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刹那の風景 第一章  作者: 緑青・薄浅黄
『 クリスマスカクタス : 冒険心 』
43/126

『 私達と師弟 』

* カーラ視点で進みます。

 何ともいえない感情をもてあましながら借りた釣竿を使って

釣りをしていた。私は何をしているんだろうか……。


なんでこんな場所で、釣りなんて……。


もう止めてしまおう、イライラしながらリールを巻いていると


「カーラさん、さっきだすの、やめて」


すぐ近くにいる少年が、不機嫌にこちらを見て話しかけてくる。

少年が傾倒する人間を殺そうとしたのが、気に入らなかったらしく

私との関係は険悪だ。


「私が、殺気を出そうとお前には関係ないだろう?」


「さかな、にげる!」


少年の言葉に、驚いた表情をしているのは相棒のルドルだった。


「ルドル、何を驚いている?」


「あぁ、いや~」


なにやら歯切れが悪い。

先ほど、あれだけの殺気を纏っていたのに

その様子を微塵も感じさせないのは、さすがだと思う。


私が未熟なだけか……。


そう考えるとまたイライラしてくる。

ハッとし少年の方を見ると、また睨んでいた。


「何なんだ……」


「カーラ、魚はカーラの殺気を感じて逃げてるんだよ~。

 魚を釣ってるのに~魚がつれない~」


「……なるほど」


ルドルの言葉に、少年が私を睨んでくる意味が分かった。


「あの、青年は何処まで考えているんだろうね~」


「何がだ?」


「アルトの気配の消し方は、まだまだ未熟だけど~

 それでもちゃんと訓練になってる~……」


アルト、それが先ほどから私がイライラするごとに

睨んでくる少年の名前だ。


「僕達が、気配の消し方を教えてもらったときは

 こんな悠長な方法じゃなかった~。少し驚きだよね~」


ルドルに言われてアルトを見ると、アルトは自分の気配を

極力消す努力をしていた。


「きっとさ~、あの青年が最初釣りをしたときに

 気配を消して釣りをしてたんだろうね~。それをみて学んだ」


「楽しみながら、無意識にか……?」


真面目に釣りをしているのを、邪魔するのは良くないことだろう

これでもアルトにとっては訓練らしい。


少し腑に落ちない感じがしないでもないが

私もルドル同様気配を消す。


正直、こんな竿と餌で魚を取るよりも爪でとったほうが

早いと思うのだが、そういう私にルドルが


「人間は爪では魚がとれないからねぇ~」


軽い感じでケタケタ笑うルドルだが、その目は笑っていない。

ルドルも私も、人間とこの少年の関係がいまいち納得できないのだ。


アルトからしてみれば、この魚釣りは楽しい遊びの1つなんだろう。

だけどあの人間の意図からしてみれば、自分の気配を消し

魚の気配を探る訓練をさせているのかもしれない。


「アルト、お前は人間が好きなのか?」


私の問いに、アルトはチラッとこちらを見て答えようか答えまいか

考えているようだ。


「にんげんは、きらい」


答えることに決めたらしい。


「それじゃあなぜ人間といる。

 偶々、奴隷商人に殺されるところを助けてもらったからと

 いってそこまで恩に着ることはないんじゃないのか?」


「……」


「人間を殺したいと思わないのか?」


「カーラ……子供にそれはどうかと思うよ~」


ルドルが苦笑している。

私は戻ってきた釣り針を見つめ、餌が付いているのを見ると

もう一度投げた。アルトと話をするには釣りをしていた方が

よさそうだと思ったのだ。


「いつも、ころしたいと、おもっていた」


「あの人間に脅されているのか?」


「ちがう!」


「今あの人間はいない。ここから助ける事だってできるぞ?」


「ししょうは……」


「人間は?」


「おれが、カーラさんたちに、ついていくときめたら 

 きっと、なにもいわない」


「どうしてそう思う」


「やくそく、だから」


「約束?」


アルトは視線を足元に落とし、それから自分の腕を見る。

そこには、銀色に光る腕輪がつけられている。


「うでわをはずして、ししょうのもとをはなれたら

 それが、おれのみちをみつけたというあいず」


アルトの視線の先を私は見つめる、ルドルも同様に

銀色に光る腕輪を見つめていた。


「それなら、気にすることはないだろう?

