『 僕らと魚釣り 』
ガーディルの国境を越え、クットの国に入る。
途中魔物とあうこともなく、ガーディルの奴隷商人とあうこともなく
拍子抜けするぐらいに穏やかな道だった。
ガーディルから、クットに行く人が少ないということもあるのかもしれない。
まだ、国境を越えて半日なのだが獣人に関する法律がしっかりしている。
クットの国に入ったということで、速度を落とし歩いていた。
僕もアルトもこの2日、食事は保存食程度で済ませていた。
火をおこし、不要に人を呼びたくなかったのだ。
季節が夏ということもあり、火をおこさなくても
寒くはないのけど、夜灯りがないというのはなんとも不安なことだった。
当たり前だけど、外灯もないので本当に暗闇に包まれたようになってしまう。
アルトが平気そうだったのは、暮してきた環境によるものなんだろう。
そのような感じで、真っ暗ななか一夜を過ごし、国境を越えた。
今日は少し早めに野営をする場所を見つけて
ゆっくりと体を休めるつもりでいる。
「ししょう、あのあかいみ、たべれる?」
そう言ってアルトが指差す方向を見てみると
腰ぐらいの木に赤い実が沢山なっている。
「植物図鑑で調べてごらん」
ガーディル国内では、図鑑を出してのんびり勉強する時間がなかったので
僕がアルトの質問に全て答えていた。
「いいの?」
少し嬉しそうなアルト、アルトも自分で調べるのが好きなタイプのようだ。
「うんいいよ。もうのんびり旅をしても大丈夫だから
だけど、周りの警戒を忘れないようにね」
アルトに釘を刺すのを忘れない。完全に安全ではないのだ。
魔物も出るし、盗賊もでるかもしれない、警戒は何時も怠るべきではない。
鞄から図鑑を出し、赤い実を調べていくアルト。
「ししょう、グズベリーだって、たべれるみたい」
食べられると知って喜ぶアルト。
その目と耳、そして尻尾は喜びに満ちている。
「それじゃあ、食べてみる?」
「うん!」
アルトが木から1つ、グズベリーをとって口に入れる。
口にいれて噛んだ瞬間……。
「!!!!!!!!!!」
口を押さえてものすごい顔をしていた。
その様子に僕は、笑う。
「あは、あはははは」
「すっぱぁい!」
そう叫ぶアルト。
グズベリーの実は、とても酸味が強い。
「ししょう、ひどい」
アルトは目に涙を浮かべながら
僕を、恨めしそうに見ていた。
「えー。僕は何もしてないよ?」
「すっぱいのしってた」
アルトの抗議を聞きながら
僕も1つもいで口に入れる。
「ん~、これは、すっぱいね。
アルトもう食べないの?」
少し意地の悪い目をむけ、アルトに尋ねると
じとっとした目で僕を見つめ、少し膨れていた。
「たべない」
アルトの態度が可愛くてまた笑ってしまう。
ビー球ぐらいの赤い実で、香りは甘い香りがするから
アルトはとても期待したんだろう、その期待が裏切られたので
機嫌が悪いようだ。
僕は少し考え、アルトに袋を差し出す。
「少しもいでいこうか」
「えー! おいしくないから、いらない!」
「そんな事いわずに、貴重な果物だよ?
