『 僕らと2人の獣人 : 前編 』
朝食を食べ、そろそろ出発しようかと思っていたところに
アルトから、少しだけ魚釣りがしたいと言われた。
すぐに釣りをしたいという欲求を高めたのは僕だし
1時間だけ、ゆっくりしていくことに決めた。
昨日の釣竿は、カイルが作ったものだったが
釣りがとても気に入ったみたいだったので
アルト専用の釣竿を僕が作ったのだ。
自分専用の物を手に入れたら、使ってみたい衝動に
襲われるのは当たり前のことだと思う。
今日の野営地で渡すべきだったかなと、思わなくもないけれど
まぁこれだけ喜んでいるんだからよしとしよう。
アルトが見える石の上に腰を下ろして、本を読む。
天気もいいし、緑も多い……というか緑だらけだけど。
緑しかない……。
今日の本は、ダリアさんお勧めの恋愛小説だ。
悲恋ものらしい、こちらのこういった小説は
初めて読むので少し楽しみにしていた。
だけど読み進めているうちに、あることに気がつく
気がつきたくなかったようなきもする。
いったいアルトはどういう解釈で
この小説の内容を聞いたのやら……。
ため息をつきながら、アルトを見ると
楽しそうにリールを巻いていた。
小説を読み始めて、20分ぐらい経ったころ
「ぎゃぁーーーー!!!!」というアルトの叫び声が聞こえた。
本から目を離しアルトを見る、周りに魔物の気配はないので
命の危険はないようだ。
アルトの姿も見えるので、溺れているわけでもない。
本を石の上に置き、アルトのほうへ歩いていく。
「アルト、どうしたの?」
「し……ししょう……」
それはそれは情けない顔で、僕を見上げるアルト
「しっぽ……はり、ささった」
アルトの釣竿を見、釣竿についている釣り糸に視線をうつし
その釣り糸の先を追う、到着したところはアルトの尻尾だった。
「ぷっ」
思わず噴出してしまう僕。
「ししょう、とって、とって」
笑うと可哀想なので、笑うのをこらえアルトの尻尾に手を伸ばし
釣り針をとろうとした瞬間、殺気と呼べるものを携えた人が剣を振り下ろし
僕とアルトを裂いた。
人がいるのに気がついていたので、僕は慌てることもなく
アルトから距離をとる、その間にアルトに結界を張り
危害を加えられないようにしておく事も忘れない。
僕とアルトの間に立っている人に目を向けると
その人物は、殺気を振りまき立っていた。
顔はフードを深くかぶっているので伺えないが
僕を睨んでいるのだろう。
「何か御用でしょうか?」
まずは、相手の意図を聞いてみる。
「下衆に答える必要はない」
下衆……臆病者から、下衆になった……。
内心少しショックを受ける。
「初対面の相手を、下衆呼ばわりする貴方もどうかと思いますけどね」
僕の言いように、カチンっときたのか殺気が一段と強くなる。
「じゃあ言うが、獣人の子供をさらい虐待しようとしていた
奴隷商人には、下衆呼ばわりで十分だろう? この国では獣人の誘拐
売買は禁止されている。ここで貴様が殺されても文句は言えない」
僕に剣の先を向け、アルトをかばうような感じで僕と対峙している。
放たれている殺気はそのままだ。
この人物は、アルトの叫び声を聞いてここまで来たようだ。
僕がアルトに、危害を加えているように見えたということだろう。
僕は1つ溜息をつく
これから先も、こういう誤解は沢山あるんだろうと思うが
それでも、いきなり攻撃してくるのはどうなんだろうか?