 人間といるより両親の元に帰ったらどうだ?」


両親という言葉に反応して肩を揺らすアルト。


「お前にも両親がいるだろう?」


「いる」


「じゃあ……」


私がその先を続ける前に、アルトと目があった。

その目の中に今までの無邪気さはなく

その目に映るのは憎悪だった。


アルトの変化に、私もルドルも息を飲む。

幼い少年が見せる感情は、私達と同様のものだったから……。


「おれのすがたをみて、にげだし

 おれをかちくのように、そだて

 おれをどれいしょうにんに、うった

 おやのもとへか?」


アルトの告白に、私もルドルも続ける言葉が見つからない。


「りょうしんから、なまえももらえず

 おれをトアルガとよぶ、りょうしんのもとへか?」


「……」


「おれは、おやも、にんげんも、だいきらいだ」


「……お前は行くところがないから

 人間といるのか? それなら、獣人の国に行けばいい」


「おれを、つれだそうとしてるのは

 カーラさんたちなのに、カーラさんたちは

 おれをすてるんだね」


体が震えた……。

アルトの目を真っ直ぐ見ることができない。


そう……人間から助け出した後のアルトの生活は

私達の生活の中には組まれてはいない。

サガーナまでは一緒に行ってもいいと思っていた。

でも、その後はそういう施設に入れようと思っていたのだ。


何も言えなくなった私の変わりに、ルドルが会話を引き継ぐ。


「青年は違うのかい~?」


「ちがう」


「なぜそう言い切れる~?

 アルトの本性を見たら、嫌われるかもしれないよ~?」


本性、私達は獣に変わる事が出来る。

その姿を受け入れられない人間が多い……。


肉食獣とまったく同じ姿の獣になるから

怖がられても仕方ないのかもしれないが

それでも、その態度は少なからず傷つくのだ。


「ししょうは、かわいいって、いってくれた」


「はっ?」


ルドルが目を丸くして、反射的に言葉を返している。

私も驚いて竿を揺らしてしまう。


「ししょうは、おれのすがたをみても

 すきだといってくれた」


「……」


「だっこして、いっしょにねてくれた」


言葉を返せない私達に、アルトは続ける。


「ししょうは、おれになまえをくれた。

 ししょうは、おれをせおってくれた。

 ししょうは、おれをだきしめてくれた」


「……」


「ぜんぶ、だれからも、もらえなかったものだ。

 ししょうだけが、おれに、くれた」


アルトの体から滲み出てるのは、悲しみや怒り

それらは、今までの自分に対する人間のものと

私達に対する無責任な発言に対してだろう。


どう答えるか、考えあぐねているところに声がかかる。


「アルト? 魚は釣れたの?