ビタミンを取らないと病気になっちゃうよ?」
アルトに話し掛けながら、グズベリーを袋にいれていく
しぶしぶといった感じで、アルトも手伝い始めた。
袋が一杯になったところで、鞄にしまいアルトと歩き始める。
すっぱいのが、よほど気に入らなかったのか
今は僕が作った飴をなめながら、歩いているのだった。
興味が引かれるものがあれば立ち止まり
図鑑で調べ、載っていないものは僕が教えゆっくりと歩いていく。
そろそろ夕方になろうかという時刻、綺麗な水辺を見つけたので
そこで野営をすることにした。
アルトが何かを調べ、何かを考えている時間
僕はアルトに作った鞄と同様のものを1つ作り
それ鞄に、薪にする小枝を集めていた。
この分では、もしかしたら6日で着かないかもしれないが
急ぐ旅でもないので、完全にアルトの速度に合わせている。
野営の準備という事で
アルトが、ベルトから結界針を出し地面に刺す。
僕は、鞄からレンガを取り出しそれを組み立てた。
組み立てた下に、小枝をいれ火をつける。
鍋を出し、レンガの上に置き火が当たるように調節する。
アルトは、図鑑を隣に置きノートを取り出し文字を練習していた。
その文字の横に、最近はちょっとした感想を入れているのが微笑ましい。
きっと今日は、グズベリーと書かれた単語の横に酸っぱい実とでも
書かれているんじゃないだろうか。
夕食までにはまだ時間があるので
僕は鍋の中で簡単に、グズベリーを洗い、種を取り除き
程よい大きさに切り、砂糖と一緒に火にかける。
酸味の強い果物はジャムにすると結構美味しいらしい
日本でいたときに、何かの本で読んだ気がする。
コトコトコトコト煮込んでいると
勉強が終わったアルトが、鍋を覗きに来たが
鍋の中を期待したような目で見つめ、中の物がグズベリーだと
わかると、顔をしかめた。
ある程度煮詰めて、鍋を地面に下ろし
蓋をしてそのまま冷ます。
「ししょう、それはなんですか?」
「ジャムだよ」
「じゃむ?」
「そう、今日の夕食にパンにつけて食べようね」
アルトの反応を見るように、そう告げると
アルトの目と耳が全てを語っていた。
言葉にすると、こんな感じになるんじゃないだろうか。
【すっぱいものを、パンに塗って食べるのは嫌だ!】
アルトの態度に笑い、夕食までまだ時間がありそうだと思った僕は
自分の鞄に手をいれ、棒のような物を2本取り出し
アルトに1つ手渡しながら水辺へ向かう。
渡されたものを。興味深く見ているアルト。
そして次は、小さな瓶に入ったエビを渡す。
瓶を開けて、食べようとするアルトに慌てて
食べてはいけないことを告げると、しょんぼりとした様子でエビを見ていた。
僕が鞄から取り出したのは、釣竿と釣り餌だから
アルトに食べられるのは困る。
綺麗な水辺なので、もしかしたら魚が釣れるかもしれないと考え
時間もあるし、魚を釣ってみようと思ったのだ。
僕のベルトから、結界針を出し釣りの最中に魔物に襲われないように
結界をはり、釣竿の用意をする。
「ししょう?」
「うん、これはね釣竿と釣り餌だよ」
「つりざお? つりえさ?」
「そう、こっちの棒みたいなのが釣竿で
こっちの瓶に入ったエビが、釣り餌だよ」
「なにする、どうぐ?」
「魚を釣る道具だよ」
「さかな!?」
アルトはまだ生きた魚を見たことがない。
そういう僕も、生きた魚を見たことがない。
日本にいても生きた魚を見る機会なんて
釣りを趣味にしている人か、水族館ぐらいではないだろうか?
食べ物屋の生簀っていうのもあるけれど、あいにく僕には
水族館も食べ物屋も縁がなかったのだ。
テレビで見たことはあるけど……。
カイルが釣り好きだったらしく、鞄の中は色々な釣竿が入っていた
餌も沢山入っている。
釣りの仕方を検索し、釣竿の準備をする。
釣った魚を入れるバケツにも水を入れ、網もそばに置いた。
アルトは興味津々で僕の準備を見つめていた。
「アルト、釣り糸……この紐のこと。
これはリール、この竿についてる道具のことね。
釣り糸をこれぐらいまで巻いておくんだよ」
知識はあっても僕も初めてなのでドキドキする。
「そして、この竿についてる針が釣り針だよ。
指に刺さると痛いから気をつけてね。
この釣り針に……こうエビをつけて……」
僕のやっていることを見ながら、アルトも釣り針に餌をつける。
「それから……」
僕は竿を思いっきり後ろにしならせ、前方へ飛ばした。
「竿を振るっ!!」
ひゅーーんという音と一緒に、錘の付いた針が飛んでいく。
初めてにしては上手に投げれたんではないだろうか。
無事、水の中に落ちるのを見ると何故だかとても嬉しかった。
少しずつ、リールを巻いていく。アルトは目を輝かせながらリールを巻く
僕と水面に浮かぶウキを交互に見つめていた。
ゆっくり、巻いていると……。
竿がビビビっと振動する。
水面に浮かぶウキを見ると、ウキも水面に振動を伝えている。
アルトの目も釘付けだ。
魚が餌をつついてる?