「正義感があるのは、結構なことだとおもいますが
状況をみてから行動なさったらどうでしょうか。
貴方の今の行動は、ただの民間人を問答無用で切りつける
盗賊とかわらないと思い……」
僕の言葉をさえぎり、剣を構えたまま僕に切りつけて来た。
僕はそれを避けることもせずに、手に風の魔法を使い風の盾を作り
剣を受け止める。
相手の意表をついたのか、一撃を入れた後すぐに僕と距離をとる。
「ほら、会話の途中なのに切りつける。
僕は武器さえ持っていないのに」
相手が歯軋りした音が響く。
「奴隷商人が……」
「僕は、奴隷商人ではありませんが?」
「嘘をつくなっ!」
その声は相手を萎縮させるには十分なんだろう。
あいにく僕にはきかない。嘘もついていなければ
間違ったことをしているつもりもない。疚しいことなど
1つもないのだから、委縮する必要がない。
「なぜ、僕の言うことが嘘だと?」
「命惜しさに、嘘をつく奴がおおいからな」
そういって口元しか見えないが
僕に侮蔑の笑みを向けていることが分かる。
「では、僕が奴隷商人でその子供が奴隷だという証拠は?」
「先ほどの叫び声だけで十分だ」
僕が1歩歩こうとしたとき、相手は剣を構えなおし戦闘体制にはいる
「もう1人のお仲間は、ここにはこないのですか?」
僕の言葉に、相手が動揺するのが分かる。
この人物とは違う、もう1つの気配が木の影からこちらを見ている事に
僕は気が付いていた。だが、相手は僕が気がついているとは思わなかったようだ。
「貴様……」
「カーラ、とりあえず剣を下ろせ」
僕の声が届いていたのか、隠れていることが無駄になったと分かったのか
もう1人の人物がアルトのそばまで歩いてくる。
「アルト、こっちへおいで」
僕がアルトを呼ぶと、アルトが尻尾を気にしながら
ゆっくり歩き出す。その表情は少し緊張していた。
その様子に、カーラと呼ばれた人物がもう1人の人物に
アルトを保護するように命令する。
「貴様っ! ルドル! 子供を保護しろ!」
「いやー、カーラその子供は奴隷じゃないみたいだし?」
「何をバカなことを」
「首輪付いてないし?」
「首輪が付いてなくても、脅されてる可能性があるだろう!」
「この子には、風の魔法がかかってて僕触れないし?」
「ふざけるなっ!」
「本当の事なんだけどなぁ~?」
ルドルと呼ばれた人物の真面目な様子に目を見張るカーラ。
「え……? お前が、触れない?」
「そう、触れない」
「……」
「それに、その子が叫んでいた理由は
そこの青年の虐待じゃなく、尻尾にあるようだし」
そういいながら、2人がアルトの尻尾を見ている。
なんとも言えない微妙な空気が流れた。
2人が話をしている間に、アルトが僕のそばに来て
僕にぎゅっと抱きつく、僕はアルトを慰めるように頭をなでる。
その様子をみて、2人は息を飲んでいた……。
「アルト、尻尾痛かったね見せてみて?」
2人に向けた声音とは対照的に
アルトを安心させるように優しく声をかける。
僕は結界をアルトと僕の周りに張り、
アルトの尻尾から釣り針を外し怪我を治す。
「ししょう、ありがとうございます」
「どういたしまして」
少し緊張したような顔で、僕にお礼を言うアルトの肩を抱き
僕は、2人に向き直る。
僕たちのやり取りを、ただ眺めていた2人に
「改めて聞きますが、僕たちに何か御用ですか?」
この2人の目的が、僕からアルトを保護することだと
気がついていたがかまわずに聞く。
「ごめんね~、僕はルドルっていうんだ。
この子の叫び声が聞こえて、その子が獣人の子供でしょ?
僕たちてっきり、奴隷商人が虐待してると思ったんだよね~」
凄く軽い調子で謝る。
「君達の名前を聞いてもいいかな~?」
「申し訳ありませんが、顔も見えない相手に名乗る必要はないかと」
僕の言葉に一瞬沈黙し少し笑った。
それは愉快だから笑う笑みではなく、少し暗い感じの笑いだ。
「そういえば、フードをかぶっていたんだった~」
ルドルと紹介をした人物が、フードを外した。
僕はフードを外した青年を見つめる。
「あれ~? 僕の姿をみても驚かないなんて……僕がびっくりだ!」
少しおどけた感じで言う彼の頭の上には
豹の耳が付いていた彼も獣人族なんだろう。
なるほど、同じ獣人族の子供だから
ここまで、過剰な反応を示したのか……。
アルトは、同じ獣人族なのを知って
目がルドルの耳の動きを追っている。
彼らが問答無用で攻撃してきた理由に思い当たり
少しキツイ事をいいすぎたかなとも思う。
それでもいきなり、命を狙われたのだから謝るつもりはない。
「驚くことではないでしょう。この世界には様々な種族が
いるんですから、どこかで出会うことは考えられることです」
「いや~、君本当に人間?」
言葉は、軽い感じなのにその目つきは警戒するものになっている。
「人間ですが?」
「普通はね~? 僕達を見ると、悲鳴を上げるか逃げ出すんだけどな~」
「獣人族を見て逃げ出すぐらいなら、僕は獣人族の子を弟子にはしませんよ」
僕の言葉に警戒の顔つきから、驚きの顔つきに変わる。
「弟子……?」
アルトの方を見て、アルトに聞くルドル。
アルトはルドルをみて、頷く
「なんで……?」
その言葉は、作った感じではなく心のそこからの質問に思えた。
「理由ですか? アルトが僕の弟子になりたいと言ったからですが」
もう一度アルトのほうに視線を向ける
アルトはこれにも頷いて答える。
「ルドル! その子供が脅されて言わされてるかもしれないのに
何を簡単に信用しそうになっているっ!」
自分のフードを取り、僕を睨みながらルドルを叱咤する女性。
彼女の頭にも、ルドルさんと同じ豹の耳が付いていた。
読んでいただきありがとうございます。