 そろそろご飯の準備をしないと遅くなるよ?」


とてもいいタイミングで人間が来る。

正直ホッとしていた。


アルトに対する返事が見つからなかったから。

それはルドルも同じらしい。


「ししょう!」


アルトは、竿と餌を自分の鞄にしまうと

今まで纏っていた負の感情を全て消して

人間の元へ走っていく。


それを私とルドルは目で追った。

飛びつくように抱きついたアルトを、危なげなく受け止め

優しい目をしてアルトの頭をなでる。


アルトは気持ちよさそうに、目を細め人間を見ていた。


「……」


私とルドルが人間に抱く感情は、憎悪それしかなかった。

だけど、この人間には違う感情が芽生える。

それが何かは気がついている、きっとルドルも……。


だけど、それに気がつかない振りをする。


「ししょう、カーラさんのせいで、さかなつれなかった」


「えー、人のせいにしちゃ駄目だよね?」


「ほんとうの、ことだもん」


魚がつれなかったのを、私のせいにされている。

まぁ、前半は殺気をばら撒き

後半は話をして釣りの邪魔をしたのだから

当然と言えば当然か……。


ルドルは、アルト達の会話を聞きながら2人を見ていた。

その目に映っているのはきっと、あの2人じゃないんだろう。

そう、それはもう私達には手の入らない場所にある。


釣竿をルドルに渡し、2人の後をゆっくり付いていく。

あの2人を見ていると、ずいぶん時間がゆっくりと流れているように感じる。


こんなにのんびりした時間をすごしたのは久しぶりだった。

ルドルも同じ事を考えているのか、苦笑して


「釣竿なんて握ったの何十年ぶりかね~」


「そうだな……」


「ゼストが始めたんだったよね~?」


「あぁ、ゼストは釣りが好きだったからな」


「よく、釣り針を引っ掛けてたな~」


「そうだな」


当時のことを思い出しながら、クスリと笑う。

友人の話をしたのなんて、本当に久しぶりだった。

ルドルとゼストは親友だった、何時も笑っていた友人。


私は剣の柄をなで、立ち止まり


「40年か……お前とも長いな」


「今更でしょ~」


クククと笑いながら、手を胸元に持っていくルドル。

そこには、親友の形見がかかっているはずだ。


それ以上何も言わず、何も言えず。

私達は野営地に向かった。


「ししょう、けむりが! けむりが!」


少し昔を思い出し、焦燥感に駆られながら戻ってきたら

アルトが煙まみれになって咳き込んでいた。


こいつらは本当に緊張感のない……。


「アルト、小枝を拾うときにちゃんと乾いたものを

 拾わないから煙が出るんだよ」


そういいながらも、風の魔法を使い

アルトに煙がいかないようにしている。


「あれ~食事は各自で作るんじゃなかったの~」


「そのつもりだったんですが

 アルトが僕の分も作ってくれるというので」


"作らせてるんじゃないのか!"と言いかけたが

どう見ても、作らせるほうが不安な手付きをしている。


「青年、アルトは料理をしたことがあるのかね~?」


ルドルも同じことを思ったようだ。


「今日が初めてだと思いますよ」


私とルドルが顔を見合わせる。

食べられるものが作れるのか?


バタバタしながらも、茸のシチューが出来たらしい。

人間は自分の鍋にお湯を沸かし、お茶をいれていた。

そのお茶を、私とルドルそしてアルトに渡す。


アルトは、シチューを人間に渡しそして自分の分を入れる。


私達は、自分の持ってきた携帯食を食べ人間からもらった

お茶には口をつけず、自分の水を飲んだ。


私達の態度にも、人間は別段文句を言うこともなく

自分の入れたお茶を飲んでいた。


「ししょう、たべて?」


「先に、アルトが食べるといいよ」


そう言って口をつけようとしない人間。

アルトは、少しがっかりしたような表情をし

自分で作ったシチューを掬い食べる。


最初にたべてやってもいいじゃないかと思うが

口にはしなかった。


アルトが、シチューを食べている様子をじっと見ている人間

その様子にルドルが首をかしげている。


アルトも人間が一口も食べようとしない様子を見て

口を開きかけた瞬間……手に持っている器を落として

苦しみだした。


「うぅぅぅ……」


それをじっと見つめている人間の態度に、一気に血が上る。

わかっていたのだ、こいつはわかっていたのだ!


このシチューを食べると危険なことを!

わかっていて自分は食べなかった。

危険だと知っていたのにアルトを止めなかった!


「貴様っ!」


私は、人間の襟元をつかみ締め上げる。

その手に力をいれていこうとするが、ルドルが私を止めにかかる。


「カーラ、カーラ駄目だ。カーラ落ち着け」


私は手を緩めない、私と人間の視線が交差する。

私の眼は怒りに、人間の目は少し罪悪感にゆれていた。


その目を見て、私は余計に頭に血が上る。


「どれだけ、こいつがお前のことを慕ってるのか

 わかっているのか!」


私がいうべき言葉じゃない。

私から出た言葉とは思えない。

だけど、止まらなかった。


苦しそうに顔をゆがめながら答える人間。


「わかっています」


その答えがまた私の怒りに油を注ぐ。


「分かっていたらなぜ止めない!

 普段は優しくして手なずけ、離れられないようにしてから

 苦しめるのがお前の趣味なのか!」


手を離さない私を、ルドルが羽交い絞めにして人間から離す。


「なぜ邪魔をする!

