『 僕らと個人的依頼 』
アルトと一緒に夕飯も食べずに朝まで寝てしまった。
アルトはまだ丸まって寝ていた。
「アルト、朝だよ」
僕の声に、耳をピクっと動かし起きる。
ベッドの上で、前ノビをしてから後ろノビをして
最後に、ふぁぁっと口をあけて大きな欠伸をした。
その様子を見て、犬っぽいと思ったが、
すぐに、同じ仲間だしなと納得する。
そんなことを考えながら、僕は着替えて鍛錬をするための準備をしていく
アルトも寝ぼけた様子もなく、服を着替え準備をしていた。
旅の最中は、少し目立たないところで体を動かしていたが
宿屋の部屋で、体を動かすわけも行かないので
アルトと一緒に、転移で移動し
一通り鍛錬をしてから宿屋の部屋に戻ってきた。
「お腹空いたね」
「おなかすいた!」
僕達は、宿屋の食堂へいき
僕は、トーストと野菜を煮込んだスープ。
アルトは、ソーセージと卵の焼いたもの。
それから、野菜のスープとパンを頼み
料理を待っている間に、今日一日の予定を決める。
「今日は、ギルドへ行こうか」
「おかね、かせぐ?」
「そうだね、お金を稼がないと
アルトの財布の中身が寂しいしね」
「うん」
自分で好きなものが買えるというのは、アルトにとっては
とても嬉しい事だったようだ。
ゆっくり食事をし、どんな依頼がいいのかアルトと話しながら
食事を終え、僕達はギルドに向かった。
扉を開けて中に入ると、僕たちの組み合わせが珍しいのか
視線が刺さるような感じがする。
ギルドの掲示板を見ていた男から声がかかる。
「獣人の奴隷を連れた貴族のお子様が
こんなところに何のようなんだ。依頼かぁ?」
からかうような口調で、そんな事を言い
周りの仲間と共に、ケタケタと笑っている。
獣人の奴隷というところで、ギルドの中にいた獣人族の
人達の視線が一斉に厳しいものに変わる。
「僕は貴族ではありませんし。
この子は、僕の弟子なので奴隷ではありません」
僕のこの一言に、僕に言葉を投げかけた男も
僕に刺々しい視線を向けていた獣人も唖然とした顔をした。
僕はそれにかまわず、アルトと一緒にギルドカウンターに向かう。
「おはようございます、ガーディルから移動してきた
セツナといいます。暫くここのギルドでお世話になると思います。
隣にいるのは僕の弟子のアルトです」
この世界のギルドは、何処の町にどれだけ冒険者がいるのか把握するために
町を移動した冒険者は、ギルドマスターに挨拶することを義務付けられていた。
「おはようございます。はじめましてセツナ。
私はここのギルドマスターをしてます、レイナといいます」
レイナさんはアルトのほうを見て微笑むと、アルトにも挨拶をする。
「おはようアルト」
「おはようございます」
アルトの返事にまた微笑を返し僕のほうを見る。
「獣人の子供を、弟子にとった冒険者が来るって
ガーディルのマスターから連絡を貰ったわ。
3ヶ月ほどでランクを青まで上げたって聞いたから
どんな人か楽しみにしていたの」
僕のランクを聞いて、周りが驚くランク自体は驚くランクではなかったが
3ヵ月で青まであげたという所に驚いたんだろう。
「運が良かっただけだと思います」
「運も実力のうちと言うわ」
僕はレイナさんの言葉に苦笑する。
「それでは、僕達は掲示板の方で依頼を探したいと思います」
そういう僕に、レイナさんが待ったをかけた。
「えっとね、セツナに依頼が来てるのよ」
「僕にですか?」
僕の知り合いは、この世界には片手で足りるぐらいしかいない。
少し、警戒を見せた僕にレイナさんが悪戯っぽい笑みを僕に向けて
「月光のリーダー、アギトからの依頼なんだけどどうする?」
レイナさんの言葉に、驚いたのは僕ではなくまたもや周りだった。
先ほどから、チラチラと僕たちを興味深げに見ているほかの冒険者達。
世界的に有名なチーム月光の、チームリーダーからの依頼と聞いて
余計に注目を集めているみたいだった。
「どういった内容なんでしょうか?