僕は水面に浮かぶ、ウキを見ながら
魚が餌に食いつくタイミングを、息を殺して見守る。
うわー緊張するな。
初めての体験にテンションがあがる。
その時、浮きが大きく沈んだ!
その瞬間に竿を引く、手のひらに今までなかった感触が伝わる。
「かかった!」
思わず出した僕の声にアルトが反応し、釣竿の先を見つめる。
魚が釣り糸を引き、竿がしなる。
「結構大きいのかな?」
「さかな、さかな、つれた!?」
「針につけた餌を魚が食べたんだよ。
魚を釣り上げるのはこれから」
アルトに説明しながら、僕はゆっくりリールをまいていく
魚との勝負だ!
ゆっくり、でも確実に魚を疲れさせそして釣り糸を短くしていく。
初めての体験に胸が躍る、魚も負けじと死力を振り絞って抵抗しているようだ。
魚との一対一の勝負にテンションがあがり
手に汗をかいているのがわかる。
楽しい……。
心からそう思った。
魚がだんだんと岸によってきて
すぐそばまで来たものを、網ですくう。
「やった! アルト釣れたよ!」
笑っていう僕に、アルトも笑顔でピチピチと跳ねる魚を
見てはしゃいでいた。
「さかな! はねてる!いきてる!」
魚を釣り針からはずし、バケツの中にいれると
バケツの中で泳ぐ魚を見て、アルトが目を丸くしている姿は愛らしい。
「アルト、後でこの魚の種類を図鑑で調べようね」
僕はもちろんこの魚の名前を知っていたのだが
初めて釣った魚を、アルトと一緒に図鑑で調べたいとおもった。
アルトは僕に頷きながら、魚に恐る恐る触れ
そして、最後には魚を持ち上げていた。
アルトの手の中で、ビチビチと抗議するように体をうねらせている魚。
アルトはそんな魚を、真剣に眺めている。
「アルト、魚はえら呼吸だから水の中にいれてあげないと
死んでしまうよ?」
えら呼吸が何かは、理解していないだろうが
魚が水の中でしか呼吸できないということは伝わったようだ
慌てて、魚をバケツに戻す。
「とりあえず、今日の夕飯は魚を食べることができそうだね」
バケツの中をアルトと覗き込み
魚を夕食にするという僕に、信じられないという顔で
僕を見ているアルト。首をかしげてアルトを見ると
「たべるの!? このさかな、たべるの!?」
「……」
早くも、魚に愛着が沸いているようだ。
気持ちは、分からなくもない。
「うん、今日のご飯だからね」
「うぅー」
本当は逃がしてもいいのだが、これからもこう言う事は
沢山あるだろうし、心を鬼にして食べると告げる。
「アルト?」
名前を呼ぶと少しシュンとしたように
耳を寝かせ、尻尾をダラリとさせる。
「じゃあ、アルトは違うものを食べる?」
「!!!」
「釣りたての魚はとっても美味しいと思うんだけどなぁ」
「!!!」
「アルトが食べるの嫌なら、僕が食べるからアルトは
携帯食料でもいいよ?」
「おれも、さかな、たべる!」
愛着と食欲では、食欲のほうが上だったようだ。
「それなら、アルトも自分で釣らないとね?
僕の分はあげないよ?」
驚愕に見開かれた目で僕を見て、釣竿に手を伸ばす。
アルトの手をもち、釣り餌の投げ方を一緒に練習する。
最初は竿で地面をたたいたり、真っ直ぐ飛ばなかったり
すぐそばで落ちたりしていたが、何回か練習しているうちに
ちゃんと水に届くようになった。
真剣な目でウキを見ている様子を、微笑ましく思いながら
僕も、2匹目を釣るために釣り針に餌をつけ投げる。
餌をとられたり、魚を釣り上げたりしながら
僕が4匹目の魚をあげたとき……アルトはとても不機嫌になっていた。
眉間のしわがずっと消えないままだ。
アルトは、まだ一匹も釣れていない。
上手に投げれるようになっていたけれど、その後がうまくいかないらしく
魚に餌をとられることを繰り返している。
見ていて面白いような…….