 ここで殺したほうがアルトの為だろうが!」


怒りの矛先を、ルドルに向けるが

ルドルは、私の目を見て落ち着くように促した。


「カーラ、落ち着いてアルトを見るんだ」


そうだ、アルトだ。あの苦しみ方は毒だ

早く解毒剤を飲まさないと!


そう思って、アルトを見るとアルトはしょんぼりした顔で立っていた。

その耳も尻尾も、落ち込んでいることを表現している。


「ルドルが解毒剤を飲ませたのか?」


解毒剤を飲ませたにしてはきくのが早すぎる。


「いや、俺は何もしてない」


じゃあなぜ……。


「ししょう、ごめんなさい」


アルトの言葉に、怒りがまたこみ上げてくる。


「なぜお前が謝る! 悪いのはこの人間だろうが!」


私の言葉に首を振り、真直ぐ私を見つめるアルト。


「おれが、わるい」


言い返そうとした私をルドルがさえぎる。


「少し落ち着けカーラ」


人間が溜息をつき、アルトを見た。


「アルトが今日採っていた茸はこれ

 僕が取っていた茸はこれだ」


そう言って2本の茸を見せる。

採る段階から気がついていたのか……。


私が、何か言いかけようとするとルドルが邪魔をする。


「僕はアルトに初めて口に入れるものを見つけたのなら

 僕にきくか、調べるかしなさいと言ったよね?」


「……」


「僕のすることを、真似して学ぶことはいいことだよ。

 だけど、自分で確認することも忘れてはいけない。

 それに注意深く見ていたなら、僕がその茸を

 避けていたのが分かるはずだった」


ハッと顔を上げて人間を見るアルトには

思い当たるふしがあるのだろう。


「そう、僕が採らなかった茸をアルトが採っていっていた。

 そこでどうして僕が茸を採らずに、残してあったのか

 考えた?」


首を振るアルト。


「僕が気がつかず、この料理をカーラさんやルドルさんにも

 渡していたらどうなっていたのかな?」


人間の言葉に、アルトは顔色を変える。

同時に、私もルドルも料理を私達に勧めなかった理由を知った。

この人間は、自分の入れたお茶は私達に配ったのだ。


なのに、アルトが作ったたくさんある料理を私達に渡さなかった。

この人間の性格なら、きっと食べるように勧めたはずだ。


「アルト、料理は大切なものだよね。

 食べれなかったら死んでしまう。そして料理を作る人は

 食べる人のパーティーの仲間の命を預かっているんだよ」


歯を食いしばり、涙をこぼすアルトをみて

そこまで、いわなくてもいいんじゃないかと思う。


そう思っている私にルドルが小声で


「俺は、青年の言い分が正しいと思う」


本当に珍しい、仮面を外した口調で人間に同意しているのだから


「なにも、料理を作ってから言うことないだろう

 茸を採った時点で教えてやればいいだろう」


「確かに、少し荒っぽいとは思うがまだましでしょう

 口で聞いただけでは忘れることが多い」


「だが……」


「俺達、獣人が料理を作りそれを食べた人間が

 体の不調を訴える……それはどういう状況を招く?」


「……」


「俺達が悪くなくても、俺たちのせいにされることなんて

 日常茶飯事だっただろう? まして、長旅の途中なんて

 食料は現地調達だ、気を配って気を配ってしても

 まだたりない」


確かにそうだ。


「あいつは、アルトに生き方を教えてるんだ。

 それに、自分で確認することの大切さを分からせたいんだろう」


「なぜ」


「あいつが間違ったときに

 止めるのがアルトの役目だからだろう。

 自分で確認することを怠るとこういう目にあう」


「……」


「もしかしたら、アルトの判断が間違ったせいで

 青年が死ぬかもしれない。そういうことを教えたかったんだろ」


「まだ、少年じゃないか」


「俺達も、サバイバル訓練をしたのはあの年齢だと思うけどな」


「……」


「青年の教え方はぬるい方だ、俺達はもっともがき苦しんだ

 毒だってほとんどないようなものだった。

 毒の対処もアルトが自分でちゃんとしていた」


「え?」


「自分の服から解毒剤をだし、ちゃんと飲んでいた。

 そういう全てをあの青年は教えてるんだろうと思う」


「お前が人間を褒めるなんて珍しいな……」


少し疲れたような表情をし、ルドルがボソッと呟く


「獣人の国にいるならまだしも……他の国は

 俺達には甘くない。アルトはこれから先

 1人で生きていくことになるかもしれないし」


「人間に捨てられるってことか?」


「青年がもしどこかで死んだら

 アルトは1人で生きていかなければいけないだろう?