僕は今1人ではありませんので、内容次第ではお断りしなければ
ならないかもしれません」
アギトさんの依頼なら、受けたいのだが
僕1人なら出来るものでも、アルトがいると出来ないものであれば
断るしかない。
「さぁ、内容は私達には見ることが出来ないのよ」
「ギルドを通しての依頼なのにですか?」
ギルドを通して依頼をまわすのに、依頼の内容を知らないということに驚いた。
「黒の紋様もちの個人依頼は、国家機密に関わることもあるからね。
下手に巻き込まれないようにそうなっているのよ。
ギルドは中立だから」
そういって、片目をつぶって笑う。
「なるほど……」
「内容を見てから決めてもいいんじゃないかしら?」
そう言って僕に封筒を1つ渡した。
僕はその封筒を開け中身を読む。
「……」
「どう? どんな依頼だったのかしら?」
なにやら凄く興味津々と言う顔で、僕の返事を待っている。
「黒の依頼の内容は、知らないほうがいいんじゃないんですか?」
僕の言葉に、ショックを受けたような顔をするレイナさん。
「黒の個人依頼なんて、ほとんどないから興味があったのよ!」
レイナさんの言葉、少し笑う。
周りの冒険者達も、雑談ひとつせずにこちらの会話を伺っているようだ。
「僕への依頼は、薬の調合ですね」
「へ? 薬」
「そう、薬です」
「薬なんて……医療院で手に入るのに?」
「僕の調合する薬セットを12個と、各種薬を予備に10セットほしいそうです」
「セツナの調合する薬セットってなに?」
「えっとですね……」
僕は服の内ポケットにいれている名刺入れぐらいの大きさの四角い皮袋を取り出す。
見た目は二つ折りの財布だ。
「こういう入れ物に、解熱剤・化膿止め・毒消し・頭痛薬・腹痛薬の5種類5セットを
1セットとして作っているんです」
アルトにも同じものを持たせてある。薬の包装は水を遮断する紙で包み
それぞれ色を変えてある。ちゃんとその中に何の色が何の薬かのメモも入っている。
それを、レイナさんに渡す。
それを見たレイナさんは真剣な顔をしてそれを見ていた。
「セツナ……これは君が考えたの?」
「そうですが、普通考え付くものでしょう?」
レイナさんは、カウンターに指をトントンとさせながら僕を見て
「セツナの普通は、少し違うように感じるわ」
「どういう意味でしょうか」
僕には、ここの常識がまだ完全に分かっているわけではないので
背中に冷や汗が流れる。
「普通は、解毒剤ぐらいしか持ち歩かない」
「どうしてですか?」
「薬が高価な上にすぐに、しけってしまうから
解毒剤ももって3日ってところだわ」
「魔法で保護すればいいのでは?」
保護の魔法をかけたら長持ちしそうな気がするけど。
「一つ一つの包装に、魔法を詠唱して魔法をかけていくの?