可哀想なような……。
そんな視線をアルトに向けていると
「ししょう、さお、こうかん」
「ん? 僕の竿と交換してってこと?」
コクコクと頷く
どうやら魚がつれない原因は、竿にあると思ったらしい。
子供らしい発想に、笑いをこらえながら
アルトと竿を交換する、これで魚が釣れると思ったのか
鼻息荒く竿を振った。
結果は……僕が6匹目を釣ってもまだアルトには
1匹もかかっていなかった。
さすがに、意気消沈しているアルトを見て可哀想になったので
僕がアルトの手をとりながら魚がかかるのを待つ
じっと、ウキを見つめているアルト。
「まだ……まだだよ……」
ウキがゆれているのを見ながら、竿を引きたい衝動をぐっと
こらえているのが分かる。
「まだ……まだ魚は餌を食べてないからね……」
少し緊張しながらウキを、真剣に見つめ今か今かと待っている。
その時ウキが沈んだ、水面の波紋がいっそう大きくなる。
「いまだ!」
その合図と同時に、僕はアルトの手を持って竿を引き上げる。
手ごたえを感じた! 魚がかかった!
「し……ししょ! ししょう!」
興奮して、言葉が出ないアルト。
僕はそのまま、アルトと一緒に竿を持ち
「アルト、魚がひいている間はリールを巻かない。
少し引きが弱くなったら、リールを巻くんだよ」
頭の上から教える僕に、コクコク頷きゆっくりとリールを巻く。
釣竿からダイレクトに伝わってくる振動に、アルトのテンションも
あがりまくっているようだ。
「あせらず、ゆっくりね……ゆっくり」
アルトと魚の根競べが終わり
弱った魚が岸にたどり着く、アルトは網を持って魚を掬い取り
「やったぁぁぁぁ! ししょう! おれつった!」
網を持ち上げ、僕に自慢するように見せる。
心からのアルトの喜びの声に、僕も嬉しいと思った。
初めて、アルトの年齢らしい喜びを見たような気がする。
まだ、弟子にしてそう時間がたっていない。
アルトが僕に気を使い、僕に後ろめたさを感じていることも知っていた。
自分がいなければと思っているだろう事も……。
城下町では余り一緒に歩けなかったし、旅の準備やギルドの依頼で
アルトと一緒に遊ぶこともなかった。
だけど、これからは……。
そうこれからは一緒に、笑って、喜んで、楽しんでいけたらいいと思う。
アルトの満面の笑顔を見ながら、僕も笑った。
コツをつかんだのか、アルトはあれから3匹ほど釣り
僕はそれ以上は釣る必要がないので、魚を捌いていた。
自分が釣った2匹は今日の夜の分で、残りの4匹は捌いて焼いてフレークにし
瓶に詰めて持ち運ぶつもりだった。
まだ釣りたいというアルトを、そろそろご飯の用意をしないといけないからと
諦めさせ、結界針をベルトになおし釣竿や釣り餌を鞄にしまう。
よほど楽しかったのか、名残惜しそうに僕が片付けるの見ていたアルト。
「また今度一緒に釣ろうね」
「あした? ししょう、あした?」
嬉しそうに、僕に聞くアルトに頷きながら答える。
「そうだね、明日野営する場所に魚がいそうだったら
また釣ってもいいかもね」
納得したように頷いたアルトに、魚の捌き方を教え
恐る恐る魚を捌くアルトを笑いながら見やり
晩御飯を作るために、焚き火のそばに戻ってきた。
魚に塩を振り、枝を刺し火のそばに突き刺す。
魚から一瞬も目を離さないアルトに苦笑しながら
冷めたジャムを瓶の中にしまう。
魚とジャムはあわないだろうということで
明日の朝食にすることにした。
僕は2匹、アルトは3匹全部食べるというので
全部で5匹焼いている。
焼けた魚にかぶりついたアルトはそれは……それは
幸せそうにほうばっている。
「美味しいアルト?」
「ほいひぃ」
口に物を入れたまま話すのは、行儀が悪いのだが
今日は大目に見ることにした。
アルトの耳と、アルトの尻尾そしてその表情が
雄弁に物語っているのに苦笑し
僕も初めて自分で釣った魚を食べるのだった。
きっと僕も、アルトから見れば
同じような感じなんだろうと思いつつ5匹全部平らげた後は
それまでの疲れからか、ぐっすりと朝まで寝たのだった。
読んでいただきありがとうございます。