーディルから、クットへ来るまでの道のりの後半は
奇跡というより、カーラさんとルドルさんが魔物を駆除してくれた
からだけど。2人がいなければ、魔物と戦闘になっていたと思う。
そんな感じで、3日前の朝ギルドに行き無期限の討伐クエストを探し
薬草を採るついでに、ゴブリン退治のクエストも受けて現在に至るのである。
「ししょう、おわった」
危なげなく魔物を倒し、僕に声をかけるアルト。
「それじゃ、自分の倒した魔物をキューブに入れるんだよ
入れ方はわかるよね?」
「わかる!」
僕も自分の倒した魔物をキューブに納めていく。
この3日間で大体の薬草はそろったが
最後の1つがなかなか大変な場所にあるのだ……。
カイルの鞄の中に入っていた薬草は、結構貴重なものだったらしい。
クットの城下町から、北に3日歩いたところに山があり
山といっても山頂付近は道が凍っているらしい。
もちろん道が舗装されているわけがなく
途中からは、人1人が歩くのがやっとという道が結構続くらしい。
僕とアルトはその麓辺りにいるのだが……。
「アルトは、ここで待ってる?」
どう考えても、アルトには危険な気がする。
転移で行くといっても……薬草を探しながらだから歩かなければいけないし
「おれもいく」
真直ぐ僕を見て、行くと告げるアルト。
置いて行ったら、こっそりついてきそうだ。
こっそり着いてこられるなら、自分が連れて行ったほうが安全だ。
「それじゃ、行こうか」
「はい!」
元気に返事をして歩き出す。
アルトが前、僕が後ろ索敵範囲を僕は少し広げて歩く。
時折アルトの質問に答えながら、ゆっくりと確実に山を登る。
標高どれぐらいあるんだろうな……。
頂上付近の道が、年中凍っていることから
富士山よりは高いだろうということは予想できる。
本格的な山道に入る前に1泊して体調を整えた。
人1人しか通ることの出来ない道の
左隣は、崖になっている。そのような場所を黙々と歩いていく。
暫くすると、アルトの呼吸が荒くなっていた。
「アルト。大丈夫?」
「だい、じょうぶ」
どう見ても大丈夫そうじゃない、酸素が薄いからな……。
大体標高3000Mぐらいの位置にいると思われる。
きっちり測ったわけじゃないから、おおよそではあるけれど。
呼吸が苦しくなってくる頃だ。
「アルト少し降りよう」
「え!? オレだいじょうぶ」
「我慢して登っても、その症状は治らないから
一旦降りて体を慣らそうね」
「……」
「急ぐ依頼でもないから」
耳を下げ、尻尾も不機嫌に揺れている。
自分の体を歯がゆく思っているらしい。
少し標高を下げたところで休憩する。
休憩するといっても、歩く場所より少し広いだけ。
横になることは出来そうにない。
「アルト。人の姿が辛いなら変化してもいいよ」
僕の言葉に素直に頷き、変化して狼になると僕を見上げる。
アルトをみて笑い、ぽんぽんと膝を叩く。
尻尾を振って僕の膝の上で丸くなると、すぐに寝てしまった。
さすがにこれは、体にこたえるかもしれない。
僕も山登りは初めてだ。
初めてなのに、富士山よりまだ高い山に登るのだ
日本ではありえないなと、苦笑しながらアルトをなでる。
魔法を使い、酸素濃度を一定に保つことも僕なら出来る。
だけど、僕もアルトも初めての経験だった。
初めての事に、僕はともかく、アルトは僕のレベルではなく
普通のレベルで、色々体験しておかないと後々困ることになるかもしれない。
そういった思惑から、魔法を使わずにここまで来たけれど……。
僕の身体能力は、もう人間ではないらしいから
少しも疲れたとか苦しいとかはないのだが
アルトにとっては、とても辛い行程だろう事は見ていてわかった。
ごめんね……。
心の中で謝りながら、周りの景色を見ると……。
今まで見たこともない、風景に声がでなかった。
なんて……。
なんて綺麗な……。
まだ山の中腹だけど、眼下には言葉では形容できないような景色が広がっていた。
自然一色の大地。それは何処までも遠く目を凝らしても変わることのない様々な緑。
雄大なという言葉の意味が心に迫る。そういう意味だったんだとわかる。
『おにーちゃんの病気が治ったら、鏡花見せたいところがあるんだ』
『そうなの?』
『うん、スイスの大自然!