それはもっと高価な薬になりそうだわ」
「紙を重ねておいて詠唱すればいいことでしょう?」
「そんなことが出来るのは、上位の魔導師だけよ!」
なんでも保護の魔法というのは難しい部類にはいるらしい。
「水を通さなくするだけではだめなんでしょうか?」
「大体使い捨てされる紙に、魔法をかけようなんて思わないでしょう?」
情報を引き出しながら考える。
そういえば、魔道具は高価なものだった。
薬だけでもそれなりの値段がするのに、魔法がかかると
余計に値段が跳ね上がってしまう。
一般の人には、買えない額になるかもしれない。
この世界の医療技術は、そんなに高くないことはわかっていたけど
薬を包む紙が、パラフィン紙でなかったことが驚きだった。
そういえば、僕に渡された薬も水にぬれると薬が駄目になっていた。
ガーディルにいたときのことを思い出す。
パラフィン紙なんて、誰でも手に入る紙なのに。
「セツナ、この薬を包んでいる紙は何かしら?」
薬を、入れ物から出して観察していた
レイナさんが、僕に包みについての質問をよこす。
「それは、パラフィン紙ですよ」
パラフィン紙は、この世界でも売られていたから不思議ではないはずだ。
主に干し肉などが包まれて売られている紙だった。
「パラフィン紙? あの干し肉を包んでいる紙?」
「そうです、水分を通さないので薬の保存に適しているんですよ」
「色を変えたのは間違わない為ね……?」
「そうです」
「この薬は、どれだけ持つのかしら?」
「うーん、水に濡れなければ1年は大丈夫だと思います」
「1年!?」
レイナさんが驚き、周りの冒険者達も仲間となにやら話している。
レイナさんは、腕を組んでなにやらブツブツいいながら
考えをまとめているようだ。考えがまとまったのか顔をあげて
「セツナ、この薬のセットはギルドでも売ることが出来るかしら?」
「それはどういう意味ででしょうか?」
「冒険者がこれを持ち歩くことが出来たら、生存率が上がるわ」
とても真面目な顔をして、僕の目を見つめながら話すレイナさん。
「化膿止め、解熱剤、毒消しこの3個だけでも持ち運びが出来たら
冒険者は、町に帰ってくるまで持ちこたえることが出来るわ」
周りの冒険者達も、真剣にレイナさんの言葉に耳を傾けている。
自分たちの、生存率が上がるかもしれない情報を無視する冒険者はいない。
「僕が作ってギルドに売るって事ですか?」
「ええ」
「それは無理です」
即答する僕に、顔をゆがめるレイナさん。
「冒険者ギルドに、登録されている人がどれだけの人数いるのか
僕にはわかりませんが、その人達に売るだけの薬草が僕には
手に入れることが出来ませんし、それにそれだけの物を作ろうと
思ったら僕は冒険者を辞めなければいけない」
それは、職業を変えることになる。
旅を諦めることになる。
「そうね……」
レイナさんは、少し肩を落とした。
「レイナさん、何も僕が作らなくても
医療院から買ってきた薬を、パラフィン紙で包みなおせばいいんですよ」
僕の顔をまじまじと見るレイナさん。
「それか、ギルドの医療院がありましたよね?」
「ええ、あるわ」
国の医療院と、ギルドの医療院は仲があまり良くない。
国の医療院は、貴族の為にあるようなもので
一般の患者の受け入れを拒否することがあるのだ。
薬の技術は国がお金を出しているだけあって
国が経営する医療院のほうが上だ。
ギルドの医療院は、冒険者や一般患者のために開いているので儲けが薄い。
その分薬の研究にお金が回せないのが現状らしい。
「僕の調合する薬がほしいというのであれば
薬草の種類と調合方法を教えますので、それをギルドで売ればいい」
僕の言葉に、呆気にとられたような顔をしレイナさんが僕に向かって
ありえない言葉を放つ。
「貴方って馬鹿なの?」
「……」
返って来た言葉に、無言になる僕。
「あ、いや! そういう意味ではなく。
普通自分の技術を簡単に人に教えないわ
それに、薬の種類と調合方法なんて絶対に医療院に教えたりしないわ」
まぁ、魔法の構築も魔導師の飯の種なら
薬の調合も、薬学士の飯の種だから教えることはあまりない。
僕は少し苦笑を浮かべ
「確かに……そうですね。
僕の薬の調合はともかく、ギルドの医療院の薬の包装紙だけでも
交換してみればいいんじゃないでしょうか」
「そうね、話してみるわ」
レイナさんは、僕の顔をじっと見つめる。
「セツナの薬の調合方法も教えてもらえるの?」
「そうですね、僕の作る薬とは別のものになりますが」
「どうして別のものなの?」
「レイナさんが、僕を馬鹿だといったから」
僕の言葉にしまったっと言う顔をして項垂れる。
その反応に、少し仕返しができた事を喜ぶ僕。
「冗談ですよ。僕が作る薬は魔法も使ってますからね
そう簡単には教えられません。ちゃんとそこら辺は
僕も考えていますよ」
「うーー」
頭を抱え、悔しそうにうなるレイナさん。
「最初から教えるといった薬の調合も、魔法を使ってない方です。
それでもよければ教えますよ」
「無料でっていうわけじゃないわよね?」
「そうですね、薬の売り上げの2割でいいですよ」
「えぇ!? 2割り!?」
レイナさんが声を張り上げる。
周りの冒険者達は、レイナさんの声に吃驚していた。
「ええ、2割」
「貴方本当に馬鹿なの!?」
「……」
「普通そこは、売り上げの6割とかいうところでしょう!?」
「レイナさんは、6割とってもらいたいんですね?