 帰る場所がないんだからさ」


「……」


「青年はきっと、俺達を取り巻く環境を理解して

 アルトを教えてるんだと思う」


「……」


「認めたくないけどな、本当認めたくねーけどな」


2人してアルト達のほうをみると、グスグスないているアルトを

人間が優しく抱きしめていた。


私もルドルも、その光景をただ黙って見つめている。

私は剣の柄に手をおき、ルドルは胸元に手を置く。

そう、今はもう自分達に与えてくれる人がいないことを

思い出させる光景。


見返りなく、無条件で与えられる優しさ……。


私も、そしてルドルも青年から感じるそういう類のものに

アルトに与えているそういう感情に、焦げ付くような衝動を

抑えることに必死だったのだ……。


だから殺したくなった。そういうものを思い出させる人間を

無意識にそういうものを与えている人間を……。


人間なのに、私達を私達として至極簡単に受け入れてしまった。


憎まれることに慣れていたから、嫌われることに慣れていたから

好かれるはずなんてほとんどなかったから。


慣れたといっても、叫んで逃げ出されたら傷つくから……。


この世界で、私とルドル2人しかエルンの民はいない。

誰からも助けてもらえない、誰からも見向きもされない。


国を滅ぼされた時に、助けてくれた人間の友人ゼストと

同じような空気をまとう人間。人間なのに人間に殺された友人……。


この人間がまとう空気は、友人にとても似ていたから。

私よりもルドルのほうが堪えていたに違いない……。


荒を探し、殺す理由を躍起になって

見つけ出そうとしていたのだから。


アルトの為というのもあったが、自分達の為でもあったのだ。


私達は旅に行き詰っていた。手掛りが手に入らず

ただ時間だけが過ぎていく。そんな苛立ちの中で出会ったのが

彼らなのだ、殺したくなっても仕方ないというものだろう?


人間にとっては、迷惑な理由かもしれないが。

私達の知ったことではなかった。


2人は食べれなくなったシチューを始末し

アルトは泣きつかれて、眠ってしまったようだ。


アルトに毛布をかけ、人間はアルトの隣に座って

静かに焚き火を見ていた。


よくよく見てみると、顔がとても青い。

ルドルが人間に声をかける。


「そんなに、苦しそうな顔をするなら~

 やらなきゃいいじゃない~」


人間は、自分の右手で左腕を握り締め

何かに耐えるように言葉を紡ぐ。


「アルトを弟子にしたときに

 アルトの行動は、極力止めないと決めていますから。

 それに、今日の茸は一度は食べてもらいたかったものです」


「なんで~?」


「獣人族は、1度食べた毒は口に入れると

 分かるようになるんですよね?」


「そうだよ~」


私はそういうことを知っている、人間がとても不思議だ。


「何でそんなこと知ってるのさ~?」


「獣人の殺し方という本を読みました」


「な……んで~」


「殺し方が分かれば、生かし方も分かるでしょう?