雄大って言葉の意味が本当にわかるところなんだよ!』
『それはいってみたいな』
僕は、行けるとは思ってはいなかった。
一生見ることがないだろうと思っていた。
だけど、僕を連れていきたいという鏡花の気持ちは本当だったし
僕も行きたいという気持ちは、心からのものだった。
世界は違うけど……。ここは地球ではないけれど。
鏡花……。僕も【雄大】なという言葉の意味が今わかったよ。
目を閉じることも出来ずに、ただただその風景を見ていた。
何かが頬に当たる、景色から目を離し下を見てみると
アルトが一生懸命僕の頬をなめていた。
あー。涙……。
心に響いてくる声。
(師匠、師匠……)
ずっと僕を呼んでいたらしい、僕の心はここになかったから
アルトが呼んでいることに気がつかなかったようだ。
よく見るとアルトも泣いている?
また別の意味で、胸が切なくなりアルトを抱きしめる。
アルトの温もりが、僕を癒してくれる。
(師匠、どこか痛い?)
「痛くないよ、大丈夫」
(……辛い?)
「辛くないよ」
アルトを離し、アルトの心配そうな顔を見ながら答える。
「アルト。周りを見てごらん」
僕の言葉にアルトも周りを見る。そして目に映る景色。
大きく目を見開き、その風景に心を囚われる。
(……すごい……)
アルトの心の声が届くが、僕はそれには返事をしなかった。
暫くたって、アルトが僕のほうを振り返る。
(師匠、すごいすごいね……!)
「すごいね」
それに笑って答える。
「アルト、大丈夫そうだね」
(うん、大丈夫)
そういうと、人の形に戻る。
「そろそろ歩こうか」
「はい!」
そして僕達は薬草を求めてまた歩き出した。
歩きながら、アルトを見る。
僕の感情を、驚くほど的確に感知するアルト。
気をつけなければと、気を引き締めた。
僕はもう2度と涙を見せない。守るべきものができたのだから
僕も強くならなければと心に誓う。
僕はアルトの師匠なのだから。
標高があがるにつれて、だんだん道が狭くなってくる。
足を踏み外したらそこは崖の下……。
アルトの足が止まる、目をつぶり恐怖が通り過ぎるまでじっと耐える。
僕は何も言わず、アルトが歩けるようになるまで待つ。
普通は怖いと思う。
何故か僕は平気だった。カイルか花井さんがこういう場所に慣れていたのか
多分つんでいる経験からだろうということはわかる。
あの2人が、経験してないことを探すほうが難しそうだ。
寿命とは無縁だったろうし
肉体も衰えることはなかったのだから。
好きなことを、好きなようにできたはずだ。
ふと、この世界で一番寿命が長い種族を検索してみる。
竜とういう言葉が浮かぶ。そういえば、この世界には竜がいた。
竜というだけで、浪漫を感じるのは僕だけだろうか?
竜に興味を持った僕は、いろいろと調べていく。
調べて気がついたことは、カイルは竜に対して
不快な感情がすごく強い。竜と何かあったのだろうか?
何があったのかまではわからないけれど……。
カイルの感情が、僕の胸に深く突き刺さるように残る。
カイルに対して、花井さんは竜に対して好意的だ。
好意というより……好戦的?
よくわからないけど、2人とも竜に対して抱いている感情は
僕のような憧れではなかった。
アルトがゆっくり歩き出す。
それに合わせて僕も歩き出す。
順調に歩いていると思われたアルトが
何かに気をとられたのか、視線を自分の足元に落とし
手を伸ばし何かをつかむ。
それと同時に、バランスを崩し足を踏み外した。
「アルトっ!」
僕はアルトの体を抱き寄せるが僕もバランスを崩す。
落ちると思ったときにはもう、体の落下は始まっていた。
頭の中で風の魔法を展開し空気の層を作り落下速度を抑える。
僕たちにも風の結界をはり、体のダメージを防ぐ。
岩棚が真下にあることを確認し、そこに空気を詰めたクッションを作るイメージで
落下の衝撃を殺し岩棚に落ちた。
腕の中のアルトは気を失っているようだ。
僕もアルトも、怪我はしていない。
安堵のため息を吐き、上を見る。
大体……900Mぐらい落ちたのかな。
岩棚の上から見る景色は、ここがまだ高い位置にあることを物語っていた。