6割でいいですよ。僕は儲かりますし。ありがとうございます」
ニヤリと笑いながら言うと
レイナさんが少し慌てた様子で
「いえ! いえいえいえ! 2割でお願いします」
「どっちなんですか」
「だってね、セツナの受け答えが私が想像している斜め上を行くから
普通最初は吹っかけて値段を下げていくでしょう?」
「確かにそうですが」
レイナさんの言いように笑う。
「セツナって本当に変わってるのね?
ガーディルのマスターが言ってた意味がわかったわ」
「何を話されているやら……」
「だって、大儲けのチャンスだったのに!」
「2割でも、僕にお金が入ってくるんですから。
ギルドの医療院は世界各地にありますしね
それでも大儲けだとおもいますが」
「そうだけど……欲のない人ね」
レイナさんの言葉に曖昧な笑みを浮かべる僕。
欲が無いわけじゃない。
僕は、ただ自分の昔の夢を思い出しただけだ。
父と母のような、命を大切にする医者になりたかった。
地球にいた頃の、僕を思い出し自分の夢を思い出す。
この世界では僕は人の命を奪う側だから、昔の夢とは正反対の道だ。
それを後悔しているわけでもないけど、純粋な善意から来る提供ではないのだ。
ただ、単に杉本刹那としての夢を思い出したに過ぎない。
それに、病気や怪我で自由が利かない。
死を待つしかないというのは本当に辛いことだ……。
本当に……辛いことなのだ。
「薬が高くなれば、国の医療院と変わらなくなってしまうでしょう?
ギルドの医療院の理念は【人々の命を平等に救う為 】なんでしょう?
冒険者ギルドの理念は【人々の命を平等に守る為】なんでしょう?」
目を見開いて、口をあけて僕を眺めているレイナさん。
後ろでそんな理念があったのかと感心している人もいる。
「驚いたわ……。ギルドの理念を覚えている人がいるなんて……」
そういって、レイナさんは満面の笑顔を僕に向けた。
「セツナ、。貴方が冒険者になってくれて私は嬉しいわ」
レイナさんの言葉に僕は少し照れてしまい
苦笑いを返すことしか出来なかった。
薬の調合については、後日教えることになり
アギトさんからの依頼は、受けることにした。
薬草が足りないから、ここでの最初の依頼は薬草採集になりそうだ。
カウンターで、僕の薬入れを他の冒険者達が眺め
レイナさんが注文をとっていたのには笑ってしまったけど。
いつの間にか、僕とアルトを見る視線も刺々しいものが消えている。
それが、月光のアギトさんとレイナさんのおかげである事は
言うまでもないけれど……。
アギトさんの依頼書にもう一度目を落とす。
依頼の内容だけではなく、僕を気遣う内容の文章も書かれていた。
"元気かい? セツナ君から貰った薬がとてもよくて
月光のメンバーも、同じものがほしいというので作ってもらえないだろうか?
少し数が多くなるから、ゆっくりでいい。
私とビートの薬でまだ間に合うから。
君の薬を節約して使ってるのに……。
メンバーがよこせとうるさくて困るけどね。
セツナ君も無理しないように頑張るんだよ。
何かあったら、私をチーム月光を頼ってほしい -アギト-"
薬が欲しいというのは、本当の事なんだろうと思う。
だけど、僕を心配してくれているという方が大きいのかもしれない。
アギトさんから貰った依頼書を鞄にしまい
アルトを見ると、アルトも僕を見ていた。
「話が長くなったね、城下町を観光しながら宿屋に戻ろうか?」
「いらいは?」
「依頼は薬草採取かな。
ついでに薬草をとる準備もして、明日薬草採取に行こう」
「はい」
レイナさんに帰ることを告げ、薬入れを返してもらい。
アルトと一緒に城下町を観光しながら
宿屋に戻り、クットでの2日目を終えたのだった。
読んでいただきありがとうございました。