『 エピローグ 』
荷物の準備を終え、借りていた部屋も簡単に整え宿屋の受付に向かう。
3日間しかお世話になっていないのに、とても長くいたような気がした。
アルトも何処となく寂しそうに見えた。
色々あったけど、ダリアさんに懐いていたのだろう。
カウンターにはダリアさんが待っていてくれた。
借りていた部屋の鍵を返し、お世話になったことのお礼を言う。
「3日間ありがとうございました。
また、こんなにも早く旅に出る事ができるのはダリアさんのおかげです」
「いいのよぅ。私もセツ君とアル坊と居れて楽しかったわぁ」
ダリアさんは、少し涙ぐみ目元をハンカチで押さえる
「ありがとう、ございました」
「アル坊も元気でねぇ、いつでも遊びにいらっしゃいね」
「はい」
「それでは、またこの国に来たときはお世話になります」
そういう僕に、笑顔を見せてくれるダリアさん。
「えぇ、待ってるわぁ」
「はい」
「道中きをつけてねぇ、怪我とか病気とかしないようにねぇ」
最後まで僕達を心配してくれた、ダリアさんと別れを告げて
アルトにフードをかぶせ、今度は冒険者ギルドに向かう。
ギルドの扉を開けると、いつものようにマスターが声をかけてくれた。
「よぅ、セツナ、坊主」
「お早うございます、マスター」
「おはよう、ございます、マスター」
アルトを弟子にした日から、ギルドマスターに坊主と呼ばれなくなった。
そのことは嬉しいのだけど、坊主と呼ばれていた日数と名前で呼んで
もらえた日数を比較すると、少し悔しい気持ちも持っていた。
「今日、旅立つのか」
「はい、お世話になりました」
「なにもしちゃいないがな」
「いえ、僕もアルトもとてもよくしてもらいました。
マスターがいなければ、旅立ちはもっと遅くなっていましたし
それに……マスターのおかげで僕はアギトさんやダリアさんと
出会うことが出来た」
口では色々言いつつも、何時も気にかけてくれていたことを知っていた。
頼る人も、気軽に話をする人も居ないこの世界で、孤独に押しつぶされなかったのは
毎朝、僕の顔見て挨拶をしてくれ声をかけてくれたマスターが居たからだ……。
お礼を言おうとする僕を、マスターが目線で黙らせる。
「礼は要らない、ギルドマスターとして当然のことをしただけだ。
もし、お前が俺に礼を言いたいというのなら態度で示せ」
「態度ですか?」
「おぅ、黒になって戻って来い。
そして、俺に馬車馬のようにこき使われるんだな」
そう言って笑うマスターに、僕は苦笑する。
それでも、強くなって戻ってこいと言ってくれたマスターに
僕は、胸が熱くなるのを感じた。
「はい、いつになるか分かりませんが
黒になれるよう努力します」
「あぁ、達者でな」
「はい、ギルドマスターもお気をつけて」
マスターは僕に一度頷き、アルトのほうを見た。
「坊主もセツナと一緒に頑張れよ」
マスターの言葉に頷くアルト。
「それでは、行ってきます」
僕の言葉に少し驚いたような顔し、それをすぐ笑みに変え
送り出してくれた。
「おぅ、行って来い」
長いのか、短いのか分からないけれど
この世界での生活の基盤を学んだ場所だった。
国としては最悪な場所だけど、カイルと出会って命をもらい
僕は、この体と自由をもらった。
あの地獄のような場所から、救い出してくれた……。
ここからが出発地点だ。
アルトと2人、頑張って生きていかないといけない。
城下町を出る門の前で立ち止まる。
フードをかぶったアルトも僕の横に来て立ち止まり
僕を不思議そうに見上げている。僕はアルトに顔を向け
「アルト、ここからが旅の始まりだ。
楽しいことも、辛いことも沢山あるかもしれないけれど
僕は、世界を見るたびに旅をすることになる」
杉本刹那ではなく、セツナとして。
僕の言葉に、アルトは深く頷きアルトも自分の決意を口にした。
「おれは、べんきょうのために、
それから、おれのやりたいことを、みつけるために
ししょうとたびをする」
アルトとの会話は、まだ少しぎこちないような感じだけれど
文字を覚え、ダリアさんと会話することも多かったのか
普通に話せるようになってきている。
「うん。頑張らないとね」
アルトに微笑みながら答えると
僕とアルトはゆっくり門をくぐるのだった。
さぁ、出発だ……。
目的地は、ここガーディルの国から西に行ったクットの国。
獣人の国サガーナと、程よい関係を築いている国らしい。
ガーディルとは戦争はしていないものの仲はあまり良くない。
ガーディルから東は、獣人にとって余りいい環境とはいえない国が広がり
ガーディルから西に行くほど、獣人が住みやすい国になっていく。
住みやすいといっても、奴隷にされないというぐらいで
偏見や差別というものは、ガーディルに近いほど残っている。
それでも、ガーディルから東に行くよりは西に行くほうがいいはずだ。
クットの国まで大体6日というところ。2日でガーディルの国を抜ける予定でいる。
獣人の子供であるアルトを連れていることから
ガーディルの国を抜けるまでは、少し早歩きで移動するつもりだった。
面倒なことに巻き込まれる可能性は、極力減らしたかった。
クットの国に入ったらのんびり旅をしよう、そう心に決めながら
僕はアルトと一緒に、ガーディルをあとにした。