先ほど休憩したところよりもまだ上のようだ。
岩棚の幅はそれほどないが……。
崖の反対側を見ると、洞窟の入り口らしきものがある。
なぜこんなところに? と思わなくもないけれど背に腹はかえられない。
こんな岩棚にいても落ち着かないし、アルトを寝かせたい。
僕はアルトを抱え洞窟と思われる入り口に入っていく。
洞窟の中は途轍もなく広かった、光の魔法を使い灯りをともす。
索敵しながら進むが、生命反応は今のところない。
ある程度進むと、そこから先は進むことが出来なかった。
結界が張られているらしい、壊して進んでもよかったのだが
アルトがこういう状況なので、とりあえず後にしてアルトを寝かすことを選んだ。
何かが、封印されてるなら下手に触らないほうがいいだろうし。
周りを見渡せるぐらいの灯りをともし、結界針を設置して
鞄から野営の準備をする。
「誰かいるの……?」
生命反応がなかったこの場所で、僕とアルト以外の声がする。
警戒するのが当たり前のこの状況で……。
僕は、その声をもう一度聞きたいと思った。
自分でもわからない。なぜ、警戒よりも先にその声を聞きたいと思ったのか
そしてなぜこれほどまでに、心がかき乱されるような感覚に陥ったのか。
なぜか、嬉しいという感情が僕を支配する。
僕は、ゆっくり声がするほうに顔を向けた。
そこは先ほど進めなかった場所、結界の壁がある向こう側。
先ほどは誰もいなかった場所。
そこには、銀色の長い髪の1人の少女がいた。
彼女を見た瞬間、僕は彼女に心を奪われた。
『刹那、恋と言うのはね落ちるものなのよ。
理屈じゃないのこの人ってわかるものなのよ』
母さんがいっていた言葉が頭をよぎる。
『そして何度も落ちるのよ、それが運命の相手
お母さんの場合は、お父さんだったのよ!』
そういって、恥ずかしげもなく語る母にただ曖昧に笑って頷くだけだった僕。
その時の僕は、ゆっくりお互いを知って好きになっていく事もあるんじゃないのかなと
思ったけれど、口には出さなかった。母があまりにも幸せそうに語るから。
『刹那! この人っと思ったら逃がしちゃ駄目なのよ!
ライバルがいたらライバルを張り倒してでも奪わなきゃ駄目よ!』
ベッドで寝ている僕に、そんなことをいわれてもとそのときは思っていたし
僕が誰かを好きになるなんて思ってもいなかった。
大体出会いがないのだから……。
母の言葉を思い出したと同時に、アルトのある言葉が脳裏をよぎる。
母さんは、ダリアさんと同じだ。
そこに行き当たった僕は少し衝撃を受け、僕に話しかけてきたであろう
彼女に向かって返事をする。
「驚かせてしまって申し訳ありません。
崖から落ちてしまって、ここで休憩をとっています」
僕は彼女の目を見て話すが、彼女の目は微妙に僕の視線とあっていない。
目が見えないのか?
「だ、大丈夫ですか?」
心配そうな声が届く、彼女の声を聞くと心の中にくすぐったい感覚が広がる。
「大丈夫。僕の弟子が気を失っていますが怪我はありません」
「よかった」
本当に良かったと思ってくれていることが伝わる。
「しばらく、ここで休ませてもらいたいのですが
よろしいですか?」
僕の言葉に少し考える風な彼女。
「はい、私は何もできませんが……」
そう言って項垂れる。
別に何かをしてほしいわけではない。
でも、彼女の声は聞いていたい気がする……。
「弟子が起きるまで、僕の話し相手になってもらえませんか?」
警戒されるかと、心の隅で考える。
知らない相手に、話し相手になれと言われても困るかもしれない。
結界があることから、彼女に触れることはできないけど
僕なら簡単に壊すことができる。
そんな僕の心配をよそに、彼女は少し微笑み是という返事をしてくれた。
「私でよければ」
そんな彼女を僕はじっと見つめる。
髪の色は銀色、目の色は青灰色。
綺麗というより、可愛い顔立ちで笑うともっと可愛いかもしれない。
間違っても、ゴブリンのような容姿ではない。
僕はゴブリンを可愛いなんて思ったことはない。
年齢は……見た目は16~18歳ぐらい?
