『 挿話:アルトとダリアのプチ恋話 』
宿屋3日目のアルトとダリア
昼食を、セツナとアルトとダリアでとった後
セツナは半日遅れで冒険者ギルドへと出かける。
今日も、アルトはダリアの宿屋でダリアと一緒にお留守番だった。
久しぶりに夜だけではなく、朝も一緒にセツナと居られた事で
少しご機嫌だったアルトは、お昼から日課となっている
ダリアのお手伝いをし、夕食の準備をする。
セツナは、午後からギルドの依頼を受けるということもあって
夕飯はいらないということを告げ出て行ったので
今日はアルトとダリア2人での夕食となった。
夕食後、アルトはダリアのそばで文字の練習をしていた。
ダリアは、紅茶を飲みながら小説を読んでいるようだ。
暫く静かな時間を過ごしていたのだが
アルトの耳に、ダリアの鼻をすする音が聞こえてくる。
不思議に思って、ノートから顔を上げダリアを見ると
ダリアが泣いてた。
吃驚したアルトはダリアに声をかける。
「ダリアさん、だいじょうぶ?」
アルトの心配そうな声に、小説から目を上げ
レースのハンカチで目元を拭うと、そのままそのハンカチで
鼻をかんだ……。
部屋の中に、ずびびびびびという音が響く。
「大丈夫よぅ、本を読んで泣いていただけだからぁ」
「ほんで、なくの?」
「えぇ、この本は悲恋ものの本なのよぅ……」
そういうと、そっと俯き
「報われない、愛の物語なのよぅ
まるで……私のよぅ」
そういうと、おぃおぃ泣き出してしまうダリア。
アルトは困って、椅子から降りてダリアの背中をなでている。
「昨日の手紙を思い出してしまったわぁ……」
その一言でアルトの手が止まり
少し顔色が悪くなっていた。昨日の恐怖を思い出したらしい。
「もう大丈夫よぅ、新しいお茶を入れましょうねぇ」
そう言って、ダリアは自分とアルトのカップに紅茶を注ぐ。
アルトのカップには砂糖とミルクを入れ、自分のカップにはブランデーを入れる。
アルトが嬉しそうに紅茶を飲みダリアに聞いた。
「そのほん、なにがかいてるん、ですか?」
「まぁ、アル坊ってばおませさんねぇ」
「おませさん?」
おませさんねぇと言われても、アルトにはさっぱり分からない。
ただ、ダリアが声をあげてなくほどのことが書かれている本の
内容が気になったのだ。
「そうだけど……アル坊、恋ってわかるかしらぁ?」
「こい? わからない」
「そうよねぇ、アル坊にはまだ少し早いわねぇ……」
そういわれて少ししょんぼりするアルト。
「恋っていうのはね、相手のことが好きで好きで
離れたくない、ずっと一緒にいたいって思う気持ちのことよぅ」
「おれ、ししょう、こいしてる?」
「そうねぇ、アル坊はセツ君のこと大好きだもんねぇ」
世間一般で考えるなら、男女間の好き嫌いということを入れるべきで
アルトとセツナの関係は、恋ではない事を教えるべきなのだが
ダリアは、そういうことに余り拘らない人間だった。
セツナがいれば思いっきり否定していたであろうが……。
ここにセツナはいない。
「この物語を、アル坊に分かりやすくお話をするとねぇ」
少し姿勢を正すアルト。
「アル坊がセツ君のことが、大好きで大好きで
セツ君もアル坊のことが大好きだったから
2人は一緒に旅にでようと約束するの」
「たび、ししょうとおれといっしょ」
嬉しそうに笑うアルト。
その尻尾も機嫌よく振られている。
「そう、一緒ねぇ」
「それで、それで?」
旅の物語と聞いて、アルトはとても興味がわいた。
「アル坊とセツ君は、旅に出るのだけど
アル坊が途中魔物に襲われてしまうの。
怪我をしたアル坊は、途中の町で怪我を治すことになるのよ」
「おれ、けがするの?」
「アル坊、これは例え話ねぇ?
アル坊に分かりやすく、本の内容をつたえているのよぅ」
ダリアの言葉に頷くアルト。
アルトの尻尾は少し勢いが落ちていた。
「セツ君は、アル坊が治るのを待って旅を続けようとアル坊を励ますわ
だけどね、なかなかアル坊の怪我はよくならなかったの
アル坊は焦るのよ、セツ君に置いていかれるかも知れない
捨てられるかもしれないってね」
「……」
アルトの顔は曇っている。
それに気がつかず、主人公とヒロインをアルトとセツナに置き換え
話を続けるダリア。
「最初の方は、セツ君は毎日お見舞いに来てくれていたのだけど
だんだんお見舞いが、2日置きになり、3日置きになるの。
アル坊の不安は募るばかり、セツ君に聞いてもギルドの依頼が
忙しいとしか言わないの」
「……」
アルトの顔は、もはや曇っているのではなく泣きそうだ。
尻尾は動きを止めていた。
「そしてやっと、アル坊の怪我なおって
アル坊は、大好きなセツ君の元に走っていくのよ」
「げんき、なってよかった!」
アルトが嬉しそうに言う。
アルトの尻尾も元気を取り戻し、左右に振られている。
「えぇ、アル坊の怪我が治ったのは良かったことだわ」
「うん」
「そして、アル坊はセツ君がいると思われる冒険者ギルドに
行くのだけど、そこにセツ君は居なかった」
「ししょう……いない……の?」
「そう、セツ君を探しに行くアル坊。
探して探して探して、アル坊はやっと宿屋でセツ君を見つけるの」
「よかった」
自分が、師匠を見つけることができたと知って。
心の底から、安堵したアルト。その耳は少し寝ている。
だけど、その安堵を叩き壊すかのようにダリアが話をつづけた。
「だけど、その隣には……」
「となりには……?」
「ダリアという綺麗な女性が居たの!