 ガーディルには、そういう本しかなかったんです」


「なるほどね~」


簡単に話しているが、その発想に感心する。

普通は殺し方の本なら殺し方しか考えないはずだ。

そこから逆の発想に持っていくのは、なかなか難しい。


「そして、旅の途中で獣人が暗殺される一番の殺され方が

 今日アルトが食べた茸です」


「……」


「あの茸は、人間が食べても致死には至りませんが

 獣人が食べた場合、少量でも死に至ります。

 飲み込まなければ大丈夫なんですが」


「青年は毒にも詳しいのかね~?」


「僕は薬草学も専門ですから

 ギルドの依頼は、大体薬関係でした」


「でした~?」


「えぇ、これからアルトと受ける依頼は

 色々こなして行こうと思っているので」


「経験をつませる為に~?」


「そうです」


「アルトは苦しんでいたけど

 死に至る毒を口に入れたような感じはしなかったけど~?」


「シチューを作るときに毒の成分を軽くする薬草を

 いれておいたんですよ」


「それならさ? 食べてあげてもよかったんじゃないの~?」


「僕が食べて、僕が苦しんだらアルトが余計傷つきますからね」


そのときの、人間の顔は少し疲れたような表情をしていた。


「僕も少し疲れましたので、そろそろ休ませてもらいます。

 結界を張っているので見張りは必要ありません」


そう言って寝てしまう。側に、私達が居るのに警戒することなく。

少し、無防備じゃないかと思わなくも無かったが……。

何も言わずに、私達も特にする事も無かったので眠る事にした。


今日一日あった事を思い返しながら

昔の友人を思い出しながら……眠りについた。


誰かが起きる気配で目が覚める。

ルドルも目が覚めたようだ。


耳を済ませて、気配を探っていると小さな話し声が聞こえてくる。


「アルト? どうしたの寝れないの?」


優しい声でアルトに話しかける人間。

起きたのはアルトらしかった。


「ししょう、いっしょにねていい?」


アルトの言葉に嫌がる風もなく笑いながら

「いいよ」と答える人間。


アルトが人間のそばに行ったときに音が鳴った。


"ぐぅ~"


腹が空いているらしい、無理もない。

昼からほとんど何も食べていないのだ。


「お腹すいた?」


そう聞く人間にアルトは頷いたようだった。

体を起こし、鞄から何かを取り出すような音がする。


「今、切ってあげるからね」


アルトは嬉しそうな声で、なんの食べ物か聞いていた。


「ししょう、それはなんですか?」


「これはね、エルガの実だよ」


エルガの実!?


内心驚く、エルガの実とはとても栄養価の高い高価な果物だ。

とても貴重な果物で1つ2銀貨はする。


それを、自分の子供でもない獣人の弟子に与えるのか……?

切り終ったのかアルトが食べている音が聞こえる。


「美味しい?」


「おいしい!」


思わずでた大きな声に、カーラさんとルドルさんが起きるから

静かに食べてねと注意する人間。私達が起きていることなど

もう気がついているはずなのに。


「はい」


素直に頷き食べるアルト。途中で手が止まったのか

人間がアルトに聞いていた。


「どうしたの? 食べないの?」


「ししょうは?」


「僕? 僕はお腹空いてないから全部食べていいよ」


嘘だ……。


あの人間だって、アルトと一緒で食べていないはずだ。

腹だって空いているはずだ……。それなのに全部アルトに

食べさせようとしている。


きっとエルガの実は、アルトの為に買ったんだろう。

少しでも栄養がつくようにと……。


不覚にも肩が震える。


「たべていいの?」


「いいよ」


その声は何処までも優しい。人を安心させるような声だ。

思わず弱音を吐いてしまいたくなるようなそんな声だ。


2人のやり取りをただ静かに聞いていた私達。

師弟の優しい時間に思わず心が震えた……。


腹が一杯になったのか、人間のそばで安心したのか

穏やかな寝息が聞こえてきた……。


朝方、ルドルが気配もなく立ち上がる。

私もルドルに合わせるように立ち上がった。


「いきましょうかね~」


ルドルの言葉にただ頷き、チラッとセツナとアルトのほうを見る。

セツナは気がついているだろうに振り向かない。


私達は、2人に背を向けて歩き出した。

その背中にポソリと呟くような声が聞こえた。


「お気をつけて」


その言葉に、ルドルと顔を合わせ苦笑した。


変な人間だ……。


もうそれでよかった。

珍しい人間が居る……。

そういう人間も居るんだろうという事にした。


数日後、鞄の外ポケットに一通の手紙が入っていることに

気がつく。中身を空けてみるとセツナからだった。


”スレディアの情報が分かりましたら傭兵ギルドに

 連絡をいれておきます。 -セツナ-”


セツナのお人よし加減に、ルドルと腹を抱えて笑った

2人でこんなに笑ったのは久しぶりだった……。


人間は嫌いだが……。だが、あの2人になら

また会ってもいいかと思った。



読んでいただきありがとうございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されした。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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