日本で言うところの高校生ぐらいに感じるけど……。
こちらの年齢は当てにならない。
僕の視線を感じたのか、彼女が視線を彷徨わせながら告げる。
「あの、あの……すみません。
私……少し汚れているかもしれません」
女性らしい考えだなと心の中で笑う。
本人は目が見えないから、確認のしようがないし
こんな所にいるのも何かわけがあるのだろう。
生命反応が感じられなかったところを見ると
この結界は結構高度な魔法が使われている。
結界を解析するか……。
そんなことを考えながら
しょんぼりしてしまった彼女を慰めるように声をかけた。
「大丈夫、身だしなみはきちんと整ってますよ。
汚れているというならば……僕のほうがボロボロです」
僕の言葉に、彼女が微かに笑った。
「お連れの方は大丈夫ですか?」
「今は眠っているだけですから、疲れが溜まっていたので
暫くは起きないかもしれません」
「そうですか」
僕と彼女の間に、早くも沈黙が訪れる。
僕は、そんなに話をするほうではないし
もっぱら、アルトが話をして僕が受け答えをするほうなので
こういう状況で、何を話せばいいのか見当もつかない。
僕から話し相手になってくれと言っておきながら
何を話せばいいのか……。とりあえず、僕が一番知りたいことを聞こう。
彼女は、視線の合わない瞳を僕に向けていた。
「とりあえず、自己紹介でもしましょうか……」
「は……い」
彼女の声が少し詰まったのを感じるが
気にせずに、僕は名前を告げる。
「僕はセツナといいます。冒険者をやっていて
この山には薬草を採りに来たんですが、弟子が足を滑らせて落ちてしまって
ここにたどり着きました」
「……たどり着くといっても……ここに来る道はないでしょう?」
彼女が、訝しげにたずねる。
「ええ、真上から落ちてきました」
「よく、無事でしたね」
「僕は魔導師なので、魔法を使ったんですよ」
「普通魔法を使っても、大怪我は免れないようなきがします」
「そうなんですか?」
何か失敗しただろうか?
彼女が少し、警戒している雰囲気を感じ取る。
「ええ、風使いですよね?
纏っている空気がそんな感じがします」
「一応、風使いですね」
「風の魔法は" 癒し守る力 "ですが、上から落ちてきて無傷ということは
相当、魔力が強いということになります」
「……」
「人間がそれだけの魔力量を持つのは難しい……」
話していくうちに、彼女の体が震えだし
そして、顔色も白に近い色になっていく。
そんな彼女の様子を眺めながら
僕は、結界の解析が終わり彼女が何者なのかというのを導き出していた。
「僕が怖いですか……?」
無言は肯定。
彼女は、1歩後ずさる。
僕は結界を解析した結果から、導き出した答えを彼女に告げる。
「君が恐れているのは、僕が竜ではないかと考えているから?」
ビクと体が大きく揺れた。どうやらあたりらしい。
でもなぜ、彼女は竜を恐れるのだろう……。
「君は竜だよね?」
彼女は答えない。
白い顔をして、黙って僕を見つめている。
僕が黙っていると、彼女がぽつりと言葉を返す。
「どうして……私が竜だと……?」
「その結界の中で、人間が生きていられるはずがないから」
僕の言葉に彼女はまた一歩後ずさる。
彼女は人間ではない。人間はあの結界の中では生きられない。
魔法も人間が使う魔法ではなく、竜が使う魔法が組み込まれている。
彼女は竜の一族なのに、竜を恐れている……。
「この結界の魔法が……わかるのですか……?」
「どうしてそんな結界が張られているのかはわかりませんが
魔法の内容は読み取れます」
魔法の内容を読み取れると告げた時
彼女の表情が大きく変わる。
「貴方は……何……?」
「僕は、人間ですよ?」
「……」
僕の言葉を、信じるか信じないか迷っているようだ。
口を片手で覆いながら、彼女をじっと見つめ
僕は黙って彼女の返事を待つ。
「竜ではないのですか……?」
「人間ですね、残念なことに」
「残念……?」
少し首を傾げる彼女に苦笑し
「気にしないでください、人間だろうが
竜だろうが僕は気にしません」
色々な意味で。どうやら、一応僕が竜ではないと信じてはくれたようだ。
この調子で、僕が一番知りたいことに答えてくれないだろうか。
「君の名前を聞いても?」
そう聞くと、彼女の瞳が曇っていく。
口を開き、また閉じを数回繰り返し
そして、暗い声音で彼女が告げた言葉に僕は衝撃を受けた。
「……私に名前はありません」
「……」
ありえない……。
竜の一族が、名前を持っていないなんて普通ではありえない。
「私に名前はありません。私は竜の一族を追放されましたから」
俯いて、そう告げる彼女はとても孤独に見えた。
どうしてこう、僕の周りは孤独な人間が多いんだろう。
僕といい、アルトといい、彼女といい……。
「理由を聞いても?」
彼女は少し迷い、口を開き……また閉じる。
見えていないだろう目で僕を見つめ
彼女は1つ頷くと、僕に彼女の話を聞かせてくれた。
読んでいただきありがとうございます。