ダリアの部屋の前で、仲良くお話しをしていたのよ」
アルトの尻尾の動きがぱたりと止まった。
「セツ君は、宿屋で知り合った
ダリアと一緒に旅にでることにしたの」
「おれ、どうなる?」
「アル坊は捨てられちゃったのよぅ……」
「!!!!」
ダリアの、思ってもみなかった言葉に
アルトの目が零れ落ちそうなほど見開かれる。
アルトは、自分と重ねて話を聞いていたのだが
ダリアは、アルトが例え話として聞いていて
話の内容に、驚いているとしか思っていなかった。
アルトが物語に引きこまれていると勘違いしている
ダリアは、アルトの様子に満足そうに話を続ける。
「その様子を見たアル坊は、セツ君に向かってこういうのよ」
『その隣の女はだれ!』
『僕の新しい恋人だよ』
『じゃあ……俺はどうなるの!?』
『恋人ができたんだ、アルトはもういらない』
『そんな……俺とは遊びだったの!』
『一時期は本気だったさ、だけど新しい人が出来た』
『俺を、置いていかないで!』
『もうお前はいらないんだ。
今、僕の隣にはダリアがいてくれるから』
「そういって、アル坊をセツ君は鼻で笑うのよ……」
アルトの尻尾はピクリとも動かない。
「そして、セツ君とダリアは2人で宿屋を後にして旅に出ようとするの」
「……」
もう、言葉も出ないアルト……。
それでも、ダリアは本の内容を思い出しながら熱く語っていく。
「その様子を見ていたアル坊は哀しくなって、持っていたナイフを
両手で握りながらセツ君に向って行くの」
『俺と一緒に居てくれないなら死んで!』
『落ちついて! 話せばわかるから!』
『わからない!
俺と一緒に居てくれないなら……俺は、師匠を殺す!』
『僕を殺してどうするの?
僕を殺しても、僕はアルトのものにはならない。
僕が愛しているのは、ダリアなんだ!』
『……他の女に奪われるぐらいなら。
師匠を殺して、俺も一緒に死ぬ!』
『待つんだ、アルト!』
『待たない……。
師匠、一緒に死のう?』
「そう言って、アル坊はセツ君を刺してしまうの
その後、アル坊は息絶えたセツ君の後を追うように
自分も死んでしまうのよ」
「……」
呆然としたまま動かないアルト。
「アル坊?」
ダリアの声に我に返り、青い顔をしながらダリアに聞く。
「どうして、おれ、ししょう、ころす?
どうして、ダリアさん、ころさない?」
「それわねぇ、アル坊は思ったの。
ここでダリアを殺しても、また新しい女ができたら
セツ君はアル坊を捨てるかもしれない」
「……」
「だから、セツ君を殺して自分も死ねば
ずっと一緒にいられるって思ったのね」
「……」
「これは究極の愛なのよぅ。大好きな人を殺して
自分も死ぬという覚悟、それはその人がいなければぁ
生きていけないっていうことなのよぅ」
きっとセツナがいたら、それは違うと止めただろう
しかし……この場にセツナはいなかった。
「ししょう、いない、おれ、いきていけない」
そう呟き、アルトはダリアに "ころす" と "しぬ"の文字を
教えてくれと頼む。アルトの表情は真剣そのものだ。
真剣というより、鬼気迫ると言ったほうが正しいかも知れない。
ダリアは余り深く考えずに、いつもの通りアルトに文字を教えるが
一心不乱に、その二文字を書くアルトを見て教えない方が良かったかもと
思った。アルトの必死な様子に、ダリアはただアルトを見つめていることしか
できなかった。
文字を覚え、部屋に戻ることをダリアにつげ
アルトは1人で部屋にこもる。
目の前にあるのは日記、その日記に
アルトは自分の気持ちを一生懸命綴ったのだった。
セツナがいないと、生きていけないほど寂しいという気持ちを。
【ししょう、ころす
おれ、しぬ】
しかし、セツナでもこの2行だけでは意味が分からず。
アルトに何かあったのかと心配になり
ダリアの部屋へ、アルトの事を尋ねに行った時にアルトが背後から現れる。
ダリアの部屋の前で、セツナとダリアが会話していたことから
アルトが勘違いを発動させ
ダリアが例え話として語ったシーンを再現することになるのだった。
読んでいただきありがとうございます。